――――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!     助けてよぉ・・・・・お兄ちゃんを、助けて・・・・・。 助けてください ――――何で寝てるの?・・お兄ちゃん、帰ろうよ。     ・・・・・村に・・・・・帰ろうよぅ・・・・・。 どうかもう一度 ――――嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!! 彼等に光を与えてください ■天と地の狭間の英雄■        【弔い】〜変わる願いと新たな決意と〜 逝くな 逝かないでくれ どうか、傍で笑ってくれ これ以上消えるな どうして、何故お前が どうしてお前が死ななければならない どうして俺はお前に何も出来ない これ以上願うものは何もない。 生きてくれ。目を覚ましてくれ。もう一度その声を聞かせてくれ。 何もなかったかのように。 もう一度・・・・・・。 「・・・・・・・ミラ。」 シリウスは既に息絶えている唯一の家族を抱きしめた。 冷たくなり、体はとても重く感じる。 その残酷すぎる現実を目の当たりにしても、シリウスの目から涙は零れなかった。 「・・・他の方達を葬ります。シリウスさんとフェイルさんは、そこにいてください。」 このままずっと落ち込んでいても何も変わらない。 そう思ったミカエルはすっ、と立ち上がった。 葬る、と言ってもその数はしれている。 数えても10〜15。他の遺体は、消滅していた。そう時間はかからないだろう。 ミカエルは振り返る事なく遺体が多くある場所まで歩いて行った。 これも彼なりの気遣いなのだろう。 その場に残されたシリウスとフェイルは、喋ることもなく沈黙が続いていた。 サァサァ、と雨が降り続ける。 既に炎は消えており、変わりにその焦げたような異臭があたりを覆っていた。 彼の故郷「カイリア」は完全に破壊され、跡形もなく消えた。 住んでいた場所だけでなく、村人も、家族も・・・そしていつの日か思い出さえも。 「・・・・・・フェイ、ル?」 ふとシリウスは隣で一緒に座っているフェイルに目をやった。 最初ミラを見つけたのは彼女なので、その衣服は真っ赤に染まっている。 けど気にしたのはそんな事じゃなくて、あまりにも反応がなさすぎるからだ。 あれっきり全く声を出していない。それどころか、身動き1つもないのだ。 「・・・・・・フェイル!?」 シリウスはゆっくりミラの遺体を置き、フェイルの肩を揺さぶった。 ずっとうつ伏せていた彼女の顔が除きこめる形になると彼は息を呑む。 だってそれは、彼女がしゃくりあげる事なく泣いていたから。 「なん・・・・で、何でお前が泣いてるんだよ。」 シリウスは複雑な顔でそう言った。 フェイルがこちらを向いた時に彼女は小さく呟く。 けれどそれはあまりに小さくて、雨の音で聞こえなかった。 「・・・何だって?」 ミラが死んだというのに、意外にもシリウスは冷静だった。 だからと言ってもう悲しくない、とかそういうわけでない。 このままミラを抱きしめ続けても、このままここに置いておいても何の意味もない。 だったらせめて、せめて早く土に埋めてあげたい。 そう思っただけだ。 「・・・・て・・・・・・・から。」 「え?」 「だってシリウス君が泣かないから!!だから、だから私が、泣いてるのっ!!!」 そう言った途端、彼女の眦に溜まっていた涙がワッと零れ落ちだした。 下唇を噛み締めて、耐えるように地面と睨めっこしている。 その姿を見たシリウスは戸惑いを隠し切れなかった。 『俺が泣けないからフェイルが泣いている?』 「・・・・何で、お前が泣くんだよ。」 『俺は、何故泣けない?』 「・・・お前は・・・・・。」 降り続いていた雨が止んだ。 水分を含んだ服が重く、そして凍えるほど冷たい。 雨独特の臭いの変わりに今度は泥のような臭いが辺りに漂う。 草木が燃え、その後すぐに雨が降ったため異臭が立ち上っていた。 そしてあっという間に暗雲が消えていく。 きっとゼウスの意志なのだろう。暗雲が消えたと同時に、そこには真っ青な空があった。 でもその美しさも、今ではとても悲しい。 広く、そしてどこまでも青い空に吸い込まれそうで、今まであったことが全て嘘のようで、恐ろしかった。 出来れば、この事実を誰かに「違う」と言って欲しかった 自分では無理だから 現実避難したくても、出来ないから 誰かに否定されて、その一時だけ満足したかったから 嘘だと信じたい。そんなわけないと断言したい これは夢なんだと けれど・・・ お前が泣いている事で、これは「肯定」なんだと突き付けられた。 もうカイリアは、ミラは 戻ってこないんだ ―――――ガッ!! 泣けないことは自分でも辛いと思っている。本当に、辛い。 でも泣けないのは事実だから、 だから、この行き場の無い悲しみをどこにやればいいか分からなくて。 どうしてもお前があの子に重なってしまって。 「―――――っ!?」 ただ、もう一度謝りたかった。 出来る事ならば、もう一度。 「・・・・・ミラ・・・・・っ!!!!」 ありがとうって、言いたかった。 「・・・・シリウス、君。」 彼女の腕を引っ張り、その腕の中に入れた。 苦しくなるほど抱きしめられてもフェイルは何も言わない。 だらん、と下ろされていた腕を恐る恐る持ち上げ、シリウスの背をゆっくり撫でた。 涙が止まることなく、フェイルの手は震えていたけれど、 それでも彼女はゆっくり、そしてしっかり彼の背中を撫でる。 言葉はない。 けれど、その小さな動作の中に言葉では表すことができないほどの意味が込められている。 こんな時の慰めの言葉は、あまりにも安っぽすぎると思った。 言葉は限られた意味でしか言えない。 でも、言葉がなくても分かりあえることがある。 言葉は時にはその人に対して重みになる事があるから。 相手が傷ついていないと思っていても、喜んでいると思っていても、それが間違いだと気付くのはとても遅い。 「・・・・・悪い。」 何回彼の背を撫でた頃だろう。 シリウスはポツリ、とそう言った。 その声は少なからず沈んでいて、いつものような平然とした声ではなかった。 沈んでいて、硬い。そして泣いているよりも、もっと辛そうな顔をしている。 それをフェイルが見る事は出来なかったけれど、シリウスがどんな表情をしているかは何となく分かっていた。 泣くことも出来ず、ただ己を責める その心の重さはあまりに辛すぎて 少し昔の自分と重なった あの時は本当に苦しくて苦しくて 生きている意味さえも分からなくて ただ願うのはあの頃の幸せで ただ欲しがったのはあの人の命 還ってきて、と何度願っただろうか。 この命と引き換えに、兄を生き返らせて欲しいとどれだけ懇願したか 彼にはそんな風になって欲しくなくて。 あんな気持ちにはなって欲しくなくて。 多分私が何をしてもしなくても、彼は間違った道は行かないだろう。 彼は途中で止まってしまっても、再び前を見て歩く強い力がある。 そう信じていたい。 そして彼も信じて欲しい。 信じる事で、それはいつしか大きな力になる。 「・・・大丈夫。」 貴方は、1人じゃない・・・。 「よし、お前で最後だな。」 ストン、と軽い音をたてて地に下りた2人の男。それはシギとリュオイル。 ここはフィンウェル国家。武力・魔法共々優れている大きな国家。 そして、リュオイルの故郷でもある。 そしてまた、彼には苦い思い出のある場所。 「・・・・・・。」 「ん?どうした。」 アレストとアスティアは先ほど送ったため今は2人しかいない。 そして彼女達は少なからずどちらも不安そうな顔をして故郷に走って行ったのに、彼はそうではない。 ただ門の前で、遠くを見るような目で城を見ている。 入ろうかどうしようか迷っている子供みたいだ。 そんな姿を見たシギは不思議そうに首を傾げて声をかける。 だが反応はない。 彼はこれで何度目かの溜息をついた。 「・・・・・・。」 「どうした、リュオイル。」 未だ黙ったままの彼にシギはなるべく柔らかな声で彼の名を呼んだ。 リュオイルはゆっくり振り返り、困ったような、苦笑してシギに笑った。 「・・・ううん、何でもない。ただちょっと怖いだけさ。」 「怖い?」 「うん。怖い。」 その言葉にシギはきょとんとしてまた違う意味で首を傾げる。 彼が素直に「怖い」と言う言葉を言うと思っていなかった。何より彼は他の者よりずっとずっとプライドが高い。 それは幼い頃から騎士として務めていたせいもあるだろうが、この歳にしてはそれは凄かった。 フェイル達と旅をするようになってかなり落ち着いているが、元々彼は故郷も王も誇りに思っている。 そんな母国思いで気真面目な彼に怖いものがあるなんて、信じられなかった。 「・・・遠まわしに追い出されたようなものだから。帰って良いのかと思って、少し怖いんだ。」 「追い出された?」 シギは彼の言った一言に訝しげに眉をひそめた。 それを言った時の彼の表情があまりにも不安そうだったため心配で仕方がない。 彼等の事は大雑把にだがゼウス神から報告を聞いているので大体の事は知っているつもりだった。 けれど「〜なつもり」では駄目なんだと、今改めて知った。 俺は、こいつのことも、皆のことも何も知らない。 知っていると思っていても、彼等には隠された過去がたくさんある。 それは俺が介入する事の出来ない大きなものなのかもしれない。 それはもしかすれば俺でも助言できる事なのかもしれない。 けれど、今のリュオイルを見ているとそれがどうなのか分からないんだ。 今まで通り彼は勇ましく故郷に戻る気だ。 でも同時に、誰かに助けを必要としている様に見えるのは俺の錯覚か? 「僕が魔族を倒すために旅に出たのは、評議会の奴等に命令されたからなんだ。」 元々この地域も魔族が増加していたから、誰もが魔族が凶暴化したと考えていた。 そしてその考えは当たっていた。 だがそれに気付いたら今度はその原因を阻止しなければならない。 その任に抜擢されたのが、リュオイルだった。 「それは死んでこい。っていう意味なのはお前でも分かるだろ?」 「リュオイル・・・。」 「最初はかなり落ち込んださ。今まであんなに尽くしてきたのに、最後は魔族に殺されろと?」 でもね、辛いだけじゃなかった。 支えてくれた人がいた。 最初の方こそ不審に思っていたけれど でも、それが彼女なりの接し方だと分かるにはそう時間は掛からなかった。 何にでも一生懸命で、そして純真で無垢。 時折こっちがびっくりするような行動を取るから、僕はいつも冷や冷やしていた。 それを知ってか知らずか、彼女はいつも笑っていた。 笑って泣いて怒って、喜怒哀楽がはっきりしていて羨ましいと何度も感じた。 一つ一つの動作を気になりだしたのは、いつだったか。 今でははっきり分かる。 僕はあの子が好きなんだと。 気付かなかっただけで、出会った当初から惹かれていた。 僕にないものを持っている彼女が凄く眩しくて、 その優しさと暖かさを知ってしまって、離したくなくなった。 笑って欲しい。もっとたくさんの笑顔が見たい。 単純で、そして胸が痛くなるほどの願い。 簡単な願いのようで実はそうではない。 ――――何故あの子が!? わけも分からず僕達は神達の言葉を聞いていた。 嫌な予感はしていた。 でも、でも誰がこんな予想をする? 誰がこんなあり得ない事を考える? フェイルが、アブソリュート? 信じられなかった。 信じたくなかった。 あの子を一瞬でも疑った僕が、一番酷くみ憎い奴だと思った。 何が起きても信じると言ったのに。 何が起きても絶対フェイルだけは守ると誓ったのに。 今でも覚えている。 でも彼女は覚えているだろうか。 もう大分前の記憶で、それもフェイルと旅をする頃の最初の頃。 でもこの記憶は絶対に忘れる事は出来ない。忘れてはいけない。 僕を立ち上がらせてくれた1つの言葉。 ――――大丈夫、大丈夫だよ。リュオ君は1人じゃないから。 君がいてくれると、君が一緒に行こうと言ってくれた時、確かに驚いたけれど本当に嬉しかった。 「その時に、同時に思ったんだ。『絶対に死ぬものか』ってね。」 「・・・・・・。」 「悪足掻きみたいだけど、結構楽しいものだよ。  1人だったらそんな呑気な事考えていられなかっただろうけど。」 「・・・そっか。」 シギは俯いた形でそう呟いた。 でもリュオイルの後ろに立っているのでそれは彼には見えない。 その時のシギはと言うと、複雑そうな、悲しそうな顔をしていた。 今ここでリュオイルが振り返っても、彼はお得意のポーカーフェイスで誤魔化すだろう。 何が悲しいか? そんなの決まっている。仲間の内を知らなかったことだ。 彼は裕福な家系に生まれ、地位の高い仕事をしていた。 それは、出会う前からそれなりに調べていたため知っていた。 けれどそんな細かいところにまで調べていないわけで、自分の考えていた暮らしと全く違う暮らしを彼はやっていた。 出会った時は、確かに捻くれているような部分もあったが実に穏やかで、優しい少年だと感じていた。 でも現実は違う。 彼も、辛い出来事があったんだと思い知らされる。 神族だろうが地上人だろうが、何の関係もない。 それぞれ辛い事を胸に秘めている。 「僕がフェイルにしてあげられる事は凄く少ないと思う。もしかしたら、0に等しいかもしれない。」 「・・・あぁ。」 「でも、それでも彼女が不安な時は傍にいたいと思う。  それと同時にアレストやシリウス、アスティア、そしてお前が不安だった時、一緒にいたいと思う。」 「・・・・・・。」 「多分、今回はシリウスが一番酷いと思うから。  僕もどうやって接すればいいか分からないけれど、出来る限りの事はやってみるさ。」 そう言ってリュオイルはクルッと振り返った。 その表情は実に穏やかで、久しぶりに綺麗に笑っていた。 どこか吹っ切れたような様子にも見える。 迷いを断ち切った強い眼差しが眩しい。 「んー・・・。本当はお前に付いて来てもらおうかなって思ってたけど、今色々話して結構気が紛れたや。」 少し伸びをしてリュオイルはまたニパッと笑った。 無邪気で、少し前の彼とは比べ物にならない。 前は本当にキリッとしていて、表情を崩す余裕なんてなかったのかもしれない。 本当はこんなにも表情豊かで明るいのに、それを戦争のせいで抑えなければならない。 こんな若い歳で、これから未来を築き上げていく若人なのに。 そう思うと何故かシギは胸を痛めるような、そんな感覚に陥った。 「・・・ったく。お前ってば俺に頼んなきゃいけないほど落ち込んでたのかよ〜。」 「ばっ・・・違うよ!!何でそういう考えになるかなぁお前は!!!」 「はっはっは!!熱くならんでいいぞ少年。  そうかそうか、俺ってば信頼されてたんだなぁ・・・あぁ、何て罪な男。」 「・・・・あっきれた。  シリウスには絶対に言わないけど、お前にも言うんじゃなかったーーーーーーーーーーっ!!!!」 ワナワナ、と震えた後リュオイルはそう怒鳴って猛ダッシュして門をくぐりぬけフィンウェルに入った。 かなりのスピードで走っているため、もう彼の背は小さくなっている。 一度も振り返る事もなく、颯爽と走る姿にもう迷いはない。 最後にシギがまた誤魔化したせいでリュオイルの語尾は怒っていたが、表情は穏やかだった。 全部は見れなかったが、彼が身を翻した時にその顔が見えた。 「・・・・・参ったなぁ。」   シギは苦笑して顔全体を掌で覆った。 苦笑して彼が走って行った方向を見る。 門から町まで意外と距離があるが、ここから見てもこの都市は十分栄えている。 平和で、そして武力・魔力共々強い、いわゆる軍事国家。 少しは慣れた所で見ればそれは平和で豊かで、そして何事も無い裕福な国と思える。 けど違う。苦しむものがいる。 たとえ身分が高くても、たとえ強い力を持っていたとしても。 批判者が多ければ多いほど、その人物は辛い思いをする。 でも、それでも彼女が不安な時は傍にいたいと思う。 それと同時にアレストやシリウス、アスティア、そしてお前が不安だった時一緒にいたいと思う。 「参ったよ。」 笑顔だった彼の表情は、スゥ、と冷めた。 表情が消えた。 でもだからといって冷たいわけではない。 どこか魂の抜けたような、我ここあらず。と言った感じだ。 顔に持ってきていた掌を下ろし、シギは空を見上げた。 いつの間にか晴れた空。 どこまでも続く青い空は何もかもを忘れさせてくれるような気がする。 全てを天に委ね、自由になりたいと願った。 でもそんな考えはここでお終い。 「・・・・死なせるものか、あいつ等を。」 願うものは変わった 自由なんか今はどうでもいい 願わくば、彼等の幸せを だから俺は、命を懸けてあいつ等を守る この先何があろうとも・・・・・・・