「・・・・ソピア?」 最近彼女の様子がおかしい。 闇に佇む1人の少年は、前を歩く幼い少女に目をやった。 いつもなら暇あればすぐに少年の元にやってきてひっつくのに、ここ最近はそれが全くない。 無邪気で笑顔いっぱいの少女が、今は無表情に地上を眺めていた。 まだまだ幼い顔立ちと、そしてほんわりと見せるピンクの髪とその表情はミスマッチだ。 「ソピア。」 少年はさっきより幾分か語尾を強めた。 すると、少女はぴたりと立ち止まり静かにこちらを向いた。 ―――――ソピア・・・? 初めて彼女の微笑が、初めてとても冷たくて恐ろしいと感じた。 ■天と地の狭間の英雄■ 【別れの序奏曲】〜世界が混乱する前兆〜 「・・・ん?」 急に空が曇り始め、最近やっと動けるようになったシギは不審げに空を見上げた。 鳥達は一斉に木々に止まり、これから降るであろう雨から逃げるために木陰で一旦翼を休めている。 まだ昼間なので曇っても大した支障は出ないがあんなに晴れていた空が、一瞬で曇ったのに驚きを隠し切れなかった。 ザアァァァァァアア、と風が吹き木の葉が舞い落ちる。 冷たい風が頬を通り過ぎ、湿った空気が天界を覆った。 「一雨、来そうですね。」 シギの傍でデスクワークをしていたミカエルは、彼と同じ様に空を眺めてそう言った。 山積みされた資料は既に3山超えている。 かれこれ2時間書類と格闘しているが、苦でないのか全く休みを取らない。 「いい加減休め。」とシギの静止が入ったにも関わらず彼はせっせとそれをこなしていた。 「そうだな・・・。でも、変な雲だ。」 「変、ですか。・・・そうですね。変と言えば変です。」 「あぁ、変だ。」 「2人だけ分かったように変変と連呼されてもうち等は分からへんっちゅうの。」 2人が頷いたと同時に、呆れたようにアレストが話しに入ってきた。 その意見にはここにいるフェイルやリュオイルも同じ様で、それぞれ不思議そうな顔をしている。 「何が変なの?」 「いやぁ、天界ってよっぽどの事がない限りここまで曇らねぇんだ。 天候を司る神がいるけど、たまに神でさえ抑えきれない天災がある時があるんだが・・・。」 「でもそれは本当にごく稀なんです。 私も数百年生きていますが、一度たりともそんな事はありませんでしたよ。」 天候を司る神がいるからこそ、この天界はいつも快適な気候で住めるのだ。 頃合を見ては雨を降らせ、そして嵐を起こす。 嵐と言っても大した事はないが、それがないと良い作物が育たなかったりと色々と苦労すのだ。 雲が出る事は皆大して気にしないが、太陽が完全に隠れるほど濃い暗雲が出れば皆不審がる。 わざと天候を司る神がそんな事をしているとは考えられない。 こういった日は大抵良い事は起こらない。 何かの予兆か、それとも・・・・。 「ま、何かあればすぐにゼウス神が気付くと思うんだけどな。」 全てお見通しなのは今の所この天界の主帝ゼウスだけだ。 映し鏡を利用し、この世の全ての行いを見ている。 戦争が起こるのならすぐさまミカエルに報告が入るだろうが、そんな慌しい様子は微塵もない。 やや風が強いが、ただそれだけで他は何もない。 城下を見れば活気ある町並みが見える。 多くの天使達が公園でくつろぎ、歌声や笑い声が聞こえる。 束の間だが、それでも今は平和なんだ。 嬉しいような悲しいような。 複雑な心境に陥っているミカエルは、複雑な顔をして天使達を見下ろしていた。 皆が心休まる事は非常に嬉しいが、だがこのままでは戦争の事を忘れてしまうかもしれない。 戦争さえ無ければ何も思わないが、今は一秒たりとも油断できない。 少なからずミカエルは・・・・。 「何しかめっ面してんだ?」 コツン、とシギの拳がミカエルの額に落ちた。 その瞬間、自分はボンヤリしていたんだと今更ながら気付く。 「いえ、何でもありませんよ。」 出来るだけ彼に負担をかけたくないミカエルは、いつものようににっこり笑った。 だがそれにだまされるシギなわけがなく、彼は顔をしかめた。 その意図が読みきれていないミカエルは、不思議そうに首を傾げる。 「なーにが「何でもありませんよ。」だ。お前の今の顔は明らかに何か隠してる顔だぞ。」 「え、そんな顔ですか・・・?」 意外だ。とでも言わん限り彼は驚いていた。 思わず自分の顔に手をやり、呆然としてシギを見つめていた。 それに苦笑したシギは、大袈裟に彼の背をバンバン叩く。 もう慣れっこのミカエルはそれが痛いとは思わなかった。 それよりも懐かしくて、昔はよくじゃれあっていたなぁと新鮮さが込み上げてきた。 「ま、お前が何考えてるかなんて俺には全部お見通しだけどな。」 「・・・そんなに顔に出てますか、私。」 困ったな、と呟いた私にシギはまた苦笑した。 いや、苦笑と言うレベルではない。 腹を抱え、ヒーヒー言いながら笑っている。 これが私があんなに心配したシギなのかちょっとだけ不安になった。 「い、いやいや。お前って任務の時はそんな風にはならないけど。 でも私生活に戻ると抜けてるんだよなぁ。ははははっ!!」 「・・・・笑い事ですか?」 「いや〜、改めてお前鈍い事分かった気がする。あははは。」 何だか馬鹿にされているようなのだが、驚くことに怒りといった感情が出てこない。 元々ミカエルは気性が穏やかで滅多に怒らないため怒らないと言えば当たり前なのだが、 不謹慎な事を言われれば言い返したり正論を説いたりするが、今は不思議な事に笑みが浮き出ている。 多分シギが笑ってくれて嬉しいんだと思う。 死んだように眠っていた彼が目覚めて2日。 驚くほど速い回復に、皆嬉しそうだった。 それはミカエルも同じなわけで、どうしても久々に見た笑みにこちらまでつられてしまう。 部下達がいる前では決して見せない表情だが、気を許せる相手だといとも簡単に崩せれる。 それをミカエルは気づいていないし、言った所で彼はすぐに直す様に心がけるだろう。 でも、そんな事をしたら皆自我を失ってしまう。 神の言いなりになるただの操り人形になってしまう。 それは魔族が戦争を持ちかけるよりもずっと恐ろしい事だ。 それを知っているから、だからシギはただ苦笑するしかない。 彼に、天使の最高峰に、ミカエルには笑っていて欲しい。 今ここで彼の笑顔を奪われれば、天使達は戸惑いを隠す事が出来ないだろう。 不安を抱き、そして皆ミカエルがやる通りに動く。 それでは意味がない。 「ま、それがお前の良い所の一つであるんだけどな。」 天界から笑顔が消えれば、ここは魔界と同じ様に冷たい世界になる。 それだけは、もうこれ以上はそんな冷たい世界なんてなりたくないから。 温かさを知っているから。 人を慈しみ、そして守りたいという強い思いを見た。 それを見習うべきだと察知した。 元々天使は人間が好きだ。 非力ながらも立ち上がって、皆と協力し乗り越えようとするその勇気が好きだ。 そんな力強い眼差しが羨ましくて、強い心を持っている事に尊敬する。 天使には別に誰かがいなくても何の支障はない。 元から大抵の事は自分で出来るので誰かの力を借りなくてもすぐ対処できる。 だから大体の者が口下手で、そして対人関係には不器用。 勿論集団で行動する者もいるので全てとは言い切れないが、半分以上の天使はそうだ。 けれど、今目の前にいる人間達が来てからと言うものの、天使達の表情が少しずつ和らいできた。 積極的にリュオイルやアレスト達に話しかける者もいるし、それに嫌な顔せず、 寧ろ楽しそうに話してくれる彼等には本当に感謝している。 ・・・それに、フェイルにも。 「・・・・ん?」 ちらり、とシギは目線を泳がせた。 するとばっちりフェイルと目が合って、彼女は不思議そうに首を傾げる。 少し前はあんなに泣いていたがまるで嘘のようだ。 「いんや、何でもないない。」 ひらひらと手を振って、何でもない事をアピールする。 それでもまだ訝しげだったが、シギの笑顔にフェイルもにっこりと笑って返した。 そう。 フェイルの事実が明かされた後も前も、フェイルはいつも笑っていた。 それに惹かれた天使達は、彼女と話したがって男女問わずフェイルの元にやって来ていた。 本当に楽しそうにお喋りをしているので見ているだけでこちらの心が和む。 彼女が「アブソリュート」だから集まっているのではなく、「フェイル」だから集まってきている。 初めて会った時も思ったが、フェイルには人を惹きつける何かを持っている。 彼女に惹かれたのは勿論自分もそうだし、そしてあのイスカやアラリエルまでもだ。 時々無理難題な事を言うが、それが歳相応らしくて更に幼さを際立たせる。 放って置けない。 一言で言えばそうなるかもしれない。 「やはり変ですね。空気もこんなに湿ってきた。」 知らぬ間に時間が過ぎていたらしく、空を見上げれば今にも雨が降りそうなほど真っ暗だった。 ゴロゴロと雷が鳴り始め、今にも落雷しそうだ。 天空もだが、稲妻を操るゼウスがこんな事をするとは到底思えない。 流石に不審に思ったミカエルは、初めて椅子から立ち上がった。 嫌な予感がすると呟きながら。 「すぐにゼウス神にお聞きするべきですね。行きましょう、シギ、皆さん。」 その言葉と主に彼は金の糸をなびかせた。 ――――――お兄ちゃん。 「・・・・ミラ?」 城外に出ていたシリウスは、大分清掃された公園に足を運んでいた。 小鳥のさえずり、水のせせらぎ。 どれもこれも皆心に染み込んでくる。 何よりここは静かなのだ。 精神を休ませる絶好の場所とも言える。 周りには幾人かの天使等がいるが、その声さえも柔らかな音と感じた。 (・・・何だ?) 暫くボンヤリとしていたシリウスだったが、懐かしい妹の声で我に返る。 でも、どうして今ミラの声が・・・・・。 シリウスは立ち上がり辺りを見回した。 けれども空が曇っているだけで何も変化はない。 もう一度耳を済ませて懐かしい妹の声を探るが、それから何の音も聞こえなかった。 (空耳、か・・・?) ふっ、とミラの幻影が見えたような気がした。 笑って、シリウスを見送ってくれたあの日。 旅に出る決意をしたあの日と変わらない笑顔。 今はもうフェイルの笑顔と重ならないが、でも大切なたった一人の家族。 (何で、ミラが・・・?) ざわっ、と風が吹いた。 生ぬるい湿った風がシリウスの頬を過ぎる。 そのままどれだけ時間が経ったか分からない。 時が過ぎると共に胸がざわめく。 何だ、この気持ちは。 何だ、この感覚は。 全神経が脈打っているように感じる。 吐き気がする。 どこか、苦しい。 何かが突っかかっている感覚がして、上手く息が吸えない。 (何だ、何なんだ一体・・・。) ――――――・・痛いよぉ・・・・お兄ちゃん・・・・。 「ミラっ!!?」 まだ幼かった頃の、あの声が聞こえる。 泣き声が、あまりの激痛に泣きじゃくった妹の姿が。 血まみれになりながらも、懸命にたった一人の兄を捜している小さな影。 「ミラ・・・・ミラっ!!」 訳が分からない。でもシリウスの何かが確かに心を動かしていた。 急いで城に駆け込み最上階を目指す。 行き交うたびに驚いた顔をして天使達が振り返る。 たまに見知った声が後ろから聞こえたが、そんな事今は気にしていられない。 何だ、何だ、何だ!? 一体、妹に、ミラに何が起きている。 何故泣いている。 何故血まみれになっている。 聞こえた声は昔の声。 でも見えた影は、最後に見たあの時の姿だった。 ――――――ソピア。 ―――――目覚めなさいソピア。 「・・・・・・・。」 ―――――その身に宿る魔力を、今ここで発動させるのだ。 「・・・た、しは・・・・。」 ―――――躊躇うな、最上級悪魔ソピアよ。 「・・わたし、やだ・・・・。」 ―――――その身を捧げなさい。 「い、やだよぉ・・・・。」 ―――――魔族の血を覚醒する時が来た。躊躇う必要など、ないだろう? 「怖い、怖いよ。嫌だよ、助けてお兄ちゃん、ラクトお兄ちゃん・・・。」 ―――――大丈夫、お前は1人ではない。 「お兄ちゃんっ・・・・。」 ――――おいでソピア。 さぁ、最高の宴を用意しようじゃないか。 「・・・・これは。」 魔鏡を見つめ、ゼウスは深刻そうな顔をしていた。 その傍で同じ様に魔鏡を見ていたヘラは今にも泣きそうで、いたたまれない。 目を伏せ、少し深呼吸した時、慌しい音が近づいて来た事に気付く。 「失礼いたします、ゼウス神。」 ガチャ、と扉の開く音がすると同時に聞きなれた忠実な天使が入って来た。 その後ろにいるのはまたもや見慣れた姿。 その内1人は身を強張らせている。 それに気付いていた赤い少年は、少女を守る形で前に出る。 「何だ騒々しい。」 「おくつろぎのところに申し訳ございません。 しかし、この不穏な空気にいささか不審を抱きまして。」 ゼウスの一睨みにも全く動じた様子のないミカエルは単刀直入に用件を言った。 その対応の早さに少しだけ驚いたゼウスは、瞠目しながらもまた目を伏せる。 彼が何も言わないのは大抵良い事がないので、恐らくミカエル達の勘が当たっているんだろう。 頭を振ったゼウスは少し溜息を吐いた。 これまで目が回るほどの忙しさだったため、はっきり言ってこれ以上はもういい加減にしてほしいと思っていた。 けれども彼は最高峰の神であり、皆をまとめる者だから手を抜くことは許されない。 たとえ周りが許したとしても、性格上ゼウスは決して首を縦には振らないだろう。 「やはり、お前も気付いたか。」 「ゼウス神がいきなり天候をここまで変えるはずないと思いましたから。」 「・・・・鋭いな。流石大天使ミカエル。」 「いえ、お褒め頂くような事ではありません。」 きっちりとした敬語に堅苦しさを感じたアレストは、ゼウスの傍に置いてある魔鏡に目を移した。 ここからでは暗くて良く見えないが、何かを映しているのは分かる。 今度はその鏡の前で茫然と立ちすくんでいるヘラ神に目をやった。 口元を手で隠しており、心なしか顔色が悪い。 青ざめた顔で魔鏡を見下ろす姿は儚かった。 「・・・・それ、何が映ってるんや?」 不思議そうに問うアレストにヘラはハッとして顔を上げた。 彼等がここに来た事に気付いていなかったのか、驚いた表情をしている。 その後、魔境とアレスト達を交互に見、どうすれば良いか分からず反射的に彼女はゼウス神に視線を送った。 その表情は今にも泣きそうで、悲しさが直に伝わってくる。 それを悟ったゼウスは、彼女の肩に手を置き、なだめるように柔らかな声を出した。 「大丈夫だ。ここには何の被害も出ない。」 「ですが、ですがそれでは人間達が・・・・。」 ヘラの言葉に引っかかったアレストは、訝しげに眉をひそめた。 人間達 それは、彼等から見れば自分達地上人のことだろう。 だと言うのなら、今魔境に映している世界は地上界なのか? いてもたってもいられなくなったアレストは、シギの静止を無視してズンズンと前に出た。 それに驚いたのはゼウスで無くヘラだ。 アレストが魔境を見ようとしている事に気付くと、それを慌てて止めようとする。 「見てはいけませんっ。」 「うち等の世界なんやから、気になるのは仕方無いやろっ!?」 ヘラの白く細い腕を振り払い、少し強引にアレストは魔境を掴んだ。 それをぐるり、と少しだけ回転させこちらから見れるように固定する。 真っ暗な鏡が、段々色を映し出してきた。 水の波紋のように、ゆっくりと何かを映し出す。 それに気を取られていたアレストは、すぐ傍までリュオイル達が近づいているのに気付く事が出来なかった。 「・・・・・・・これは。」 声を漏らしたのは意外にもリュオイルだった。 魔境を覗き込み、その青と緑で分けられた何処かの大陸を凝視する。 どんどん近づいてきたそれは、大陸から海へ、海から森へ、森から町を映し出していった。 そうだ。 ここは見覚えがある。 彼と出会った。 彼女と出会った。 たくさん血が流れた。 たくさん人が死んだ。 何度も襲われた。 そして、英雄達が旅立った始まりの場所。 「ダンフィーズ大陸・・・・?」 ――――――バァンッ!!! フェイルが呟いたと同時に、扉を開くけたたましい音が静かな部屋に響いた。 皆びっくりしてそちらに目をやった。 そこにいるのは息を切らして、恐ろしいほど表情が掻き消えたシリウスの姿だった。 「シ、シリウス?」 尋常でない彼の様子に戸惑いを隠しきれないアレスト達。 それでもズカズカと入ってくる彼に、少なからずアレストは恐怖を抱いた。 (何や、この嫌な感じは・・・・。) 初めて見た彼のこの表情。 ただ表情が無いだけじゃない。 うっすらとだが、焦り、恐怖、怒りが複雑に入り混じっている。 誰の問いにも何も答えない彼の姿に、皆静まり返っていた。 手を出すことが許されない。 ここで彼を止めれば、もしかしたら殺されるかもしれない。 それほど、彼の気配が怖い。 「・・・いけない・・・このままでは・・・。」 皆がシリウスに気を取られている間、フェイルは意識が朦朧とする中自分でも分からない何かを呟いていた。 フェイルが言っているんじゃない。 恐らく、彼女の内に眠るもう1人の彼女が、「アブソリュート」が訴えている。 フェイルらしくない声を感じ取ったリュオイルは、ハッとして振り返った。 そこには、魔鏡を凝視したフェイルの姿がある。 それだけなら何も変わらない。 だが彼女の焦点が定まっていない事に気付くと、急いでリュオイルは魔鏡からフェイルを離させようとした。 「このままでは大陸が・・・・。」 「フェイルっ!!!」 ぐい、と彼女の腕を引っ張った。 周りの気配に全く気を配っていなかったのかあっさり移動させる事が出来た。 けれど、相変わらず視線は魔鏡に向いたまま。 ふらふらと歩いていくシリウスを見ながら、リュオイルはフェイルの顔色を除きこんだ。 「・・・・・ダンフィーズ?」 か細い声が響いた。 紛れもないシリウスの声だ。 「・・・・・リビルソルト?」 棒読みのような、感情のこもらない声が嫌に静かに響いた。 彼の声意外全く音はない。 震える手で鏡を掴み、食い入るように彼は魔境を凝視した。 「・・・・・カイ、リア。」 次々と映す魔鏡。 そのスピードは段々速くなり、そしてシリウスの神経を逆撫でするように彼の故郷を映し出した。 ゆらゆらと木の葉が風に揺れている。 町や村に住んでる人々は今日も忙しそうに仕事をしていた。 ダンフィーズではこの時期作物がよく育つので皆畑仕事で忙しのだ。 苦労しながらも、でも皆楽しそうで、映される姿は全部笑顔ばかり。 時々見知った顔が出る時があった。 その人物も笑っている。 屈託無く、幸せそうに笑っている。 「・・・・・・・。」 何なんだ。 これは、俺に何を見せたい。 何を伝えようとしている。 バクバクと心臓が鳴り響く。 声を出そうにも、息が上手く吸えない。 さっきと同じだ。 このざわめきは何だ? 何故こんなに寒気がする。 何故皆笑っている。 何故、俺の故郷が映し出される。 ドクン、と心臓が跳ね上がった気がした。 何だ。 なんだ。 ナンダ? ―――――お兄ちゃん。 「―――――っ!!!」 自分でも息を呑む音が聞こえた。 それも当然だ。 今一瞬。ほんの一瞬だが、ミラが鏡に映し出された。 幸せそうに笑っていた。 たった一瞬だが、それが脳裏に焼きついて離れない。 出来ればもう一度見たい。 あの笑顔を、もう一度。 けれど、彼の願いは虚しくそこでいきなり魔鏡は真っ暗に染まった。 それに驚いたシリウスは、少し目を見開ける。 違う。魔鏡は、まだ何かを映している。 これは、なんだ? 闇の中で何かが漂っている。 小さな、子供? 桃色の髪は、これだけ真っ暗でも鮮明に映させていた。 どこかで見たような、いや、ないような。 「・・・・・ソピア?」 誰かの声が横から聞こえた。 ソピア? いや、やはり知らない。 「ちょっ・・・これって!!」 誰かが声を上げた。 でも俺はそれに何かを返すわけでもなく、少女が何か紡いでいる言葉に耳を寄せていた。 周りが動揺する。 それと同時に俺の心臓がまたバクバクと煩く鳴り始めた。 待て 待て 待て お前が紡いでいる歌は、一体なんだ。 お前が浮いているその場所は、何処だ。 お前がその手に宿らせている禍々しい力は、なんだ。 瞬きする事無く魔鏡を凝視していた。 嫌な汗が落ちる。 ここは暑くない。 さっき走ってきたが、もう汗は引いている。 呼吸が荒い。 酷い眩暈がする。 これ以上これを見るのは、嫌だと頭の中で拒絶する。 「―――――――――」 少女が、ソピアがこちらを振り返った。 その姿を見て、俺は恐怖に立たされる。 12〜13そこらの小さな子供にどうして恐怖する。 笑っていた。 冷たく、嘲笑するように。残酷に。 背筋が冷えたと同時に、少女はその手に宿らせていた力を地に落とす。 「―――――っ止めろ!!!!!」 ―――――――お兄ちゃん・・・・。 声を上げた途端、切なそうに呟くミラの声が頭に響いた。 その声はあまりにも悲しくて、思わず泣きたくなった。 黒い力がダンフィーズに落ちる。 加速していくそれを止める事は出来ない。 待て。待ってくれ。 そこには・・・・。 そこには、大切な家族がいいる。 そこには、大事な故郷がある。 そこには、大事な笑顔がたくさんある。 ――――――ドオォォォォォォォオオオオオオンッ!!!!!!!!!!! 「ミラーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」 緑の大陸が、一瞬で真っ赤に染まったと同時にシリウスの叫び声が木霊した。 窓を開けていた部屋に、刺す様に冷たい風が流れ込む。 ―――――お兄ちゃん。 ―――――どうした? ―――――ううん、何でもない。 ―――――変な奴だな。 ―――――へへへ。 ―――――ほらいい加減寝ないと風邪引く。 ―――――・・・・お兄ちゃん。 ―――――ん?何だ、ミラ。 ―――――ミラね、お兄ちゃんだーい好き!! ―――――・・・・・俺も、ミラが大好きだよ。 ―――――うん。お兄ちゃん大好きだよ!!!! あのね、ミラの目が見えるようになったらいっぱいいっぱい遊んでね。 いっぱいいーっぱい、たくさんの景色を見せてね!! ―――――あぁ約束だ。 絶対に、絶対に一緒に行こうな。