■天と地の狭間の英雄■        【力を求めるか、それとも・・・】〜驚愕〜 「月華閃翔!!」 地を蹴り槍の先を敵に落とす。 それと同時に隠してある小刀を素早く出し、後ろから襲い掛かって来る魔族に投げた。 ザン、と言う音と同時にリュオイルは着地した。 すぐさま愛槍を持ち直し、次の攻撃に備える。 だが、彼の呼吸はかなり荒れていた。 ポタ、と汗が落ちる。 何度倒しても次から次に出てくる魔族にたった1人で対峙しているがこれでは埒が明かない。 少しずつ、そして確実に体力は消耗されている。 かれこれ1時間弱ほど戦闘しているが、倒しても倒してもきりがないのだ。 「はぁ、はぁ・・・・・っくそ!!」 1人で戦うのならまだいい。 だが彼の背には守る対象となる人物がいる。 シギだ。 ずっと苦しんで手を地に当て何とか正気を保っているが、その苦しみ方は尋常ではない。 すぐにでも天界に戻って容態を報告したいが、ミカエルはまだのようでそしてフェイルも置いてきぼりには出来ない。 だがリュオイルの体力にも限界がある。 予想外に手強い魔族は、ちょっとやそっとの攻撃では倒れてくれなかった。 「う、わっ!!!」 一瞬の気の緩みはいけないと分かってはいた。けれど失態を犯してしまったは事実。 そのせいで相手の攻撃をうっかり忘れていて右腕部分がザックリと斬られた。 見た目は出血が多くドクドクと流れているが本当の所はそこまで酷くない。 サッ、と応急処置のために紐を取り出すと手馴れた手付きで患部の上を縛る。 物の5秒ほどで処置を済ませるとリュオイルは乱れた息を直しながらもう一度魔族に立ち向かう。 もうここは血の海で染まっていた。 何人の魔族を殺しただろうか。何人、何十人? 倒したかと思うとまた出てきて僕達に襲い掛かって来る。 表情がない彼等には何を言っても反応はない。 死人のように虚ろな瞳。そして生気のない表情。 「―――――――架空沈丁花っ。」 倒してもどこからともなく現れる魔族。 その繰り返しで段々苛ついてくる。 そしてそう思いだした瞬間、冷静さが欠けてしまう。 そうなれば命取りだ。 追い込まれた瞬間に殺されることはよくある。 そしてリュオイル自身もそれを何度も見てきた。 (でも、幾ら僕でもいい加減限度がある・・・。) チラリと後ろを振り返れば苦しそうに息をするシギの姿。 彼から目を離す事無く戦闘をしなければ戦禍が彼に襲ってくるかもしれない。 1つの命をその背に託されている。 そう言っても間違いではないだろう。 (・・・・何とかして、シギだけでも守らないと。) 苦しんでいる彼。 何が原因か分からない以上下手に動かす事が出来ないし、それに逃げようって言っても四方八方海だ。 ここに連れて来てくれたのはシギだが彼は今動けない。 後はミカエルに頼るしか方法がないのだ。 考えにふけっているリュオイル。 その彼が隙だらけである事は魔族達が分からないはずがない。 持っている矢、そして鎌や剣を果敢に持ち直すと形成を変えてリュオイルに突進して来た。 上記の事を考慮に入れると勿論、彼の反応は遅くなる。 槍を構えた途端に無数の矢が彼を襲った。 ザザザッ、と矢が地面に刺さる音と共にリュオイルも反射的に後ろに下がる。 だが反応の鈍さのせいで全ての矢をかわす事が出来ず、掠り傷程度でも痛々しいほどの傷が顔や腕、足に出来た。 彼等の攻撃はまだ止まらない。 次に構える弓使いを前に、今度は鋭利な剣を持つ者が四方からリュオイルを囲む。 およそ5体の魔族が黒き翼を羽ばたかせ、彼の首を今にも斬り落としそうな勢いで近づいてきた。 切羽詰ったような、露骨に焦った表情を見せた彼は地を滑るように走りながら、一つ一つの脅威を突破する。 けれど思っていた以上にこの魔族はしつこい。 動きは人間よりやや鈍いものの、疲れを知らないかのように、すぐに襲い掛かって来る。 1人だけ息を荒げているのが馬鹿馬鹿しく感じるほどにだ。 (くそっ・・・これじゃあ・・・。) ――――――――倒すどころか倒されてしまう。 リアルすぎる想像にリュオイルは吐き気を覚えた。 身体はもう持ちそうにない。 鍛えているからと言ってこの数を相手にして勝つ事なんて皆無に等しい。 シギを守るどころか、自分の身さえも満足に守れやしない。 力を持っているようで、実は持っていない 持っていたとしても、使いこなせていない その結果 守ると言い張っても、結局は守る事が出来ない 愚かな、非力な、ちっぽけな、・・・・人間だ でもどうしても だからこそなのか 力を、求める。 ドクン、と脈打った。 身体が熱い。 同時に、意識が遠くなる。 凄まじい眠気が襲ってきて、これで寝てしまえば確実に死ぬと言うのに。 目の前には、数メートル先には敵がいるのに。 ――――――――意識が、掻き消える。 「―――――――甘ちゃんはとっとと下がってな。」 紅の髪が風に揺れる。 誰に言う訳でもなく、彼は曲げていた姿勢をゆっくり直した。 右手に持っていた槍を左に持ち変え、右手には小刀を素早く装備する。 丁度その時1人の魔族がその鋭利な鎌をリュオイルの首にかけて斬り落とす所だった。 今までの動作が嘘のように彼はその小さな隙間から脱出する。 風を切る音が静かに舞う。 ――――――――――地戒猛然!!!! 彼は迫り来る魔族を一旦その槍で薙ぎ払った後、両手で印を結んだ。 人間業ではないほどの速さでそれをやってのけた彼は、それまで瞑っていた瞼をようやく開く。 空の青さを宿す瞳は少し前の彼とは全く違った。 表情が乏しく、瞳には何を映しているのかさえ理解することが出来ない。 けれどそれがあのリュオイルなのではない、と断定は出来る。 地面が裂けるまでに1秒もかからなかった。 罠にかかったようにどんどん潰されていく魔族を見てリュオイルは唇の先端を少しだけ吊り上げた。 今まで無表情だった魔族達の瞳が大きく開かれる。 まるで、地獄を見るような。 まるで、この世の物とは思えない物を見るかのように。 耳障りなほどの断末魔が風に乗って流れる。 だがそれが完全に掻き消えるまでにそう時間は掛からなかった。 次の獲物を追うような、冷酷で慈悲のない瞳がユラリと空を仰ぐ。 「さぁ、今度はどいつが俺の槍の錆になる?」 クツクツと笑いながらそう言う彼の姿は少し前のリュオイルとは大きく異なる。 凍てつくような視線は魔族を貫き恐怖に陥れる。 口調も、顔つきも、そして武器の構え方全てが違う。 もう1人のリュオイルが現れたのだ。 彼は彼がピンチに陥った時、あるいは仲間が絶体絶命の時などにいきなり現れる。 フェイルやアレスト辺りはもう慣れっこだが、如何せんまだまだ付き合いが短い者達には少々たじろぐ出来事なのだ。 確かにこの二重人格真っ黒リュオイルが破壊的行動をするのではあるが、決して仲間は攻撃しない。 ただ彼に対して批判する者がいたり、もしくわ気に入らない事をされたりでもすれば 彼は躊躇うことも無く赤く染まった槍を向けるだろう。 だがどんな時でもフェイル至上主義なのはいつまで経っても変わらないのであしからず。 「おいおいおい。魔族が俺に怯えてんのか?・・・はっ、相当落ちぶれたもんだぜお前等も。」 嘲笑する彼に普通なら怒りを見せるだろうがこの魔族は生憎感情が無い様子。 彼の挑発もやんわりと無視してお約束のように迫ってきた。 けれどそれに動揺するリュオイルではなく、寧ろ新たな獲物が決まった事を喜ぶ豹のような顔つきで彼等を見下す。 ここに徒人がいれば恐怖で身を竦めるだろう。 あの柔らかな笑みを浮べるリュオイルの姿が思い出せないほど冷徹で非情だ。 敵だと判断した者には容赦無くその鋭い槍を相手に向ける。 仲間になれば心強いが、きっと今の彼はアレストやシリウス達を”仲間 ”などと見ていないだろう。 「リュオイル」が死ねば彼も死んでしまうので仕方が無く出てきている。 その一方で戦いで絶対に手を抜かない律儀な部分もある。 悪く言えば妙に癖のある人物なのかもしれない。 四方八方から向かってくる魔族の群れを目の前にリュオイルはニッと笑って槍を構えた。 余談だが今のリュオイルの技は全て元のリュオイルは使えない。 そして彼もまた、リュオイルの技を一切使う事が出来ないのだ。 何故なのか・・・。それは彼すらも分からないことだ。 けれど強いて言うならば2人の技は言わば陰と陽。 彼が使うものは数こそ少ないが、どれも確実に相手を仕留める事が出来る威力の高いものばかり。 それとは対照的に、威力こそやや欠ける部分があるが幅広い戦闘方法に活かす事が出来るリュオイルの技。 「貴様等全員、この海の藻屑となりやがれ。」 ――――――――鮮水挟撃!!!! 荒れていた海がうねりはじめた。 ゆっくりとだが確実に迫ってくる海水に魔族はまだ気付かない。 地・水・火・闇。といった属性しか使えない彼。闇はあるが何故か光はないのが少しだけ気になる。 水を操る槍技。 元々魔力が低いリュオイルなのだが、この姿の時だけは強いらしい。 何せ自然界の物を操るほどだ。相当の魔力の持ち主で無ければそんな事出来るはずがない。 前線にいる魔族を槍で数人薙ぎ払うと同時に波が彼等を襲った。 その微妙な裂け目にリュオイルは衝撃波を加え得る。 すると面白いほど簡単に魔族は散っていく。 胴を分断される者。手足を引きちぎられるような形で倒れ行く者。 どれもこれも残虐で凄惨だが確実に魔族は倒れていった。 水はこちらの領域には全く来ていない。 地面を見れば濡れた場所と乾いた場所がパッカリと別けられている。 面倒な場合は全部水で呑み込んでしまえばいいのだが、今は後ろにシギがいるためその判断に出たのだろう。 ・・・・そんな律儀な事を彼が考えているか分からないが。 最後の断末魔が消えた途端リュオイルは清々しい表情で一掃された空間を見た。 それまで幾度と無く現れていた魔族は忽然と消え失せ、その死骸は海の中にある。 水面には幾枚もの羽が浮いていた。 所々赤いものが途切れ途切れになりながらも揺れている。 「っち、数はいても所詮雑魚は雑魚だな。」 不満げに漏らす言葉にはかなり棘がある。 前に戦ったロマイラよりは弱いのだと分かってはいたがここまでだったとは・・・。 元のリュオイルは一体一体と対峙していたのであれだけ時間が掛かり更に体力を消耗したが、 広範囲で更に威力の高い技を使っても息切れ1つしない彼はある意味最強なのかもしれない。 不服気に眉をひそませていたリュオイルだったが、東方から来る隠しきれない気配に目をやった。 今のリュオイルと対面した事はないだろうが、身体が反応する。 それが何故なのかなんて馬鹿げた事彼は全く考えない。 理由は簡単。彼は元のリュオイルの記憶をはっきり覚えているからだ。 リュオイルは曖昧にしか覚えていない様子で、しかも重要部分はさっぱり抜けている。 それを考慮に入れるとますます彼が不思議な人物に出来上がってくる。 「ふん。神族の、いや天使の上格か・・・。」 金の長髪の間から見せる風貌は優しく慈愛に満ちた美しい表情。 双子の兄と言われ、今では疎まれた存在となった魔族についたルシフェル。 双子と言っても、顔形は同じでも今はあれだけ違う。 どこでどう間違ったのか。 誰が彼等に何をしたのか。 何故彼等は歪み合っているのか。 ――――――・・・面白い。 虫けら同然の弱い魔族を相手するよりも、この2つの魂の行く末を傍観するほうがよっぽど気が紛れる。 美しいものが互いに歪み合いをするのは傑作だ。 「どちらが真の勝利を得るか・・・。まぁ、俺には関係ない事だがな。」 天界が勝利しても、魔界が勝利しても 俺はこいつが生きていれば何も変わらない。 こいつが死ねば俺も死んでしまうから、死なれるのは御免だ。 それに興味深い人物だっている。 だから・・・・・ 「死んでも『誰かのために命を捨てる』なんて言うなよ、甘ちゃん。」 死ねば、何もかもが、お前自身さえも無くなる事を知っているだろう? 「・・・・・死ぬなよ。」 そう言い残して彼は目を閉じた。 それが誰に向けた言葉なのか。 リュオイルか?他の仲間達か?ミカエルか?ルシフェルか? それとも・・・・。 「・・・・・あ、れ・・・?」 再び目を開けるとそこはさっきまで苦戦していた大陸だった。 けれど数が多すぎてどうしようもない、このまま死んでしまうんじゃないかって思っていたはず。 「あれ・・・何で僕・・・。」 元々両利きだが槍は右手で持っていたはず。 けれど目線を下ろせば右にあるはずの槍は左に持ち直されている。 ついでに言えば苦戦していたはずの魔族がいなかった。 「じゃあ、やっぱりあれは・・・。」 意識が遠のく寸前に自分の声を聞いた。 だがそれは自分さえも知らない凍てついた声色。 暗闇に飲み込まれる瞬間に垣間見た僕の冷笑。 あれが・・・僕? 皆が時々教えてくれるもう1人の僕。 全く逆だ、とは聞いていたけれどまさかあんな風になっているなんて思ってもいなかった。 「―――――――リュオイルさんっ!!」 ふと、少しだけ懐かしい声が聞こえた。 後ろを振り向くと、切羽詰ったような表情のミカエルにアレスト達。 そう言えば彼等を置いたままここに来たのだ。 一応シギが信号を送ってくれたようだが、心配性のミカエルは予想通りの顔つきで現れた。 「ミカエル・・。」 「リュオイル、無事かいな!?」 「あ、ああ。僕は大丈夫・・・・それよりもミカエル!!シギが・・・。」 「シギ・・?」 ハッとしたように焦った声で詰め寄るリュオイルに疑問を感じたミカエルだったが、 彼の焦り様と同胞の名を聞いてその表情は一変する。 促されたと同時に同胞の気配を無意識に辿った。 辿る、と言ってもすぐ近くにいるのだからそんな事をしなくても分かる。 リュオイルの後ろに、それより少し離れた所にだが彼はいた。 地に手をつき真っ青な顔をして荒い息を吐いている。 「シギ!!」 異口同音にミカエルもアレスト達も叫んだ。 すぐさま駆け寄ったミカエルは彼の異常なまでの苦しみ方に眉をひそめた。 「・・・・これは。」 「分かるのか?」 人間ならまだしも天使の病はシリウスには分からない。 例え分かったとしてもそれを治療する力は彼にはない。 「ミ、カエル・・?」 「シギ。貴方魔力の反発内に近寄りすぎです。フェイルさん以外にもここに誰かいるのでしょう?」 「は、は・・・。分かって、るけど・・・俺じゃ、どうしようも・・・ねぇの。」 同胞の気配に何かが緩和されたのか、さっきよりかは幾分ましな様子で顔を上げた。 声もはっきりと聞き取る事は出来ないが大方予想がつく。 「ミカエル。んな事言われてもうちら分からへんのやけど。」 確かにそうだ。 2人で意気投合しているところ悪いが如何せんこちらは人間。 神族言語で言われても尚更分からないので出来るだけ詳しく教えて欲しいものだ。 ・・・と言うのは建前で本当はシギの容態が心配で心配で仕方が無い。 いてもたってもいられなくなる衝動を何とか堪えているがそれも限度がある。 最近の仲間達は怪我をしたり瀕死に陥ったりと悪い意味で多忙だ。 「シギは、取りあえず今は心配ありません。  ただこのまま長時間ここにいるのは不味いですね・・。下手をすれば死を見ます。」 「え!?死ぬのシギ。」 「・・・勝手に殺すなよ。」 苦しげな声にはまだ幾分か余裕がある。 だがそれがいつまで持つだろうか。 人間よりは明らかに健康で病気にかからない天使だが、逆に彼等にしかかからない病には人間には全く通用しない。 天使は聖気か、あるいはそれに匹敵する力を持つ神の傍にいなければ長く生きる事が出来ない。 下手をすれば人間の生きる寿命よりも短い場合もある。 けれど例外がある。 同等の神の力を持つ者がとある事故でその力を奪われた場合。 それは同族に渡ればまだいいが、その力と相反する者に奪われると全ての形成が逆転する。 人間より強いが神より弱い天使。 天にいながらも地の間に挟まれながら生きている彼等にも、どうやっても治す事の出来ない弱点がある。 それが、魔力と魔力のぶつかり合い。 同じ神の力が何者かの手によって相反された時に起きる現象。 この強すぎる魔力は天使にはかなりの毒なのである。 近くにいればいるほどそれは強さを増すわけであって、そうすると自然に天使が身動きがとれなくなる事が分かる。 それが今シギに起きている。 今はミカエルがいるおかげで緩和されているが、それがいつまで持つか・・・。 「ちょっと待って。それじゃあどうしてミカエルは平気なの?」 尤もらしい質問だった。 アスティアの疑問に賛同するようにメンバーはぐるりとミカエルの方を向く。 一斉の視線を受けたミカエルは少しだけ困ったような表情をしながらも綺麗に笑った。 「私は、大天使ではあるんですが神に近い者ですから。免疫は神とほぼ同じだと伺っております。」 ミカエルとルシフェルは最高峰の天使だ。 そのうちルシフェルは堕ちたが、まだミカエルが残っている。 天使の中でもたった2つしか存在しない最高峰の者。 本来ならば1つのはずなのだが、奇跡と言おうか、双子の天使がこの世に生を受けたのだ。 今彼が言った様にミカエルは神に近い存在。 だが神ではない。天使だ。 その力が神に敵うことも、そして天使に追い抜かされることもない。ある意味中途半端な存在。 それでも他の天使に比べれば明らかに強いと言う事は分かっている。 「そう・・。」 少し納得しきれていないアスティアだったが、ここで彼を咎めても何にもならない。 天界の法則は人間には到底理解できないし勿論介入する事なんか出来るわけがない。 所詮、弱肉強食の世界なのだから。 「だが根元の原因が分からない以上どうしようもない。一体どいつとどいつがその力の渦を引き起こしているんだ?」 どいつ、と言わなくても片方は既に分かりきっている。 フェイルだ。 今ここにいないのは彼女だけ。 そして、気配で分かる。あの隠しきれない強い神気。 地上で旅をしていた頃は全く感じ取れず、そして知らなかった。 全ては覚醒してから始まった。何もかも、まるで掌で踊らされているように淡々と。 「フェイルさんです。もう1人は、恐らく魔族の1人。ですがルシフェルではありません。」 ルシフェルは禍々しくながらも気品のある気配を漂わせる。 伊達に数百年大天使をやっていたのだ。その身に香る神族の気配は消すことは出来ない。 だが今この空間に流れるのは完全に負の気配。 聖なる気と魔の気がぶつかり合い絡み合っているが、どう考えてもこれは違う者の仕業だ。 それもかなりたちの悪い。 フェイル達はそう遠くにいない。 ・・・だが近いとも言えない。 翼を持つミカエルならばその場に飛びたつ事が出来るが今はシギが緊急事態に陥っている。 早くフェイルを探して天界に戻らねば彼が危ない。 自分の気配で緩和させていると言ってもやはり限度がある。 (けれどこのままでは・・・・。) 気丈に振舞っている彼だが勿論無茶をしているからだ。 長い付き合いなのだからそれくらい分かりきっている。 だがだからこそ。だからこそ心配でたまらない。 皆優しいから自分を犠牲にしてまで平気な顔をする。 それがどれだけの人を不安にさせているか、彼は分かっているだろうか。 リュオイルもアレストもシリウスもアスティアも、そしてミカエルも皆心配だ。 「おれ、は・・・平気だ。お前達・・・はフェイ、ルを・・・・。」 ――――――――・・・・頼む。 「何アホみたいなこと言ってんねんっ!!  死ぬような事言うなや!!あんたは、あんたは生きてるんやから・・・。  フェイルの心配せんでもうち等があの子探しに行くっ!!!」 頼む、なんて言うな。言っちゃいけない。許さない。 命を捨てるように、これから死ぬような事を言うな。 その何気ない一言で、不安になる。悲しくてもどかしくて、辛い。 「そうね。あんたがそう簡単にくたばるわけないなんて承知の上だけど、今のは問題発言だわ。」 相変わらず毒舌を吐くアスティアは彼女らしいが明らかに非難がましい目でシギを見下ろしている。 出会った当初よりは見違えるほど優しくなっているがそれは仲間にしか分からないほどの変化。 何も知らない一般人が見れば、先の発言に対して冷ややかな視線を送るだろうが実際の所彼女は変わった。 優しい眼差しで娘を見てきたような、そんな娘の成長を影から見ていたような、 あり得ないが父親のような心境になるのは俺だけだか? 相変わらず身体は悲鳴を上げている。 肉体的にも精神的にもそろそろ限界を見せている。 けれど、けれど彼の性格上なのか、シギは苦しそうな表情をしながらも真っ直ぐ彼等を見据えて笑っていた。 気丈に振舞う。いや、実際の所は本心なのだろうが、その表情はやはり見ている側が辛い。 ただどうしても「ごめん。」と謝りたくなる衝動が襲ってくる。 そんな事を言えば彼は困った顔をして笑ってくれるだろう。 だからこそ、彼を戸惑わせるような言葉は言いたくない。 「・・・とにかく、貴方は早々天界に戻るべきです。  私が移転魔法を唱えますからそれに合わせてください。  後は天界にいる天使達に任せましょう。シギの姿を見れば言わずとも分かるはずです。」 それを聞いたシギは露骨に嫌そうな顔をした。 確かに彼がこのまま引き下がるわけないと思ってはいたが・・・・。 「シギ。ミカエルはお前の事が心配でああ言ってるんだ。  彼だけじゃなくて僕等だってお前の事を心底心配しているんだぞ。」 ――――――これ以上、特にミカエルに迷惑をかけるな。 そう言いたげな視線を受けたシギはぐぐっ、と黙りこんでしまう。 確かに、リュオイルの言っている事は一理ある。 本来ならば天界にいてこれからの戦争のために体勢を整わなくてはならないのに、 自分達の監視をするために彼は付いて来た。 「気にしていませんよ。」と笑って言うだろうが、こっちの方が申し訳ないと思ってしまうではないか。 ミカエルはそういう奴だ。 ・・・・・・以前聞いた事がある。 (お前って、嫌いなものあるのか?) (嫌いなもの・・・ですか?) (あぁ、何でもいいぜ。季節でも物でも人でも何でも。) (・・・・そうですねぇ。) こいつ、なんて言ったと思う? 普通は暑い夏が嫌いだ。とか、注文の多い○○神が嫌いだ(あるいは苦手だ)とか 虫が嫌いだ。とかそういう例が上がるはずだ。 ・・・・・でも。 (私は、シギや皆が死んでしまうことが嫌です。皆に生きて欲しいと願っています。) 如何にも天使の微笑み、と言うやつでこいつは笑ってそう言った。 もっと違う答えが出ると思っていたのに。 と言うか、こいつが普通じゃないってのは知っていたんだが・・・・。 健気と言うか慈悲深いというか何と言うか。 とにかく自己犠牲タイプだからこっちの大天使どもは困り果てている。 こんな奴が最高峰の天使でいいのか!?と疑いたくなる。うん、それは俺もよ〜く分かる。 だけど、根が優しいのがまるっきり分かっているから支えたいと思った。 だから俺達大天使や他の天使達は誘導者であるミカエルに付いて来ている。 辛い共に痛みを分かち合い、苦しい時は共に支え合おうと。 それが俺達の天使内で出来たちょっとした条理だ。・・・こいつは知らないけど。 「・・・納得してくれたようですね。」 どんな答えが返ってくるのか・・。 少しだけ緊張していたミカエルは肩の力を抜いた。 いつもなら意地になってでも食いついてくるのに今日は珍しい。こんな事もあるものだ。 「――――――――いや・・・、待てミカエル。」 シリウスの泰然とした声が響いた。 平坦な声色だがそれは堅い。 彼の視線は海だった。 暗く揺れる波は何処までも続いている。 目を凝らして見てもそこは相変わらずの水平線。 変わったものは、特に見られない。 「・・・いんや、確かに何かが・・・。」 シリウスに賛同するようにアレストが構えながら海を凝視した。 まさか魔族の生き残りか? いや、でもそんな小さな気配ではない。 もっと大きな、そしてそれは表現できない何かで覆われている。 「――――――っ下だ!!!・・・アレ、ストっ!!!!!」 「!!?」 シギの怒声のような声が響くと同時に地が割れた。 最初は地響きから、そして激しい揺れに変わりついには地面が裂ける。 ―――――ドオォォォォォォォオオンッ!!!!!! 「――――なっ・・・・。」 衝撃に耐えられずその場に手をつく。 だがそんな事をしているうちに地面波どんどん盛り上がっていった。 仲間からどんどん離れていくアレストにシリウスは叫ぶ。 「飛び降りろっ!!!」 「な、な、な、な、何言ってんねん!!!!  うちが死ぬやろがーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 「馬鹿野郎!俺が受け止める!!」 「・・・・・・・・・・受け止めへんかったらあの世に逝っても呪ってやるーーーーーーーーー!!!!」 とりゃっ!!と勢いを付けてアレストはシリウスに向かって飛び降りた。 下でシリウスは着地する的確なポイントを探しながら右往左往していた。 しかも上を見てなのだから少しバランスが悪いようにも見える。 ―――――ドサっ!!! 「アレスト!!シリウス!!!」 倒れこんだ2人にすぐさまリュオイルは駆け寄った。 4メートルほどある高さとその勢いと(・・・後は彼女の体重によるが)それに耐え切れなかったシリウスは アレストの下敷きになっていた。 不幸中の幸いかアレストには傷1つない。 だが着地直後に尻餅をついたのか痛そうにさすっていた。 「たたた・・・・。何やシリウスあんた見掛け倒しでひ弱やな。」 「お前が、重いんだよ。」 「何やて!!?」 爆弾発言に顔を真っ赤にして抗議するアレストに慌ててリュオイルが止めに入った。 既にシリウスの首を掴んでガクガクと揺らしている。 身体を張って助けてくれたのにあまりにも可哀想だ。 「ま、待ってアレスト。今はそんな事で喧嘩してる場合じゃないだろ!?」 アレストのいた場所は既に地面が盛り上がっており非常に危険な状態だ。 それにまだ地響きは続いている。 一体どこで何が起きているか分からないが彼等にとって良い事ではないのは明らかだ。 それを聞いてもまだ不服なのかアレストの表情は渋い。 怒鳴ってでもして止めさせるべきだが、それをする前にアスティアが 何処からともなく出してきたハリセンで彼女の頭を軽やかに殴った。 スパンッ!!と乾いた音が木霊すると同時にアレストの悲鳴ならぬ声が聞こえた。 「ったぁ〜。・・・何するんやアスティアーー!!!」 「しっ!!煩いわよ。」 抗議しようとしたがあっさりとかわされる。 変わりに返ってきたのは真剣なアスティアの表情だった。 そのただならぬ雰囲気にやっと顔を引き締めたアレストは彼等が見据える海面に目をやった。 「・・・・・何かが、近づいてくる。」 それも考えられぬほどのスピードで。 しかも、それは海面でも空でもない。 「まさか、海中から?」 興味からなのか、危険と分かっていながらもアレストは海面を身を乗り出して除いた。 さっきの衝撃からなのか生憎魚は1つも泳いでいない。 代わりに見えるのは濁った海水だ。 茶褐色を帯びた砂が埃のようにそれは水中で舞い上がっている。 (・・・・・?) 「おいアレスト。」 危ないから戻れ、と言う声も聞こえないのか真剣に水を見入っていた。 「アレスト?」 流石に不審に思ったのかすぐ傍にいたアスティアが彼女の肩に手を置く。 それに一瞬反応したようだが、何かにとり付かれた様にジッと海水を凝視していた。 (何や・・・何かの気配が・・・・。) 視線を逸らす事が出来ないほどそれは冷たかった。 そして何かが絡みついているように動く事が出来ない。 これは視線だ。 覚えのある、忘れられないこの感覚。 けれど邪魔をするのは広大な海とその波音。 海面に吸い込まれるようにアレストはもっと近づいた。 あと数センチで顔は海水によって濡れてしまうほど、それほど近く。 それと同時に海面が揺らいだ。 砂埃に覆われていた海面は一気に透明な水になる。 けれど、そこで見たものにアレストは驚愕した。 「うひゃあぁぁぁああああっ!!!!」 顔面真っ青になりながら後ずさりするアレストにアスティア達は不審そうな顔をした。 けれどあのアレストの慌てように全員警戒する。 何を見たのかは近づかない限り分からないが、どうやらあまり喜ばしいものではない様子だ。 暫く唖然としていたリュオイルだったが、アレストは「アワアワアワ・・・・。」と 何やら不可解な事を喋っているので使いようにならない。 彼女が驚愕するほどのものが海にある。 覚悟を決めたリュオイルは固唾を呑み込んで少しずつ海に近寄った。 その後ろで仲間達が心配そうに視線を送っているのが背中越しで分かる。 「・・・・・・・。」 立ったままでは分が悪い。 そっと地に手をつくと、恐る恐る彼は海を除きこんだ。 「――――――――っ!?うぁっ、あぁぁぁああ!!!!!!、」 何かを叫ぼうとした途端、リュオイルは何かに手を掴まれ海に引きずりこまれた。 すぐ傍にいたアスティアが咄嗟に逆の手を掴むが、引く強さに負けて座り込んでしまった。 ―――――――バシャンッ!!!! 「リュオイルっ!!!!」 我に返ったシリウスは急いで吸い込まれた場所まで駆け寄った。 リュオイルは大分沈んでいるが、その紅の髪はそうそう消えない。まだすぐ下にいる。 だがシリウスが目を見開いたのはその事ではなかった。 「―――――ロマイラ・・・・!?」 リュオイルを引きずり込もうとしていたのは、水面でにたりと笑っているロマイラの姿だった。