死にたくて死にたくて 誰かを傷つけたくないという思い 皆の幸せを、という願い 死にたくて死にたくて でも、生きたくて あの光の中に入りたい あの優しさに溶けたい あの声の場所に もう一度、辿り着きたくて・・・・ ■天と地の狭間の英雄■          【開戦】〜戻らぬモノ〜 (・・・・・・いる、な。) 気配を隠していても、その独特の雰囲気は完全に消すことは出来ない。 それがまだ覚醒しきれていない魔族なら尚更の事。 未熟とまではいかないが、何の前触れも無く開花させられた魂は今悲鳴を上げている。 分かる お前の声が お前の心が お前の、本当の想いさえも (それ故なのか、これはそれを恐れている。) 前触れも無く開花させられたのはこちらも同じ。 けれど、お前とこれは違う。 違う世界で育ち、違う種族で生まれた者同士。 けれど共通点は有り余るほどあって、思わず自嘲したくなるほどだ。 何故、と言う言葉が一番相当している今の現状。 何もかもが不愉快で歯痒く、そして愁嘆に満ちた世界。 どこでどう間違ったのか、どうしてこんな事になったのか・・・。 数えれば数えるほど、考えれば考えるほどそれらしい答えは出てくる。 だが間違えるな。 決して軽く見てはいけない。 これは最初から定まった運命だと、過信するな。 物事は何ものかによって絡まされている。 人なのか、自然なのか、それとも生霊なのか。 輪廻転生するこの世界で、人は出会い傷つき別れ悲しみ喜ぶ。 けれど・・・・。 (生きとし生ける物全てが、そうであったら良かっただろうに・・・。) 「・・・・・・・い、・・・おいフェイル。」 何度呼ばれていたのか。 心配そうな顔をしたシギがフェイルの顔の前で何度も手を振っていた。 それに気付いたフェイルは、2・3度瞬きをすると大きく頭を振って笑った。 「何?」 「何?じゃないだろ。さっきから何度も呼んでたけど返事無いし・・・。」 「あ、あはははは。おかしいなぁ、緊張してるのかも知れないね。」 さっき転移魔法を唱えたばかりだと思っていたフェイルは、いつの間にか変わった風景に驚く事無く、 寧ろ楽しそうに笑っていた。 その傍らで難しそうな顔をしているリュオイルは珍しく黙りこんでいる。 クラール遺跡の目の前に来た3人は荒れている海を眺めた。 ここでも相変わらずの天候で、サァサァと雨が降っている。 それだけでなく風も強いので、打ち上げられた波が飛沫となって雨と混じって地に降り注ぐ。 潮の匂いが鼻腔をくすぐる中、3人はキョロキョロと忙しく辺りを見回していた。 彼等が探してるのは、この現象を引き起こした本人。 淡いピンクの髪の、小さな少女だ。 「・・・・・僕は分からないけど。」 「ま、そりゃそうだろうな。地上人で地上育ちのお前にはちょっと難しいってもんよ。」 「じゃあお前1人でやれ。」 「うっわ酷ぇ!!こんなだだっ広い海一面に気を張れと!?  お前ってばそんな冷たい奴だったのかーーーーーーーーーーー!!!」 「あー、もう煩いなぁ!!!」 大袈裟に騒ぐシギに痺れを切らしたのか、ついにリュオイルが切れた。 これ以上怒らせれば愛用の槍で一貫きしそうなほどの勢いなので流石にシギも慌てた。 こういう場面になると大抵シギがからかってリュオイルが切れて更に騒々しくなるのだが、 何故か2人は学習しない。 こんな微笑ましい(?)光景が何度も何度も、いつまでも続けば良いのに、と首を傾げながらもフェイルは思った。 けれどこれが命を懸けた死闘だという事に仲間の内フェイルだけ気付いていないのはもう当然の事である。 「・・・・あれ?」 微笑ましげに2人を見ていた彼女の視線が海面に注がれた。 (・・・・渦潮が・・・・。) 彼女の内にいるアブソリュートも何かを呟いていた。 けれど波の音で全部を聞きとる事が出来ない。 心臓の鼓動が速くなる。 最近慣れはじめた感覚。 魔族の気配が、近寄っていた。 でもこの大荒れの海原でその姿を見つけ出すのは至難の業だと言える。 「・・・・本当に、ソピアが・・・。」 少女は幼かった。 少女はどの魔族よりも臆病だった。 でも誰よりも優しくて笑顔が綺麗で、そして誰よりも、儚かった。 どう見てもロマイラと同じ魔族には見えなくて、 けれどいつも不思議に思っていた。 どうして魔族には、純粋な魔族が少ないんだろうって。 フェイルが今まで見てきた魔族はほんの一握りだ。 だからそんな考えに行き着いてしまうのかもしれない。 本当は、天界と同じ様に、天使と同じ様に魔界にだって多くの魔族がいるはずだ。 けれど 襲ってきた魔族は以前人間だった者ばかりで 何故彼等が魔族になってしまったのか、分からなかった。 悲しみに満ちた瞳。 怒りに震えた切ない後姿。 彼等を取り巻くものは、何? (考えていても始まらない。それよりも今出来る事をやる方がいいだろう。) アブソリュートにはフェイルの考えはお見通しだ。  心が通い合っているのなら当然なのだが、フェイルには彼女の心が読み取れない時がある。 読み取れないと言うか、聞き取れないのだ。 彼女の声の大きさはとても小さくて、聞き取るのがとても難しい。 それだけが理由なのではないが、さっきも彼女の意図が分からなかった。 「フェイル、そろそろだ。」 「うん・・・。」 いつの間にか静かになった彼等に少しの驚きも見せず、フェイルは海面を見据えたまま自分の右手拳を強く握った。 リュオイルはここでお留守番、もとい護衛。 海面に送るのは送るのだが、傍にいると邪魔になると思うのでシギもここで待機だ。 詠唱中に魔族の邪魔が入れば危険性は高くなるが、このあれ具合では傍にいる事は不可能だ。 傍にいる事は出来なくても、後方から援護は出来る。 それ以前に魔族がいきなり現われたとしてもフェイルはそれを迎え撃つ力がある。 フェイルにその気が無くても、アブソリュートが前に出る。 アブソリュートは迷惑だろうが折角覚醒した身。 こんな所で朽ち果てるわけにはいかないだろう。 「それじゃあちょっと行って来るね。」 にこやかにそう言われても複雑な気分だ。 ちょっとピクニックに行って来るね、と軽く言われているようで何とも言えない。 リュオイルの真意を知らぬままフェイルは踵を返して海面に近づいた。 それに反応してシギが呪文を唱え始める。 送る先はここから少し離れた海面。 けれどちょっとやそっとの声では届かないほどの微妙な距離。 遠すぎず近すぎず、な距離に何とも言えない感情が彼に取り巻いた。 「・・・・無理しちゃ駄目だからね。」 「うん、大丈夫。」 「その大丈夫が一番怖いんだよ・・・。」 「あ、あははは。大丈夫だよ、今度は・・・・うん、多分。」 自信が持てないのは前にも言った様に前科持ちだから。 思い当たる節が幾つかあるので図星を突かれるとかなり痛い。 けれどここで引き下がるといけないので、フェイルはただ苦笑するしかなかった。 本当は謝りたい気持ちで一杯だけど、でもそれだと余計に彼を心配させてしまう。 それだけはどうしてもしたくなかった。 悲しい顔をさせるのは、とても辛い。 その原因が自分の事ならば尚更だ。 「絶対に、大丈夫だよ。」 はっきり言ってその言葉に根拠はない。 強いて言えばアブソリュートの力がある、という事なのだろうが僕には納得出来なかった。 でも、納得しなくちゃいけなかったんだ。 「・・・・分かった。」 僕が彼女を縛る権利はない。 縛る事は許されない。 あの子は自由に生きる。あの子は誰かに左右されることなく生きる。 当たり前だろう? だって彼女は、操り人形なんかじゃない。 圧倒される力を前に怯えた天使や神じゃない。 個々の意志を持ち、喜怒哀楽を見せる素直で優しい心を持った一つの生命だ。 僕だけの個々の意見で左右されるはずがないんだ。 「・・・んじゃあ転送するからな。」 2人の様子を見守っていたシギは、一段落ついたであろうと言う時に悪そびれた様子無く話を振った。 彼の声に反応したフェイルは小さく頷いた。 風が一層強く吹いた。 それに揺られて波も高く上がる。 水飛沫で服は湿っている。まとわりつく感覚が気持ち悪いと感じた。 『 我が名はシギ   天と地を司る古の精霊達よ   我と彼の者を阻む自然の流れに逆らい   今一度彼の者を冀う地へ送りたまえ 』 リュオイルにその言語は理解出来なかった。 日常では世界各国同じ言葉を話すが、彼等の使う魔法などは地上では存在しない解読不可能の文字。 空いた時間に専門の書物を天界で読んでいたが、誰か1人天使がいないと全く読めなかった。 努力して基礎部分は頭に入れたが、1日経つとすぐに忘れてしまう。 まるで何かの暗示にかけられたように。 どんなに復習しても必ず忘れてしまう。 僕が地上人だからだろうか。 地上人に知られたくないから、何かの魔法がかかっているのかもしれない。 「―――――移転送還!!!!」 眩い光の球体がフェイルの下にある地面から溢れだした。 浮き出てきた神族の文字がゆっくり動き出す。 もう2秒もしないうちに彼女はここから消えるだろう。 「行ってきます。」 ほら 君は笑顔で行く 笑って送れば良いのに それなのに きっと僕の顔は、泣きそうなくらい歪んでいたんだろうね 「・・・・・俺達は後方で援護すりゃいいんだ。」 宥めるようにシギの手が頭に乗った。 「そうだね。」 「大丈夫だって。俺とお前が守るんだぜ?フェイルは大船に乗ったつもりだって。」 「・・・お前がいると半減して泥舟に乗った気分のように思えるのは僕だけか?」 「お前って何気に酷ぇのな。」 よよよ、と打ちひしがれたようにいじけるシギを見て思わず吹き出した。 彼がこんな非常時にふざけた事をするのは誰かが落ち込んでいる時だ。 前も何度かこうやって彼に励まされて、悔しいけど慰められた。 兄のように大きくて優しい存在で、でも時に憎たらしくて。 でもいつからだっただろうか。 彼の存在が、皆にとってかけがえのない物となったのは。 「・・・本当お前って、太陽みたいな奴だよな。」 「ん?何か言ったか?」 「いや、何でもないよ。」 言えば調子に乗って馬鹿みたいに騒ぐと思うから、絶対に言わない。 その代わりに呆れたような溜息で返してやった。 シギは苦笑してリュオイルの視線を追う。 そこにあったのは、青い空を忘れるほど真っ暗な雲だった。 「・・・うひゃー。この辺も結構大変だね。」 (ここいらだけではないだろう。少なくとも海面全域に渡って何らかの被害は出ている。) 「そっか。」 ビュウビュウと風が吹く中、宙に佇む1人の少女。 幸いにもここは何もない海の上で、しかも今は大荒れなので誰かに見つかる事はない。 もしもこんな所を見ず知らずの人に見られたらどう言い訳すれば良いかフェイルには全く分からないのだ。 下手をすれば正直に言ってしまうだろう。 ・・・いや、正直に話したとしても誰も信じないだろうが。 「・・・・・・。」 (どうした、フェイル。) 暫く黙りこんだ彼女に彼女は呼びかけた。 勿論その声はフェイルにしか聞こえない。 同じ魂を持つ者にしかこの心境は分からないのだ。 それ以前に、魂が分断されること自体がおかしいのだが・・・。 表情と共に感情も乏しいアブソリュートだが、本当の同胞が調子を崩せば心配だってする。 彼女なりの心配の仕方なので、人によっては誤解を招きそうだがフェイルにはその意図がちゃんと分かっていた。 凛然としている表とは裏腹に彼女特有の優しさがある。 それを普通の者が理解するにはかなり時間が掛かるだろうが、それでも彼女を信用して欲しいと思う。 「ううん、私に出来るのかなって・・・。」 (・・・出来る出来ないを考えるよりも、今は実践することが重要だろう。) 「うん、そうだね。」 後ろ向きなフェイル。 どんな時でも前向きなアブソリュート。 確かに、2人は自分達に足りないものを補い合っている。 「・・・そうだね。まずは津波を何とかしなきゃ。」 ソピアを探すのはその後だ。 今は、私に出来る事を最大限にやればいい。 後悔しないためにも、今はそれだけを考えなければ。 『 母なる海に眠る神イーノ 奥底に優しき腕を持つ大地ガイアよ 』 まだ垣間見た事のない古の神々達 声に、応えてくれるか・・・・? 目覚めたばかりの新米神に、彼等は慈悲深く力を貸してくれるだろうか 『 我、今ここに願う1つの意志    遥か忘却の彼方に消え去りし古代の言の葉をここに紡がん 』 フェイルの体が淡く光出した。 よく見れば全体が白くなっている。 けれど、言い方を変えれば、消えかかっているようにも見えた。 スッと片腕を挙げたフェイルは天と海を交互に見てまた目を閉じる。 まだ彼等の声は聞こえない。 けれど悪意は感じられなかった。 寧ろ暖かみのある気配が、微笑んでいる感覚にとらわれた。 ・・・・ガイアか。 詠唱に集中しきっているフェイルにその声は届かなかった。 ふと、初めて感じるのに何故か懐かしさを覚えたアブソリュートは微かに頬の筋肉を緩めた。 また数秒もしない内にもう1つの気配が現れた。 母のように優しい相貌をした美しい女性。 その口は何も語らないが、それでも好意的な目で見ているのは確かだった。 2つの神が現れた。 必要とされる力の源は、既にここにある。 気配を確認したフェイルは閉じていた瞼を上げると、遥か向こうに見える何かを察知して まるで操られたかの如く、しなやかにもう1つの腕を掲げた。 「この地に襲う脅威を、我等神の加護で守りたまえ」 蒼と白の細い光が遥か彼方へサァァアア、と伸びていく。 清澄な光が場所だけ雲が晴れる。 晴れると言うよりも、この異常な気象を浄化していっていた。 細い線が幾度も、そして絶えず大陸を包む。 そうすれば自然と青空と眩しい太陽がこちらを覗くわけで、サァ、と今では懐かしいと思えるくらいの光が差した。 清々しい光が目に眩しさを感じさせる。 けれどこれはここ一帯だけなので、地上全域が晴れているわけではない。 それにこの結界が崩れればまたあの暗雲はここを襲ってくる。 「・・・これで、取りあえずは大丈夫だよね。」 誰に言うわけでもなく1人呟いたフェイルは安堵の溜息を吐いた。 以前よりも疲労を感じる事は無くなったが、妙な緊張感で体が硬い。 一瞬疲れを感じたかと思ったが、フッと風が吹くとそれを忘れてしまった。 この感覚は何なのだろう。 初めて感じる何か。 けれど、それを言葉に表すことは難しくて・・・。 「ガイアもイーノも、皆協力してくれたんだね。」 (そうだな。彼等は元々気質が穏やかだ。お前の心を読み取り、それが気に入ったらしく力を貸してきたようだな。) 「・・・・ありがとう。」 海と大地の神はもうこの場にはいない。 自分の在るべき場所に帰り、そしてまたこの世界の秩序を守っているのだろう。 1つの神が消滅すれば1つの秩序が崩れる。 それは死を意味すると言っても過言ではない。 彼等の加護があり、今この世界は存在している。 ガイアが死ねば大地は荒れ、植物が育つことは無いだろう。 イーノが死ねば穏やかな海は一変して大荒れする。 慈愛に満ちていた彼女の加護が無くなれば、海は竜巻をうねり出し人々を襲う。 死ななくても、彼女達の力がなかったらフェイルだけではどうにも出来なかったかもしれない。 けれど期待を裏切る事無く神々は力を貸してくれた。 これで何とか大陸を守る事が出来た。 安心するにはまだ早いけれど、でも、大好きな人達を守れて、本当に良かった。 ――――――――ザァァァァアアアアア・・・。 「・・・・な、に?」 空はこんなにも晴れ晴れとしているのに、流れる不穏な気配は何だ。 フェイルの表情に緊張が走った。 鉛のように急に重くなった体を何とか動かす。 首に、背中に刺さる冷たい視線。 これは誰のものだ?こんな視線、今まで感じた事はない。 相手が何処にいるのかは分かっている。後ろだ。燦々と照らす太陽の方向。 嫌な汗が頬を伝う。 体は警告していた。「逃げろ」と。 けれど自分の頭の中では逃げ出してはいけないと指示を出している。 だから動けないのか。それとも、この冷たい視線に怯えているのか。 ――――――――逃げられない。 逃げたくても、私はここから逃げる事は多分、出来ない。 「・・・・・・・なんで・・・・・?」 まだ少し幼さの残る声が聞こえた。 少女特有の高い声は聞くだけならこの場に合っていると思える。 だが、問題はその禍々しい気配だ。 明らかに不自然で、場違いなほど冷たい空気を作り出しているそれ。 恐る恐る後ろを振り返る。 嫌な予感はしていた。けれど、それが当たって欲しくなかった。 「なんで、邪魔するの。」 「・・・・・貴女は・・・・。」 「ねぇ、何で?」 桃色の髪に黒い翼。 ソピアだ。彼女以外に、考えられない。 けれど何かおかしいと感じた。 彼女はもっと、もっと幼い声だった。 もっと背丈も小さくて、あどけない笑顔を時折見せる可愛い少女だった。 「・・・・・ソ、ピア?」 「ねぇ、どうして。どうして邪魔するの、アブソリュート。」 そこにいたのは、虚ろな瞳をした女性。 桃色の髪はざんばらで、トレードマークだったバンダナは見事にグチャグチャだ。 黒い翼が一層濃くなり、漆黒を思わせる鈍い色がそこにあった。 フェイルよりもずっと小さな背だった彼女が、見違えるほど成長している。 一瞬誰だか分からなくなったが、この気配を間違えるはずない。 けれど否定したかった。 これは夢なんだと。まやかしなんだと。何かの術にかかっているんだと。 「ソピア、どうして貴女・・・。」 「答えてよ。私が折角・・・終わらせようとしたのに。」 「終わらせる?終わらせるって、何を。」 様子が変だ。 あの頃と違う瞳は、今はもう何も映していない。 そういえばラクトはどこにいる。 彼女の傍らにはいつもラクトがいて、それが当然のようだったのに。 「本当に、ソピアがシリウス君の大陸を破壊したの?」 信じたくなかった 「本当に貴女が、この災いを引き起こしたの?」 認めたくなかった 少しの可能性でも、信じていたかった。 「・・・・そうだよ。」 でも貴女は、あの時のソピアとは違うでしょ? 何が貴女を狂わせた。 何が貴女を壊した。 ぐるぐると駆け巡るこれまでの記憶。 これが正しければ、ソピアはこんな感じの子ではなかった。 確かに魔族ではあったが優しさを供えあわせている本当に良い子だったのだ。 戦いを好まず、渋々といつも他の魔族と一緒にいたのを今でも覚えている。 否定してほしかった。 映し鏡で見たあの少女は、ソピアではなかったんだと思いたかった。 それなのに、どうして・・・。 どうして、そう平然と答える・・・・・。 「あぁ、そうそう。」 言い忘れてた。と言いたげに少女は笑った。 それがいつしか見たあの時の笑顔だったら、何も違和感は無かったのに、 こちらを向いたその笑顔は凍て付いたように冷たかった。 「貴女の力、ありがとう。」 自分の心臓を刺しながらそう言う彼女にフェイルは恐怖を覚えた。 力を奪われた覚えはあるが、彼女に渡した記憶はない。 ・・・そう言えば、あの時ルシフェルに奪われた力はどこにいったのだろうか。 フェイルさえも知らない力が奪われたのは皆知っている。 助けられたあの後、尋常ではないほどの疲労が彼女を襲ったのだ。 「・・・どういう事?」 (・・・まさか。) 今まで黙っていたアブソリュートが割って入ってきた。 珍しく彼女も声を上げている。 フェイルの知らない間にあった出来事。 ここに誰か1人でも仲間がいれば、すぐに答えを出してくれただろう。 (・・・・この娘、我の力を塊を心臓に焼き付けている。) 「心臓・・・!?」 まさか、とでも言いたそうにフェイルはもう一度ソピアを見据えた。 冷然としているその様は相変わらずで、うっすらと笑った表情から微動もしない。 何処かで見た事があるな、と思っていたが、それがまさかロマイラに繋がるなんて誰が思っただろうか。 けれど恐ろしいほど酷似している部分がある。 まだ動きを全て見ていないので何とも言えないが、その瞳には何も映さない。 これが本当の魔族なのか。 殺戮を好み、誰かが傷つくことを何よりも生きがいとする。 「ソピア。ラクトは?いつも一緒だったじゃない。」 「ラクト・・・?」 ソピアの表情がピクリとだが動いた。 けれどそれ以降は全く興味を示す事無く、また虚ろな瞳に戻った。 「あんな出来損ない、傍にいるだけで虫酸が走る。」 フェイルは驚愕した。 あんなに彼を慕い、そして彼も彼女を慕っていたのに。 何故そんな事を言うのだ、と言いたいが上手く口が動かない。 手先が冷えているのだと分かった。 そして、手遅れなのかと絶望しかけた。 彼女はもう、ソピアじゃないんだって・・・・。 「・・・・・・また、多くの人を死なせるわけにはいかない。」 動揺する頭を何とか振り切って、自分に言い聞かせるようにフェイルは呟いた。 その言葉にソピアはまた反応する。 両腕を掻き抱くようにして小さくなったフェイルは、下に見える海を見下げた。 (・・・・・・フェイル。) 頭の中でアブソリュートが囁く。 彼女と自分の想いは、同じだ。 「・・・・大切な人を守るためにも、ここを引くわけにはいかないっ。」 多くの者が傷ついた。苦しんだ。叫んだ。そして泣いた。 その姿をたくさん見てきた。 胸が苦しくて、どうしようもないと分かっていても足掻こうとしていた。 力さえあれば、と嘆く者もいた。 悲しくて苦しくて、彼等を取り巻く負の感情は今にも爆発しそうだ。 今は歯止めが効いている。 けれど、また同じ過ちを犯せばもう彼等を止められるものは誰もいない。 フェイルでも、止める事は出来ない。 「・・・・残念。」 ポツリと呟く彼女に少し引いたフェイルだったが、真剣な眼差しでソピアを睨み付けた。 ―――――――――今彼女は、敵なんだ・・・・!!!! ダンフィーズ大陸を破壊した。 多くの人々を殺した。 ミラを殺した。 シリウスを、傷つけた。 それは他でもない彼女の仕業。 もう後戻り出来ない場所まで彼女は来ている。 そしてまた、罪を犯そうとしている。 「これ以上何かを仕出かそうと言うのなら、私は許さないっ!!!」 神の怒りが地上にまた、舞い降りる。