傍にいて ずっといるよ キミが拒んでも、傍にいたいと思うから でもこんな風に思うのは 僕の、傲慢なのかもしれない ■天と地の狭間の英雄■        【地上に襲うもの】〜離れていても〜 「――――――――フェイルっ!!!!!」 大地震が大分弱くなった頃、リュオイルは血相を変えて外に飛び出した。 後ろから彼を止める仲間の声が聞こえる。 けれど彼には何も聞こえていない。 村人が騒いでいる声も、悲鳴も、風の音も。 今も余震が続いている。 下手をすればこけそうだし、運が悪ければ障害物が頭に落ちてくるかもしれない。 あんな大地震だったのに、不自然に途中から揺れが小さくなった。 勿論それでも立っていられないほどだったが、あのままの大地震だったらこの村は半壊だったろう。 その不自然がどうしても気になって・・・。でもすぐに答えが出た。 あんな事を出来るのは、フェイルしかいない。 ミカエルはすぐ傍にいたが状況を上手く呑み込めていなかったせいか何も出来ていなかった。 「フェイル・・・っ。」 彼女の傍にはシギがいる。 だから大丈夫、なんて断言できるわけない。 彼女達がどこにいるのか、レガードの墓がどこにあるのか分からないけれど、 でも、ジッとしていられるほど僕は出来ていない。 闇雲に走って、どれだけ経っただろう。 せめて場所を確認しておくべきだったと、今ちょっとだけ後悔している。 けれど今更戻るわけにはいかないのでリュオイルは、神経を集中させて、辺りの空気を読みながら走り続けた。 シギとミカエルは神族だからこそ人間の気配と異なる。 不思議な感覚に捕らわれるから見つけやすい。 そして、最近のフェイルもそうだ。 神、だからなのだろうか。どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせるようになった。 それでも彼女の傍にいるのは、僕自身が傍にいたいと思うから。 ――――――拒絶されても、それでも・・・・ 「――――フェイル、シギ!!!!!」 前方に見える鮮やかな光。 数メートルに渡って浮き出された巨大な魔法陣の中に2人はいた。 地に手を当てて荒く呼吸しているフェイルにシギは心配そうに背を揺すっている。 それを見て、やっぱりこの揺れを最小限に抑えたのはフェイルだと確信した。 いつの間にか揺れはなくなってシン・・・、と不気味なほど静まり返っている。 「リュオイル・・・やっぱり来たか。」 「フェイルは、どうしたんだ?」 リュオイルが来た事は大分前から知っていたのか、シギは大して驚いた様子もなく、 一瞬だけ顔を上げるとまたフェイルに目を下ろした。 それに習うように彼もまた目を下ろす。 そこには肩で息をしている真っ青な少女の姿があった。 「まさか、さっきの魔法で・・・!?」 「いや、これくらいの魔法ならフェイルには許容範囲だ。それにこの体調の崩し方は・・・。」 尋常じゃない。 何かに力を奪われているのか、それともその何かが影響しているのか。 神に仕えていてもその神自体が天界を離れた事はなかったため、何か変化を起こしても天界内での事しか自分達は知らない。 フェイルは神だ。生まれて間もない、覚醒してまだ月日が浅い神だ。 地上慣れしているから迂闊に手は出せないし、専門的な事は癒しの天使達に聞かない限りさっぱりなのである。 けれど、今のフェイルはどう見ても何かの病とは考えにくい。 「何かに、影響されている?」 「・・・・・あぁ、それだけは確信したんだが・・・。」 垣間見たピンクの少女。 あれは紛れもない魔族。そして、ダンフィーズ大陸を落としたソピアに間違いない。 一瞬だけだったが雲と雲の間に彼女はいた。 遠すぎて表情は分からなかったが、前の彼女と何かが違うという事は確かだと言える。 「シギ?」 黙りこんだ彼に訝しげにしてリュオイルは覗き込んだ。 ハッとしたシギは小さく頭を振ってから彼を見上げた。 ゼェゼェと相変わらず荒い息を繰り返しているフェイルだが、大分ましになってきているのか、ゆっくり顔を持ち上げる。 彼女の視界の中にリュオイルが映ったのはすぐだった。 その瞳は虚ろで生気がまるでない。 のろのろと顔を上げると、彼女は呆然とした様子で2人を凝視した。 「フェイル・・・?」 「・・・・・け、ない。」 「え・・?」 「いけない・・・・このままじゃ・・・・。」 折角戻りかけていた青い顔が、ザッと音をたてた様に蒼白になった。 その異変に気付かないわけがない。 2人は真剣な顔つきになって息を呑む。 フェイルの気配が、何処か変わった。 (――――――――・・・・来る。) ザワザワと胸が騒ぐ 呼吸が荒い 風が、湿っている (――――――・・・近い。じきに、来るぞ。) 頭の中で自分の声が響く けれどそれは自分よりもずっとはっきりと凛然としている 力強いが、でも考えている事は同じ ――――――――この大陸に、来る・・・・・・!!!!! 「・・・・津波が、来る!!」 大地震で地盤が緩んだ。 鳥の鳴き声も、風も、何もかもが変わっている。 空気が淀んだ。嫌なくらい静かなこの地上。 「津波・・・?」 訝しげにリュオイルは眉をひそめた。 それとは対照的にシギは腕を組んで何か考え事をしている。 口を掌で覆ったフェイルはすっくと立ち上がるとおもむろに目を閉じた。 姿勢をスッと正し、全神経に神気を巡らせる。 サァァァァ・・・と、風が流れた。 それは円を描くように地に刻された。 風の音。川のせせらぎ。鳥の鳴き声。 走馬灯のように駆け巡る大自然のざわめき。 色鮮やかに映える影達は、時に人間達に多くの事を教えてくれる。 かつての戦争もまた、彼等自然の変化によってその天変地異を察する事が出来たのだ。 「確かに、空気が変だな。」 数秒黙りこんでいたシギが剣呑な面持ちで顔を上げた。 ザァァァ、と生温い風が頬を伝う。 このままいけば一雨来そうなほど今ここは湿っていた。 そしてこの環境の変化にシギには覚えがあった。 長く生きていれば自然と身につく。 この感じは、この胸騒ぎは、確かにあれそのものだ。 「津波が来るって言うのか?」 驚愕の目をしたリュオイルは焦った様子を隠すことなく彼に向けた。 ダンフィーズ大陸が魔族に半壊させられ、さっきの地震も魔族に関係してると言うのなら、誰だって冷静になれないだろう。 あれだけ大変な事を仕出かした魔族が、たった1日だけ間を空けてまた襲ってきた。 もっと厳密に言えば彼等が手を出したのはほんの少しだけなので、 結果的には自然の脅威が大陸を襲っている、と言った方がもしかすれば正しいのかもしれない。 「・・・さっきの地震から数分経った。地盤が緩んで、また揺れる可能性も十分にある。」 「そんな・・・。じゃあ、どうすれば?」 これ以上地上に被害が出るのは正直辛い。 だからと言って天界に被害が出ればいい、というわけではない。 早く魔族を止めなければ、倒さなければ。 ―――――――死に逝く者を見るのは、辛い。 「・・・・この大地震、どこに集中してるか。シギ君はどう思う?」 「推測ではここいら周辺だろうな。ソピアがいたのはこの大陸。  ・・・他の大陸は恐らく大丈夫だろう。もしも地震があったとしても津波の心配はない。」 震源地は恐らくこの近辺。 それを考えればさっきの揺れは大した事ないな、と思われる。 第一波は何とか乗り切れたが、第二波はどうなるか分からない。 気配を辿ってもソピアはもうここにはいない。 更に神経を研ぎ澄ませるが、魔族の魔の字も気配が感じられなかった。 恐らく、魔界に戻ったのだろう。 「考えてても答えは出ないね。・・・シギ君、お願いがあるの。」 「何だ?」 「私をルマニラス大陸の中央に連れて行ってほしいの。」 「ここの、中央?一体どこなんだ?」 ルマニラスと言うのは孤島がポツポツと並んで出来ている小さな大陸だ。 大陸らしい大陸も勿論あるが、それでも大陸面積はどの大陸と比べても一番小さい。 面積のでかいダンフィーズとかリドヒリアは分かりやすいのだが、 如何せん地上の地理に少々疎いシギには少し難しいことだった。 「・・・・南。最果ての孤島から少し南にあがったところ。  そこは遺跡が建っているからすぐ分かると思う。」 古代族の亡骸が葬られていると言われている遺跡。 ソディバスから近いのでそう時間はかからないだろう。 資料でしか見た事はないが、恐らくそこで間違いない。 一刻も早く大陸全域に結界を張らねば。 魔族は、本気でこの大陸を呑み込もうとする気だ。 跡形もなく、そして完璧に。 世界樹を破壊することが目的なのか、それとも他に理由があるのか。 天界ではなく標的を地上に向けた魔族。 非力な人間は、彼等に歯向かうことも出来ない。 このまま放っておけば人間は絶滅するだろう。 ―――――大切な人を守りたい。 純粋で無垢で真っ直ぐな願い。 その心が大きいからこそ願いはいつしか叶う。叶えられる。 今動かなければ、いつ動く? 時は刻み始めた。 戻る事も止まる事も出来ない。 その先に何が起ころうとも、決して止まってはいけない。 進まなければ。 一歩一歩、確実に。 「古代族の遺跡・・・。クラール遺跡か。」 生憎行った事はないが、記憶の奥底から浮き出てきたので、文献で一度は読んだ事があるはずだ。 移転魔法は、移転者の思いでどうにかなるから問題はない。 けれど、クラール遺跡から南と言うと海面に出てしまう気がするのだ。 「え、え、?何がどうなっているのさ。」 完全に2人の世界になった彼等にリュオイルは目を白黒させた。 ソディバス、と言うものがこの大陸に存在していたことすらちゃんと知らなかったし、 勿論出会った当初聞いてはいたが本当に来るとは思っていなかった。 この中で一番地理の薄い彼にとって、フェイル達の話しは全く分からない。 それに、フェイルが大陸全域に結界を張る、と言ったこと事態がまだ呑み込めていない。 「あぁ、わりぃわりぃ。」 「これからね、津波を防ぐために結界を張ってくるの。」 「・・・フェイル1人が?」 その途端リュオイルの眉がいつものように眉間に寄った。 あぁまただ、と微笑ましそうにシギは苦笑する。 その対象となっているフェイルもまたどうしよう、とオロオロしているのだが 助け舟を出そうか出さないか今俺は迷っている。 「えっと・・・・大丈夫だよ、すぐ終わるし。」 「フェイルの『大丈夫』って言葉ほど信じられないものはないよ。」 「まぁ、全科持ちだもんな。」 「ぅぅ・・・2人して酷い。」 確かに前の行いが酷いものだったので今回はリュオイルに賛同する。 決してフェイルのせいではないのだが、それでも皆本当に心配していた。 仲間が一人欠けた時のあの喪失感。 一秒、一分、一日。 どれだけの時間でも、あんな虚しい時は2度と過ごしたくないと感慨したものだ。 遠い昔に、それでも近い頃に亡くした友以外、また仲間が出来るなんて正直思っていなかったし、 たとえ出来たとしてもこんなに絆深い友になるわけないと、あの時までは思っていたのに・・・。 「絶対について行くからね。」 頑固で仲間想いで、でも寂しがりやな少年。 「え、でも危ないし、それに海面だし・・・・。」 誰よりも優しくて誰よりも傷つきやすくて、そして誰よりも強い少女。 「そ、それは・・・・。ち、近くの孤島でいいんだ!!近くでいいから、僕も連れて行って!!」 そこまで考えていなかったリュオイルは最初の方こそ顔を真っ赤にして失態を恥じていたが、 ブンブン!!と首を横に振ると、彼には珍しく自若した面持ちでフェイルの両手を握った。 突然の行動に驚いていたフェイルは何度も瞬きをして彼と両手を交互に見る。 その様子も静かに見守っている事に決めたシギは数歩下がって面白そうにそれを眺めていた。 「君はまだ魔族に狙われてる危険性があるんだ。  僕じゃ全然役に立たないし、行っても意味がないと思うけど、傍にいたい。・・・こんな理由じゃ、駄目かい?」 「リュオ君・・・。」 そこで魔族が現われれば勝てない気がする。 もしかしたら、足手まといな僕はいない方がいいかもしれない。 でもそれでも、傍にいたい。 何処にも行かないと約束してくれた。 けれどやっぱり怖いんだって、恥ずかしいけどそう思っている。 切なる願いが通じたのか、フェイルは顔をほころばせて微笑んだ。 彼女に渡した銀の腕輪が鈍くではあるがそれでも強く輝いた。 銀には魔族除けの効果があると言われている。 だがどんなに精密に作られていても所詮人間が生み出したもの。 地上には様々な魔族が残っている。 それは、かの戦争で朽ち果てたものの生き残り。新たな時代に生み出された外道風情。 魔族と比べれば確かに弱いが、それでも人間よりは遥かに強い。 この十数年、数百年の間で数々の町村が襲われ破壊されている。 やはり人間は弱い。 1人だけでは、自分の母国である地面でさえも歩くことは出来ない。 「そうだね。離れてても、これがあるもんね。」 「そんなまやかしの物・・・。」 「ううん。リュオ君が貸してくれたから、大丈夫。」 信頼されているんだ。 そう思うと嬉しいし、でも同時にとても重たい言葉だと実感する。 温かくて、幸福で、歓喜に満ちる。 けれど奥底では畏怖して臆病になりかけている気がする。 純粋な眼差しで信頼されるのは喜びと同時に恐怖を覚える。 それは前から望んでいた事なのに、こんな気持ちになるなんて思わなかった。 「フェイル・・・・。」 けど不安を抱いたのはほんの一瞬。 明鏡止水のように今落ち着いている。 信頼してされるものだったらそれが当たり前なのかもしれない。 ついこの前までは疑心と不安で一杯だったはずなのに、それさえも忘れたかのように心は晴れやかだった。 「・・・話しはまとまったのか?」 入りにくい空気の中、シギは苦笑してフェイルの肩に手を置いた。 少し亀裂の入りかけていた2人に今の微笑ましい時間を壊すのは惜しい気もしたが生憎時間がない。 こうしている間にも、災害は確実にこちらに手を伸ばしている。 一秒たりとも気を抜けない今だからこそ俺達はいち早く動かなければならない。 力を持っているからこそ、それを最大限に発揮しなければならない。 全ては守るものの為。強き意志を持つものは、己の力以上に奇跡を起こす。 俺は、こいつ等を信じている。 何者にも捻じ曲げる事の出来ない、神さえも手出し出来ない強大な力があると、信じている。 「うん。」「あぁ。」 息ぴったりに頷いた2人に満足げに笑うシギ。 彼のその表情に首を傾げる2人だったが、彼が笑っていたので不思議に思っていた感情がどうでも良くなってきた。 自然に笑う彼の笑顔が好きだから、笑顔でいてくれる事が何よりも幸せだから。 「ミカエルには俺が信号を送っておく。  ・・・準備はいいか?海面に出て、もし魔族が来てもすぐ援護は来ないぞ。」 「うん、大丈夫。」 「あぁ、僕が守りきってみせる。」 「・・・・・いい心掛けだ。―――――行くぞ!!」 左手を空に掲げると、そこから白く巨大な魔法陣が浮き出てきた。 天には空を意味する古代語が。地には母なる大地の紋様が。 眩い光と強風が森を覆った。 ほとばしる閃光は縦横と、四方八方に飛び散る。 ミカエルには劣るものの、シギの神気は他の天使より遥かに強い。 心の強さゆえなのか、それとも彼を強くする何かがあったのかは知らないが今となっては心強い仲間だ。 ―――――けれど・・。 「―――――空間転移!!」 強すぎる力を持つ者達は知っているだろうか 人間も天使も神も魔族も 強い力を持てば持つほど、少しずつ奪われてゆくものがある・・・と その真実を知る事は、 本当に奪われた時にしか、誰も気付く事は出来ない 「・・・・・・シギ?」 ふと馴染んだ神気にミカエルは形のいい眉をひそませた。 彼は、そして彼女とそれを追いかけた少年は無事なのだろうか。 シギが気配を送ってきた事で、残り2人も無事なんだろうと推測できるがもっと気がかりな事がある。 彼等の気配が、明らかにこの周囲から遠退いた。 「どないしたん?」 あの大地震で家具や外の木々は所々倒れていた。 けれど不幸中の幸いなのか、誰1人死ぬことなく皆無事だった。 咄嗟にミカエルが緩和呪文を唱えてくれたおかげなのだが、その他にも何か強大な力を感じた気がする。 シリウスはそれが誰の者なのか考えずともすぐに頭の中に出てきた。 本当ならば今すぐにでもここを離れてフェイル達の元に駆けつけたいが、散乱した木々や、 盛り上がった地面が邪魔で、今はこの家から出る事も出来ず身動きすらとれない状態だ。 舌打ちしたい気持ちをどうにか押しのけたが、いつまでもここに閉じこもるわけにはいかない。 「・・・まさか、3人だけで結界を張るつもりなんでしょうか?」 独り言を言うようにブツブツと唱えるミカエルは周りが見えていない。 だが彼のその言葉でもう3人はこの辺りにいないという事が分かった。 その意図も、覚悟も、何もかも大方予想がついている。 けれど・・・・。 「・・・・あの馬鹿組。3人だけでなんて、無謀だわ。」 アスティアの言う通、今は全員一緒にいるほうがいい。 特にフェイルは危ない。 覚醒していてもまだ自由自在に操れるかどうかなんて分かっていないのだ。 巨大な力が暴走して、敵味方問わず攻撃する可能性もある。 力に乗っ取られ意志を失う可能性もある。 判断材料が少ないからこれくらいの例しか挙げられないが、まだまだ危険性が高い。 シギが付いているからと言って安心出来ないし、逆に強すぎる力に煽られた彼の方が危ないかもしれない。 「・・・だが、あいつの判断は間違っちゃいないな。」   己の意のままに彼女をここにいさせてもこの緊急事態は解除出来ないだろう。 あの大地震から考えれば、この後津波が来る。 それを察知して彼等は先に目的地に向かったのだ。 残った者は急いでこの状態を矯正して、そして3人を追えば良いだけのこと。 今はこの家から出て負傷者がいないかを確認することが先決だ。 仲間は大切だが、だが村の者を放って行けば特にフェイルは怒るだろう。 普段穏やかで優しい彼女が一変して癇癪を起こすのは目に見えている。 自分の故郷だから、家族がいるからこそ心配なのだ。 分かっているのなら、彼女が怒らないためにも早々このいざこざを片付けないと。 「おい爺さん、無事か?」 「何とか・・・と言いたいところじゃが少々足を捻ってしまったみたいじゃのぅ。  ほっほっほ、これも日頃の行いが悪いせいなのかもしれん。」 「何馬鹿言ってんのよ。  ちょっとミカエル、彼を治療して上げて。私じゃこれは治せれないわ。」 何かがその足に落ちてきたのか、尋常じゃないくらい腫れ上がっていたそれを見てアスティアは溜息を付いた。 回復魔法を使えるものの、やはり物事には限度があるもので彼女には擦り傷程度、あるいは止血くらいしか出来ない。 専門的な医者に診てもらうか、あるいは魔法を巧みに操るミカエル達にしかこれは治せれない。 癒しの力を持っていても、自分の非力さに思わず舌打ちをしたくなる。 元々魔力はあまり無い方なので、仕方がないと言えば仕方がないのだが、 それでも目の前に負傷している者がいるのに助けられないなんて・・・不甲斐ない。 「分かりました。・・・・・・『流水功』」 掌より一回り大きい青白い魔法陣が村長の足に刻まれる。 温かで力強いそれが回復魔法だと知るにはそう時間は掛からなかった。 けれど初めてみる系統の魔法に、アレストは興味津々に凝視する。 フェイルの回復や村長のファーストエイドとは少し違う魔法。 これは、確かリュオイルを癒した時と同じものだ。 初めてルシフェルが攻め込んだ来た時に何度か癒しの天使にお世話になったが、 やはりミカエルの方が効力が強いような気がする。 最高位に立つ天使。 それ故に神に近い力を持つ者だから何でもこなせるのだろうが、その分負担はかかる。 幾ら天使とはいえ、不眠不休で動けるわけはないし精神が安定していない時は特に休養を取ることが大事だ。 「おぉ、すまんの。流石天使様じゃ。」 「いいえ、でもまだ安静にしていてください。」 数秒で治療が終わると、ミカエルはすっくと立ち上がり扉の前に佇んだ。 約2メートルあると思われる田舎にしては巨大な扉。 外側から何かが突っかかっているようでビクともしない。 「・・・困りましたねぇ。」 小首を傾げて苦笑する彼の姿は実に微笑ましい。 どちらかと言えば童顔の方なので、年齢とは裏腹に彼はたまに幼い行動を起こす。 元々穏やかでボンヤリとした気質なのでとてもじゃないが、平和な時代の時の彼を見ても大天使とは思えない。 それを彼に言っても「そうですね。」と軽く流されるだろう。 と言うよりも、ミカエル自身もそれを自覚しているらしく絶対に否定しない。 逆に、あまりそう言う事を言うと彼は「すいません。」と謝ってしまう。 「村長様。申し訳ございませんがこの扉壊しても良いでしょうか?」 控えめに、且つ有無を言わせない微笑みに村長は苦笑した。 「やむを得ない状況じゃからの。致し方あるまい。」 「すみません、きっと後で直しますので。」 「うむ、期待しているぞ。」 許しを貰えた事で脱出する術を見つかった彼等は顔を見合わせて頷いた。 「ではアレストさん、お願いしますね。」 「よっしゃあ!!まかしとき!!!!」 待ってました、と言わんばかりに腕を捲り上げた彼女は大きな扉の前に立ちはだかった。 この森の樹木で作られたのだろう、気の匂いが何処と無く似ていた。 傷1つない綺麗な扉を壊すのは気が引けるが緊急事態なので仕方がない。 だが村長の許可も下りたことだし、アレストは久々に活躍出来るので少し浮かれていた。 左拳を扉に当て、大きく深呼吸する。 普段修行で瓦割りとか、色々破壊して来ていたので失敗はしないだろう。 だがそれはフェイル達と地上で旅をしていた時の事であって、最近はその修行も疎かになっている。 それでも大丈夫だろう、と思うのは決して自分の力を過信しているわけではない。 これくらいの扉一発で破壊出来なかったら彼女にとって大変な赤恥になるのである。 「――――――月華乱!!!」 勢いを込めた彼女の拳が烈火の如く赤く染まった。 まるで曼殊沙華のように見事な紅を誇るそれは一直線に扉に向かった。 最初ミシッ、という鈍く亀裂の入ったような音がすると、今度はそれが四方八方に別れる。 「よぅっし!!もう一発やでーーー!!!」 一歩下がったアレストは、リズム良くステップを踏んだ。 タンッと飛び上がった瞬間、ガンッと頭に鈍い痛みが襲ったような気がしたがそれをあえて無視して 彼女はお得意のとび蹴りで亀裂の入った扉をぶち壊した。 折損されたどころか粉々に吹き飛ばされた扉は見る影もない。 いや、ここまで酷い有様だと扉と称しても誰も信じないだろう。 村長の哀愁漂う背中にミカエルが宥めるように苦笑して微笑んでいた事に、アレスト以外は皆知っていた。 「・・・・・流石ですねアレストさん。」 「いいえ、これは近所迷惑以上に迷惑な破壊活動よ。」 「だな。放っておけば破壊魔ならぬとび蹴り魔になりそうだ。」 そこまで言わなくても・・・。と少しだけ非難がましく見るミカエルに気付いたのか、 シリウスは皮肉っぽく笑うと顎で外を見るように示した。 訳の分からない様子で言われた通り外を見て見ると、彼は自分の言った言葉に少しだけ後悔した。 「調子に乗ってきたさかい今度は透過桜花乱で乱れ打ちーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」 その後、すぐにアスティアが彼女の頭を靴で殴ったことは言うまでもない。