■天と地の狭間の英雄■        【長い夜】〜刻み始めた指針〜 「あれ・・・?」 カラン、と手に持っていた薪をミカエルは落とした。 カイリアの村民達を手厚く葬った後、既に夜になってしまっていてこれから皆と合流するのは無理だろう、 そう思った彼等は取りあえず今日はここで休む事にした。 村の離れにある小さな森は少しだけだが原型を留めていたので今晩の野営場所はここだ。 二手に別れて薪探しをしていたのだが、そこにいたのはシリウスだけでフェイルがいない。 彼等は2人で探しに行っていたはずなのだが何故かここにいるのはシリウスだけ。 炎の中に集めてきたのであろう、大量の薪を放り込んでいる。 その量を見れば決してサボっていたわけじゃないとすぐに分かる。 「シリウスさん、フェイルさんは・・・?」 落とした薪を拾い上げると、ミカエルは腕いっぱいに抱えてあるそれを既に彼等が持ってきた場所に下ろした。 取りあえず反射的にキョロキョロと辺りを見回すが、やはりフェイルはいなかった。 心配そうな彼の様子に今まで炎から目を離す事のなかったシリウスは、ゆっくり顔を持ち上げ彼を見上げる。 彼がオロオロとしているのは、フェイルがとても重大で大事な人物なのか。それとも彼の性質がそうなのか。 恐らく両者だろうが、これが天使を統一させている大天使には見えない。 「フェイルなら、向こうの川辺にいる。川辺と言っても、もう酷い有様だったが。」 「川辺、ですか?」 「あぁ、どうかしたか。」 「いえ、ただあまり離れすぎると我々も困るので・・・。」 言い方が悪いが、仮にもお目付け役なのだからしっかり見張らないといけない。 彼女のことだから心配は要らないだろうが、やはり不安になるのは仕方がないだろう。 一度攫われた事がある上に、今はフェイルの精神も安定していない。 本当ならば早く天界に戻って休ませるべきなのだが状況が状況なのでそれは無理だ。 地上に滞在できる時間はあと2日。 シリウスやリュオイル達にとったらそれはそれは短い期間だろう。 彼等は一旦故郷に帰っているが、何故かフェイルは「帰りたい」と言わない。 「心配しなくてもいい。」 未だオロオロしているミカエルとは対照的にシリウスは実に静かだった。 これがリュオイルだったら彼と同じ様に慌てるだろう。 慌てるリュオイルと静かなシリウスの差に驚きながら、ミカエルは瞬きをした。 大切にしている割にどこか冷めている様な気がする。 何となくそう思った。 「心配するなと言われても・・・。」 「あいつはそこまで子供じゃない。一から十言わなくてもちゃんと自分の中で理解している。」 ずっと見なくてはならないほどドジではない。 見かけとは裏腹にしっかり物事を考えている。 確かにたまに危ない事をするが、それは自分達がとめればいいだけのこと。 甘やかしすぎれば後々面倒な事になるのでシリウスにはこれくらいが丁度良い。 でも、過保護すぎるリュオイルよりも、自分自身の方がフェイルに依存しているかもしれない。 表向きは冷静で、そして冷めている。 だが本当はそれと全く逆で心から心配している。 こんな性格だから、こんな皮肉っぽい言葉しか出てこない。 本当はもっと違うことを言いたいのに・・・・・。 「・・・・優しいんですね、貴方は。」 「優しい?俺が?」 驚いてた様子でシリウスは目を瞠った。 まさかそんな事を言われると思っていなかった彼は不思議そうにミカエルを見つめる。 こんな事を言えば誰もが「冷めてるな」と言う。 一部例外はいたが、それは家族だったり親しい者だったりしたわけで、今の今まで「優しい」となんて言われた事がない。 だからおかしいのだ。どうしてそんな事を言うのかと、思わず聞きたくなる。 「ええ。リュオイルさんもアレストさんも、見たままの様に優しい方々です。  でも「優しい」と言うのは表面上だけではありません。  素直に感情に表せれない方も多くいらっしゃいます。  その例が、貴方やアスティアさんなんです。」 「・・・・理解しがたいな。」 「優しさなんて人それぞれです。   誰かに親切だから優しいとか、そんなのこじつけみたいじゃないですか。」 「こじつけ、ねぇ。」 良く分からないのかシリウスはただ相づちを打つだけだ。 複雑な顔をしてそっぽを向いてしまった。 普段こういった話を仲間の内でもしていないのか、反応は実に新鮮で珍しい。 そんな事を一言でも言えば刺すような視線を向けられるのは目に見えているので止める。 でも今何か言わないとこのまま軽く流されそうな気がする。 この人は優しい。 けれどその事に本人が気付いていない。 それどころかそ、その事を拒絶し、認めようとしていない。 何ゆえそれを頑なに拒むのかミカエルには理解しがたかった。 「・・・遅いな。」 「え?」 「フェイル、遅いな。」 「えぇ、そうですね。どうしたんでしょうか。」 少し長い間があった後、シリウスは唐突にそう言った。 空を見上げて黄金色に輝く満月を眺めている。 その表情は、いつもよりやはり暗い。 何を考えているかは分からないが、大方亡くなった妹の事だろう。 今ここでミカエルが慰めの言葉をかけても、彼はそれを嫌うし望まない。 そう考えると、ある意味彼は一番扱いにくいのかもしれない。 リュオイル、フェイル、アレストは慰めの言葉をかければ少しは落ち着く。 それが普通だと思うし、辛いとき誰でも「言葉」を必要とする。 勿論例外はあるが、アスティアよりもシリウスの方が難しいであろう。 その事を考えれば、よくフェイルが彼と一緒にいるなぁ、と少し驚くミカエルであった。 「少し周りを見てきましょう。フェイルさんは、あちらですね?」 穏やかな笑みを見せてミカエルは、さっきシリウスが説明していた川辺の方を見た。 位置を確認したシリウスは小さく頷くと「頼む」と言ってまた夜空を見上げた。 ―――わー!!お星様いっぱい!! ―――あんまりはしゃぐと転ぶぞ。 ―――平気だよ。・・・あ、ほらほらお兄ちゃん見て!!! ―――分かった、分かったから落ち着けミラ。 ―――ほら、ここにいると・・・    お月様が手に届きそうなくらい近くに感じるね!!!! その声はもうないけれど。 その声が自分を呼ぶ事は2度とないけれど。 それでも、振り返れば手が届きそうな気がする。 あの子の名前を紡げば、ミラはどこからともなくひょっこりと現われるような気がする。 そんな事、あるわけないのは分かっているけれど。 これが錯覚だという事ぐらい、分かっているけれど・・・・。 ――――また一緒に行こうね。 もう2度と、会えないと分かっていても・・・・。 それでも会いたいと願うのは、罪だろうか ヒンヤリと冷たい空気が漂う中、フェイルはぽつんと川辺に座っていた。 既に川とは言えないが、チョロチョロと水は流れている。 最初の方こそ濁っていた水だったが、時間が経つにつれて純粋で透明な水が流れてきた。 数ヶ月前に訪れたこの村。 その時出会った人々。息を呑むほど美しかった自然。 それは皆、脆くも消え失せた。 残るのは酷薄なものばかり。 生き残りは誰1人としていない。 ただ、唯一の村の人間といえばあまりに辛い結末を迎えたシリウスだろう。 「・・・・カイリア。」 何を見るわけでもなく、暫く目を瞑っていたフェイルは唐突にそう言った。 そしてゆっくり目を開ける。 その草原のように強い瞳は何を映しているのか。 自分の両手を見つめ、その手を何度も何度も握っては広げている。 傍から見れば異様な光景だが何か意味があるのだろうか。 「フィンウェル、アンディオン、イルシネス、アイルモード、未開英知・・・・・・・・リビルソルト。」 その口から出てくる言葉はこれまで訪れた都市や町、港、そして村々だ。 「・・・・・・ソディバス。」 その村はフェイルの故郷。 でも、今となっては彼女の本当の故郷は何処なのか分からない。 あの事がなければ、ずっとずっとソディバスが彼女の帰る場所だった。故郷だった。 けれど、今では断言できない。 その悲しさゆえに故郷の名を口にするのか、それとももっと別の事を考えているのか。 「フェイルさん?」 ガサ、と草木が擦れる音と共に闇から出てきたのは、この世界ではかなり目立つミカエルだ。 純白の衣装を身にまとい、そしてその服には難しげな紋様が幾つもある。 おまけに流れるように長く美しい金の髪は腰よりも長い。 軽く結ってあるが、戦闘の時邪魔にならないのだろうか、とたまに思う。 フェイルも自分の事は言えないが。 「ミカエルさん?」 「良かった、やっぱりここにいらしたんですね。」 心底ホッとしたように、ミカエルは胸を撫で下ろした。 その様子に少し不思議に感じたフェイルはただ首を傾げる。 何か用があるようにも思えないし、何か悪い事をした記憶もない。 「どうしたの?」 「いえ、特に用事はないんですけれど・・・。」 少し困ったように笑うミカエルにフェイルもつられて笑った。 穏やかな気質の彼の隣はとても落ち着く。 勿論、大好きな仲間達の隣も楽しい。 けれど彼はまた違った安心感が生まれてくるのだ。 それを言葉で表すのは難しいけれど。 「何をなされていたんですか?」 「うーん・・・別に大した事じゃないよ。」 えへへ、と小さく舌を出してフェイルは笑った。 だが人より感覚が優れている天使のミカエルは、彼女が先ほどから何を呟いていたか分かっていた。 だから、彼女が誤魔化している事を知っている。 だから、ミカエルは少しだけ痛そうな顔をして顔を歪ませた。 けれどそれは本当に小さな動きで、彼女にに悟られる事はない。 「・・・・・地上界の国名を挙げられていたようですが、どうかしましたか?」 ここで話を誤魔化しても誤魔化さなくても、はっきり言ってどっちでもいい。 でも彼女の苦しそうな笑顔を見れば「聞くな」と言うほうが無理だ。 それに今彼はフェイルやその仲間達を監視する者。 場合によっては敵のような存在になるが、それでもミカエルは彼等の力になりたいと願う。 まだ束縛されていない彼等だから。 天使には叶える事の出来ない「自由」を持っているから・・・。 でも、それはきっとフェイルは含まれないのだろうけれど。 「えっ!?聞こえてたの?」 びっくりした様子でフェイルは突然声を上げた。それも素で。 でもそれが凄く新鮮で、その反応が年相応に見える。 今まで見てきた表情はどこか作られていて妙に大人びていた。 それも毎日、というわけではなかったが、仲間がいない時はその仮面がべったりと貼られていた。 恐らく彼女は気付いていないようだが、最近表情がどんどん欠けていっているような気がする。 たまに、それをアレストが話していた事があった。 まさか、と思いつつも良く見れば確かにそうだったのだ。 ―――無表情が多くなった。 そう言ったのは、誰だったろうか。 シリウスだろうか、リュオイルだろうか。それとも他の仲間? どちらにしてもそれは確かだった。 気を抜けばボンヤリしているのではなく、感情を失った瞳でどこか遠くを見ている。 それだけならまだ良いものの、今度は目を瞑りだした。 流石にそれは危ない、という事で必ず誰か1人は彼女の傍にいたのだが今はミカエルしかいない。 さっき目を瞑っていたのかは分からなかったが、恐らくそうだったのだろう。 声をかけた時本当にびっくりしていたのだから、 「すみません、聞こえていたものでつい。」 「ううん、別にいいよ。でも私独り言大きいのかなぁ・・・・。」 違うことに考えが傾いているフェイルにミカエルはまた苦笑した。 そう。 過ごした日々は浅いものの何となく。いや、確実にフェイルの性質は分かってきた。 素直で誰にでも優しくて、そして人一倍傷つきやすい。 明るい性格とは裏腹に、多くの事をその中に隠し持っている。 それがどれだけ彼女に負担をかけているかなんて、数字ではとてもじゃないが表しきれない。 「私も良く分からないんだけど、何でなのかなぁ、口に出してた。」 「え・・・?」 「たまにあるんだよね〜。  ちょっと休もうかなって思って気を緩めると意識が遠のくと言うか何と言うか・・・。」 とんでもない事をホイホイと言っているフェイルだが、それは重大な事である。 監視役、と言うのはある意味上辺だけで、本来ミカエルはフェイルを守るために地上に下りたのだ。 またどこかでルシフェルが彼女を襲うかもしれない。 「絶対なる神」そのアブソリュートから力を奪ったルシフェルに抵抗するのは難しい。 覚醒し、そしてその力を自由自在に操れるアブソリュートなら、この危機を一変させてくれるかもしれないが、 今隣にいるのは覚醒し切れていないフェイルだ。 だが覚醒するまで、そう時間はかからないだろう。 それはゼウス神も気付いている。 フェイルは、アブソリュートは必ず戻ってくる。と・・・・・。 「意識が遠のく・・・・。それは、貴女の中にいるアブソリュートが何かを訴えているのでは?」 「だよね〜。それしか考えられないもん。」 少し真剣な表情になったミカエルだったが、彼の言葉に対してフェイルの言葉は意外にも素っ気なかった。 いや、普通に受け入れすぎている。 てっきり沈黙するか否定するかのどちらかと思っていたのに、彼女はありのまま受け入れた。 「・・・え?」 「たまに何処かから声が聞こえるし、もしかしたらそれがアブソリュートなのかもしれないね。」 「え、あの、フェイルさん?」 「なぁに?」 彼女は何を口にしているか分かっているのだろうか。 これまで散々アブソリュートを否定していたはずなのに、あまりにもあっさり受け入れすぎている。 どこかに頭でもぶつけただろうか、何か悪い物でも食べたのだろうか・・・。 多分こんな事を言えば彼女は拗ねるだろうが・・・・。 「アブソリュートの存在を、認めるのですか?」 「・・・・・・分からないや。」 正直言って分からない。 何故受け入れる事が出来ないか、そして何故今こんなにも平然としていられるのか。 この大陸が破壊された後から何故か鼓動が早い。 ドクドクと脈打つ。 それは何を意味するのか。 ただ、魂が叫んでいる。何かを訴えている。 その声が聞こえないのは、心の奥底で私が「私」を拒んでいるから。 「受け入れているつもりでも、実際は受け入れていないのかもしれない。  自分では良く分からないんだけどね・・・。」 「いえ、いきなり貴女に『アブソリュートだ』といえば誰でもそれを疑います。  フェイルさんが拒む事は決して悪い事ではありません。」 「・・・優しいね、ミカエルさんは。」 苦笑混じりの声でフェイルはそう言った。 でもその言葉に偽りは無い。むしろ本心だ。 けれど言われた本人は訝しげに首を傾げる。 その動作にフェイルは「あぁ。」と納得したようにまた苦笑した。 そうなのだ。 彼等天使は褒められたりする事がない分、そういった感情が乏しい。 感情、といえば大袈裟になるかもしれないがシギから話を聞く限りでは 天使達には「楽しむ」という会話が殆どと言っていいほどないらしい。 それは神達が見れば確かに真面目で忠誠心のある良い天使に見えるかもしれないが、 地上人から見てもそれはあまりに可哀想な種族だと感じられる。 認めてもらえるのは功績だけ。 それでは、ただの操り人形だ。 命令されれば命を捨ててでもその任務をこなす。 今まで、どれだけの天使達が命を落としてきたのだろう。 誰のために、何のために? 全ては神のため。功績のため。それとも認めてもらうため? 「優しい・・・・。すみません、私には少し理解しづらいですね。」 本当に申し訳なさそうに言うミカエルにフェイルは胸を痛めた。 見た目も心も、人間と何も変わらない。 それなのに、人間では当たり前な事が彼等には出来ないし理解できないのだ。 「ううん。ミカエルさんが悪いんじゃないもの。」 少し複雑そうな顔をしてフェイルは首を振った。 そう、決して彼は悪くない。 誰が悪いか何て考えてたら埒があかない。 それに、その答えをつきとめた所で何かが変わるとは思えないから。 でも、このままなのは嫌だ。認めたくない。 こんな事を言えばきっと彼は困った顔をするだろう。 自分が優しい、というのに気付いていない彼はそれでも嫌そうな顔はしない。 この事を言ったとしても「ありがとうございます。」と穏やかな笑顔で言われるに違いない。 その一言が優しさだというのに・・・・・。 「ミカエルさんには・・・。」 「え?」 「ミカエルさんには、護りたいものはありますか?」 「護りたいもの、ですか?」 「はい。何でもいいです。どんな小さな事でも大きな事でも。」 沈黙が流れたかと思ったら今度はフェイルの唐突な質問に驚くミカエル。 ふざけた様子はなく、その表情は至って真面目。 ミカエルの目を見て、じっと答えを待っている。 逆らう気は勿論ないが、その真剣な瞳に吸い込まれそうで、とり付かれたように見つめた。 「護るものですか・・・そうですね。  私は、皆を護りたい。命と引き換えにしても護りたいです。  シギやイスカ、アラリエル達は皆大切な仲間ですから。」 「うん。」 「フェイルさんは、護りたいものがありますか?」 「私?」 フェイルと同じ様に、今度はミカエルが真剣な表情で問いだした。 まさか聞かれると思わなかった彼女は、一瞬呆けてから何度か瞬きして声を詰まらせる。 「えっと・・・うーん・・・・。」 「ない、んですか?」 「ううん、あるよ。でもいっぱいありすぎて、どれから話せばいいか分からないの。」 「1つずつで構いませんよ?」 一生懸命考えている仕草にミカエルは微笑ましそうに笑った。 「そうだなぁ。」と腕を組みながら考えているフェイルがやっと答えを出せたのか、 いつもよりもずっと明るい表情で答えた。 「私は、人間も神族も魔族も、全部護りたい。」 「・・・・え?」 「だって魔族が何もかも悪いわけじゃないでしょ?  人間も神族も、全部正しいとは限らない。誰だって、どの種族だって間違いはするでしょ?」 本当に最初の頃は、きっと皆仲が良かったんじゃないかなって思う。 何かが起こるには、必ずと言っていいほど何らかの理由があるから。 それがきっとこの長い年月の間で取り返しがつかないほど悪化したから、 だから魔族は神族を嫌い、人は両族に対し怯える。 この3族の中で一番非力なのが人間ではあるが、魔族や神族にないものを人間は持っている。 それは魔族も、神族もそうだ。 魔族だから全てが悪い。神族だから全て良い。という訳じゃない。 「・・・・フェイルさんらしいですね。  でも、でもそれはあくまで理想であって実現する事は到底不可能ですよ?」 「理想でも何でもいいの。  ただ願って、たくさん祈って、この思いを変えないように意思を固める。」 それは本当に不可能な願いかもしれない。 でもだからと言ってそこで諦めるわけにはいかない。諦め切れないのだ。 それを願う人はきっと少ないだろう。 こんな話しをすれば神は怒り、天使達は軽蔑するに違いない。 でも、それが私の本心だから。 何かを得るためには、何かを犠牲にしなければ得られない。 きっとこの戦争で神族か魔族が滅べばこれで終わりなのだろう。 いがみ合う対象がが消え、その種族は同族のために精を出すだろう。 けれどそれでいいのか? どちらかが滅びるまで殺し合いを続け、本当にその結果が平和になるのだろうか。 「それが本当の平和だとは思えないよ。  でもだからと言って、私の考えを実現させる手立てはまだちゃんと組み立ってはいない。」 甘ったれた考えなのは百も承知。 でも、この世界が好きだから、この世界を愛しているからこそ、そう思う。 皆が幸せになって欲しい。 たとえこの戦争が終結しても、必ず数年後、あるいは数ヵ月後に内戦、紛争が起こるだろう。 その時になって、きっと後悔するのは私達だ。 『脅威の元が消えたのに、何故また戦争を起こそうとする・・・・。』 どの時代にも戦争は付きもの。 そう言ってしまえばお終いだが、そんな結果にならないためにも私達が何かをしなければならない。 「貴女は、その考えにあまり自信を持っていないようですね。」 「うん。正直言って、この考えに賛成してくれる人は殆どいないと思うの。  仲間であるリュオ君、シリウス君、アレストやアスティア。  シギ君は反対はしないだろうけど、でも彼が神に逆らうことは出来ないから・・・。」 リュオ君は母国の評議員から「魔王抹殺」の命令が出されている。 シリウス君は故郷を3度も焼かれ、そして最後に取り返しのつかない事になった。 アレストは神族にも魔族にも恨みはないだろうが、今回の事件で魔族に悪い印象を持ったに違いない。 アスティアはまだ良く分からないが、でもどちらにしても魔族に良い感情を抱いていない様子だ。 「つまり、貴女1人だけ?」 「・・・そうだね。そうなのかもしれない。  良く考えれば、皆反対するなんて分かりきった事なのに。」 でも何故だろう。 私は、人間も神族も魔族も皆好きだ。 どれほど酷い仕打ちをしていても、それでもその心境を知ってしまえばこの心は簡単にも揺れ動く。 「本当の、心ですか?」 「うん・・・。冷たくて、近づくのも恐れる気の中にあった小さな感情。  憎しみ、怒り。それと反して孤独や寂しさの感情が見えた事があるの。」 それが誰なのかも分からない。 それがどの種族なのかさえも分からない。 でも、それはあまりに孤独で冷たい感情だった。 触れれば壊れてしまいそうなほど繊細で、下手に手を出せばきっと暴走しかねない。 何かに捕らわれて身動きできないそれは、何かを訴えていたのかもしれない。 そう思うと、「何故あの時ちゃんと理解してあげられなかったんだろう。」と今でも後悔の念が渦巻く。 ただ「ごめんね。」って謝りたい。 「独りにしてごめんね。」って言って抱きしめてあげたい。 だから・・・・。 「だから、ミカエルさんに聞きたい事があるの。」 「え・・・?」 「私は皆を護りたい。  どちらかの種族が犠牲になって生まれる平和なんてないって思っているから。  だから私は一人でもそれに立ち向かう。」 だから、教えて。 仲間を助けたい。 皆を護りたい。 誰もが幸せになれる、そんな世界を望む。 何にも縛られず、ただ自由になる事を心から願う。 だから 私が神ならば 私が出来る事を、教えてください。 「・・・・・本気、なのですか?」 予想通りにミカエルの目が見開いた。 驚いたような、でもそれで困惑している。 だが彼が驚くのも無理はない。 あれだけ自分の事を拒絶していたフェイルが、今こんなにも積極的に神としての務めを果たそうとしている。 いや、『務め』という言葉は間違っているのかもしれない。 彼女は自分の足で前に進み、自分の目で真実を見極めようとしている。 それが数日前のか弱い少女の姿だろうか。 あの頃は周りが見えていなくて、現実を受け止めるので精一杯で余裕はなかった。 「本気も何も。私が今逃げても何も変わらないでしょ?  逃げたくない気持ちがある。負けたくない。譲れない気持ちでいっぱいだよ。  大好きな人達を護りたい。ただ、ただ・・・それだけだから。」 「・・・・後悔、なさらないのですね。本当に。」 「もう一人の私、アブソリュートの名に懸けて。」 そう言ってフェイルはジッと前を見据えた。 その言葉に、瞳に偽りはない。 曇りのない、怖いくらい澄んでいる瞳は大天使の彼の心さえも惑わせる。 一瞬、迷いが生じた。 本当に教えて良いのだろうか。 本当にそれがこの方のためになるのだろうか。 そればかりが頭を交差して、なかなか口から言葉が出てこない。 頭ではもう彼女には何を言っても無駄だ、という事が分かっているのに、 それでも私自身の心はそれを否定している。 「・・・・・・貴女の神の力。それは、話せば長い物になります。  ですがそれを理解しない限り、フェイルさんは真の力を手に入れる事は出来ないでしょう。」 「大丈夫。何を聞かされても動じない覚悟はある。  譲れない想いがある。何があってもこの気持ちは変わらないよ。」 フェイルは笑った。 これまでの苦しみを忘れるかのように、本当に幸せそうに。 けれど、その笑顔がまた彼を苦しめたのをフェイルは知らない。