■天と地の狭間の英雄■ 【幼き心のセレナーデ】〜君のために出来る事〜 「フェイル、どうだ調子は。」 落ち着いた低い声が広い部屋に響き渡る。 少し長めの銀色の髪が太陽の光に反射され、とても綺麗だった。 ここは前々から用意されていたフェイルの部屋。 人間界から来た客人達に、1人1部屋あるがそこに1人で留まる者はいない。 常に誰かと共にいて、少しでもこの神秘的で何とも言えない雰囲気から逃げようとしているのだ。 大方の天使達はほがらかで優しいが、神だけはどうも苦手だ。 特に、天空を主帝とするゼウス。 彼の周りから出る雰囲気はどうも近寄りがたく、出来ればあまり話したくない。 どんなに平然としていても、体は正直ですぐに緊張する。 嫌な汗が出るときもあるし唇が震えて上手く言葉が喋れない者もいる。 それだけ威厳のある神なのだと思い知らされるが、でもどこか納得出来ていないのだ。 言葉では言い表せれない何かが、彼を拒んでいる。 拒絶。とまでは言えないが、それでも彼に私情で近づくのはごめんだ。 「・・・うん。平気だよ。」 額に手をやりながらフェイルはゆっくりとベッドから起き上がった。 意識を失って数分もしないうちにフェイルは目を覚まし、丁度今シリウスに寝かされていたのだ。 「熱は・・・ないな。」 「あはは、シリウス君ってば心配性だよ〜。何かリュオ君みたい。」 リュオ、という単語にシリウスは僅かに反応を示した。 だがそれはあまりに小さな動きだったのでフェイルは気付かない。 「それはどうでもいいが・・・。」 複雑な心境の中、シリウスは意味もなく頭を軽く振った。 シギのいた部屋から出ていく時に確か遅れてリュオイルも出てきたはずだが、 迷ったのだろうか、一向にこの部屋に現れない。 シギのいた部屋からここまではかなり入り組んでいたため、確かに迷いそうなのだが、何だか格好悪い。 まぁ彼のことだし放っておいても問題ないだろう。 「そう言えばこうやってシリウス君と真正面から話すのも、久しぶりだね。」 にこにこと笑いながら唐突に話しかけてきたのはフェイルだった。 少し呆けながらも、彼女のいった事を頭の中で復唱すると確かにそうだと言える。 フェイルが帰ってきてから常にリュオイルが傍にいたので、フェイルとこうやって2人で話すこともなかった。 それに忘れて、気付いていなかった。 「言われてみれば、そうだな。」 「うん。最近はよくリュオ君が一緒にいてくれてたからあんまり気付かなかったんだけど・・・。」 そう言えばこの頃はイスカが仕事ついでによく見舞いに来る。 たまに彼の相棒であるアラリエル共一緒に来るが、いつもイスカは気まずげに、 でもはにかんだ様な笑みで相手をしてくれているのだ。 初対面の時こそフェイルは少しだけ警戒していたが、もうそんなものは消え失せている。 見た目の歳がそれなりに近いため、案外気楽に話せるのだ。 本当の所イスカは尊敬の眼差しで彼女を見ているのだが、傍にいるリュオイルは毎度毎度不機嫌そうな顔をしている。 それに気付かないフェイルとイスカの鈍感っぷりにいつもアラリエルは苦笑しているのだ。 「まぁ、あいつが傍にいたがる気持ちも分かるな。」 「え・・・?」 「いや、気にするな。」 シリウスの言葉に不思議そうに首を傾げるフェイル。 その仕草を見た彼は少しだけ笑って首を振った。 「何でもない。」と言うと、シリウスはフェイルに再度寝る様に指示した。 でも眠気もだるさもないフェイルは頭を振って言う事を聞こうとしない。 毎度ながら彼女の強情さには怒りどころか呆れを感じる。 まぁそんな事でシリウスが怒るわけがないのだが、やはり病み上がりであるフェイルの体が心配だ。 周りの事には敏感なくせに、自分の事となると恐ろしく鈍感なので誰かがついていないと危なっかしい。 挙句の果てには自分の体調管理も間々ならないのだからお手上げだ。 「フェイル・・・。」 「大丈夫大丈夫!!」 こめかみ部分を右手で押さえ、大きな溜息が出そうになるがそれを何とか抑える。 ここにリュオイルがいればここぞとばかりに説教を始めるだろうが、 生憎シリウスはそういった性質の持ち主ではないので、叱るどころか咎める事もない。 でもそれは表面上だけであって、本当は心底心配している。 ただ単にその感情をどう表せばいいか分かっていないだけなのだ。 その事をシリウスはちゃんと理解している。 ただ彼の不器用さが前に出て、どうやってもそれを克服する事が出来ない。 ここで怒ったらフェイルが悲しむし、責めたてたらそれで彼女は落ち込むだろう。 出来るなら、フェイルが悲しむ姿は見たくない。 だから必要以上に責めないし怒りもしない。 周りは「甘い」と見ているだろうが、悲しまれて泣かれるよりはずっとましだ。 それに、フェイルだって何も考えていないわけじゃない。 本当に無理な時は静かに言う事を聞いてくれるのだ。 「でも、シギ君助かって良かった。」 本当に嬉しそうにフェイルは頬の筋肉を緩ませた。 さっきまであんなに泣きじゃくってシギにしがみついていたというのに、 今は大分落ち着いているのか笑顔を見せる余裕がある。 でもその言い草はまるで人事みたいで、本来ならもっと喜ぶべき事なのにどこか心が晴れない。 「そうだな。だが、まだ油断できない。」 「うん。・・・でも、本当にシギ君助かって、良かったよ。」 ゼウスに「アブソリュート」と呼ばれた時の恐怖は既に消えている。 と言うよりも忘れようとしている、と言った方が正しいだろう。 本当の笑顔と、無理に作っている笑顔がごっちゃになり、それは見ているだけで辛い。 彼女の本当の笑顔を知っているからこそ、こんなに胸が痛むのだ。 そしてその原因を知っているから尚更不機嫌になる。 「フェイル・・・。」 「でも、ほんとはね、本当は、シギ君を目覚めさせるの躊躇ったんだ。」 フェイルは真っ白なシーツを軽く握った。 シワ一つないそれに、自分でシワを作るのは少し抵抗があったが今は何かを掴みたい気分なのだ。 そうしておかないと、また自分を失う。 「このままシギ君を目覚めさせなければ、きっともうシギ君は辛い目に遭わない。 シギ君いつも平気そうに笑ってるけど、でもそんな事ないんだよね・・・・。」 生きているから、生きていれば誰でも辛い目に遭う。 どれだけの辛さかは分からないけど、でもいつかはその壁に立ち向かわなければならない。 「たまに、ミカエルさんにシギ君の事聞くんだけどね。 話を聞いている限りでは、何だか辛い目に遭ってばっかりみたいなんだ。」 仲の良かった友人を失い、無理難題な命令を出来る限り遂行しようと励み そして、孤独の中で生きていた。 ミカエルとは元々仲が良かったが、シギはミカエルに要らぬ心配をかけさせたくないため、 自分の中に全てを塞ぎこんでいたと言う。 時には弱音を吐き、時には1人暗闇の中で泣いた。 誰かに打ち明けるわけでもなく、でもそれにミカエルが気付かないわけがなく、 こうして、何年も何十年も過ぎ去っていった。 シギが、彼から打ち明けるまで何も言わない。 問い正してもシギはお得意の笑顔でスルリと離れてしまう。 仲間を、友を思いやる故に起きる1つの壁。 決して譲らない頑固な性格には、相変わらず年中無休で悩まされている。 「いつも『大丈夫』って言ってたのも全部無理してたんじゃないかなって、思ったの。 本当はずっと前から苦しんでて、でもそれを打ち明ける事も出来なくてもっと苦しんで・・・。」 今思えば、何故彼がここまで辛い目に遭わなければならないのだろうと思う。 シギだけでなく、リュオイルやシリウス達だって辛い目に遭っているのは百も承知だ。 でも見えない鎖に縛られたシギは、逃げることも勝手に死ぬことも許されない。 自由のようで自由でない天使。 背にあるその純白の翼を見れば誰だって「自由な天使」と思うだろう。 その大きく柔らかな翼で、空を飛び交う姿は憧れを持つ。 でも、皆天使が神に縛られているのを知らない。 フェイルだって、リュオイル達だって天界に上がるまで全く気付かなかった。 空想と現実は、全く違う。 皆が皆幸せではない。 それが、認めたくない現実。 「・・・・。」 「これ以上シギ君に辛い目に遭って欲しくないって思った。 でもね、同時にシギ君がいなくなるなんて絶対に嫌だって思ったの。」 仲間だからとか、今まで一緒にいたから名残惜しいとか、そんな意味じゃない。 純粋に、ただ大好きだから。 皆と同じくらい大好きだから。 いなくならないでほしい。 ずっと笑っていてほしい。 幸せになって、自由になってほしい。 「こんなの、私の我侭だよね。」 「フェイル。」 「やっぱり私のせいで・・・」 「フェイルっ!!!」 今まで何も口を挿まなかったシリウスが、珍しく声を上げた。 それに驚いていたフェイルだったが、急に力強い手に腕を掴まれて抱きしめられる。 最初は一体何が起こったか分からず戸惑っていたが、シリウスの温もりを感じて段々治まっていった。 「・・・・もういい、もういいから・・・・。」 掻き抱くように、離さない、とでも言わん限りにシリウスはフェイルを抱きしめていた。 フェイルの頬にシリウスの細い銀の髪が揺れる。 それがくすぐったくって、でも彼の温かさが心地良くて。 だから今どんな表情をしているか分からない。 ただ一つ言えるのは、歯止めをしていた何かがプツリと切れたようだった。 何度も何度もシリウスに頭を撫でられ、そして「もういい。」と何度も声をかけられる。 その意味は、まだ分からない。 何故シリウスが悲痛な声で抱きしめるのかフェイルには全く分からなかった。 じゃあ、何でこんなに胸が苦しくなるの? 「・・・シリウス君。」 「もういい、何も言わなくていいから。」 優しい声に、優しい仕草に、一つ一つの動作が嬉しくて・・・でも同時に切なくて。 「・・・・・っ・・・・。」 何が何だか分からないまま、フェイルは嗚咽を漏らした。 さっき泣き止んだはずなのに、また両目からポタポタと雫が零れ落ちる。 フェイルが泣いていると悟ったシリウスは、彼女を離す事無くまた優しく背をポンポン、と叩いた。 あやす形で、何だかみっともない気分になるが今はそんな事に構っていられない。 止め処なく零れる透明な雫はシリウスの肩部分の服に染み渡る。 何故なのかその辺だけ冷静なフェイルは、悪い事してるなぁと思っていた。 「無理するな。」 シリウスの優しい声色が耳元で聞こえる。 低すぎることないその声はしっくりくる。 まるで溶け込むかのように、じんわりと暖かみが帯びていた。 そんな事を彼に言えば馬鹿にされるか苦笑されるかのどちらかだろうが、フェイルにはそう思えて仕方がない。 「お前、人には無理するなって言ってるくせにお前が無理してどうするんだよ。」 少し笑いを含んだ声でシリウスは変わらぬ優しい声でフェイルを抱きしめ続けていた。 しゃくり上げるたびに彼女の細い方が揺れ、一層小さく儚く見えさせる。 そんな顔してほしくないけれど、変な所で泣かない彼女には今泣かせてあげたいと思った。 泣くことは決して悪い事じゃない。 ずっと泣きっぱなしは駄目だが、でも彼女はちゃんと立ち上がり歩く力を持っている。 そう信じている。 前も今もこれからも、ずっと・・・・。 「・・・・だ・・・・。」 それまでただしゃくりあげていたフェイルが、泣き声であるが初めて言葉を口にした。 ずっと抱きしめていたため顔色が見えない、と今分かったシリウスは、少しだけ腕を緩める。 顔色が伺える距離まで離すと、フェイルがちゃんと言葉を話すまで静かに待った。 「・・・私、やだ。」 「何がだ?」 主語が抜けていて、一体何が嫌なのかさっぱり分からないが、そんな事を気にした様子の無いシリウスは、 フェイルの頭を優しく撫でながら彼女の返答を待つ。 顔を伏せているため全部表情を伺う事は出来ないが、伏せながらポタポタと零れ落ちる涙を見れば、 誰だって今泣いているんだと分かる。 「消えたく、ない。」 「消える・・・・?」 意味不明な言葉にシリウスは少し動揺した。 それが何の変哲もない、もしくは現実にはありえないことだったら彼の事だから軽く流しただろう。 けれどもフェイルの言っている事には、何故か胸騒ぎを感じる。 一体何がどうやって、という詳しい部分がかなり省略されているため細かい事は分からないが、 こんな所でフェイルが冗談を言うはずがない。 第一そんな余裕はないはずだ。 消え入りそうな声で、助けを求めるような辛そうな声でそんな事を言われれば誰だって神妙な面持ちになる。 大切な人だからこそ、尚更だ。放って置けない。 「知らない記憶に、押し潰されそう・・・。誰かが、いる・・。 きっと、きっとあの人が言ってる人なんだっ!!」 「フェイル、落ち着け。」 「知らない知らない知らないっ!!! 私は、私はアブソリュートなんかじゃないよっ!!!!!」 泣き喚くようにフェイルはシリウスでない誰かに訴えかけるように声を上げた。 何も聞きたくないのか、頭と耳をがっちり押さえて暴れている。 その暴れように驚いたシリウスだったが、すぐに押さえに入る。 暴れていると言っても所詮男と女。 力の差は歴然で、あっという間に押さえる事が出来た。 それでも無意味なのにも関わらずフェイルはその腕から離れようとする。 「嫌だ嫌だ、離してっ!!私の事アブソリュートだって思ってるくせにっ!!!」 「―――――っ!!フェイル!!!」 半ば自暴自棄に陥っているフェイルに痺れを切らしたシリウスは声を上げた。 強引に肩を掴み、お互いの目と目が合うように体を固定させる。 最初の方こそ暴れようとしていたフェイルだったが、アメジストの瞳がぶつかり、外すことが出来なくなった。 力強い瞳で射るように見つめれられて動く事が出来ない。 怒っているわけではないが、その真剣な目から目を離すことが出来なかった。 「いいか、落ち着いて聞け。フェイル。」 静かな、そして抑揚のきいた声がフェイルの耳に過ぎる。 唖然としてその瞳を見つめていると、急に悲しそうにそのアメジストの瞳を曇らせた。 そんな姿は今まで見た事がないのでフェイルは知らず知らずのうちに顔を歪ませた。 流れ落ちる涙を拭かず、その真剣な目に見惚れる。 あんなに荒れていた心が、清流のように穏やかになっていく。 こんな失態を犯して、怒られてぶたれるくらいなのは当たり前なのに彼は何もしない。 責めずに、ずっと話を聞いてくれて、一緒にいてくれる。 「俺は、お前がアブソリュートだろうが何だろうが関係ない。」 いつも素っ気無い態度で、そんな言葉でいるけれど、でも本当はすごくすごく優しい人で、 こうして傷ついていると、すぐ傍で悩みを聞いてくれて、ずっと傍にいてくれる。 「フェイルはフェイルだ。アブソリュートなんか、知ったこっちゃない。」 冷たい態度とは裏腹に、抱きしめてくれた時のあの温もりが忘れられない。 不意に見せる笑顔が印象的で、時々見る怒った顔にびっくりして。 「俺は『フェイル』という1人の人間がいればいい。」 でもお願い。 そんな事言わないで。 すごく、嬉しいから。 「俺は、フェイルがいれば何もいらない。」 「お前が消えるなんて許さない。」 どうか、そんな嘘言わないで下さい。 どうか、私を突き放して嫌悪して下さい。 だってそうすれば、 こんなに悩まなくても、こんなに苦しまなくても・・・。 私はいつか記憶を失う日が来るのだから。 大好きな人が突き放してくれれば、もう何も思い残すことはないから。 『アブソリュート』が、きっとまた新しい『私』を作るから。 「そんな事言うな、馬鹿が。」 「ばっ・・・。」 「俺は、お前を忘れるなんてごめんだからな。」 たとえお前が俺を忘れても 俺がお前を覚えている。 たとえお前が俺を嫌っても 俺がいつまでもお前を想い続ける。 たとえ「フェイル」がその身から記憶を消そうものなら 俺はお前を絶対に離さない。 俺はお前を絶対に許さない。 俺はお前を縛った神を許さない。 忘れるな、傍にいろ。 「お前に何があっても俺はお前を信じ、そして決して忘れない。嫌いになんかならない。」 忘れるものか。 嫌いになるものか。 何に変えても、世界で一番守りたい人。 世界で一番愛しいと想う人。 妹よりも慈しみ愛した少女。 それを伝える事は恐らく出来ないだろうが、この気持ちは絶対に変わらない。 お前が泣きたい時は傍にいる。 お前が悲しんでいる時はずっと話を聞いてやろう。 お前が笑った時、俺も心から笑おう。 「俺を信じろ、フェイル。」 ポタリと、一旦止まっていた雫が床に落ちた。 今度はしゃくりあげる事無く、ただただ涙が頬を伝わり落ちている。 フェイルは自分が泣いていることに気付いていないのか茫然としていた。 今まで堪えていたものが、涙としてボロボロと零れていく。 その瞬間フェイルがヘタリと座り込んだ。 慌ててシリウスが手を差し伸べるが、間に合わなかったため彼もフェイルと同じ目線になるように屈んだ。 澄んだエメラルドの瞳とアメジストの瞳がぶつかる。 何か言いたげなフェイルだが、口が上手く動かないのか開けたり閉じたりしている。 「・・・た、し・・・・。」 頬は涙で濡れきっている。 それを拭おうともしないフェイルに、シリウスは静かにその涙を彼の指で拭ってやった。 目は真っ赤になっているのでそろそろ冷やさないと明日あたり大変な事になるかもしれない。 でも一度崩れた涙腺を元に戻すことは難しくて、涙はずっと流れ続ける。 涙が流れすぎて、酷く頭が痛い。 何だかクラクラするし、あんまり体調が良くないと流石に私でも分かる。 でも、待って。 私言いたい事がある。 言わなきゃ駄目なんだ。今すぐに。 あぁ、でも上手く声が出せない。 何でこんな時に限って声が出ないんだろう。 おまけに泣き過ぎたのかすごく眠い。 まだ眠れないのに、まだ言いたい事があるのに。 「・・・わた、し・・・・。」 何で、こんなに優しくしてくれるんだろう。 何で、こんなに優しい言葉をかけてくれるんだろう。 私なんか、そんな価値もないのに。 でも、シリウス君や皆が大好きなの。 やっぱりいっぱいいっぱい大好きなの。 大好きな物を取り上げられたくないから、こんなに抵抗するのかな。 1人になるのが嫌だからこんなにたくさんの我侭をを言っちゃうのかな。 「・・・わたし、いても、良いの?」 こんな私でも、傍にいることを許してくれますか? 「当たり前だ。だから、消えるなんて言うな。」 こんな私でも、必要としてくれますか? 「・・・・・・う、ん。うんっ!!」 彼女の肩が揺れた。 地面を睨めっこをして、その床にまた水滴をポタポタ落とす。 それを一部始終見ていたシリウスは、フッと柔らかな笑みを見せた。 でもその笑みは顔を伏せているフェイルには見えない。 本当に穏やかな表情で、シリウスは再度フェイルを抱きしめた。 今度は壊れ物を扱うかのように優しく。 「俺が、傍にいる。」 ずっとずっと。 お前が本当に必要な奴を見つけるまで。 お前がそいつの前で本当に心から笑えるまで。 俺は多分その相手になれないだろうから。 だから、今だけでも・・・・。 「・・・・・・・・。」 赤い少年は、少し開いていた扉の前で複雑な表情をしていた。 中に入る事も出来ず、でも中々そこから出て行く事も出来なくて。 あの子が泣くたびに拳に入る力が一層強くなる。 何も出来ない悔しさ。 今あの子の傍にいるのは、自分ではなくてシリウスだ。 でも、もしフェイルを宥める役が自分だった場合どうなっていただろうか。 彼のように、フェイルを包み込むことが出来ただろうか。十中八九、きっと出来ないだろう。 これほどまでに自分の不器用さを呪った事はない。 今フェイルの傍にいるのがシリウスって事も気に入らないが、でも自分の不甲斐なさが一番悔しい。 (僕は、あの子のために何をしてあげられる?) 満足に守る事も出来ない。 逆に助けられる方が多い。 それは屈辱でもあり、今更なが自分の非力さを目の当たりにする。 結局何も出来なくて、ただ大きな口でしか物を言う事しか出来なくて。 ――――そんなの、ただの子供だ。 子供でも出来る事を、今まで自分はやっていた。 口だけ大きな事を言っても、それを実現させなければなんの意味も無い。 頭では分かっていたつもりでも、どうしてもそれを実現させる事が出来ない。 「・・・・ぼ、くは。」 今まで何をしていたんだろう。 今まで一体何を学んできたのだろう。 学問だけでは学べれない事がたくさんある。 フェイル達と旅をして、学んだはずなのにそれさえも習得出来ていない。 一体何のために僕はここにいる。 フェイルを守るって決めたのに、それなのに。 「リュオイル。」 不意に部屋の中からシリウスの声が聞こえた。 滅多に名前を呼ばれない彼に呼ばれたリュオイルは、肩を震えさせて硬直している。 一応気配を隠していたはずなのだが、何故彼は気付いたのだろうか。 そ、と隙間から彼を覗くと、彼は椅子に座り、 いつの間にか寝入ってしまったフェイルの髪を遊ぶように指に絡ませていた。 恐らく彼がフェイルを運んだのだろうが、ずっと考え事をしていたリュオイルにはその気配さえ感じなかった。 何だかそれが恥ずかしくて、中に入ろうか、更に彼を戸惑わせた。 「何やってんだ。入ってこい。」 抑揚の欠けた、静かな声がリュオイルの耳をかすめる。 急かすようなその言い草に、リュオイルはついに入る事を決意した。 「・・・・・。」 「そんな所でボサッと突っ立ってないで椅子に座ればどうだ。」 「え、あ、うん・・・。」 予想外な言葉にリュオイルは戸惑いを隠し切れなかった。 近くにあった椅子を持ってきて、シリウスの隣に置く。 そこからはフェイルの寝顔も良く見えるし、何より一番暖かな場所だ。 彼女の金色の髪が微かな光に反射されている。 それを面白そうに見て指を絡ませているシリウスは何を考えているか全く分からない。 「いつから、気付いてたんだ?」 気配を隠していたはずなのに、どうして彼は自分がいると分かったのだろうか。 一応気配を殺すのは自信があるし見破られた事もない。 でも彼は、こうも簡単に見抜いた。 「お前、平和ボケしてんのか? 扉の数歩手前で気配消しても意味ねぇだろうが。消すんならもっと前から消せ。」 「あ・・・・。」 初歩的なミスだ。 確かに彼の言った通り、僕は数歩前で声がしたから気配を消した。 これでは逆に不審がられる。 フェイルは混乱していたためか気付かなかったものの、シリウスは誤魔化せないときた。 「ご、ごめん。盗み聞きするつもりは、無かったんだ。」 「・・・別に気にしてない。」 目線を合わせる事無く、フェイルの髪を絡めたままシリウスはそう言った。 本当に怒っていないらしく、彼の雰囲気はいつもより穏やかだ。 良く見れば僅かに微笑している。 今までの経緯を知っているリュオイルは、それが何故なのかすぐに分かった。 「フェイル、大丈夫、じゃないね。」 「まぁな。」 「・・・・ゼウス神はどうするつもりなんだろ。」 「さぁな。」 返ってくるのは素っ気無い言葉ばかり。 一応こちらも真剣に話をしているのだからもう少し真面目に聞いて欲しいと思う。 何だか自分1人で悩んでいるみたいで格好悪い。 上手くいかないことだらけで、知らず知らずのうちにムシャクシャしている。 だから段々語尾がきつくなっている。 それを制御する事は出来ないけど・・・。 「こ、こっちは真面目に聞いてるのに、何でお前はそう素っ気無いんだよ!!」 「煩い。フェイルが起きる。」 ぴしゃりと即答された言葉は微妙に痛かった。 「う・・・。」と押し黙りフェイルを見るが、起きた様子はない。 ホッとして胸を撫で下ろすと、今度はさっきより小声で、出来るだけフェイルを起こさないように心がけた。 「・・・フェイルの事、心配じゃないのか?」 多分今僕は不機嫌っ面だと思う。 1人で怒って、1人で喋っていると何だか惨めだ。 彼に答えを望むのがそもそも間違いなのかもしれないが、彼に聞けば何か答えをくれるかもしれない。 そういった期待がある。少なからず彼は僕に答えをくれた。 喧嘩をした時とか、落ち込んだ時とか。 意外な時に彼は答えをくれる。 それを聞いて、僕は何で気付けなかったんだろうって思うけど、でも素直に呑み込める。 「心配とか、そんな当たり前の事聞いてどうする。」 「そ、そりゃそうだけど、でも・・・。」 「ゼウスがフェイルをどうするとか、そんなの俺の知ったこっちゃねえよ。」 「は?」 あまりに唐突な答えにリュオイルは間抜けな声を出した。 それに気にした様子のないシリウスは、フェイルの髪を指から離し、リュオイルに向き直った。 「フェイルがどうなるか? 違うだろ。こいつがどうなるかの前に俺達がこいつを助けるんだろ。 終わった後にどうこう言ってもこの世界では通用しねぇ。」 彼の目が真っ直ぐ自分を見ている。 感情の入っていないそれは、恐ろしくもあり同時に綺麗だと思った。 彼の言っている事は正論で、そして自分の欲しかった答えだった。 「・・・・・。」 「そんな事も気付いてねぇのかよ。」 呆れたように言う彼にムッときながらも、それを抑えリュオイルはフェイルに向き直った。 幼くあどけない顔で眠っている姿はとてもあのフェイルとは思えない。 たくさん傷ついて、たくさん泣いて。 でも手探りに何かを捜している姿はまるで幼子だ。 1人になるのが怖くて、誰かに傍にいて欲しいと切に願う。 いつしか自分もそうだった。 彼女も、皆も同じ気持ちなんだ。 フェイルは皆と離れたくないと思っている。 僕だって、フェイルと別れるなんて嫌だ。 アレストもアスティアもシギも、皆嫌がるだろう。 こんなに仲間に慕われて愛されている子が突然消えた時、皆どんな思いを抱くのだろうか。 泣くだろうか、怒るだろうか、悲しむだろうか。 全部だ。 いなくなるなんて、考えられない。考えたくない。 「・・・・そう、だね。」 何で、こんな簡単な答えを見つける事が出来ないんだ。 何で、シリウスはこんなに簡単にフェイルの心を休める事が出来るんだ。 僕は彼女に何も出来ない。 ただ見守る事しか出来ないのか。 「・・・・フェイル・・・・。」 僕は、君にとって必要される人間だろうか・・・・・・・。