力を手に入れた 空を飛び立つための、強い力 何もかもを操る無限の力 けれど何かを得るためには必ず何かが消えるわけで その何かが消えた時 私の心の中で、1つの穴が空いたと感じた ■天と地の狭間の英雄■ 【本当の再会】〜無〜 「何だって・・・・?」 銀色の髪を持つ青年は愕然とした様子で1人の青年を凝視した。 手や衣服が泥で汚れているのは先日の事件があったから。 同胞を弔った彼等は皆と合流するためにダンフィーズ大陸から出発する予定だった。 ・・・そう。そのはずなのに。 「お前、フェイルをどこにやった!!」 苛ついた表情と声でシリウスはミカエルの胸倉を掴む。 息苦しさでグッ、と詰まるミカエルだったが、彼は哀感した表情で目を伏せた。 それが気に障ったのか、シリウスの機嫌は悪くなる一方。 敵味方の区別がつかないわけではないが、彼にとって大切なフェイルがいなくなった事は、 今回の事件以上に、更に彼を不安に募らせることとなる。 「フェイルさん、いえ。アブソリュート神自ら出した答えです。 私は、あの方の言う事が間違っているとは思えません・・・。」 「何訳分からねぇ事言ってる?あいつは・・・フェイルはどうしたんだ!!」 「貴方に言った所で、どうすることも出来ないですよ?」 「だまれっ!!!」 これ以上ないほど嚇怒したシリウスは己の武器に手を当てた。 それに少し驚いたミカエルは、また悲しそうな顔をして目を細める。 けれどその意味が怒りのせいで判断力が鈍くなっている彼に通用するはずがない。 「あいつにもしもの事があれば・・・・俺は・・・・・っ!!!」 約束した。 傍にいると。 絶対に離れないと。 それなのに、今何故フェイルはいない。 何処に連れて行った。 何処に隠した。 「これ以上あいつばかり、フェイルばかりに辛い思いをさせるわけにはいかない。」 皆同じ様に心がボロボロだ。 俺だって、ミラや村の連中が死んで精神が安定していない。 今こんなに自分を制御できないのも、多分そのせいだ。 けれどフェイルは・・。 フェイルはその細い肩で何もかも背負おうとしている。 自分が神だからと責めて。 自分さえいなければこんな事にならなかったと嘆く。 フェイルのせいでは決してないのに、彼女はそれすらも拒絶する。 『ごめんね。』 そう笑って、誰もいない所で泣いている小さな少女。 それがあまりにも儚くて、生涯一生、守りたいと思った。 泣いて欲しくない。笑って欲しい。 ずっとずっと、幸せにいて欲しいと・・・。 ずっと傍に、いて欲しいと。 「・・・貴方は、優しい方ですね。」 悲しみで歪んだ顔を見てミカエルは寂しそうに微笑する。 彼の胸倉を掴む力が弱まる。 その手に自らの手を置いたミカエルは、力なく笑った。 「私も、あの方が不幸になる事を望んでいません。」 今にも泣きそうな顔で言うミカエルに、最初抱いていた怒りがどんどん鎮まる。 複雑そうな顔をして、何度か躊躇った後シリウスはその腕を退かした。 自由になったミカエルは、2・3度咳をすると、真剣な表情で彼を見上げた。 幾らか怒りは沈んだものの、まだ彼の瞳には疑心が見える。 怒り、不安、孤独。 大切なものを失った時の恐ろしさを知っているからこそ、彼はこんなにも取り乱すのだろう。 でもそれ以外にある感情を、ミカエルは悟っていた。 「あの方が神だからと言って、全てを背負う責任なんて何処にもない。」 最初はただのいがみ合いだった。 けれど時が進むにつれて我々と魔族の間の溝が出来るばかり。 そして気付いた時には、殺すか殺されるかの世界に変貌していた。 どちらの種族も、母国が大切だから戦う。 戦力で負けそうになれば、神はまた新たな神と天使を生み出す。 その1人が、アブソリュートだった。 ただ、それだけの事なのに。 誕生してすぐ、彼女は期待の神と崇められてしまった。 「この事も、何もかも彼女には話しました。 でも彼女はそれを嫌がるどころか、笑っていたんです。」 『ミカエルさんも辛いのにごめんね・・・・。ありがとう。』 その時ミカエルは驚愕した。 何故こんな酷な話をしているのに笑っていられるのかと。 しかもその被害は全てフェイルに襲ってくるものなのに。 『・・・・うん、すごく重大なんだって分かってる。 でもね、だからこそ私は皆を守りたい。このまま何もしないで死んでしまうのは、嫌だから。』 フェイルの表情はとても晴れやかだった。 最後の運命も知っているはずなのに、何故そんなに明るくいられるのかが不思議でたまらない。 同時に、己の非力さを目の当たりにした。 そして、彼女の仲間達がフェイルを大切にしている理由も分かった。 人間と彼女とでは気付かなくても見えない壁が立ちはだかっている。 それはいつ気付くのか。中には薄々感じている者もいる。 神と人間。 格が、違い過ぎるのだ。 それでも彼等は何事もなかったかのようにフェイルに接する。 決して特別扱いしない。 いつもと同じ、「フェイル」を見る目で彼等は楽しそうに会話をする。 それが彼等の強さだと知った時、自分の心に恥じた。 申し訳なくて、顔を見合わせる事さえも辛いと感じた。 でも・・・。 ―――――――ミカエルさんは私達と同じ「生きている」でしょ? 絡み合った鎖が、音を立てて崩れていく。 氷のように冷たかった何かが、暖かみを増していく。 それが「幸福」だと感じた時、私は一瞬ゼウス神に仕えている事を忘れてしまった。 貴女の下で仕えたい。 そう、痛切に思った。 今この天界を制する少し冷徹なゼウス神ではなく 誰かを愛し、慈しみむ心を備えているアブソリュート神に。 一生、仕えたいと・・・・・。 「貴方達には劣るかもしれませんが、私もあの方を尊敬しています。 ・・・多分、ああいった方とは面識がないからかもしれませんが。」 人間として生きた少女。 宿る力は無限そのものだが、それでも彼女は「人」としての感情を持っている。 我々天界の者と違う箇所は、そこだ。 だからこそあの方は優しい。 誰かが傷つけば、まるで自分の事のように悲しみ泣く。 その優しさに焦がれる者も少なくはないだろう。 現に、目の前にいる人物やあの少年だってそうだ。 「・・・・でも、彼女はご自分で決断された。」 誰かが無理強いしたわけではない。 何日、何時間悩んだだろう。 たった一人で・・・。 「これが正しいか正しくないかは、あの方はちゃんと理解しておられます。」 「・・・・・・・。」 「たとえこれが間違っていたとしても、私は彼女を見放す事はありません。」 寧ろ、どこまでもついて行きます。 「・・・・・そんなの、当たり前だろうが。」 ムスッとした様子でシリウスは呟いた。 それに少しだけ目を瞠ったミカエルが彼を凝視する。 今の今まで沈黙を守り続けていた彼に驚きを隠せないでいた。 また怒っているのだろうか、と相手の顔色を伺うがそんな事はない。 複雑そうな表情ではあるが、どこか吹っ切れたような穏やかな顔だった。 「あいつは俺等の仲間だ。 どんな選択をしても、たとえそれが間違っていてもいなくても、俺達はあいつを咎める事はない。 ・・・・・・世界中があいつを敵にしても、俺はフェイルを信じる。」 約束したんだ。 何があっても、彼女を信じると。 今までもこれからも、ずっと変わらなかった。 シリウスがそう言い終えた途端、ミカエルはこれまでにない穏やかな表情で笑った。 何て、美しい心を持つ人々なんだろう・・・・。 どうして私は、今ここにいるんだろう。 何故私は、天使として生まれて来たのだろう。 ―――――寂しいときは寂しいって言ったらいいし、悲しいときは涙を流したって構わない。 もう少し貴女に会うのが早ければ。 もう少し早く貴女の想いに気付いていれば。 ―――――願いを叶える事が出来なくても、その背中を押してあげる事が出来る。 貴女が不幸にならずに、すんだのなら・・・・・ そうすればきっと 世界はもっと、幸せになっただろうに 「アブソリュート神は、世界樹ユグドラシルにいます。」 「ユグドラシル?何故またそんな場所に。」 「それは・・・」 「ミカエル!!!」「シリウスっ!!」 後ろから聞き慣れた声が聞こえた。 声は2つだがその気配はそれよりも多い。 それが誰なのか、考えなくても分かる。 「シギ!!それにリュオイルさん、アレストさん、アスティアさん!?」 「よっ!意外と早く終わってな。お前達を迎えに来たんだ。・・・・ん?フェイルはどうした。」 ある意味感動の再会に喜んでいたシギだったが、メンバーが1人足りない。 故郷に帰る事なくシリウスについて行ったフェイル。 必ず帰る。と約束したその少女の姿が、何処にもなかった。 残っているものはあまりに殺風景な広間。 いや、数時間前まで生きていたカイリアの村人の墓が四方を描くように造られていた。 簡素ではあるが、一つ一つ丁寧に弔ってある。 けれど、それ以外何も見えない。 「・・・お前。」 「すみませんシギ。 でも、あの方が決断したことです。我々が何を言っても無駄でしょう。」 「それはそうだが・・・。」 「フェイル・・・。フェイルはどこなんだ!?」 狂乱したようにリュオイルは叫んだ。 何となくそうなると分かっていたシリウスは、彼がミカエルに詰め寄るのを制した。 「シリウス、フェイルはどこにいるんだ!?」 「落ち着け。あいつは無事だ。だが今はこの大陸にいない。」 「彼女は、ユグドラシルのある場所にいます。私が先日送り届けました。」 「ユグドラ、シル・・・・?」 呆然とした様子でリュオイルは動きを止めた。 周りが見えていない事は自分でも良く分かっている。 けれどこの気持ちを何処にぶつけていいか分からず荒れてしまう。 仲間には申し訳ない事をしているな・・・・。 「あぁ。俺もその理由はまだ知らねぇが・・・。シギ。お前は知っているようだな。」 鋭い視線が仲間であるシギに容赦なく向けられた。 一瞬怯んだ彼であったが、諦めたように、大袈裟に溜息をすると少しだけ困ったような顔でミカエルを見つめる。 その意図が分かった様子のミカエルは、彼もまた同じ様に困った顔をすると一同を見回して、決心した様子で口を開いた。 「とにかく、フェイルさんを迎えに行きましょう。 行けば、お話ししなくてもおのずと分かりますから。」 「ま、安心しな諸君。 別にフェイルが魔族に襲われているとか、最悪な事ではないから。」 「せ、せやかて。まだフェイルは・・・。」 まだ精神的に不安定だ。 彼女を1人にする事はあまり得策ではないはず。 それがたとえ、あの子の願いであっても。 それが結局彼女を傷つける事に変わりはないのだから。 誰かがついていなければ、そのうち倒れてしまうのではないかといつもヒヤヒヤしていた。 あの子は苦しい事悲しい事を絶対に口にしない。 でも自分達はその彼女の癖に気付いている。 だからこそ傍にいて、何事もなかったかのように接しなければ。 「無駄話をしていても埒が開かないわ。 ミカエルの言う通り、あの子を迎えに行きましょう。」 「な、何でアスティアはそんな冷静なわけや。」 「馬鹿ね。彼等がフェイルは無事だって言ってるから冷静でいられるのよ。」 「けど・・・」 「けどもでももないわ。 こんな事で揉めているより、今すぐにでもあの子を迎えに行く事が先決じゃないの?」 「・・・・・せやな。ごめん。」 しょぼくれたように肩を落としたアレストは素直にアスティアに謝った。 それとは対照的にリュオイルはまだ複雑そうな顔をしている。 こんな所で意地を張っていても無駄だと言う事は頭では分かっているが、それを態度に表す事が出来ない。 下を俯いたまま何も語らないリュオイルを心配したのか、シギは苦笑して彼の肩に手を置いた。 反射的に振り向いたリュオイルだが、その表情は晴れない。 失った喪失感。 それを理解するにはまだ彼等は幼すぎる。 数え切れないほどの長い年月を生きている神や天使でさえもそれは歴然。 誰かを失うことは、見ても聞いても予想しても、これ以上にないくらい遥かに恐ろしい。 だから人は大切な者を、愛する者を命懸けで守る。 いなくならないで欲しいと。 ずっと、一緒にいたいから。 「大丈夫、リュオイル。」 シギの顔は実に穏やかだった。 見た目の年齢は僕等とあまり変わらないはずなのに、 これまで生きてきた果てしない時間の中で数々の出来事を目の当たりにした強い眼差し。 慣れ、と言えば言い方は酷いが、それでも彼の瞳は誰よりも強かった。 人とは違う優しい瞳。 それは、彼もまた大切な者を失っているからなのかもしれない。 「フェイルは約束したろ?帰ってくるって。 だから俺達はあいつの事を信じてやればいいんだ。・・・俺達、仲間だろ。」 「シギ・・・。」 「なーにしょぼくれた顔してんだよ!!いつものリュオイル君はどーこに行ったんだ〜?」 「・・・・・その言い方止めろよ、気持ち悪い。」 「はっはっは!!・・・そうそう。それでこそお前だ。」 声高らかに笑うと、騎士として鍛えられた彼の背をバンバンと叩いた。 幾分しかめっ面したリュオイルだったが、まんざらでもない様子で彼もつられて笑う。 凍てついた瞳に、光が差し込んだ。 疑心と恐怖で彩られた表情は瞬く間に安堵と化し、見る見るうちに彼は微笑んでいく。 誰が彼を救った。 誰が彼を前に進ませた。 「そうだね。僕達仲間なんだから、信じてあげなきゃ。」 仲間 旅の中で知り合った、偶然とも言える運命の出会い 時には衝突しあう事もあり また仲間割れする事もあった でも でもそれでも 誰かが道を失った時に助けてくれるのは 他でもない、彼等なんだ・・・ 「行きましょうか。」 天使の微笑みでミカエルは両手を空に掲げた。 ほとばしる淡い聖なる光はあっという間に6人を包み込んでいく。 天の光が遮られるここで、その表現は傍から聞けば少しおかしいのかもしれない。 けれど彼等の周りに集まる聖光は紛れもない真実である。 人間には理解できない神族の言語でミカエルは呪文を唱えだす。 けれど禍々しい気は一切なく、寧ろそれが心地良いと感じた。 そう考えたのは10秒もない。 5秒? いや、もしかしたら1秒しか経っていないんじゃないか、と錯覚させられる。 一瞬感じた暖かさはあっという間に消えた。 変わりに感じたのはヒンヤリとした空気。 「・・・・・・・ここ、は?」 澄んだ空気は以前のカイリアに匹敵するほどだろう。 けれどここは何かが違う。 何かに圧倒されて、自分でも驚くほど萎縮してしまう。 だがそれに全くの悪意は感じられない。 寧ろ神聖過ぎて怖気ずいている、と言った方がいいだろう。 「ここがユグドラシルの聖地。そういやお前気絶していたもんな。」 「え・・・。あ、うん。」 「ついでに言えばこの付近にフェイルの故郷がある。」 「フェイルの・・・。」 風の音も、小鳥のさえずりも聞こえない。 ここは全くの無だ。 けれど胸の奥から感じるこの気持ちは何だ? よく分からない胸騒ぎがする。 でも嫌な感じじゃない。 分からない。 ・・・・何故、僕はこんなにも泣きそうな気分になるんだ。 「フェイルっ!!!!」 最初に響いた声はシリウスのものだった。 彼にしては驚くほど大きな声で、それほど彼は焦っているのだと伺える。 リュオイルはその声を頼りにそちらの方を向いた。 その瞬間、疾風の如く風が舞った。 一瞬だけの風は恐らく神風。 それがゼウス神の吐息なのか、 それとも他の神の吐息なのかは誰も知らない。 「・・・・フェイル?」 巨大な樹、ユグドラシルの幹に額を当てて堅く目を瞑っている少女はまさしくフェイル。 そして、その真の姿をアブソリュート。 誰もが口々に彼女の名を呼んだ。 けれどその声に決して反応しない。 彼女の周りが淡い光で、まるで守られるかのように包まれている。 凛と立つ彼女の姿は、いつの日か見た消えかかりそうなほど儚い姿。 人間ではないように感じられる。 確かに人間ではない。彼女は、神だ。 暫く呆然としていたリュオイルだったが、ふと何かの異変に気付く。 幹に手を当てている腕がピクリと動いた。 「フェイル・・・・?」 緊張した声だと、リュオイルは分かった。 ドクドクと脈打つ音が聞こえるくらいここは静寂だ。 もしかしたら、この煩い心臓の音が誰かに聞こえているかもしれない。 「・・・否。我の名はアブソリュート。」 無機質な声が響く。 だがその声はフェイルのものであって、今はフェイルのものではないように感じ取れた。 ゆっくり振り向く彼女の姿。 少し離れているが、彼女の金の髪はとエメラルドの瞳はここから見てもすぐ分かる。 でも、違う。 「フェイル?」 今度はアレストの声が響いた。 後ろを振り返らずとも、恐らくほとんどの者は驚いて言葉も出せない状況だ。 「否。我はアブソリュート。遥か昔、忘却の彼方に封印されたもう1つの魂。」 「忘却の彼方・・・?君は、フェイルじゃないのか。」 「・・・・・否。我はアブソリュートでありフェイルである。」 相変わらず抑揚の欠けた声で淡々と喋る彼女に、リュオイルは一抹の不安を感じた。 もしかすれば、フェイルはもう本当に戻ってこないんじゃないかと。 もう2度と。 この言葉は恐ろしすぎる。 当然だった日常が、脆くも崩れる瞬間。 シリウスもきっとそうだったのだろう。 守るために魔族と戦っていたはずなのに、彼は故郷を、妹を殺された。 「御初にお目にかかります、アブソリュート神。」 ザッ、と音がしたかと思い後ろを振り向くと、ミカエルとシギは恭しく肘をついて頭を下げていた。 瞬きをしてそれを見ていたアスティア達は何事か、と思い再度フェイルを、いや、アブソリュートを見上げた。 彼女の周りに取りまいていた光は徐々に消え失せ、段々輪郭がはっきりしてきた。 けれど覚えのある顔はそこにはない。 笑っている瞬間が一番綺麗だったはずなのに、それすら感じられないほど彼女の瞳は凍っている。 嫌な感じがしたのは、これなのか? 思わず自分の胸に手を当てて自問したがその答えは返ってこない。 返ってくるのは望んだものではなく、夢だと思いたい冷たい現実。 「・・・最上級に値する大天使ミカエル。この名で間違いはないだろうか。」 「はい。仰せの通りでございます。」 「して、お前は同じく大天使のシギか。」 「・・・はい、アブソリュート神。」 こういう事に慣れているミカエルは別として、シギはその一つ一つの動作がぎこちない。 彼も大天使と言う特級の位にいるのだからこうした礼儀作法はわきまえているはずだ。 けれどそれが何故ぎこちないか。 考えなくともすぐに分かる。 彼の方が、フェイルと共に過ごした時間が長かったから、余計に彼女の変貌ぶりに戸惑っているのだ。 出会う前からこうなる事は分かっていた。 でも記憶にあるのは優しい微笑を浮かべたあの時のフェイルの姿。 今はもういないけれど・・・。 「・・・あんまり畏まられると、困るなぁ。」 「え・・?」 無機質な声が急に感情を帯びた。 それは今皆が欲している優しい声色。 俯き加減だった皆の顔が一斉に上がった。 「フェ、イル・・・?」 「えへへ。やっぱりびっくりするよねー。」 端整な顔についているのはあの笑顔だ。 しかも何故か今は困った様子。 唖然と見上げる6人をよそに、フェイルはユグドラシルの根から下りてきた。 その足取りも軽やかで、以前見た時よりも顔色が優れていると思われる。 そして彼女の体内から溢れんばかりに溜め込まれている力が完全に制御されているのを、ミカエルは悟った。 「え、え、え?一体全体どないしたんや・・・?」 「えっと、話すと長くなるんだけど。」 「フェイル、よね。取りあえず今は。」 「うん。」 アレストとアスティアから出てくる言葉は今誰もが感じている事。 まるでフェイルが二重人格になったように感じられるのは自分達だけだろうか。 と言うよりも、さっきあんなに平坦と喋っていたのは幻か?と問いたい。 「うーん。私も良く分からないんだよね。」 「でも、とにかくフェイルは無事なんだね?」 「え、無事って何が?」 ケロッ、と言いのけるフェイルにリュオイルは大袈裟に溜息を吐いた。 その溜息は決して呆れではなく安堵。 まだ全てを理解できていないが彼女はここにいる。 さっきまで確かに変だったが、それでも「フェイル」という感情を持つ人物は目の前にいるのだ。 もしも、と最悪の事態を考えていなかったわけではないのでその結果が間違っていると嬉しい。 本当は、今度こそもう駄目だと思っていた。 突き刺さる冷たい視線。 彼女の瞳は、誰も何も映していない。 感情すら忘れてしまったフェイル。いや、あの場合はアブソリュート神と言った方が良い。 神々の誕生については数回聞いた事があるが、実の所詳しい話しは知らない。 誕生してもとから感情があったのだろうか、それともなかったのだろうか。 どちらにしても彼女には何も感じられなかった。 無。 それだけ。 アブソリュート神に対する第一印象はそれだった。 怖いとか、優しいとか、明るいとか、そういうものじゃない。 「無」なのだ。 何も宿さない。何者も寄せ付けない孤独の気配。 でもそれを感じさせない部分が多くある。 孤高の神、と言えば聞こえは良いが実際どうなのかは、人間である僕達は知る術もない。 いや、寧ろ神族の方が分からないだろう。 彼女を作り出したのは他でもない神々達。 けれど彼女と共に過ごした時間が長いのは、僕達だった。 でもそれでも、僕達は彼女を助ける事は出来ない 彼女の心境を理解していても、僕等がどんなに力を合わせてもそれは足りないのだ 足りない 力も、心も、何もかも 出来る事は彼女の傍にいること 叶えられるのは彼女の心を裏切らないこと たった2つだけ これだけ