ダイジョウブ。 (怖かった。) だいじょうぶ。 (ありがとう。) 大丈夫だって。 (戻ってきてくれて、嬉しいよ。) だから、悲しい顔をしないで。 (だから、もう2度とこの手を離さないで。) ■天と地の狭間の英雄■ 【そして貴方は目を覚ます】〜大好き〜 アブソリュート。 その名は一度天界から消えた名。 その名は決して誰も口にする事のなかった神聖な名。 『いや、真の名をアブソリュート。』 その名を聞いた途端、心の中で何かが砕けるような音がした。 次に襲ってくるのは吐き気と酷い頭痛。 立っているのもやっとで、本当は言葉を出すことさえ難しい状況になっている。 でも でもお願い。 その名前で呼ばないで。 呼ばれるたびに心のどこかから悲鳴が聞こえる。 苦しい、悲しい、憎い、怖い。 これだけじゃない。 もっともっと、言い表せれない何かがフェイルを蝕む。 恐れで全身が震えあがる。 そんな名前知らない。 そんな名前いらない。 私をその名前で呼ぶな。 わたしの前から消えろ。 ワタシに近づくな。 これ以上・・・・。 自分の声なのに、その意志は自分のものではない。 一つだけずれている『いつか』の記憶。 思いだすことが出来ない。思いだしたくない。 「フェイル?」 狂ったように何度も何度も「違う」と言い続けていたフェイルから反応が消えた。 頭を両手で押さえ、全てを聞きたくないといわんばかりに耳を塞いでいる。 彼女の異変に気付いた仲間達は、フェイルを刺激しないようにそっと彼女の肩に手を置いた。 その瞬間、彼女の肩がビクッと震えた。 ゆっくりとした動作でこちらを振り返ったフェイルは、リュオイル達を凝視している。 まるで、初めて見るような目で見られた4人は少しながら戸惑った。 そして同時に、心が傷ついた。 「・・・フェイル、僕だよ。」 驚いていたリュオイルだったが、いち早く動いたのは彼だった。 彼女を安心させるように微笑む。 すると、それまで警戒心剥き出しにしていた空気があっさりと消えた。 「リュオ、君。」 「そう。僕だよフェイル。」 返ってきた反応が嬉しかったのか、リュオイルの笑顔は一層濃くなった。 それでもフェイルの表情は混乱していていつもの彼女らしくない。 いつもどんな時でも笑顔を絶やさないのがフェイルだった。 声をかければすぐに振り向いて、「どうしたの?」と微笑んでくれた。 どうして、笑ってくれないの? こんな時に笑え。と言うほうがおかしいのかもしれない。 でも、それえでも僕の記憶にあるフェイルは笑顔のフェイルなんだ。 こんな大人びた雰囲気は無い。 確かにたまにそんな感じになったけど、その時はそこまで気にしていなかった。 でも今は違う。 ゼウスに対する反応。拒絶。そして突き付けられる真実に抵抗するフェイルの姿。 初めて見るものばかりで、はっきり言って頭がついていけていない。 フェイルに関する事は大方聞いたのに、でもこの状況が信じられなくて戸惑っている。 「・・・そ、う。ワタシは、わたしは、フェイルだ・・・・。」 知らない言葉に耳を傾けるな。 ワタシはフェイルだ。 それ以上でも以下でも無い。 フェイル=アーテイトという人間なんだ。 「フェイル?」 またおかしくなった。 安心したかと思うと、今度は自分に言い聞かせるように何度も同じ言葉を紡いでいる。 彼女がこちらに視線を動かせたのはほんの一瞬だけ。 その一瞬だけ、いつものフェイルに戻ったがそれっきりだ。 また、雰囲気が変わった。フェイルだけどフェイルじゃない。 姿かたちはそのままなのに、心は彼女のものではない。 誰だ、君は・・・。 「君は、誰?」 知らず知らずのうちに口に出していたらしい。 それに敏感に反応したのは言うまでもなくフェイル。 そして、その周りにいるシリウス達だった。 「・・・ワタシは、フェイル、だ。 アブソリュートなんて知らない。ただの人間。 こんな場所知らない。その名前なんか聞きたくない。」 その記憶は皆偽りに過ぎない。 私は私なんだ。 「・・・分かった。今はその名は伏せフェイルと呼ぼう。このままでは埒があかないからな。」 予想外の彼女の反応に、彼もまた驚きを隠せないでいた。 生身の身体とでは会った事が無かったが、ここまで拒絶されるとは思わなかったのだ。 最初で最後に見たあの透けていた少女が、ここまで成長している。 まるで父親のような何とも言えない気持ちだが、悪くはない。 「・・・・・・。」 「そう怯えるな。 今は込み合った話をする時期ではない。・・・これを目覚めさせなければならない。 フェイル、分かるだろう。今世界がどのように揺れ動いているのか。 お前の内に秘められた力はそれを以前から察知していたはずだ。」 お前がアブソリュートと認めなくても、アブソリュートの魂はこの危機に感付いているはず。 いずれ入れ替わる2つの人格。 いや、入れ替わっても大して変わらないだろうこの少女は。 変わるのは、消えるのは、それまであった「フェイル」という名の少女の頃の記憶。 それだけだ。 「・・・また、戦争が始まる。」 自分でも驚くほどはっきりとした声でそう言っていた。 自分自身の中にいる「誰か」を認めたわけではない。 でも、本能が訴えている。 これからはじまる悲劇の数々。そして絶望。 それを阻止しなければならない。 皆を守るために、何としても魔族勝利だけは阻止しなければ。 「駄目。これ以上戦争を起こさせるわけには、いかない。」 不意にフェイルの口調が変わった。 否、戻ったと言った方が正しいのかもしれない。 焦点も定まっており、今は拒絶などという感情は全く見せずゼウスを見上げていた。 半ば呆然としている様にも見えるが実際の所は分からない。 フェイルは何かを捜すように目を泳がせた。 やらなければならない事がある。 知らない力が、抑えきれないほど溢れ出ているのが分かった。 「・・・・・シギ君。」 でも、ここで彼を目覚めさせて また、ここで彼を傷つけさせて 私は耐えれるだろうか・・・・。 「フェイル。今は時間が惜しい。 躊躇する必要はない。それは戦闘に欠かせない存在であり、そしてまたシギもそれを望んでいるはずだ。」 そうだ。それが死ぬときは戦でその命の灯火が消えた時だけ。 それ以外には許せない。 しかも、今天界は混乱に包み込まれているのだ。 こんな所で、あんな落ちぶれた輩に天界を渡すわけにはいかない。 「・・・・・・・。」 よろよろと、おぼつかない足取りでフェイルはベッドに横たわっているシギの元に足を運ばせた。 それまでゼウスと彼女を交互に見ていた仲間達だったが、正気に戻ったフェイルを見て一安心していた。 シギの元に辿り着いたフェイルは、そのまま膝を曲げる。 目の前に広がるのは、あの頃と変わらないシギの姿。 ただ違うのは、その陽気な瞳が開かれていないこと。 ただ違うのは、その明るい声が消えてしまったこと。 「・・・シギ君。」 改めて彼の顔を見るとどうしてなのだろう、こんなにも目頭が熱くなってきた。 まるで人形のように眠っている姿はあのシギじゃない。 彼はいつも笑顔だった。 彼はいつも優しかった。 彼はいつも、皆を大切にしていた。 「・・・・ご、めん・・・・。」 眦に溜めていた涙が限界を超えて、吸い込まれるように床に落ちた。 それに気付いたシリウスは、何を言うわけでもなく静かに目を伏せる。 原因がどうであれ大切な者が泣くのは心苦しい。 出来れば手を差し伸べてあげたい。 出来ればその背中を少しでも押して上げた。 でも出来ないんだと気付かされる。 たとえどんなに長くいても、決して踏み込んではいけない境界線が彼女にはある。 それはまだ彼女は気付いていないようだが、ゼウスの話を聞いて何となくシリウスは自分なりに理解していた。 大切だから、だからこそ今は手を出してはいけない。 溺愛するばかりでは何も育たない。 フェイルが、そんな甘えた精神を持っているとは言えないが、今彼女は1人で決断しなければならないのだ。 加担してはいけない。 仲間と思うなら、大切だと思うのなら、今はその小さな背を見届けてやろうではないか。 それが無力な自分達に出来る、尤もの優しさだといえる。 「・・・本当はね、もうシギ君に辛い目に遭ってほしくない。」 涙を吹こうともせず、フェイルは弱々しく呟いた。 冷たくもなく、暖かいとも言えないシギの手を包み込むように触れる。 「いつも、いつも迷惑ばかりかけて、でもシギ君大好きだから、・・・・。」 あぁ、何言ってるんだろう。 もっとちゃんとした事を言いたいのに。 頭の中がごちゃごちゃで、言う順番が完全に狂っている。 でもそれに誰も何も言わない。 フェイルの言いたい事は、皆分かっているのだ。 言葉がつたなくても、それでもその想いはちゃんと伝わる。 「・・・ごめ、んね、ごめんね・・・・。」 言葉では言い表せれないよ。 まだまだ言いたい事あるけど、でも私の思いは一つしかない。 それは我侭なのかもしれない。子供っぽいかもしれない。 でもね、この気持ちはそう簡単に変える事は出来ない。 皆が大好き。 リュオ君もアレストもアスティアもシリウス君も・・・・。 シギ君だっていっぱいいっぱい大好き。 だから、一つでも欠けちゃ駄目なんだ。 大好きなんだよ。だからいなくならないで。 でも、辛い目に遭わないで。怪我しないで。1人で泣かないで。 たくさんたくさん、思いはある。 でも結局は傍にいてほしい。 また笑ってほしい。 大好きだよ。皆大好きだよ。 大好きだから幸せになってほしい。 無理しないで。辛い事があったら相談して構わないんだよ。 1人で苦しまないで。 「・・・・大好きだから、だから、お願い。」 戻ってきて。 我侭なのは分かってる。責めたって良い。 私の気持ちは変わらない。 どうか、貴方に幸せが訪れますように。 どうか、貴方がまた笑顔でいられますように。 どうか、私のために苦しみませんように。 ―――――カアァァァァァアアア シギの腕を握り締めた途端、フェイルの体から青白く暖かな光がこぼれはじめた。 それにも気付いていないのか、フェイルはシギを離さない。 目を瞑った事によってまた大粒の涙が零れ落ちる。 頬を伝い、シギの手に、頬に次々と。 あまりに眩しい光に、リュオイル達は手をかざしてその光を遮っていた。 「これが、アブソリュートの力の一部・・・・。」 ポツリと呟いた言葉は、他の者には全く聞こえなかった。 唯一聞こえたのは、常に寄り添うように彼の傍にいるヘラだけだった。 「・・・・治まったか。」 それからどれだけ時間が経っただろう。 30分?10分?いや、恐らく1分も経っていないはずだ。 ただそれまでの事があまりにも衝撃的で、そして神秘的で脳を覚醒させるには少し時間がかかった。 徐々に治まっていくフェイルのその力。 シギの腕を握り締めたまま、ピクリとも動かない。 流石に心配になったシリウスは、今まで動かなかったその位置から初めて足を動かした。 「フェイル?」 なるべく彼女を刺激しないように、出来るだけ穏やかな声で彼女の名を呼んだ。 瞬時にその細い肩が揺れる。 意識はあるようなので、ひとまず安堵する。 だがこちらを振り返るわけでもなく、そのままフェイルは上手く動かない唇を動かした。 「・・・シ、ギ・・・・君?」 震えた声で紡がれたか細い言葉に反応するように、シギの右手がピクリと微かに動いた。 それまで決して動く事のなかった瞼が、少し震えながらゆっくりゆっくり開いていく。 懐かしいコバルトブルーの瞳が何かを捜すように少しずつ目を泳がせた。 まだ覚醒しきれていないようで、フェイルに焦点を合わせたシギは寝ぼけたようにじっと彼女を見つめていた。 「・・・・フェ、イル?」 左側の手で頭を押さえ、眩しそうにこちらに目を向けているのは紛れもないシギ。 ボンヤリとした様子でこちらを見つめているのは大好きなコバルトブルー。 「シギ・・・・・シギ君!!!!」 「え。ぉわっ!!」 上体を起こそうとしていたシギは、突然しがみついてきたフェイルによってベッドに倒れた。 何が何だか分からない様子のシギは、覚醒した頭を回転させ、傍にいた相棒に目をやった。 それまで動く事のなかったミカエルの目が大きく揺れる。 彼にまでそんな顔をされて困るのはシギだ。 「何なんだ?」とでも言いたそうに首を傾げていたが、フェイルに目線を落とすと再度上体を起こす。 フェイルは相変わらずしがみついたままだったが、その肩が震えている事にシギは気付いていた。 ゆっくり、子供をあやす動作で彼女の頭を撫でると、フェイルは驚いたように顔を上げる。 涙で濡れた顔を見たシギは、フェイルを元気付けるために精一杯笑った。 神に向ける作り笑顔じゃない、本当の笑顔で。 「どうした、フェイル。」 まるで妹を持っているような心境だった。 いつまで経っても泣き止まないフェイルに困惑しながらも、その原因が分からずまた違う意味で考え込んでいた。 周りにいるのはゼウス神やヘラ神、ミカエルにリュオイル達。 特に驚いた顔をしているのはミカエルと仲間達だ。 アレストなんてフェイルみたいに涙を溜めて手で顔を覆っている。 リュオイルは本当に安心しきったようで、泣きそうになりながらも笑っていた。 シリウスやアスティアはいまいち表情が掴めないが、2人とも穏やかな雰囲気である。 「どうした。誰かに苛められたか?」 「違う・・・・ごめ、ごめんなさい・・・。」 「ははっ。何で謝るんだ?まぁまぁ落ち着けフェイル。 とにかく、この状況は一体何なんだ?ミカエル。」 シギは困惑しながらも再度ミカエルに視線を送った。 彼の言葉にやっと我に返ったようで、ミカエルは少し目を見開けてシギを見つめた。 「覚えてないんですか?貴方が聖気を失って倒れた事。」 「・・・・悪いな。あんまり覚えてねぇんだこれが。 確か、リュオイルを庇って・・・・・・って。」 そこまで言うと、シギはガバッとリュオイルの方に向き直った。 いきなり自分に視線が向けられたリュオイルは、驚いたものの、彼から視線を外す事はなかった。 シギは頭が混乱しているようで、焦っているのか心配しているのか嬉しそうなのか全く分からない表情だ。 「お、お前。リュオイル大丈夫なのか!?というかフェイルがここにいるって事は・・・。 ・・・・・おいおいおいおい、よく分かんねぇぞこりゃ。」 「僕は大丈夫だよ。お前が、助けてくれたから。」 「・・・・そ、そうか。でも、何だってこんな緊迫な雰囲気なんだ?」 あっけらかんとした様子で尋ねるシギに、アスティアは笑いを堪えきれなかった。 くすくす、とこの部屋から笑い声が聞こえる。 さっきまであんなに緊張感が漂っていたのに今はこんなにも違う。 状況を呑み込めていないシギは首を傾げているが、でもフェイルをなだめることは忘れていない。 こちらからではフェイルの表情は読み取れないが、シギが笑っているのだからそう心配はないだろう。 「気分はどうだ、シギ。」 和らいだ空気が、彼の威厳ある声で瞬時に掻き消される。 まるで時が止まったかのようにピタッとその場の全員が動きを止めた。 「・・・ゼウス神、これは一体。」 「ミカエルが言っていた通りだ。 お前はリュオイルを庇い、ルシフェルの攻撃をその身に受けた。」 「ではあの時から俺は・・・。」 「左様。今の今まで眠っていたのだ。フェイルに感謝するがいい。」 「フェイル・・・?」 訝しげに眉をひそめたシギは、彼に抱きついて離れないフェイルを見下ろした。 顔を上げずに、うずくまる形でそのまま動かない。 そういえば、少し前から全然動かなくなってしまった。 嫌な予感がしたシギは、急いでフェイルの肩を掴む。 シギの行動に驚いたリュオイルは、慌ててそれを止めに入った。 だがシギがそれを許さない。 「シギ!?」 「おいフェイル、大丈夫か?」 さっきまで必死にフェイルをなだめていた穏やかな顔が一気に変わった。 蒼白な顔を見せ、ただ事ではない様子を際立たせた。 更に緊張した空気が流れる。 シギとフェイルの異変に気付いたシリウスは、すぐさま傍に駆け寄り彼女の様子を伺った。 「シリウス、どうだ?」 「・・・大丈夫。ただ意識を失っているだけだ。」 ホッとしたのか、シリウスは少しだけ頭を横に振った。 一方のリュオイル達はと言うと、一体何が起こっているか分からず困惑しているだけである。 詳しい事を知っているシギとシリウスは、2人だけで納得して溜息を吐いていた。 「ちょ・・・フェイルどないしたねん!!」 シリウスが「意識を失った」と言っていたが、何故そんな事になったのか分からない。 彼等の交わした言葉ではどうやら命に別状はないようだが、フェイルはぐったりしていた。 涙の跡を残し、真っ青な顔色で眠っている。 平気そうだとは言い切れないが、さっきはまだましだった。 突然狂ったように何か呟いていたが、ちゃんと意識はあった。 度重なる出来事に、仲間は不安を隠しきれない。 元気そうに動き回っていると思ったら、いつの間にか倒れている。 そんな悪循環が立て続きに起こっているので、そろそろリュオイル達の神経も限界がきそうなのだ。 「大丈夫だアレスト。」 「さっきこいつを目覚めさせた時に力を使いすぎたんだろう。」 そう言うとシリウスは軽々とフェイルを抱き上げた。 それにびっくりしたのはシギでなくリュオイル。 「あ。」と声を上げて抗議しようとしたが、先にシリウスの声によって掻き消された。 「フェイルを休ませる。部屋に連れて行くが、問題ないな。」 「・・・・あぁ。アブソリュートにはまた今度話をしよう。」 悪気なく言った言葉だったろうが、その言葉に露骨に不機嫌さを見せるシリウス。 冷たい視線を向けられたゼウスは、「心外だな。」とでも言わんばかりに彼を見返した。 だがそれで怯まないのが屈強なシリウスだ。 ちらり、とフェイルの方に目を落とし、ゼウスを睨んだ。 「お前達の知っているこれが『アブソリュート』でも、 俺達の知っているこれは『フェイル=アーテイト』だ。」 アブソリュートと呼ばれるたびにどれだけ怯えていたか。 「フェイル」という存在を否定されるかのように言葉を投げかけられた時のあの表情。 忘れやしない。あの傷ついた顔。 許さない。許すわけがない。 たとえ全てを聞かされていた立場であっても、許す事は出来ない。 彼女を傷つけた。怯えさせた。「フェイル」という人物を拒否した。 ゼウスの言っている事は恐らく正しい。 だが話があまりに唐突過ぎる。 そんな馬鹿げた、あまりにリアル過ぎる話をいきなり持ち出されて「はいそうです。」と頷ける奴がどこにいる。 ゼウスが求めるのは肯定か拒否か。正か負か。 まどろっこしい内容なんかいらない。 必要なのはYESかNO。 その2つしか選択が与えられない。 「否。それは紛れもなくアブソリュート。 否定する事は出来ない。それが己の事を認めるまでは苦労するだろうが。」 「そう思ってんなら、こいつの事を気安くその名で呼ぶな。」 いい加減話しているのも鬱陶しくなったのか、シリウスはフェイルを抱えたままその部屋から出て行ってしまった。 それを呆然と眺めていたリュオイルだったが、ようやく我を取り戻したのかすぐさまシリウスの後を追う。 残ったのは神、天使、人間2人ずつだ。 シリウスの突然の敵意に少しだけ驚いたゼウスだったが、彼の足音が消えた途端、クツクツと笑い出す。 「ゼウス神?」 「くっくっ・・・・。面白い人間だな。」 そこまであの「フェイル」という名を持つ少女に肩入れするとは。 「だが、それも長くはないだろう。」 そう。あれがアブソリュートだという事は変わりないのだから。 シギを目覚めさせた時に感じた神気。 あれは紛れもない神のみが持つ聖なる力。 完全とは言いがたいが覚醒したのだ。 あれが、自らをアブソリュートと認める日もそう遠くない。 「お前も目覚めたばかりで混乱しているだろう。今日はゆっくり休養をとり、明日からに備えるのだ。」 「分かりました。」 それだけ言うと、ゼウスはヘラを連れてこの空間から瞬時に消え去った。 移転魔法をした後の余韻が僅かに残る中、取り残された4人は一気に緊張した空気を和らげる。 最初に口を開いたのはアレストだった。 「大丈夫なんか、シギ・・・。」 心なしか語尾が小さい。 心底心配しているようで、いつも明るい顔の彼女は今にも泣きそうな表情でシギを見つめていた。 「ん?この通り、全然問題なしだぜ。」 アレストを心配させないように、シギはあの頃と変わらない屈託のない笑顔を向けた。 「大丈夫だって。」と何度も何度もアレストに言い聞かせると、ホッとしたのかアレストもつられて笑い出した。 帰ってきたんだ。 もう、大丈夫なんだ。 戻ってきてくれて嬉しいよ。 もう、何処にも行かないよね。 「・・・・んな悲しそうな顔すんなって。」 「う、うち悲しい顔なんかしてへんでっ!!!」 「おんやぁ〜?ムキになってるって事は図星だろ。 いっやー、俺ってば罪深い男だなぁ!!!」 あっはっは!!と高々笑うシギに、今度はミカエルまで吹き出した。 相変わらず変わらない彼のおちゃらけた性格。 たった一言でここまで皆が笑顔になる。 「何でやねん!!!」 久々に彼女の突っ込みが入った。 既に体が慣れているのか、アレスト自身驚いていた。 彼と離れたのはそれほど時間は経っていない。 フェイルよりはずっとずっと短いはずだ。 でも脳裏に焼きついているのは、リュオイルを庇って崩れ落ちたシギの姿。 それは昨日の出来事だったようにも思える。 「・・・・心配、したんやからな!」 でも、今彼は目を覚ましている。 「次にこんな事したら、ぜぇったいに許さへんからなっ!!」 いつものように、きっと笑う事が出来る。 「・・・・あぁ。」 ほら、やっぱり笑ってくれた。 最初はきょとんとして、何だか困ったような笑みだったけど今は違う。 綻んだ様に笑う姿は、凄く凄く懐かしくて。 凄く凄く、嬉しかった。