『 お前に、魔族の王を殺して欲しい。 』








人は、信頼している人物から裏切られるような言葉を吐き捨てられた時、どんな気持ちになるのだろう。


今まで信頼し過ぎていて、だからこそ悲しいし、同時に悔しい。


無謀に近い願いを、みすみす受けいる事が出来るだろうか。


きっと出来ない。


怒り、恐怖、憎しみ。


様々な負の感情がフツフツと溢れだして、自爆するしかないのかもしれない。


僕は


貴方の言う事をただ、そのまま従えばいいのでしょうか・・・・。











■天と地の狭間の英雄■
       【裏切りの宣告】〜数え切れない想いを胸に〜












「・・・・・・え?」



聞くつもりは、無かった。

フェイルはリティオン達と別れた後、リュオイルの自室へやってきた。
だが先客がいたようで、ノックをしようかしまいかで悩んでいる時、意外な人物の声が聞こえたのだ。
衝撃的な台詞を言い残して・・・・・・。



今、あの人はなんて言った?



何度もフェイルの頭を先ほどの台詞が木霊する。
信じられない、受け入れない話だからうまく整理がつかない。
それは自分自身に向けられた言葉ではないと分かっていても、凍り付いてしまう。
フェイルは、いつの間にか気配を消して扉に耳を近づけた。
悪いと思いながらも、やはりその先が気になってしまう。
心の中でリュオイルに謝りながら、フェイルは黙ってその続きを聞き取ろうとした。



「・・・・・・・え。」

「すまない。すまないリュオイル。」



ただ謝るばかりの王に驚きながら、彼はさっき彼が言った事を思い返していた。
信じられない衝撃的な話しに頭が付いてこないのか、何と返答すればいいか分からない。
本当ならば、同じかの同僚達の前でなら笑って誤魔化す余裕はある。


だけど


「・・・・魔族の王を、抹殺?」


誰がどう言っても、誰がどう言っても、王の目は声は真剣だ。
痛みを堪え、複雑な顔でリュオイルを見つめている。

(・・・・無理だ。)

そんなの無理だ。
僕は、確かにそれなりに戦えるけど、
でも、それ以前に僕は軍人であり人間。
どれほど恐ろしい力を持っているか分からない魔王に挑むなんて、無理だ。無謀すぎる。

リュオイルは信じられない気持ちを胸にしながら緊張した面持ちで、この国の王を見据えた。
心臓がバクバク鳴っていて煩い。
心拍数も上がっているだろう、それに嫌な汗も出てきている。



「・・・・何故、私が?」



言い方は悪いが、自分よりもっと適任者がいるはずだ。
その矛先を向けられた理由が無い限り、たとえ王の命令でも納得は出来ないだろう。
王はすっ、と顔を上げた。
その表情はここが暗いせいなのか、いつもより何倍も沈んでいる顔をしている。



「評議会で、強制採決された。」

「評議会、ですか?」



この大陸の秩序を守るために編成された評議員。
数は十数人と聞くが、はっきり言って会った事は殆ど無い。
極秘の会議をするとの事で、よっぽどの事が無い限りは、王と評議員だけで評議をするのだ。
確か数年前までは自分の父も評議に参加していた。



「どうして、評議会が私を任命したんでしょうか。
 しかも1人でだなんて、いくらなんでも無謀過ぎませんか?」



言いたい事は、言った。
本当はもっともっと、疑問に思う事があるが、全てが全て王が下したことじゃない。
その事を考えれば幾らかは楽な気持ちになれた。



「評議会の連中は、お前が気に入らないのかもしれないな。」



忌々しそうに彼は呟いた。
腰を上げ、暗い空を窓越しから眺める。
星久は煌びやかに光り、暗い地上にそっと明かりを与えてくれる。
それは小さなものではあるが、よく見ていれば強き光に見える。
個々に、そして無数に煌くそれは時又愛しく見えた。



「評議委員がですか?」



訝しげに眉をひそめた。
当たり前だ。今まで散々こき使われた挙句、評議委員達からはかなり嫌われていると言う。
真面目に任務をこなしている自信はあるし、反感を買う行為などしていないはずだ。
・・・いや、もしかしたら僕自身が邪魔な存在なのかも知れない。



「どうやら、去年私がお前を特殊部隊将軍にしたのが気に食わなかったらしい。
 まだまだ子供で、しかも成り上がり同然のお前が、憎かったのだろう。」



確かに、思い起こせば随分早い出世だったと思う。
当初17歳で、腕はあったもののまだまだ経験不足だと自分でも思っていたのだ。
だが何故だか知らないが王や父はリュオイルを将軍にする事を薦めてきた。
はっきり言って、反感をくらうのは目に見えていたので嫌だった。
だけど、尊敬する父や、忠誠を立てた王の気持ちに背くわけにもいかず、ただならぬ努力を毎日毎日してきたのだ。
それを「気に入らない」からと言って・・・・。



「・・・・・」

「リュオイル、本当にすまん。私が、無理にでも採決を取り止めないばかりに。」



あの時の評議は、完全に計画されていたものらしい。
王が待ったをかける前に、全員一致でリュオイルを送り出すと決めていた。
今すぐにでもまた強制的に評議を開こうと思えば開けるのだが、それでは民に示しがつかない。



「・・・いえ、王は何も悪くありませんから。」



少しだけ気落ちした様子でリュオイルは薄く微笑んだ。
どこか脱力したような、いつものような威圧感が全く感じさせられない。
後影があるのは、1人残された孤独な少年の姿。
微笑んでいる、と言ってもそれは見ていて痛々しい。
悲しみ、怒り、苦しみ。
様々な負の感情が入り混じって、何とも言えない複雑な顔をしていた。


――――――・・・・そう、王は何も悪くないんだ。


傍から見ればきっと皆僕に同情するだろう。

「可哀想に」「気の毒だな」「元気出しなよ」

考えれば考えるほど、皆の顔色が目に浮ぶ。
安っぽい同情の言葉。そしてその眼差し。
本当は、「自分に向けられなくて良かった。」と思っている方が多いだろう。
自分がいなくなった事で、今までいた地位に、「将軍」という地位に昇任する人物も現われるだろう。
きっと、それで救われる人も多くなるだろう。



「・・・・・・・。」



そこまで考えると、リュオイルは自嘲した。
王は心配そうに黙りこんだリュオイルの背を見ている。
まるで泣いているような、悲しさを漂わせる彼の空気に、王は何も言えなかった。



「・・・・分かりました。
 明日には、出発出来るようにします。」

「リュ、リュオイル?」

「今夜はわざわざご苦労様です。
 王からお越しいただけるなんて思いもしませんでした。」



王に背を向けていたリュオイルは、急に前を向くと、いつも通りの笑顔に戻った。
急な態度の変わりように王は困惑しながらも頷くしかない。
何故ならば、彼は今日、リュオイルにこの事を言いに来たのだ。
返事を貰ってそれでお終い。
・・・・そのはずなのに。



「リュオイル。」

「どうかしましたか?
 私はフィンウェル特殊部隊将軍、リュオイル=セイフィリス=ウィスト。
 明日から王直々の命により、長期間母国を離れますがどうかご了承ください。」



いつも通りの、軍人の姿。
はきはきと応対する姿。
変わらない、声。



「リュオイル、お前・・・。」

「今宵は冷えますよ?
 こんな暗くて寒い場所に王が長時間いられるのはどうかと思いますが。」



苦笑してリュオイルはそう言った。
まだまだ幼い顔立ちをした姿が松明に照らされて、一層少年らしく見えさせる。
少年らしく、と言うのはおかしいのかもしれない。
だって彼はまだ少年なのだ。
こんな早くから騎士になって、多忙な仕事をこなして、各地方に派遣されて・・・。

思い返せば自分は彼にどれほど酷い事をしてきたであろうか。
将来有望。と言われていた彼を、騎士にする事に進めたのは自分自身と彼の父だ。
リュオイルの父「ディース=セイフィリス=グラッツ」
彼は数年前までは評議委員として、そしてこの国を守る騎士として働いていた。
ある事故をきっかけに、若きながら引退してしまったものの、ディースの名は途絶える事無く、
今日までも、偉大なる騎士として称えられている。
そんな彼の子供なのだ。誰もが期待をしてしまう。


―――――いわゆる七光りみたいなものだ。


それだけ大きなプレッシャーに今まで耐えてきていたのだ。
それを、私は当たり前のように見ていて、彼の事など何も考えていなかった。
戦ではあんなに大きく見える彼も、今となっては小さな子供に見えてしまう。
そんな姿にしたのは、紛れも無い自分自身。
あまりの愚かさに、吐き気がするものだ。



「・・・・・今日は、ゆっくり休むがいい。」

「はい。」

「リュオイル。」



扉の前でピタッと止まった彼は、背を向けたまま悲しそうな声で言った。



「本当に、すまない。」

「・・・・・私は貴方に、国に忠誠を立てました。
 王の命令とならば、私は快く引き受けます。」



その瞬間、王は目を見開けた。
だがそう思ったかと思うと、今度は静かに目を閉じ、何事も無かったようにして彼の部屋から出て行った。





――――バタン・・・。



無機質な音が、酷いくらいリュオイルの部屋に響いた。
今までの話が嘘だったかのように、静かに時が流れていく。
空気は冷たい。
昼間は暖かいが夜はそうもいかない。
窓の外を見れば、巡回している兵士が複数いた。


変わらないと思っていた。

変わらないと信じていた。



「父上・・・。」


紡がれた言葉は尊敬する偉大な騎士。
同時に、最愛の、大好きな父だった。

父を目標に、日々精進していた。
どんな時も訓練を欠かさなかった。
どんな時も勉強を欠かさなかった。
それも全て、王や父が喜んでくれたから。
母も嬉しそうだったが、でも時折寂しそうな笑みを見せていた。
今なら、少しだけその気持ちが分かる気がする。




―――――お前はきっと素晴らしい騎士になるんだろうな。




何年も前に、まだ僕が幼い頃に父上が言ってくれた言葉。
すごく嬉しくて、認めてもらえたような気がして嬉しかった。
クレイスと、教えたり教えれられたりしながら頑張った学問や魔法。
いつも父の作ったテストで僕が一番だったけど、でもその代わりにクレイスは魔法が得意だった。
それに勝つ事は出来なくて、悔しい反面2人で補えあえる事が嬉しかった。


でも、幼い記憶と今では全く違う。
現実は厳しい。
そんな事、百も承知だったはずなのに・・・。



「・・・実際言われると、結構きついんだな・・・。」



リュオイルは苦笑してソファに座った。
頭を抱え、その顔にはうっすら涙が見える。
騎士だった彼は、今は1人の少年の姿に戻っていた。



「・・・・・・・。」



やりきれない思いが胸に有り余っている。
もどかしい気持ちと、何処にぶつければいいか分からない怒り。
王を恨んでも、評議委員の連中を恨んでも、何も変わらない現実。
ただ、下唇を噛み締めて任務をこなすしかない。



王。



僕は、貴方の言う事をただ、そのまま従えばいいのでしょうか・・・・。





――――――キィィ・・。
「・・・リュオ、君?」



小さな音を立てて扉が再度開いた。
まだ何か用事があるのだろうか、と半分嫌な思いもしたが、いつも通りの顔で開けられた扉を見た。
だが、そこに立っていたのは王でもなく、1人の少女。
それも、さっきまで一緒に戦ったフェイルがそこにいいたのだ。



「え、フェイル?」



思いがけない来客者にリュオイルは焦る。
急いで目を擦ると、いつも通り愛想を浮べる。



「どうしたんだい?こんな夜更けに。」

「え、うん、ちょっと・・・。」



曖昧な返事にリュオイルは眉をひそめた。
もしかしなくても、彼女はさっきの話を聞いていたんじゃないだろうか。



「どこから聞いてたの?」



出来るだけ優しい声色で彼はフェイルに尋ねた。
彼女は少しオロオロしていたものの、決心がついたかのか重たい口を開けた。



「ご、ごめんね。
 本当は聞くつもりはなかったんだけど、ほとんど全部。」

「・・・そう。」



全部聞かれていたのなら、もう何もかも知っているのだろう。
付け加えることも、あえて隠すこともない。



「みっともないだろ?」

「え?」

「明日から、無謀な旅に出るなんて。どう考えても将軍がそんな事をしているなんて思えないだろ?
 まぁ明日からは将軍としてではなくて、個人で動くんだろうけど・・・・。」



自分で言っていて、酷く惨めだと思う。
言っている自分が悲しくて、自信を失ってしまう。
話せば話すほど、フツフツと怒りが込み上げてくるのだ。
全く関係ない彼女にだからこそ、本音が出てしまう。
そんなのは駄目だと分かっていても、それを制御することが出来ない。



「そう考えたら今まで努力した事が馬鹿みたいに思えてさ。
 何やってたんだろうって・・・・・。」

「・・・・・。」

「第一、魔族の王を殺すことなんて出来っこない。
 評議委員は、相当僕が嫌いみたいだね。」



ははは、とリュオイルは笑った。
駄目だ。
言っているうちにどんどんマイナス思考になってきている。
明日出発するのに、このままでは何処かで死ぬのがオチだ。
でも、この口が止まらない。
操られているかのように、どんどん言葉を出してくる。





「騎士になんて、ならなければよかったかもね・・・。」





ごめんなさい父上。
ごめんなさい母上。
ごめん、クレイス。




「・・・・本当にそう思ってるの?」




暗い部屋に、廊下から差し込む松明の光が2人を映し出す。
リュオイルの顔は明かりに照らされて見えるが、反対側にいるフェイルの顔は分からない。
今まで黙っていたフェイルだったが、何を思ったのか急に声を出した。
それは怒ってもいないし、悲しんでもいないし、何とも言えない無表情そうな声だった。
初めて聞いた彼女の声にリュオイルはハッとして黙りこむ。



「何が・・・。」

「リュオ君、今まで自分でしてきた努力が無駄だと思ってるの? 
 騎士にならなければよかったなんて、本当に思ってるの?」



すっ、と1歩出てきたおかげでフェイルの顔色が月光によって映し出された。
まだ薄暗いが、それでも彼女の顔は悲しそうだった。
何の関係もない彼女が、何故こんな顔をするかリュオイルは分からない。
ただその光景を眺める事しか出来なくて、何も言い返せれない。



「本当は悲しいんでしょ?」

「悲しい?僕がが」



何を悲しむ必要がある。
王から頂いた命令なのだ。
何としてもこなさなければならない。
それがたとえ、命が尽きても・・・・。



「本当は、怖いんでしょ?」

「怖い?」



おかしな事を言う。
本当に、出合った頃から変な少女だったと思っていたがここまでもだとは。
半分呆れた口調でリュオイルは笑った。
けなしている様な笑いじゃない。
誰に、どこに笑っているのかは分からないが、彼は吐き捨てるように笑った。


僕が、怖い?
何故?
何に対して恐怖を抱いているのだ?
どうして怖がらなければならない?



「だって、リュオ君すごく悲しそうな顔してる。」



表情を変える事無く、フェイルは淡々と述べた。
指摘された部分を、反射的に顔に手を当てて見る。
悲しそうな顔?
それは、一体どのような顔を指すんだろう。
いつもと同じ笑顔と、ポーカーフェイスで通してきたはずだ。



「僕が、怖がる?そんなわけないよ。」

「リュオ君は無理しすぎだよ。
 無理をしすぎて、今どんな顔してるのか全く分かってない。」



更に指摘されて僕は露骨に顔を歪めた。
彼女に、フェイルに、何が分かるというんだ。
段々苛立ってきている自分に、腹が立った。
今ここで彼女に鬱憤を晴らしても、結局傷つくのは彼女。
後悔をしてグルグル思考を巡るのは僕。
何をやっても僕は不利だ。
何をやっても、報われない。





「・・・・・・・・怖いさ。」





肩を落として、リュオイルはポツリと零した。
さっきまであんなに頑張って作っていた顔が、彼女によってこう簡単にも崩された。
だけど、「怖い」といった途端、凄く身軽になった気がしたのは気のせいじゃない。



「理不尽な決定に、正直凄く腹が立ってる。」

「・・・うん。」

「今までこんなに尽くしてきたのに、何で僕がっ!て、酷い事思ってる。」

「うん。」

「それに、本当は将軍になんてなりたくなかった。」



それは、本当だ。
まだまだ修行が足りないと思ってたし、まだ父上やクレイス達と学んでいたかった。



「うん。」



フェイルは何も言わずに、ただ自分の言った事に頷いていた。
静かに聞いていてくれて、ちゃんとそれを理解してくれる人がいて、嬉しい反面少し悲しい。
見知らぬ少女に、まるで慰められているかのようにされている自分が、恥ずかしかった。



「本当はリティオン達と一緒にいたいし、家族にも会いたい。」



騎士になってからは、滅多に家族と会う事なんてなかった。
城に仕える身で、僕自身が移住せずにはいられなくなり城下町から城に引っ越したのだ。
最後に会ったのは、多分去年の出世式。
あの時は家族皆が揃っていた。
思い出すだけで、暖かな気持ちになる。
懐かしい記憶が曖昧ながらも、それでもはっきり思い出される。

でも・・・・。



「・・・リュオ君。」



その記憶は、今の僕にとっては暖かすぎて

冷め切った心を、雪が溶けるかのように流してくれる。



評議委員が僕を送らせようとしているのは、2つ理由がある。
1つ目は、僕という邪魔な存在が消える事。
2つ目は、僕が死ぬと言う事で魔王の恐ろしさを訴えかけるため。

十中八九、1つ目が大半を占めていると思うが、2つ目はある意味重要だ。
僕も自分の力を過信するつもりはないが、この国ではそれなりに強いと思う。
だからこそ、強い人間が死んだからこそ人々は魔王の事を恐れる。
今度は自分達に災いが訪れるかもしれない、と恐怖を抱く。
そこで評議会が何とか立ち上げるのだろうが。



「大丈夫、大丈夫だよ。」



いつの間にか僕はフェイルに抱きしめられていた。
ポンポン、と優しく背中を叩く仕草はまるで母親のようだ。
安心感を覚え、堪えていた涙が溢れそうになるが流石にそれを彼女の前で見せるわけにはいかない。
そんな事を知ってか知らずか、フェイルは優しい口調で語り始める。



「魔族退治に行くのに怖くない人なんて、いるわけないもん。」

「家族に会えなくても、リュオ君はずっとずーっと頑張ってたもんね。」

「リュオ君は凄いよ。
 私だったら、ずっと我慢して仕事するなんて出来ないよ。」



何度も何度も優しく背中を叩かれて、リュオイルは泣きそうな顔になった。
ただこうされているだけなのに、酷く心が落ち着く。
暖かな気持ちに、素直な気持ちになれる。
優しい仕草と声に、つい甘えてしまう自分がいる。



「大丈夫、大丈夫だよ。
 リュオ君は1人じゃないから。」



急に彼女が離れたかと思うと、フェイルはリュオイルの目を見て笑ってそう言った。





「一緒に行こう。」


「・・・・え・・・?」



優しい笑みを浮かべたまま、フェイルはそう言った。
驚いたリュオイルは、一瞬何を言われたのか分からない様子でぽかんと口を開く。
とんでもない事を口にした彼女は、全く気にした様子はなく、ただニコニコとしている。



「フェイル、何言って・・・。」

「だって1人より2人いた方が心強いでしょ?」

「そ、それはそうだけど。
 でも、君を危険な目に遭わせるわけにはいかいよ。」

「何で?」



不思議そうに首を傾げる彼女に、リュオイルは複雑そうな顔をして唸っていた。
自分が向かう場所は魔族のいる世界であって、二度と返って来れない可能性がかなり高い。
そんな危険で、いつ死ぬか分からない場所に何故フェイルはついて来ると言いだしたのだろうか。
意味不明な彼女の発言に、リュオイルは悩むしかなかった。



「私を危険な目に遭わせるのが駄目なら、リュオ君だってそうでしょ?
 リュオ君1人が抱え込んで解決できるほど簡単な事じゃないよ。」



誰が行った所で、危険なのは変わりない。
評議会の決定が何だ。
王からの命令が何だ。
死ぬ確立が高いから何だ。
そんなの関係ない。



「私は、私自身が行きたいと思ってる。」



護りたいものがある。
譲れないものがある。



「私は、リュオ君について行く事に後悔なんかしない。」



何もしないで黙って見ているだけでは何も変わらない。
変わるためには自分自身が動かなければならない。



「私は、何に変えても守りたいものがある。」



だから進む事が出来る。
途中で止まっちゃうかもしれないけど
それでも、少しずつ、一歩一歩足を出す事が出来る。



「守りたい、もの?」

「うん。リュオ君だってあるでしょ?」



評議会の決定に従う必要なんてない。
貴方は、守るものの為に敵に向かえば良い。
それが、本当の貴方を見つけられる近道だと私は信じている。



「・・・・僕の、守りたいもの・・・・。」



それは、時に厳しく、でも優しい父。
それは、いつも暖かい目で見守ってくれた母。
それは、双子であり何でも相談できるクレイス。
それは、僕を支えてくれた同僚達。



「一緒にそれを叶えよう。大丈夫、2人なら怖くないよ。」



フェイルは笑って右手を差し出した。
それを握り返すべきか、一瞬躊躇したリュオイルだったが、彼女の力強い言葉に後押しされる。




「・・・・・うん。」




僕は、全てに従わなくて良いんだ。
僕は、守りたいものの為にこの力を使えば良いんだ。
僕は・・・・・。




「大丈夫だよ。」




僕は、君のその強さに憧れを持ったのかもしれない。
認められた気がして、優しい言葉をかけてくれたのが嬉しくて。
その力強い言葉に、僕は立ち直れたんだ・・・・・。