■天と地の狭間の英雄■ 【久方の故郷】〜彼の旅立ち〜 「兄さんっ!!!!」 巧妙な作りの扉を豪快に開けたのは、今は懐かしい双子の弟だった。 クレイスは脇目も振らず真っ先にリュオイルの所に駆け込んでくる。 その光景を微笑ましそうに見ている女官達。 だがその中には複雑そうな目で見ている奴等もいる。 それが何の視線なのか、リュオイルには痛いくらい分かっていた。 「あぁ、ただいまクレイス。」 「あぁ、ただいま。じゃありませんよ!? 何も連絡なさらないでひょっこり帰って来たものですから、私だけでなく皆驚いています!!」 「・・・そう。」 「兄さん?」 クレイスの言葉を聞いてリュオイルは沈んだように顔を伏せた。 その意味が何なのか。 先ほども言ったがリュオイルにはその内容が良く分かっている。 だからこそ、故郷であるこの場所にもかかわらずここは居心地が悪い。 ジロジロと舐められたようにまとわりつく視線。 勿論良い気分なんかしないし、その視線の中には彼の好かない人物も複数いる。 評議会の連中だ。 暫くここを空けていたが、これほど月日が経ってもまだ委員編成をしていないと言う事は、 どうやらそれなりに政治を進めているのだろう。 リュオイルがここを出て行く前までは踏ん反り返って威張っていた連中が、 今は化け物を見たような目でリュオイルを見ている。 (・・・・勝手に殺さないでもらいたいな。) 言葉には出さないが、心の中ではかなり毒づいている。 チラリ、と見覚えのある評議委員にさりげなく目線を泳がせると、 その無駄にでかい図体は面白いほど体を強張らせて露骨に視線をずらした。 「ところで兄さん、今日はどうしたのですか? お仲間もいませんし、1人で帰って来たにしては浮かない表情ですし。」 「その事なんだけど、ここではちょっと不味いんだ。どこか部屋を借りる事は出来るかい?」 「え、はい。第5フロアの作戦室なら今はリティオンさんやカシオスさん達しかいませんよ?」 「・・・・2人なら、取りあえず問題ないな。分かった、すぐに行こう。」 「あ、あの。兄さん・・・?」 テキパキと指示する姿はちっとも変わっていない。 流石だな、と思いながらもそれが今では懐かしく思える。 傍にいたから分からなかったが、離れて初めて気付いた。 「え、何?」 キョトン、とした表情で振り返る姿も全く変わっていない。 「あの、私も同行してもよろしいんですか?」 「え、うん。そのつもりなんだけど・・・・。もしかして忙しい?」 「いえ。先ほど仕事は終わらせましたので。」 「じゃあお願いできるかな?」 「は、はい!!よろこんで。」 嬉しそうにクレイスは微笑んだ。 リュオイルがいた頃は、会う機会があってもそれほど喋らないし、 なにしろ部隊が全く違ったので作戦も一緒に立てる事が出来なかった。 だから本当の意味で彼と一緒にいるのは初めてなのかもしれない。 でも、気になるこことがある。 ここにいる皆、同じ事を思っているはずだ。 何故兄さんは、こんな時期に帰ってきたんだ・・・・? クレイスは兄と再会できた事の嬉しさを抑えて、スタスタと歩く彼について行った。 その後姿は少し前の兄と全く変わらない。 けれど、何か違う。 自信溢れる、と言えば表現がおかしい。 どこか晴れ晴れとして、表情の少なかった頃と比べれれば全く違うことが分かる。 言葉もはきはきとしていて楽しそうだ。 でもその隅に複雑そうな、難しい顔をしているけれど・・・・。 「・・・・・・・・は!?」 「え、え、え?リュオイルなの?」 扉を開けると、そこには資料が山積みになっている。 それはいつもの事で全く変わらないのだが、リュオイルは予想通りのリアクションに思わず吹いた。 「ふふっ、相変わらずだね。」 そういえば、ここに帰ってきて初めてこんなに笑ったのかもしれない。 一歩外に出ればそれは嫌な視線の嵐。 少し前まではここで生活をして、ここで仕事をしていたはずなのに何故か初めて来たみたいだ。 女官やこの城の使い達の殆どは友好的な目で見ているが、一部例外がある。 それが怖くて、さっきシギにこの事を話した。 今思えば「何であんな奴にこんな話したんだろう」と思っている。 でもそのおかげで胸の奥に突っかえていた何かが、スルスルと解けた気がする。 だから、いつか「ありがとう」と言いたい。 「な、何であんたがここにいるの?確か、数ヶ月前にフェイルちゃんと旅に出たんじゃ・・・・。」 少し引きつった顔で、それでも相変わらず変わらない美貌の持ち主のリティオンは、 我を忘れたようで、リュオイルに指をさしながらそう言った。 その横でカシオスは、開いた口が塞がらない。そんな顔をしていた。 今まで資料達と格闘をしていた2人の神経は限界に近づいているのか少し疲れ気味の様子。 まぁ、勉強家で真面目な将軍さんが1人いなくなれば、残った書類は他の者に回されるのは目に見えてる。 50cm以上も積み重なったそれを見て、リュオイルはリティオンの質問に答える前に少し呆れていた。 「うん、ちょっと休憩でね。 と言うか、何この山積みの書類は。・・・・・・・ってあぁぁああーーーーーーーーーーーーー!!!! この書類明日が提出期限じゃないか!?これは今日の夕方!? しかもこれは昨日の夜までで、こっちは先月の決算!!! そっちにあるのはもしかしなくても献納書に査収論法!!!?」 「に、兄さん落ち着いて下さい・・・。」 「これが落ち着けられるものか!! あぁ、また王の仕事が増える・・・。 急いで終わらせるんだっ!!悪いけどクレイスも手伝って!!!!」 「え、あ、はい!!」 やや殺気だった兄にクレイスはビクつきながらも返事をした。 椅子に座り、スラスラとペンを走らせる。 元々事務処理が得意なクレイスにはもってこいの仕事だ。 だが、チラリと横を見ると凄まじいほどの集中力でザカザカ書類を片付けるリュオイル。 ペンが走るスピードはクレイスの倍ほど。 紙がめくれる音が休む間もなくこの部屋に響く。 彼の怒りに圧倒されたのか、何か尋ねるはずだったリティオンやクレイスもそれに見習って最後の力を出していた。 ザカザカザカザカ・・・・・。 ペラ。 ザカザカザカザカ・・・・・。 ペラ。 ザカザカザカザカ・・・・・。 ペラ。 「・・・・・そう言えば何の話してたっけ?」 ズベッ!!! ガタンっ!!!! 「何で椅子から落ちてるんだ?カシオス。」 「お、お前って・・・・・・。」 肺から息を全部吐き出すと、クレイスは肩を落としながら椅子に座った。 その傍にいるクレイスは、その様子を微笑ましげに見ている。 多少抜けたところはあるが一応兄は将軍なのだ。 こういう事は以前にもよくあったし、リュオイルの部下の話しを直接聞いたこともある。 "時々天然になったりします"と。 ・・・・まさかここまで抜けていたとは思ってもいなかったが。 「えーっと、僕別に書類を片付けるために帰って来たんじゃないけど?」 「あんたが勝手にやってるんでしょうが。」 ビシッ、とペン先をリュオイルに向けて呆れたように言うリティオンにまたクレイスは笑った。 「言われてみれば・・・。」と呟くリュオイルを他所に彼女は先月提出するはずだった決算の書類をまとめた。 残るはあと数枚。 これでこの書類は今日中に出せるだろう。(かなり期限は切れているが・・・。) リュオイルが山積みにされていた書類から抜き取ったのは先週提出しなければならなかった予算の書類。 数十枚あったはずなのに、彼の前にはもう数枚しか残っていなかった。 「・・・先日、ダンフィーズ大陸が半壊したのを知っているだろ?」 ザカザカザカ・・・・。 「あぁ。報告されなくても、あの馬鹿でかい揺れですぐ分かったさ。 流石にそう簡単に場所を特定する事は出来なかったが。」 ザカザカザカ・・・・。 「でも何故ダンフィーズ大陸が? あそこにはリビルソルトがあるじゃない。そう簡単には攻め落とされないはずだけれど・・・。」 ザカザカザカ・・・・。 「いや、それが何の宣告もなく仕掛けられた攻撃だったらしいんだ。 それはやっぱり魔族だったけど・・・。 でもそれが独断なのか、それとも魔族がまた何か企んでいるのか分からない。」 ザカザカザカ・・・・。 「・・・・・ねぇ。 どうでもいいんだけど、取りあえず今は書類整理止めにしないかしら?」 ザカザカザカ・・・・。 「「そうだな。(そうですね)」」 見事に三人の声が重なると、一旦ペンを置き彼等は再び向かい合った。 数分間の格闘のおかげで、心なしか書類の数が減ったような気がする。 ただ目の前にその紙の山があると邪魔なので、リュオイルは慎重にそれを床に下ろした。 「・・・・どこから聞けばいいか、まだ良く分からないわ。」 少し落ち着いたのか、リティオンは肩をすくめながら、でも懐かしそうな目で同期を見た。 彼が旅立ってからと言うものの、こちらにはそれまで以上に多くの任務が回ってきた。 その中には明らかに重要で、尚且つ機密の任務もあった事を今でも覚えている。 そう考えると、リュオイルはいつもいつもこんな厳しい仕事を坦々と片付けていたのだ。 やはり同じ同期でも格が違う。 この王都にとって英雄とされている彼の父の息子だから。 いや、リュオイルだからこそ出来たのだろう。 「取りあえず、まだお帰りって言っていなかったな。」 「え・・・。うん、取りあえずただいま、かな。」 少し照れくさそうな顔をしてリュオイルは笑った。 クレイスとは前一度会ったが、彼と彼女とはこれまで再会した事がなかった。 時を数えればそんなに大した時間は過ぎていないかも知れない。 でも、どの戦の時も大抵共に行動していた古き友人達と離れるのは少しばかり抵抗があった。 だからこそ再会した今、こんなにも心が晴れるのだろう。 書類の件意外では大した事は無さそうだし、2人とも元気なのが何よりも嬉しかった。 彼等は自分を認めてくれているから。 決して、哀れんだ目では見ないから。 帰ってくると、心から信じてくれていた大切な友人だから。 「でもどうして今日帰って来たの? 先日の魔族の動きからすると、魔王抹殺の任はまだこなせていないのでしょう?」 クレイスも気になっていた事をリティオンは何の戸惑いもなく聞きだした。 頬杖をつき、目の前にあるティーポットを手馴れた手付きで紅茶を注いでいく。 恐らくこの書類を徹夜してでも片付けるために持ってきたものだろう。 その色や柄も、彼女の好きな淡い色合いのものだった。 「・・・・・・・まだ終わっていない。」 差し出された紅茶を前に、リュオイルは幾分沈んだ顔で頷いた。 小さく溜息を吐いた後、何を話せば良いか分からず何度も何度も口を開けたり閉めたりした。 けれど何処から話せば良いのか。 そして話して良いのか分からず彼の心の中で戸惑いばかりが渦巻く。 これまでたくさんの事がありすぎて、自分でもまだ良く分かっていない。 小さな決心は幾つかあっても、最終的にどうするか何てまだ何も考えれていないのだ。 ―――最終的には、魔王を、ルシフェルを、つまりミカエルの兄を殺す・・・・。 でも、出来るだろうか。 力の差とかそう言う問題じゃなくて、彼の双子の兄を殺す事が出来る勇気が僕にあるのだろうか。 今の僕ではまだ分からない。 きっと彼は「気になさらないで下さい」と言ってまた前に進むだろう。 その強さが、とても羨ましい。 けれどミカエルも心のどこかで兄を殺すことに抵抗を感じているはずだ。 再会したあの時、2人とも最初は敵意はなかった。 寧ろ友好的で、敵という事を一瞬忘れるほど穏やかだったのだから。 「そう・・・。そうね、そう簡単に終わらせれるものじゃないものね。」 「じゃあ、何故兄さんはお戻りになられたのですか?」 不思議そうに首を傾げながらクレイスは身を乗り出して兄の顔を見た。 その言葉にふ、と顔を上げると、クレイスは少し慌てた様子で手を振る。 「あ、別に帰ってきて欲しくなかったとかそう言う意味はありませんよ? 兄さんが怪我もせず帰国されたことはすごく嬉しいですし、また会えて感激しています。」 「あー、大丈夫大丈夫。その辺りはちゃんと分かってるから。 ・・・・・僕もクレイスに会えて嬉しいよ。ありがとう。」 完全に誤解しているクレイスに吹きながらも、リュオイルは本当に幸せそうな笑みで返した。 もしもその言葉をクレイスではなく、面識も薄い輩に言われたらリュオイルは適当に相づちを打って返すだろう。 一応王宮育ちに近いので、王族の仕組みや態度も分かっている。 地位が低いものは少しでも気に入られるために胡麻をすったような仕草でこちらの顔色を恭しく伺う。 将軍という誇らしい地位にいるリュオイルも、そういう事をされた経験は数え切れないほどある。 その高い地位と階級の高い貴族。という素晴らしい条件を満たしている彼に、 やや低い地位の者が自分の娘と結婚出来るようにと、何度も何度も申し込んできたこともある。 もちろん全て断っていたが・・・・・。 「・・・僕達は、今神族と手を組んでいる。 いや、この言い方はおかしいかな。手を組んでいると言うよりも僕等が利用されていると言うか・・・」 「神族!?あの伝説の、ですか?」 いきりだったように、クレイスはかなり驚いた様子でこちらを見た。 その目は明らかに半信半疑で、今リュオイルが言った事をまだ理解していないようす。 だがその反応は今のこの場では決しておかしな事ではない。 何故ならば、リティオンもカシオスも、クレイスと同じ様な顔をしているからだ。 リティオンは最初の方こそ驚いて目を見開いていたが、流石軍人。 ものの数秒で元の表情に戻り、今は深刻そうな顔で何か考えている。 それとは対照的にカシオスは、飲みかけていた紅茶を吹き、気管に入ったのか忙しなくむせいている。 「こんな事いきなり言われても、信じろって言うほうが無理なのは分かっている。 もしも僕が君達の立場だったら、同じ反応をしていたかもしれない。」 真実味がないからこそ、人は人を疑う。 ましてや今回の話しは神族だ。 あの大戦争を最後に見る事のなくなった伝説の種族。 天使は神に忠誠を誓い、平和と秩序を守るべく天に還った。 「無理に信じろとは言わない。軍人が疑り深くなるのは当たり前だし、当然の事だよ。」 リュオイルは丁寧な仕草でカップを揺らした。 まだ半分以上残っている紅茶は波紋し、その中に映る自分を見つめた。 そしてその時知った。 (・・・何でこんなに、酷い顔してるんだろう。) 自分でも分かるほど暗い表情だった。 それだけでなく、酷く疲れたような、魂の抜けたような頼りない顔がそこに映っている。 いつからこんな風になったんだろう。 いつから僕は、こんなにも心が脆くなったんだろう。 けれどそれを問うたところで何も変わらない。 きっと肩の力を抜けばすぐにでも僕は倒れるだろう。 立て続けに起こるこの信じられない惨劇。 今は気を張っているから大丈夫だが、普通の人間なら過労死するところだ。 「・・・そうね。まずは詳しい話を聞かないと理解出来ないわ。」 ゆっくりと、でも淡々と語る彼女にリュオイルは安心した。 もしもここで軽蔑されたりしたら今の彼にはそれを受け止める気力がない。 だからこそ、現実的な彼女に安堵したのだ。 「そ、そうですね。私も何が何だか・・・・。」 リティオンの前向きな声に反応したクレイスは、ハッとしたように正気に戻った。 半ば硬直していた肩の力を抜き、浅くだが気付かれぬように深呼吸した。 ようやく気管から紅茶が抜けたのか、涙目になりながらもカシオスも元の位置につく。 あれだけ大袈裟に騒いでいたのに、彼等は早くも沈黙してしまった。 日頃から軍人としてちゃんと修業をしているのか否か分からないが、 静かになったのを見計らって、リュオイルは意を決した様子で重苦しく口を開いた。 「僕達は、魔族を倒すために旅に出た。 勿論そうすれば敵は僕達を阻止するために襲撃する。・・・今までも、本当に酷い目に遭ったよ。」 船に乗っていた時に襲われたり、村々を焼かれたり、とにかく何度も死にかけていた。 ちょっと考えて見ると、「今までよく生きていたなぁ。」思わず自分達を褒めたくなる。 けれどそれからも敵の襲撃は幾度となく続き、ついにはフェイルが魔族に攫われてしまった。 結果として彼女は無事だったけれど、でも失ったものも大きかった。 そこで正式に天界の者達と手を組み魔族と抵抗していた。 勿論それでも余裕があるわけでもなく、むしろ敵側の威力が予想外に大きくて僕等は必死に抵抗している。 「それだけなら、まだ良かったんだ。」 先の魔族の大陸半壊の事件で、仲間の故郷が滅びた。 最愛の妹を失っただろうシリウスは、今どんな状況なのだろうか。 そしてフェイルやミカエルも無事なのだろうか。 また魔族がフェイルを攫いに来るのではないか、と今でも僕はその恐怖に耐えている。 失うことが、酷く怖い 近くにいるのが当たり前すぎて、いなくなった時を考える事がこんなにも恐ろしい だからこそ 失いたくないからこそ、今僕は戦っている これが本当に正しいのかは分からない これが終わって世界が安定するのかは分からない でも失いたくないんだ 怖いから、嫌だから、涙が出そうなほど悲しいから ただ、ただ一心に願うのは 僕の傍から離れていかないでほしい 流石にこんな事までは彼等には言えなかったけど、心の中で何度も何度もそう復唱した。 「・・・全部が全部信じれるわけじゃないけれど、でも信じなければならないのかも知れないわね。 今のこの現状。そしてリュオイルの目は嘘は言っていないわ。」 「リティオン・・・。」 「私も、まだ良く分かりませんが私は兄さんを信じます。」 「クレイス・・・。」 「まぁ、意外と真実味がある内容だからな。 ダンフィーズ大陸の事をそう細かく知っているんだから、あながち嘘じゃなさそうだ。」 「カシオス・・・。」 思いがけない言葉にリュオイルは歓心とした表情で微笑んだ。 最低でも1人信じてくれるくらいかな、と大分弱気だったため、心に染みるその回答がとてつもなく嬉しい。 思わず頬の筋肉が緩んだ。 ホッとしたせいか、少し疲れが出てきた。 けれどその疲れを今は隠さなくてはいけない。 まだ滞在猶予は2日と半分ほどある。 折角出された休暇なのだから、思う存分休めば良いのだがやはりフェイルが心配だ。 本当は軽く挨拶をしてすぐ出ていくつもりだった。 けれど久々に再会する旧友と話せば、離れるのが惜しくなってしまった。 そう言えばシギはどうしたのだろう。 城に入ってこなかったことは多分気をきかせたのだろうが、今彼が何処にいるのかが分からない。 やっぱり居心地が悪くとも招いていたほうが良かったかな? 多分彼のことだから待っていてくれているのだろうけれど。 「どうかしましたか兄さん?」 「え、いや。そろそろ行こうかなって・・・。」 「え、もう行くのか?」 「ああ。今回は挨拶に来たぐらいだから。」 『今回』 僕等に、再びこの土地を踏める事は出来るのだろうか。 再び故郷に帰り、そして友人達と会える事が本当に出来るのだろうか。 それは、神すらも分からない。 これからはじまる戦争に身を投げ出すのだから、生きて帰れる保証は全くないのだ。 「父上、母上に挨拶をしたら出ていくつもりだよ。」 「王には何も言わないつもり・・?」 「・・・ごめん。」 王に会っても、特に支障はないはずだ。 評議会の連中に命令は出されたが、帰ってくるなとは一言も言われていない。 でも、今会えば、絶対に今日ここを離れる事は出来ない。 絶対の忠誠を誓っているからこそ、その相手を目の当たりにすれば少なくとも一日滞在してしまう。 これまでの報告を、一日かかって説明してしまうかもしれない。 あるいは引きとめられるかもしれない。 「僕は、まだまだやらなきゃいけないことがあるんだ。」 ごめんね。 そう言ってリュオイルはすまなさそうな顔をして3人を見た。 そしておもむろに頭を下げた。 「リュオイル・・・?」 さきほど説明された時よりももっと驚いた様子でそれを呆然と見ている3人。 彼が何故自分達に頭を下げているかは分からない。 だからこそ、不安な気持ちが心を渦巻く。 「ちょっと、何で頭なんか下げるのよ。」 苦笑した様子でリティオンはリュオイルの肩に手を置いた。 それに反応した彼だったが、頭を下げたままゆっくり目を閉じる。 ごめん、皆。 「兄さん、頭を上げてください。」 もう2度と皆の顔を見ることも出来なくなるかもしれない。 「何してるんだよリュオイル。」 もう2度と、戻ってくることが出来なくなるかも知れない。 ごめんね。 皆を死なせたくない。 だから僕は、絶対にこの世界を滅ぼしたくない。 けど、ごめんね。 さよならだけは言いたくないんだ。 いつの日か帰れる事を信じていたい。 信じて、いたいんだ・・・・。 願うだけでも、どうか許してください。 「さよならは、言わないよ。」 「兄さん・・・・。」 そう言ってリュオイルは微笑んだ。 これから戦場に赴く者の顔にしてはとても和らいでいる。 そして今まで見た事のない、優しい顔だった。 いつもは無表情か、あるいは緊張して固い表情なのだ。 彼が出て行った数ヶ月間。 確かにこちらは人手不足で大騒ぎだったが、リュオイルには良い薬だったのかもしれない。 やっと歳相応の表情を見せるようになり、そして何より笑ってくれることが嬉しい。 旅の仲間達に「ありがとう」と言いたいくらいだ。 「・・・・・絶対に帰ってきなさいよ、リュオイル。」 「あぁ。骨だけ残して帰ってくるなよ。」 「カシオス。僕まだ死んでないけど。」 「まぁリュオが死ぬ事なんて滅多にないでしょうけど。」 からかうようにリティオンは腕を組みながら目を細めた。 それに対しリュオイルは「心外だな・・・。」と複雑そうな顔で彼女を軽く睨む。 だがそんな微小な態度が彼女に通じるわけでもなく、逆に苦笑された。 他愛もない会話を、これで最後にしたくない。 それを願う心の裏には「死」を恐れる感情がある。 言われてみれば確かに死に直面するのは嫌だ、それ以前に怖い。 何年騎士を務めるものでも。何度も九死に一生を得た者も。 きっとそれは神も魔王も皆、恐れる本当の最後。 死ねば消える。死ぬ事は存在が無になることを意味する。 長い時を経て、「自分」という者が最初からいなかったかのように皆の記憶が薄れる。 でもそれ以上にもっと嫌なのは 大切な人が死んでいく姿を見届けるその瞬間・・・・。