■天と地の狭間の英雄■          【本当の再会】〜癒えない記憶〜 「じゃあ、アブソリュートの精神とフェイルの精神は異なるものなの?」 ソディバス周辺の森。 ユグドラシルの聖域となるこの森で、アスティアの声が響いた。 薄暗いとは言えないこの場所で、彼等はフェイルの故郷に向かっていた。 アレスト達が来たのは数週間前ほど。 確か3週間ほどだっただろうか。それでも約一ヶ月は天界から下りていない。 その時はリュオイルは気絶していたし、故郷に帰るはずだったフェイルは魔族に攫われ、 結局彼女はどれくらいの間、訪れていなかったのだろうか。 以前村長と話した時は、出て行ってから一度たりとも戻ってきていないと言っていた。 「うーん、そうとも言えるしそうとも言えないって感じかな。  私よりもアブソリュートの方がもっと詳しく言ってくれるんだろうけど・・・。」 「と言うことは、フェイルとアブソリュートはいつでも精神を入れ替え出来るのか?」 天界に帰るまでにはまだ2日猶予がある。 それぞれ故郷に長いし無かったのは、名残惜しくなるからだ。 だから早々引き上げて今ここにいる。 残る里帰りの者はフェイルだけ。 アブソリュートとフェイルの覚醒がこのユグドラシルの聖域で成されるとは誰も思っていなかったが、 仲間達が知っている彼女は帰ってきて、そしてアブソリュートも意思疎通出来るようになったと思われる。 詳しい事はまだ分からないが、これで魔族ととも真正面から戦う事が出来るだろう。 ―――そんな事、ないほうが一番いいのだが・・・。 「うん。でもそれはアブソリュートか私が本当に心から望んだ時だけ。  彼女は私だけど、でも彼女も彼女の意志を持っている。」 それに元に戻る前に彼女は言っていた。 『無駄な接触はしたくない』と。 それは何故なのか。 どうして頑なに誰かと接する事が嫌なのか。 同じ魂を持つ者でも、それは分からない。 数百年、たった一人であの静寂な世界の中にいた彼女。 そしてそれを知らないで数年地上界で生きた私。 同じ時を、同じ様に生きてきた。 けれどその環境は違い過ぎる。 神と理解した上で静寂な世界にいたアブソリュート。 人間だと思って生活していたフェイル。 それぞれ性質が逆。 だから彼女は『何か』を拒むのかもしれない。 でも私は、それでも彼女が私にだけ打ち開けてくれた事がとても嬉しかった。 「・・・そうか。」 「でも、もう大丈夫だよ。私と彼女の分断された精神は一つになった。  たまに入れ替わることがあるかも知れないけれど・・・・。」 「じゃあ、フェイルはアブソリュートの力を操れるんか?」 ふと思いだしたようにアレストが口を開いた。 アブソリュートの力、つまり無限を意味する絶対的な力。 それさえあれば百人力だろう。 けれど、その力は伝説上だけであり、本当にその力があるのかはゼウスさえも知らない。 空想なのか、現実なのか。 だがどっちになってもフェイルの負担は変わらない。 そしてまた、彼女が神である事はどうやっても否定できない。 「・・・・・・分かんない。まだ使った事がないから。」 フェイルは自分の掌を見た。 何の変哲もない、人の掌。 けれど、この内には秘められた力がある。いや、もしかしたらないかもしれない。 押し潰す力じゃなくて、何かを変えられる力。 それでも 「力が無くても、私は戦う。」 もしも力があっても、戦争に勝てるかどうかなんて分からない。 問題なのは意志だ。 何のために戦い、何を犠牲にするのか。 闇雲に力を放っていてはこちらが不利になるのは間違いない。何せ相手はあのルシフェル。 堕天使ルシフェル。 魔王ルシフェル。 本当に・・・・? 本当に彼が、敵? 「・・・・・・。」 「フェイル?」 進んでいた足を急に止めたフェイルにリュオイルは不思議そうに尋ねた。 だが目を伏せ、そして考えている仕草をして動かない。 その様子を後ろから見ていたシギもまた複雑そうな顔をしている。 異変に気付いたシリウス達は、不審そうな顔をして戻ってきた。 流石に気付いたフェイルは、バッと顔を上げて皆の顔を困ったように見渡す。 そして自分のせいで皆が止まってしまった、と気付くと、 彼女は慌てて両手を振った。何でもない、と言いたげに。 「大丈夫か?」 「う、うん!!ごめんね。ちょっと考え事してたから・・・。」 嘘は、言っていない。 「村に帰ったら村長様に叱られるから、それは嫌だなぁ〜って。」 これは、嘘だけど。 「・・・・・・そうか。」 「せやな。でもフェイルの村の村長はんは優しそうだったで?」 この嘘に、きっと誰か気付いているだろうけれど 言わずにはいられなかった 気付いているのに何も言わない人がいる ごめんね こんな私で 本当に・・・・・ 「さ、行こうぜ!!」 繁雑な空気がシギの一声で一変する。 何事も無かったかのようにして、シギはフェイルの手を握った。 ズンズンと村に進む。 その足の速度は決して速くない。 傍から見れば彼がフェイルの歩調に合わしているのだとすぐに見当がつく。 腕を掴んでいる、と言うか手を握っている。 その行動に最初の方こそ驚いていたフェイルだったが、5秒も経たないうちに表情がパァッと明るくなった。 まるで花が咲き誇ったかのように、それはそれは綺麗に笑った。 その笑顔を見た時、彼等は一瞬止まった。 何故ならフェイルのあんな笑顔は本当に久しぶりだから。 ミカエルはこれまで一度も見た事がなかった。だから少し驚いている。 儚げに笑う姿は何度も見た事があった。 けどこんな花のように笑った表情は見たことなくて、子供のように無邪気に笑える、と言う事を完全に忘れていた。 本当は喜怒哀楽がはっきりしていて 本当は子供みたいに無邪気に笑えて 前の姿は全て偽りだと言い切れるほど、少女の笑顔は眩しくて・・・―――――   「フェイル・・・・?」 数分も経たないうちに皆はソディバスに辿り着いた。 一度ここに来た事があるものの、生憎この迷路のような地形に不慣れなリュオイル達は、 どこをどう曲がってここに辿り着いたのか全く分からなかった。 ここに誘導したのはソディバスの村民フェイル。 それだけなら分かるのだが、シギやミカエルさえもが覚えていた。 何故だろう、と思うのが普通なのだがついて行くのに必死だったために他の事を考えれる余裕はなかった。 ただ呆然としてい彼等について行くだけ。 辿り着いたフェイル達を待っていたのは当たり前だがここの村人。 何だか懐かしい顔ぶれがあるなぁ、と心の中でぼやいていたアレストだったが、 その彼等の視線が明らかにフェイルに注ぐと、皆安堵した表情になって顔を見合わせて笑った。 「ただいま。」 たった一言。 穏やかな表情で、故郷を懐かしんだような満ちた顔でフェイルはそう言った。 嬉しくて嬉しくて、だらしがないくらい頬の筋肉が緩んでいるかもしれない。 それを見て一瞬呆けていた村人であったが、我を取り戻したようにハッとして叫んだ。 「フェ、フェイルが帰って来たぞっ!!!!!!」 パァッ、と明るくなった表情で青年は村の中に走って行った。 行き交う人々が何だ何だ、と言いたげに村の入り口を見入る。 そして皆同じ様な顔をして一瞬硬直するのだ。 「ただいま、皆。」 少女の笑顔は本当に綺麗だった。 きっと造ることなく、心の底から真に笑っているのだろう。 そんな事を考えていたらほら、すぐに村人が駆け寄ってきた。 僕はそれが誰なのか全く分からないけれど、 本当に幸せそうに笑うフェイルが眩しくて、そして何故か悲しい気分になった。 おかしいな・・・。本当は、喜んであげたいのに。 久々の再会の場面を見て、感動するシーンなのに。 何故だろう。 嬉しいという気分が全くない。 そう。 何だか、切ない気分なんだ。 「フェイル・・・。」 奥の方から年のいった少し低い声が聞こえた。 その声に反応したシリウス達は、改めて姿勢を整える。 村の皆に囲まれていたためか、フェイルは皆より少し遅れて奥の方を見た。 すると今までフェイルの傍に寄っていた村人もサッと引き、列を整える。 「・・・村長、様。」 「待ちくたびれたぞ。」 「・・・・・は、い。はい・・・。」 「・・・おかえり、フェイル。」 「――――っ!!村長様っ!!!!」 堅い声に緊張していたフェイルだったが、彼がフッと笑うと 今にも泣きそうな顔をして彼女は彼のもとへ走り出した。 フェイルより頭一個分くらいしかない背丈なので、村長に抱きついても自然とそれは足を曲げた状態になる。 もう少し背が高かったらちゃんと抱きしめ返してあげれるなぁ、と穏やかな村長がそう思いながら、 いつの間にかしゃくり上げていたフェイルの頭を優しく撫でた。 それが引き金だったようで、安心したのか彼女はポロポロ涙を零して泣いてしまった。 「おやおや。」と少し呆れたように、でも嬉しそうに目を細めて彼はまた少女の頭を撫でる。 その一連の行動を一部始終見ていた仲間はホッとしていた。 安堵の溜息が出る者も、嬉しそうにして目を細める者もいる。 「おかえりフェイル。よく、よく帰って来た。」 泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫でる。 それはまるで娘のように、愛する者のように、壊れ物を扱うかのように。 緊張の糸が切れたフェイルは途絶える事なく涙を流す。 ここまで泣いた姿を果たして見た事があっただろうか。 フェイルは、パーティーの中でも一番感情の移入が激しい。 それゆえに彼女は涙腺が弱いのだろう。 けれどそれでも、彼女はその限度を知っていた。 泣いてはいけない。そう思えばフェイルは下唇を噛んで俯く。 どうしても堪え切れない時は誰もいない所で1人で泣いていた。 そう、それは仲間に会う前まで。 彼等と出会って彼女は泣ける場所を知った。 「泣いていいんだ。」と言われて初めて心の底から安堵したのかも知れない。 けれど、どんなに仲間の絆が深くても家族の絆には勝てない。 ほら。 あの子はあんなに安心して彼の胸に身を寄せて泣いている。 それがどれだけ信頼しあっているかなんて、考えなくても分かることだ。 「皆さんも、よく無事で帰ってきたのぅ。」 「いえ・・・。」 歯切れの悪い言葉しか出てこない。 けれど彼は穏やかに目を細めるだけでそれ以上は追求してこなかった。 「さぁさぁフェイル、そろそろ泣き止みなさい。それにほら、皆さんも困っているじゃろう?」 「・・・っ、うんっ!!」 今になって後ろに仲間がいるという事に気付いたのか、フェイルは真っ赤な顔をしてゴシゴシと目を擦った。 それを見ていたリュオイルは、慌てて止める。 「目が痛む!!」と言って、彼は真っ白なハンカチを彼女に差し出した。 「あ、ありがとう。」 「どうしたしまして。  でもフェイル、前も行ったろう?目を擦っちゃ駄目だって。」 「・・・・・ご、ごめんなさい。」 確かに。 フェイルが魔族から奪還された翌朝、彼女は同じ様に目を擦っていたと思う。 そして今と同じ様にリュオイルの声が降り注いできたのだ。 いつも、いつも。 自分の心配をしてくれる彼。 怒ったりするかと思い気や困ったように笑ったりすることもあった。 悲しい顔をする時は本当に申し訳なくて、胸が締め付けられるほど辛いと感じた時もあった。 「分かればよろしい。」 まだちょっと納得しきれていない表情だが、素直なフェイルに満足したのか彼は彼女の頭を撫でた。 一瞬驚いて目を閉じたフェイルであったが、今度は嬉しそうに微笑む。 その様子を微笑ましく見ていた村長は、「疲れているだろうから入りなさい。」と言って村の中に案内した。 以前ここを訪れた時よりも、村人の視線が暖かい。 もしかしなくてフェイルが帰って来たからなのだろう。 それほど彼女はこの村で愛されているのだ。 どこからともなく「おかえりフェイル。」と言う声が聞こえてくる。 それは老若男女関係ない。 皆、本当に嬉しそうな顔で笑っていたのだ。 「落ち着いたかの?フェイル。」 一杯のお茶をコクコクと飲み干したフェイルは、今まで泣いていたのが嘘のように嬉しそうに笑っていた。 久々の我が家。 村長の家に住んでいるフェイルの部屋は決して広くはない。 フェイルにしては殺風景な、飾り気のない部屋。 白でほぼ統一されており、その隅にある本棚には見たこともない書物がぎっしりとしまわれている。 恐らく全部古代文字なのだろう。 それを考慮に入れると、以外とフェイルは勉強家なのだと思われる。 「・・・・・そうか。お前達に、そのような事があったとは。」 今までの経緯を簡潔に述べたミカエルは、少し複雑そうな顔で俯いた。 それに察しのついたシギだったが、彼も同じ心境なのか似たような表情をしている。 彼等の小さな変化には気付いていない他の者は、リビングにあるテーブルを囲っていた。 やはりそこも殺風景で、一輪の小さな花ぐらいしか飾られていない。 飾り気のない村。 質素で、清閑で、閑散としているがこの村にはどこの国にもない暖かさがある。 人を慈しみ、庇護力が強い。 ただそれ故に外からの来客者はあまり歓迎的な目で見られることはないが、 下手な事をしない限りはこの村の人々は暖かい目で見てくれる。 傷を負った者を見れば得意の魔法で癒す。 腹を空かせてここまで迷い込めば食べ物を分け与える。 情の深い民族。 隠された村。 「・・・・そうか。」 神を、育てた村。 「・・・よもやと思っていたのじゃが、まさかこんな事になろうとはのぅ。」 シワの入った手で茶を飲みながら彼は静かに目を伏せる。 言葉では大事そうに言っているが、その声は実に平然としている。 まるで、この事が起こると分かっていたかのように。 「ごめんね、村長様。」 「ほっほっほ。フェイルが謝る事ではなかろうて。」 「・・・うん、でも・・・・。」 知らなかった。 そう言えば何もかも終わってしまう。 無知だったからと言ってどうこうなるわけではない。 けれど、どうしても謝りたい。 「それよりもフェイル。久々にワシの孫を見てきてくれんかのぅ。  あれから2年近くも顔を出していないだろう?」 「・・・・・・・・はい。」 《 フェイル、大丈夫? 》 声がした 頭の中で、あの時の元気な声が 《 良かったね 》 もう2度と戻ってこない 泣いても、祈っても、還ってこない 「・・・・・・ちょっと、行ってきます。」 カタン、と音を立てて立ち上がると、フェイルは悲しみに満ちた顔で家を出て行った。 けれどこの時ばかりは誰も彼女を追う事はなかった。 村長が言う「孫」 それは「レガード」と言う彼にとっても愛孫であった存在。 けれど2年前に起きた事件で彼は還らぬ人となった。 己を犠牲にし、最後までフェイルを守った心優しき青年。 「・・・・レガード?」 不思議そうにリュオイルは首を傾げる。 「あぁ、そう言えばあんた気絶してたものね。」 今頃気付いた皆は、「忘れてた。」とでも言いたそうな顔でリュオイルの方を見た。 あの時ミカエルはいなかったが、こちらがどんな状況下だったのかは把握している。 そして勿論、2年前にレガードが死んでいた事も知っていた。 「え・・・。誰だいその人は。」 聞き慣れない人物の名に訝しげに眉をひそめた。 確かに、ここには来た記憶はないし目を覚ました時はいつの間にか天界にいたのだ。 何で瞬間移動したんだろう・・・。と考えなかったわけではない。そこまで余裕がなかったのだ。 村人の視線。 自分だけが知らない彼女の真実。 何もかもが未だあやふやで理解できない。 さっきのフェイルの悲しげな表情。 それがどうしてなのかさえ、僕には分からなかった。 「そう言えば、お主はあの時重傷を負っていた若造かの?  暫く見ないうちに元気になっておるが、体はもう平気なのか。」 優しげに目を細めた彼は、未だ戸惑うリュオイルを微笑ましく見つめた。 それは何処となく孫に似ているから。 歳は違うもののリュオイルの性格はレガードに似ている。 穏やかな気質で、そして誰よりも人を愛する事を知っていた。 まだ会って間もない人間だが、雰囲気以上に共通する部分があった。 だからレガードと重ねてしまうのかもしれない。 今となっては、もう孫の声さえも曖昧ではっきりしていなかったと言うのに、 リュオイルが現われた途端、彼の脳裏にあの頃のレガードの笑顔が鮮明に浮き出てきた。 《 お爺様 》 勉強家で、何事にも熱心に取り組む青少年。 フェイルにとって必要不可欠な存在が、突如奪われた。 何の予兆もなく、こうもあっさりと。 《 ・・・・私の、せいだ。 》 くる夜もくる夜もフェイルは嘆いていた。 涙が枯れても眠ることなくただただ呟いていた。 自分のせいだと。自分の力がなかったばかりに、と。 殻に閉じこもっていたと思ったら、彼女は急に村を出て行った。 ぎこちなくだがやっと笑えるようになっていたあの時。 まだ行かせるべきではない。 今旅に出させても心配で、不安が募るだけだ。 ・・・そう思っていたのに―――――― 《 ・・・・ごめんなさい。 》 自分を見つけたいと言った。 もうレガードばかりを頼っていく事は出来ない。 自分の足で一歩ずつ歩みはじめたいと。 「・・・僕は平気です。その節はどうもありがとうございました。」 精一杯感謝を示しているはずなのに、考えるのはフェイルの事だけであまり気持ちが篭っていないように思われる。 上の空、と言う方がしっくりくるだろう。 だが本当にリュオイルは彼に感謝している。 あの時助けてもらっていなかったら、きっと僕は死んでいた。 フェイルに再開する事もなく、あの世に送り出されていただろう。 だからこそ尚更彼に感謝したい。 「でも、あの子1人で大丈夫なの?」 一応フェイルは未だ魔族に狙われる身だ。 大半の力は魔族の物となったが、フェイルさえいればそれは無限に引き出せる。 詳しく言えば、フェイルさえいれば勝利しやすい、という事だ。 「ほんまや。つい雰囲気に流されてしもうたけど・・・1人はあんまり良くないとちゃうん?」 頬杖をついていた左腕を離して、アレストは彼女が出て行った扉を見つめた。 感傷に浸って5分弱。 レガードの墓までは5分もかからない。恐らくもう着いていいるだろう。 墓地は少し入り組んだ所にあるものの、それでも太陽の光が燦々と照っている。 一番綺麗な場所に彼等同族の遺体をその場所に埋葬していあるのだ。 一度だけ行った事があるが、本当に墓場とは思えないくらい美しい場所だったと認識してる。 「じゃあ僕が・・・」 「いや、あんた場所知らんやろ?」 「・・・・・・。」 そう言えば・・・。 痛い所を突かれたリュオイルは複雑そうな表情で黙りこんだ。 それを見ていた村長は、また目を細めて懐かしそうにその光景を見ている。 けれど他の事に気を取られているリュオイルには彼の視線に感じる事が出来なかった。 「しゃあねぇな。んじゃあ、俺がちょっくら行って来るぜ。」 カタン、と椅子から立ち上がったのは苦笑混じりの表情をしたシギだった。 彼の行動を少しだけ妬ましそうに見ていたリュオイル。勿論シギは気付いている。 彼の子供っぽい行動にまた苦笑しながら、シギは後ろにある扉を開けた。 木製で、この建物が立ってかなり時間があるのかその音はお世辞にも綺麗とは言えない。 古さを引き立たせるようなギィ、という音。 けれどどこかそれが田舎っぽさを表しているように見えるのは気のせいだろうか。 「・・・・大丈夫かなぁ。」 彼が去った場所をずっと睨みっぱなしだったリュオイルが、ふと視線を落として溜息を吐いた。 ポツリ、と零した独り言だったのだがこの小さな家には十分だったようで皆には勿論聞こえている。 「この周辺は神の加護が十分に行き渡っています。  あの方の力もほとんど戻ってきていますので、そうそう魔族に手出しは出来ませんよ。」 「・・・・そうなのかな。」 「まぁ、大丈夫じゃない?  魔族の気配は独特だから、神族が気付かないわけないわ。」 相反する気質を持つ者同士。 だからそう簡単に魔族もここへ来る事はない。 それに、ここでフェイルを狙うには場所が悪過ぎる。 地上で最も天界に近いこのソディバス。 たとえ魔族が攻め込んだとしても、すぐにゼウス神の怒りが魔族に向くだろう。 最強の力を持つルシフェルと言えども、こちら側の最高神に勝てるかどうかは分からない。 寧ろ勝てない可能性の方が高いのだ。 彼等とて迂闊に手は出さないだろう。 「・・・・だと、いいんだけど。」 「・・・・・・・・。」 時刻は昼。 透き通るほどの日の光がこの大地に燦々と降り注ぐ。 風も穏やかで申し分ない。 『 レガード=ノイリア=ファルマス     今ここで永久の死に召す   』 けれど 「・・・・・レガード、お兄ちゃん。」 あの時に失った頃と何ら変わらない。 「・・・ただい、ま。」 当然のように時が過ぎて 当然のように人々から彼の記憶が消えていく 「ごめんね、遅くなっちゃって。」 でも、当然だから仕方がない。 人の記憶は曖昧で、どんなに大切でも時が経てば何らかの影響がない限り決して蘇らない。 薄れて薄れて、声も、そして顔さえも忘れていってしまう。 それなのに 「・・・・忘れるわけ、ないよ。」 私は、あの時の事を片時も忘れた事なんてなかった。 人の記憶は当然のように薄れていく。 それなのに、1年以上経った今、あの声と顔は決して頭から離れる事はなかった。 それどころか生きていた頃以上に鮮明に思い浮ぶのは、何故? 人ではないから・・・? 私が人ではないから、忘れる事が出来ないのだろうか。 いや、忘れたいわけじゃない。 忘れてはいけないんだ。 そんな事許されない。許してはいけない。 「・・・・人間じゃない私でも、妹って思ってくれる?」 死んだ者にこんな事を言っても無意味だ。 「私が人間じゃなくても、傍にいてくれた?」 それは今まで感じた事。 仲間を疑っているわけじゃない。 今まで様々な事があって、でもそれでも彼等は「フェイルはフェイルだ」と言ってくれた。 何者でも構わないと、言ってくれた人がいた。 でも、貴方はどう思いますか? 心優しい貴方は苦笑して笑ってくれますか? 「構わない」と言ってくれますか? 「そいつは、お前が何者でも決して突き放したりはしなかっただろうな。」 「シギ君・・・・?」 いつの間に独り言をぼやいていたのだろう。 そして、いつの間に彼はここに現われたのだろう。 目を白黒させるフェイルを他所に、シギはニカッと笑ってこちらに寄ってきた。 その手には小さな花が一輪。 「どうして、シギ君がここに・・?」 「いやはや、お前さんが心配で来たんだよ。・・・安全とは言えここはまだ地上界だ。油断できない。」 そう言ってシギは空を仰いだ。 森の中と言ってもその間間から零れてくる光は美しい。 ザワザワと葉の擦れる自然の音。 そして徒人には分からないがここはどの大陸よりも強い力がある。 人はその力を、聖なる気と呼んでいるのだろう。 世界樹ユグドラシルがここにあり、尚且つ天界に一番近い村。 だから抑え切れなくなった魔力がこの村に零れている。 その魔力を上手く利用して、ここの村の人々は少しずつ魔法を極めていった。 「・・・うん、そうだね。ごめんね。」 「いやいや、謝る必要なんてないさ。・・・たまには1人で考え事ぐらいしたいんだろ?」 「・・・・・・。」 「おっ、『何で分かるの?』って顔だな。」 「・・・ふふっ、シギ君にはやっぱり何でもお見通しだね。」 手に持っていた花をそっと供えると、シギはフェイルと同じようにその場に座った。 木漏れ日が丁度彼の墓に照らされている。 それだけ言えば大層な事だが、思いのほか墓は少なかった。 ちらほらと見えるが、どれも古いものばかり。 最近出来たであろうその墓は、レガードのものしか無かった。 後はどんなに近くても30年ほど前くらい。 他にも墓地があるのだろうか、あまりにも少なすぎる。 「・・・・フェイル。」 「ん?なぁに?」 「いや、ちょっとお前に聞きたい事が・・・。」 「聞きたい、事?」 「あぁ。・・・・――――――――――お前って・・・・。」 ――――――――キイィィィィィィィンッ! 「―――――――っ!?な、んだこの感じは・・・・!!!」 「頭が、割れそう・・・・。」 耳を塞ぎたくなるような耳鳴り。 甲高い音が森一帯を覆っているようだ。 だがこの気配は何だ? 今まで感じた事のないほどの、不気味だとも言える負の力。 こんな力は知らない。 でも、でも一体誰が・・・・・? 「くそっ!!こんな所にまで来やがったか!?」 舌打ちをして恨みがましく空を見上げるシギ。 すると青々としていた空が一瞬のうちに曇りだした。 ポツポツと雨が降る。 ゴロゴロと鳴り出した雷は今にも地上に落ちてきそうだ。 ―――――――ズドドドドドドドッ!!!! 「うわっ!!」 「きゃぁぁあっ!!!!」 地が揺れる。 いや、揺れるなんて言葉では表せれないくらい酷い。 立つ事も出来ず2人は地に伏せた。 ミシッ、と言う音がすると、突如その地面が割れる。 目を開くのも精一杯だったが、地面が割れる瞬間を見たフェイルは瞠目して、 未だ覚醒しない頭を叩き起こして呪文を唱える。 いつもより何倍も早い詠唱でフェイル達のいる大部分は結界によって守られた。 けれど揺れは治まらない。 治まるどころか今度は横揺れが縦揺れに変化した。 「っぐ!・・・こ、れは・・・。」 墓を守るように、それに抱きついたままのフェイル。 その近くでうずくまっているシギは、もう一度空を見上げた。 「・・・ソ、ピア―――――――!!?」