「・・・・・――――――っ!?」 急に、眩暈がした。 「シギ?」 心配そうな顔をして除きこむリュオイル。 何でもない、と言おうとしたが全身が悲鳴を上げているのが分かると、 ちゃんとした言葉を出す前に、意味不明な言葉が口から吐き出た。 「・・・・っ、ぐ、あ・・・・。」 「シギッ!?」 ただ事ではないと判断したリュオイルは膝をついた彼の傍に駆け寄った。 苦しげに呻くシギの背をさする。 けれど一向に症状は良くならない。それどころか悪化しているんじゃないかと思われる。 上手く息が出来ない。 何かが気管を押さえている感覚に捕らわれた。 「・・・・・・ル・・・。」 「・・・ル?シギ、おいシギ!!」 何かを呟いたと思ったらまた彼が苦しみはじめた。 うっすら浮き出てきた汗がその苦痛を物語っている。 どうすれば良いのか分からないリュオイルは、ただ心配そうに彼を見るだけ。 下手に動かせば症状が悪化するかもしれない。 でも、何も出来ないことの方がもっと悔しい。 「くそっ、一体・・・どうなってるんだ!?」 やり切れない思いを胸に置いたままリュオイルはあの少女を思い出した。 少し前に別れた、あの少女。 帰ってくると約束したフェイルだ。 「・・・・・フェイル・・・・っ!!!!」 そう。 こんな時でも、いつでも、 結局頼りにしてしまうのは、あの少女だ。 ■天と地の狭間の英雄■ 【変貌する者達】〜届かない〜 行かないで 独りにしないで 冷たくしないで 怖いよ。 君がいなくなるなんて、嫌だ いかないで。 僕を、置いていかないで・・・・ ――――――――どうして?・・・・ソピア・・・・・・。 「・・・・・。」 ユラユラと揺れ動く桃色の髪と金の髪。 両者とも同じ程の髪の長さなので、並んでいれば仲良しに見えなくもない。 けれど、今はそんな悠長な事は考えられなかった。 ソピアと遭遇して大分時間が経っている。 お互いが敵同士だと確認してから、またそれからも時間が経っている。 彼女が攻撃する様子は伺えないし、ただぼんやりとそこに立っているだけであった。 「・・・・・。」 やばい。とてつもなくやばい。 真剣な面持ちのフェイルだが、頭の中ではかなり焦っていた。 何故なら、ここは地面じゃない。海面上で宙だ。 幾らシギの魔法が効いているからと言って、そして自分に魔力があるからと言って、 天使やソピアのように翼のない者が長時間空を飛ぶのには恐ろしいほどの魔力を消費する。 覚醒する前よりは確かに魔力は上がっているものの、まだ不慣れなために上手く使いこなせない。 そんな不安定な状態で長時間魔力を削っているのだ。いつ海に落ちてもおかしくないだろう。 「ふふ、大変そうだね。」 「――――――っ!?」 「当然と言えば当然だけど、でもずっとそのままだといつか死んじゃうね。」 楽しそうにクスクスと笑うソピアに、図星を突かれた事を忘れてゾッとした。 確かに彼女の言い分は一理ある。 だが何故彼女はその力を自在に操れる? アブソリュートから奪ったその力。 フェイルの内に眠るものと比べたら大した事はないかも知れないが、普通に考えてまず操る事は不可能だ。 天界の、それも聖なる力を持つそれをどうやって魔族が? 魔族はこの聖気を極端に嫌う。 それなのに、何故ソピアは・・・・。 「どうして、攻撃してこないの?」 あまりにも不審な点が多すぎる。 先ほどの件もそうだが、彼女が現れてから一向に攻撃する気配が感じられない。 それどころか敵意さえもないのだ。 彼女がここに来たのは、津波を呼び起こし大陸を沈没させるため。 あるいはフェイルを殺すためか、だ。 「どうして・・・?それは、まだ時期じゃないからだよ。」 「時期?」 意味深な事を言う彼女にフェイルは眉をひそめた。 風がビュウビュウと強く吹く。 ここに結界を張ったその当初はもっと穏やかだったのに、ソピアが現れた途端強くなったのだ。 それでも強風だけしか起こらないのは、フェイルが今ここにいるから。 アブソリュートという存在だけでも世界は駆け巡る。 溢れんばかりにある神気は今も少しずつ零れ落ちている。 本来ならば神が地上に長期滞在するのは良くない。寧ろ悪い。 地上は天界や魔界と違って非常に脆く、そして何かに影響されやすい。 ゼウス神が滞在期間を3日と限定したのは、他の意味も十分にあるが、第一にこの事を考えたのだろう。 残された時間は十時間と少し。 地上には、人間が住める環境が整っているがこのまま神気に当てられていると異変が生じる。 ガイアやポセイドンのように地上に司る神達と天界を主とする神達とは創りが違う。 生物学的な事は何も言えないが、何となく分かるのだ。 「だって、貴女もそろそろ限界なんでしょう?」 見透かすような瞳がフェイルを貫く。 痛い所を突かれ、生憎頭の回転はあまり速い方ではないので返す言葉も見つからない。 フェイルの反応が予想していた事とあまりにも似ていたのか、ソピアはまた冷笑した。 「知ってるよ貴女の力の事。 まだ上手く使いこなせていないんでしょう?大変だね、神様って。」 「・・・どうして、ソピアは平気なの? 貴女だって魔族だもの。私の力をそのまま心臓に宿しているけど、おかしいよ。」 「・・・・そうだね。確かにそうだよ。」 思いのほかソピアは冷静だった。 寧ろその言葉を待っていたかのように構えている。 一つ一つの言葉が重く圧し掛かり、フェイルを更に混乱させる。 敵なのはルシフェルだけだと思っていた。 彼女はきっと、敵にはならないんじゃないかと思ってしまっていた。 けれどそれは個人の空想で、現実じゃない。 「だってこの力は、ルシフェルが植えつけてくれたんだもの。」 神気に満ちた1つの欠片の力。 それが魔族に当たればちょっとやそっとでは済まない。 その力の威力が強ければ強いほど、傍に近づくだけで消滅する魔族もいる。 だが、それはあくまで力が「そのまま」の状態でだ。 聖なる力を負の力に変える事は勿論出来る。 それが出来るのは、その属性を持つ者だけ。 悪魔なら負の力を微弱ではあるが聖なる力に。天使なら聖なる力をその者の心の醜さに染めらせる事が出来る。 ――――――――力の流れを変えるのに最も有効な手段は、天使を使えばいい。 (・・・・そこまで朽ちたか、奴は。) 呆れたように声を出すアブソリュートだが当然ソピアには聞こえない。 そんな中、フェイルは思いもしなかった事実に瞠目していた。 確かに彼は敵だ。 同族を裏切り、そして危険にさらすどころか滅ぼそうとしている。 「・・・どうして・・・。」 「どうして?・・・どうしてって、分からないの?同じ天界の者のくせに。」 「分からないよ、何でそこまでして神族を恨むのか・・・。話は聞いてるけれど、でも納得できない。」 彼はゼウスによって天界を追放された。 地位も何もかもを奪われて、魔族に寝返った。 「・・・・・そこまで知っていて、何故理解出来ない?」 抑揚のない声だったのが急に低くなった。 唸るように、恨みがましく見るその視線に背筋が凍るように感じた。 ヒヤリと冷たいものが頬を伝う。 微風程度だったはずのそれが、彼女の異変と同時に呻き声を上げた。 怒りと憎しみ、孤独と悲しみ。 様々な感情が風に乗り、肌に突き刺ささっているんじゃないかと 錯覚してしまうそうなほどの冷たい空気にフェイルは陥っていた。 ロマイラとは違う魔族特有の気配。 ロマイラは露骨に殺気だっていて、そして気の向くままに人を紙のように斬り捨てる。 ソピアは、ジワジワと憎悪の気配を出してその威圧感を示している。 彼女達にそんな気は全くないのだろうが。 「――――――居場所を失った者の辛さを、貴女は知らないわけではないでしょう?」 『 居場所を失った 』 当然だと思っていた事が、ものが、突然消えてしまう 何もかもから見放され 誰からも愛されることなく ただ1人、朽ち果てていく 支えを失い彷徨い歩くのは、誰? 「・・・・違う。」 違う。そんなの、間違ってる。 「違うよ、きっと。」 居場所が失ったら、また探せばいい それは長い道のりで、決して楽な旅ではないけれど それでも、まだ進める事が出来る。生きているのだから 「居場所は、あるよ?」 貴方を、貴女を、全てが突き放しているんじゃないよ 「ここにも、きっとどこかにも、まだたくさんあるよ?」 偽善者っぽいかもしれない、こんな言い方 でも、でもね 「居場所がないと思うのは、まだ歩き初めてないからなんじゃないかな・・・。」 居場所は、あるんだよ まだ見つけていないだけで、本当は、きっとすぐ傍にある 手を伸ばせば掴めそうなほど近いところに、あるんだよ 「・・・・・哀れな、神。」 小さく頭を振ったソピアは、呆れたような声でそう言った。 吐き捨てるように言う仕草に訝しむが、彼女の気配が変わっている事に気付くとそんな事には構っていられない。 魔力がグルグルと巡回している。 それも、かなり濃い負の魔力が。 「ソピア!!」 「哀れだ。救いようのないほど、馬鹿な神だ。」 何故分からない。 少なくとも同じ思いをしたことがあるお前は、何故理解できない。 居場所を失われて、自分自身すら否定されて、私達は何を目標にして生きればいい? 馬鹿だ。馬鹿げている。 この神も、ゼウスも、人間も、世界も、何もかも。 「お願いソピア、話を・・・。」 「黙れアブソリュート。茶番は、ここでお終いよ。」 ピシャリと言い放つ冷たい声に驚きながらも耐えた。 彼女の事を聞く限りではやはりまだ情報が少なさ過ぎる。 何よりも、ソピアの変貌ぶりには驚いたものだ。 そして、本当にこれが彼女の意志によってなった結果なのかが気になる。 ―――――ソピアは、ラクトにあんな言い方はしない・・・。 あんなに優しかったのに。 あんなに彼を大切にしていたのに。 あんなに、あんなにも・・・・。 「さぁ、またもう一度宴が始まる。終わりと言う、甘美で悦楽に満ちた戦いがっ!!!!」 パァンッ!と言う、ガラスが割れたような鋭い音がフェイルの脳裏に響く。 煩いほどのその音に顔をしかめて、両耳を塞ぎたいところだが風に乗って、漆黒の翼を羽ばたかせて ソピアはフェイルに向かってきた。 さっきの音は、まさか、結界が壊された・・・・!? 「ソピアっ!!!!」 迎え撃とうにもフェイルが宙を浮く力も残り僅かだ。 自由自在に空を飛べるソピアとは対照的にフェイルは空を飛ぶ術を知らない。 今はシギの力を頼っていてここにいるのだ。 ・・・・・・・シギ? 『 天空から鳴る大いなる怒り 汝、古の扉を今ここに開ける事を願わん 悪しきものは浄化すべく神の雷<いかずち>を喰らえ 』 ―――――――――ボルトクラッシュ!!!!!! この空に似合わない稲妻がソピアに襲う。 前よりも格段に詠唱速度が上がっていた。 確実に上がっていく魔力。そして精神力。 これだけの大魔法を使うと、普通の魔法使いは肩で息をするはめになってしまう。 だがフェイルはこれと言って疲れた様子はない。 寧ろ使うたびにその魔力が強くなっていて、不思議とそれが怖いと感じた。 ――――――神化している。 この百数年の遅れた分を取り返そう、と言わんばかりに魔力がどんどん強くなってきている。 魔力とフェイルの心が見事にアンバランスで、時々何処からか悲鳴を上げているような気さえした。 「そんな攻撃じゃ、私を倒すことなんて出来ない!!」 軽やかにそれを交わした彼女は一瞬でフェイルの元まで来ると、にたりと笑った。 驚いたフェイルは反射的に後ろに引くが宙では上手く動くことも出来ずそのまま立往生してしまう。 「――――――――動けない?」 ゾッとするほど低い声で、且つ楽しそうな声にフェイルは身を強張らせた。 灰色がかった青い瞳がフェイルを捉える。 けれどその瞳には生気がない様にも感じられた。 何を考えているのか、何がしたいのか全く分からない。 捉えどころのない瞳に絡まったフェイルは、硬直したまま動くことが出来なかった。 「何で動けないか、分かる?」 意味深な言葉を吐いてソピアはバッとフェイルの前に左手を突き出した。 そこから見える黒い影。 一歩でも動けば、躊躇い無く彼女はそれを発動させるだろう。 ふらつく足を何とか持ち堪えて踏ん張る。 だがそれがいつまで持つか分かったもんじゃない。 最初来た時よりもここに浮いている事がかなり辛いと感じた。 強かった魔力も時間が経つにつれどんどん薄まっていく。 ―――――――シギ君・・・? 彼に何かあったのだろうか。 シギに何かがあるとすれば、リュオイルにも被害が出ているに違いない。 もともと勘の鋭いフェイル。 この時ばかりはそれが当たっていないように、と祈った。 本当ならば今すぐにでも駆けつけたい。 大事な、大事な仲間があの場所にいるのだ。 魔族の気配は強力なソピアの力に押さえ込まれてしまっているのかどうか分からないがやはり心配だ。 「・・・・・。」 「分からない?そっか、分からないんだ。」 小馬鹿にされたような言葉にも、今は反撃する余裕もない。 グルグルと色んな事が頭の中を駆け巡る。 この非常事態を何とかしなければ。 魔力が弱くなっている原因を探さなければ。 そのためにも、早くシギとリュオイルのもとへ帰らなければ。 「じゃあ、あの2人が襲われているのも分からないんだね。」 「――――――――!!?」 どういう事だ。 そう考えた途端にドクン、と心臓が大きく鳴った。 呼吸が荒くなり瞠目しているのに気がつく。 もう一度、もう一度。 そう自分に言い聞かせて、いつ襲ってくるか分からない彼女の攻撃なんてもうすっかり忘れて フェイルは神経を研ぎ澄ませる。 ザワザワと風の揺れが聞こえる。 大気は安穏に満ちていて、今ここには魔族が来るにはあまりそぐわない場所だ。 だが結界は何者かによって呆気なく壊された。 あの時聞こえた音は結界を破壊する音で間違いないだろう。 だが予想外にソピアはやってきた。 彼女の姿に驚愕し、そして時には恐ろしいと感じた。 何もかもが信じられない。自分の知らない所でまた廻っていく。 ―――――――どうして気付く事が出来なかったの・・・? ソピアの言っている事が事実であれば、何故私はそれを素早く察知することが出来なかった。 もっと早く気付けば、2人が襲われることなんてなかったのに。 焦る気持ちを抑えながらフェイルは彼等の気配を辿る。 ここからさほど離れていないのですぐに見つかるだろう。 だが、こんなに近くにいるというのに異変に気付けなかった自分が不甲斐ない。 「―――――2人に・・・何をした!!!」 ふと目を瞑ればそこにいるのは、戦闘真っ只中のリュオイルの姿。 けれどシギはいない。 リュオイルは時々後ろを振り返りながら心配そうな顔で、そして焦った表情で何かを怒鳴っている。 我を忘れたかのように怒鳴るフェイルに動じる事も無くソピアはその両端の口をニッと上げた。 「私の心臓にある神の力。 それは確かに聖なる力を発揮しているけれど、でも既に闇に染まられている。 ・・・・・・相性が悪いのよ。特に天界の天使には。」 天使にこの強すぎる魔力は毒だ。 耐えられるのは人間か、同等の力を供え持つ神か、天使としても最高峰と言われるミカエルのみ。 たとえ大天使でも、この魔力の強さに押し潰されそうになるほど今苦しんでいるだろう。 けれどそれでも今は生きて耐え抜いている。 苦しんで苦しんで、半端ではない力に呑まれそうになりながらも生き抜いている。 だが、このままではそう時間が掛からないうちに死ぬだろう。 屈強の大天使と言えども、ある規定の量の魔力を超えればすぐに消滅してしまう。 そうならないのは、彼の意思の強さだ。 意志の強さが彼をここに繋ぎとめている。 「死ぬ事を分かっていながら、それでもこの力に耐えぬく意志の強さ・・・・。 分からない。どうしてそんな物が天使にあるのか分からない。彼等こそ、死ぬことが最高の幸せだろうに。」 「違う!!!死ぬことが幸せなんじゃない。・・・・幸せは自分で見つけるものだよ。 どんなに苦しくても、どんなに悲しくても、誰にだって幸せはある。 見つけ出すのは簡単じゃないけど、それでも私達はいつだって幸せを手探りで探している。」 例えば信頼していた人に裏切られて 地の底に落とされたように悲しくて苦しくなった時 そんな時に、「大丈夫だよ」と手を差し伸べられた時の仄かな幸せ どんなに小さな事でも私達は幸せを探している。 知らず知らずの内に、それは両手一杯になるほど幸せを私達は抱えている。 魔法が出来た。剣が出来た。家族に褒められた。友達が出来た。恋人が出来た。 振り返ればすぐ傍にあるのに、多くの事を私達は見逃している。 見つける事が出来るのはほんの少しだけど、それでも幸せはあるんだよ。 「ソピアも、ラクトと一緒にいれて幸せだったんでしょう・・・?」 貴女は幸せそうに笑っていた。 最初に出会った時、貴女は怯えながらラクトの服を握り持ちながら懸命に殺気立った場所にいた。 そんな風に彼の傍にいる事は、彼を信じているからでしょう? 信頼して信頼されて、小さな幸せをその手で感じ取っていたでしょう? 「・・・煩い。ラクトは、あれはただの捨て駒に過ぎない。」 「でもラクトは貴女の事をそんな風に思っていないよ。 裏切られても、きっとソピアを追いかける。貴女がどんなに遠くに行っても、ラクトは貴女を追いかける。」 「煩い!!根拠のない言いがかりは止めて!!!!」 ――――――――ー煩い煩い煩い煩い!!!! あれはただの使い捨ての天使だ。 落ちぶれた天使だ。 傍にいたのも、全ては利用するためだけだった。 私はあいつを裏切った。突き放した。嫌悪した。 2度と近づくなと言った。 汚らわしい天使なんて、魔族に必要ない。 あんな役立たず・・・・・!!!! ソピアが逆上したと同時に海が唸った。 少し離れたところからは竜巻が何本も天高く渦巻いていた。 これも彼女の持つ力のせいなのだと悟ったフェイルは、ジッとそれを見据えながらどうやってこの場を切り抜けるか 煩く鳴る鼓動を抑えて考えていた。 けれど思いつくのは可能性が低いものばかり。 こんな時に冷静な仲間達がいれば順序良く、且つ効率的な案を出してくれるだろう。 けれど、今は1人だ、 いつまでも仲間を頼るわけにはいかない。 「・・・・やっぱり、貴女は邪魔だ・・・。」 いつもその寛大で甘言な言葉に誘われてしまう。 この神の仲間達もそうだ。 だが惑わされるな。 その言葉には必ず裏がある。 いつしか味わったように、またお前達は私達を裏切る気だ。 2度と騙されるものか。 今度は、今度こそ忌々しきお前達神族にこの苦しみを味わわせてやる。 「万が一魔力がこの世から消えた時のために、生かそうと思っていたけれど、 ルシフェルも貴女を消せって言っていないけれど・・・。」 邪魔だ。 これ以上にないほど、鬱陶しい存在だ。 魔族の敵だ。生かしてはおけない。 「・・・・・アブソリュートは、ここで消滅してもらう!!!!」 お前なんかいらない。 お前なんて消えてしまえ。 お前さえいなければ、お前さえ消えれば。 ゼウスもミカエルも、恐れるものはない。 「・・・――――ソピアっ!!!」 『 清浄なる御神の意志 故、打ち砕き冒涜なる愚者どもに 苦しむべく制裁を下そう 』 消えるわけにはいかない まだ、まだ生きなければ まだ死ぬ事は許されない 『 御神による万力は其の命の炎 悪しき者に浄化の光を捧げん 滅せよ 濃く唸る雷鳴と地獄の共鳴 』 ―――――――――――ファイニンググラッシャー!!!!!! 渦巻く海水の面から考えられないほどの魔法陣が浮びだす。 地と炎を司る2つの属性は、轟音と共に召喚された。 海は真っ二つに裂かれ、その地底は砕かれる。 走るような早さで炎帝の神が空を駆ける。 粉々に砕け散った地面と業火の炎がフェイル以外を覆った。 咄嗟に身を庇うようにして防御したソピアだったが、神の威力に勝てなかったのか悲鳴を上げて それでも海に落ちないように空を飛び交う。 『 逆流する海の水面 起こりし災害は呑まれる海 』 ―――――――ファウンテンウォティス!!!!! 追い討ちをかけるようにフェイルはこの場に強い水属性の魔法を唱えた。 竜巻を起こしていたそれは、進路を変えてソピアに迫る。 小さな体は遊ばれるように空を跳ねた。 海の渦巻く音で彼女の声はほとんど掻き消されているが、時々哀れと思うほどの悲鳴が聞こえた。 ――――ソピア・・・。 幾度と無く聞こえる悲鳴にフェイルは顔を歪ませた。 けれど、今は敵同士の身だ。 やらなければこちらが殺される。 死ぬわけにはいかない。 まだ、守るものがあるのだから・・・・。 だがこの甘い考えが悪かった。 一瞬気を抜いたフェイルは、ソピアの魔法に全く気付く事が出来なかったのだ。 『 見える其の姿を糸に絡め 網羅の如く彼の者を悪辣させよ 』 ―――――――イーヴルレストレイン!!!!!! 黒い影が海の底からボコッと音を立て、疾風の速さでフェイルの足を掴んだ。 バランスを崩したフェイルは勿論急降下する。 声にならない声で落ち、肌に冷たい物を感じたかと思うと足を掴んでいたそれは更に海底に沈めようとしていた。 冷たい海水のおかげで正気に戻ったフェイルは息の出来ない苦しさに耐える。 けれどこのままでは海底に沈められる前に死んでしまう。 口を開けば気泡が出て、大変貴重な酸素が消えてしまった。 振り解こうにも、この影は驚くほどの強さで足を掴んでいる。 ゴポッ、とまた気泡が出た。 残された酸素はもう僅かだ。 ――――――・・・・・まだ、死ねない。 (そう。まだお前は死ぬ事は出来ない。) 冷静なアブソリュートの声が脳裏を過ぎる。 ―――――ー早く、早く皆の所に帰らなきゃ。 約束したんだ。 必ず帰るって。 もう、2度と悲しませたくないって思った。 (・・だが、まだお前には力を操りきれていない。) 神化するのは魔力だけ。 それだけでは、近い内に身を滅ぼすだろう。 魔力だけが強くなっても、術者の精神が同等に強くならなければそれを使いこなすことなんて皆無に等しい。 力だけを望む者は、自分の力に呑まれてしまう。 呑まれる前に気付けば、その者は真の力を手にする。 (お前はまだ未熟だ。) 神のくせして甘いところがあり、そして情に深い。 放って置けばいいものをわざわざ助ける。 神にふさわしくないほど、人間味を帯びた新たな神。 (だが私は、そんなお前を気に入っている。) あれこれと差別しない寛大な心と視野の広さ。 何ものに捕らわれる事無く自分の意志で突き進む心の強さ。 それに惹かれた。 彼女を取り巻く仲間も、そんなフェイルに惹かれたのだろう。 (・・・・お前を認めた。お前は、アブソリュートと言う名に相応しい。) 今一度覚醒せよ我が力。 そして開花せよ、新たな魂。 我が力は無限。 何者にも止めることが出来ない「創作」の力を持つ。 無を司り、意志の強さで世界を切り開く力を持つ神。 それを神々はアブソリュートと呼ぶ。 空の青さを思いだせ。 流れる微風、燦々と照らす太陽の光。 世界に広がる美しき木々達を、 かけがえのない者達の声をその魂に刻め。 (その魂に刻め。お前の意志を見せるがいい。) そしてお前の手でこの世界を守れ。 お前の守りたい者のために。 そして最善の判断をせよ、フェイル。 ――――――カアァァァァァアアア フェイルの背に純白の翼が生えた。 水中にいながらも濡れる事無くそれは羽ばたく。 足に絡んでいた影はほとばしる閃光に浄化され、跡形も無く消え去った。 グン、と水中から海面に出ようと翼は空に向かい何度も羽ばたく。 これを、真の神化。 もう後には戻れない。 お前は、完全に神になる。