急がなければ 彼等の元に 帰ると決めたあの場所に ■天と地の狭間の英雄■ 【八方塞がり】〜ロマイラ〜 ―――――――ゴホッ・・。 苦しさで、口が開いた途端気泡が上に昇る。 それは大切な酸素だと言うのに、もう後僅かだと言うのに。 リュオイルは掴まれた右腕足を再度凝視した。 血が通わなくなるほど強く握られたそれは小さな手。 けれど、その正体が分かれば問答無用。 ・・・と言いたいところだが引きずられた衝撃で愛用の槍は上にある。 振り解こうにも、発端である彼女、ロマイラの掴む力が半端ではないので振り切る事も出来ない。 除いた途端、にたり、と笑った彼女の姿を見た時はそれはもう本当に驚いたが、 海の中に連れ込んでくれたおかげで放心状態からは解放された。 だがそこで納得するわけにいかない。 何しろこっちは自分の命がかかっているのだ。 訓練を一通り受けていたため、息を止める長さは一般人より長いが、それももう限界に達する。 とにかくロマイラから少しでも離れなければ。 そう思い、リュオイルは僅かな力を振り絞って抵抗する。 なすがままにされていればどんどん深海に連れていかれそうで恐ろしい。 と言うよりも魔族は海の中に入れるのか? いや、それ以前に羽があるのに濡れて身動き取れなくなるんじゃないか? 消えかかる意識の中、リュオイルは懸命にこの場をやり過ごす手段を考えていた。 残された酸素は、残り僅か。 「何故こんなところにロマイラが・・・!?」 大剣を構えたままシリウスは立ち竦んでいた。 他の仲間達も各々の武器を構えているが、動きたくても動けない。そんな状態だ。 さっきより沈んでいるが下にはリュオイルがいる。 彼が沈んでまだ差ほど時間は経っていないが、彼の体力を考えるともう時間はない。 「ど、どうするんや!? リュオイルがおるさかい、無闇やたらに攻撃出来へんし・・・。へ、下手したら死んじまうで!!?」 ミカエルに任せるべきか・・・・。 いや、そうするとシギの容態が更に悪化する。下手にミカエルを使う事は出来ない。 だが、ならばどうすればいい?このメンバーは殆ど接近戦。あるいは後方からの支援だ。 アスティアの弓なら・・・・。いや、駄目だ。 海中では弓矢は真っ直ぐ飛ばない。人質のようにに取られているリュオイルに当たるのが落ちだ。 ならば、誰かが海の中に入るか? いやそれも出来ない。 大剣を持つシリウスはその重みで振り回すどころか一緒に沈んでしまう。 アレストは、例え武術に長けていても水中では不利だろう。返り討ちに遭う。 見事に八方塞がりだ。 「冗談じゃないわ。このままだと・・・。」 あれこれ考えているうちにリュオイルの体力は削ぎ取られていく。 彼が海に引きずりこまれて既に2分以上は経過している。 普通の人間なら、もうここでアウトだ。助からない。 だが彼は軍人だ。まだ助かる見込みはある。 後は、残された仲間達の知恵をどうにかするしかない。 「ミカエル・・・俺に、構わず・・・あいつを、助けてくれ。」 「シギ?」 「俺はこんなんだし、あいつらは、どう足掻いても・・・む、りだ。後はお前しかいない。お前に、しか出来ない。」 「しかし、それではシギが・・。」 何を言っているんだ、とでも言いたそうにミカエルは痛々しく目を細めた。 今ここを離れれば明らかにシギの容態は悪化する。 悪化するどころじゃない。 限界値にまでほぼ達しているシギの体はもうここでは持たない。死んでしまう。 「俺に・・・構うな!!い、いからあいつを、リュオイルを・・・。」 『助けてくれ・・・・。』 そう言いたかった。 けれど、彼の声は突如襲う波と風の音で掻き消された。 海水が強風で煽られ、その冷たい水が頬に当たった途端今まで朦朧としていた意識がフッと蘇った。 少しずつ視界が鮮やかになっていく。 あまりの強風に目も開けていられない状態だが、それを必死に堪えてシギは前を見据えた。 ザワザワと胸騒ぎがする。 これは何だ?一体、何が起こっている。 「・・・・・この、気配は・・。」 覚えがありすぎる。 だが、少し前とは違う強すぎる力の気配。 何故、ここまで・・・? 考えはそこまでで止まった。 疾風の如く走り去った風は海を切る。 ザアァァァアアア、と言う音をたてながら天に向かって水柱が昇る様子を、シリウス達は呆然と見ていた。 水柱で出来た1つの道。そこから何かが勢い良く近づいて来る。 状況がまだ良く呑み込めない中、とにかく最優先にやらねばならない事を思いだしたシリウスは、 リュオイルが引きずり込まれた海辺に近寄った。 と言っても先ほどの水柱のおかげでそこは既に地表を見せている。これで彼も体内に酸素を取り入れる事が出来る。 「おい無事か!?」 叱咤するような声で叫んだそれに、他の仲間達もハッとしたように振り向いた。 既にシリウスは身を乗り出している。リュオイルを見つけたのだろうか。 だがそれにしては、彼にしては焦っている様子だ。 何せリュオイルが掴まっている相手はあのロマイラだ。 下手に動けばあの恐ろしい鎌で首を刈り取られるに違いない。 後ろの方ではアスティアがいつでも射れるように構えていた。 アレストもいつでも飛び出せるようにナックルを付けている。 「・・・ゴホッ!!ゲホゲホ!!!」 下の方から誰かの咳をする声が聞こえた。 かなり苦しそうだがこの声はリュオイルに間違いないだろう。 生きていた事には嬉しさを感じるしそれ以上の事はないのだが、さっきから動く気配がないロマイラが あまりにも不審すぎる。 飛び出したい衝撃を抑えて、シリウスはそっと下を除いた。 ―――――――が・・・。 「あぶ、な・・・・・後ろだ!!!!!」 咳き込む声と苦しさが混じった声がシリウスの耳に煩く過ぎった。 それと同時に皆が一斉に振り返る。 シリウスは下を除いた後、短く舌打ちをしながら勢い良く後ろ側を走り出した。 あっという間の出来事だったので誰もが彼の速さに目を疑った。 こんなに守備良く行動出来るなんて・・・。流石と言うか何と言うか。 そのまま振り返る事無く走り去ったシリウスの前には海から飛び出したロマイラの姿があった。 身体も翼も何もかもが海水で濡れている。 普通ならそれだけで既に動けない状態のはずなのだが、タフと言うべきか彼女はその冷笑を崩す事無く、 血に飢えた鎌を振りはじめたのである。 「折角皆まとめて血祭りにしてあげようと思ったのにぃ・・。ちぇー、残念〜。」 言葉は非常に残念がっているが、どう見ても彼女の表情は明るい。 獲物を見つけたような飢えた瞳は人間である彼等の心中を貫く。 徒人ならここで泡を吹いて倒れるか硬直して動けないだろう。 勿論、シリウス達が余裕ぶっているのか、と聞かれれば答えはNOだ。 脂汗をにじませてロマイラの様子を伺っている。 下手に反撃すれば彼女の持つ翼が速さを強め、人間である彼等はそのスピードについていけなくなるのだ。 「何であんたが、こんなところに・・・!?」 飛んでくる鎌を上手く除けながらアレストは足から起こる震えを抑えて彼女の瞳を見つめた。 小柄で、如何にも少女の姿をしているロマイラはその身体に似合わない力を持っている。 人を紙くずのように斬り捨て、無残な殺しをする切り裂き魔。 悪名高い彼女の名は天界でも隅から隅まで知られている。それほど危険人物なのだ。 何しろかつての力天使アレスを殺し、それを喰った魔族の女。 天界からは勿論忌み嫌われているが、魔界の中でも評判は悪いらしい。 「あたし〜?あたしはねぇ、お仕事だよアレストちゃん。 あんた達をザックザクに切り裂くのが今回のあたしのお仕事〜。凄いでしょ〜〜?」 スパンッ、と音がすると共に血色に染まった鎌が彼女の元に戻ってきた。 誇らしげに胸を張る仕草は、もっと平和的な言葉を言っていれば可愛い、とまでは言える。 だが今はそれが恐ろしい。まさに悪夢だ。 正直言ってこのメンバーで対応してもロマイラに勝てるか分からない状況だ。 シギが本調子でミカエル」が動けたら問題ないだろうが、今は状況が悪過ぎる。 リュオイルも未だ陸に上がってこないしフェイルはいないし・・・・。 「全く。どうして人手不足の時にこういった厄介なものが出てくるのかしら。」 ボソッ、と呟いたアスティアの言葉に一同心の中で賛同したのは言うまでもない。 彼女の声がロマイラには聞こえていたはずだろうに、ロマイラは気分を害す事無く相変わらずニタニタと笑っている。 これから起こる殺戮が楽しみなのか、今にも舌鼓しそうな勢いだ。 少女の姿とその行動のギャップが激しいので一同ついていけていない。 「まず誰からが良い〜? ご希望があったら特別に、楽にすぐに殺してあげるよ。」 「・・・・・ここで手を上げた奴は骨の髄まで馬鹿だな。」 呆れた様子で溜息を吐いたシリウスは気を取り直して大剣を持ち直した。 悪態を吐かれながらも平気そうな顔をしているロマイラだが、 よくよく見ると唇の先端が徐々に釣り上がっていっているし目も据わりはじめている。 茶番は終わりなのか、それともこれが彼女の本当の姿なのか。 その一方で、未だ海に沈んだままのリュオイルをミカエルはせっせと助け出していた。 シギはやはり動けない状態なので岩を背にもたれかかっている。完全に観客状態だ。 だが彼には深い傷がある。 友人を喰った相手が今まさに目の前にいると言うのに、動くことすら出来ない。 その怒りと苦しみとやるせない心に彼は顔を歪ませていた。 「大丈夫ですかリュオイルさん。」 「・・・と、とりあえず何とか・・・・。」 げっそりとした表情で深い溜息を吐いたリュオイルは、少し離れた所にいる仲間達に目をやった。 ポタポタと髪の先端から海水が零れ落ちる。 ベトベトして気持ち悪いし、何せ服が水を吸ったおかげでかなり重いのだ。 普通ならこれで動きにくくなるところだが、鍛えていたリュオイルの身体なら問題ない。 「あれ・・・槍がない。」 きょろきょろと辺りを見回すが自分の武器がない。 おかしいな、と思い隈なく探すがやはりなかった。 「ほら、これだろ。」 ポイッ、と。 ゴミを捨てるような軽い感覚でシギはリュオイルの武器を投げた。 岩を背に、似合わない表情で彼は苦しそうに笑っている。 本来ならばシギ自身が、あの憎きロマイラを倒したいはずなのに、彼はそれを寸前の所で止めている。 呆然とするリュオイルを前に、シギは呆れたように笑った。 「・・・俺の分まで戦ってこい。ただし・・・・死ぬんじゃ、ねえぞ?」 「シギ・・・。」 きっと、らしくない顔で微笑んでいると思う。 上手く笑えているだろうか。 そんな事を考えているうちに段々シギの顔色が変わっていく。 ―――――――・・無理をしているのだ。 仲間の中では誰よりも年長者で、そして少なからず彼等より利口だろう。 時々馬鹿げた事を言うが、それでも本番には強い大天使。 伊達に何百年生きていないのだから、リュオイル達の考えている事なんてお見通しだ。 「・・・・ごめん、ごめんシギ。」 やり切れない想いを胸にリュオイルは走り出した。 走り去る際に見せた苦虫を噛み潰したような顔が忘れられない。 リュオイルは心が揺らぎやすい性格だ。 それでよく将軍が務まったな、と思わず突っ込みたいところだが、あの時の彼と今の彼は違う。 大きく、変わった。素直になった。無邪気になった。 彼を変えたのは他でもない仲間達のおかげだ。 旅をしてかなりの日数が経過する。一々数えていないが、もしかしたら一年はとうに超えているのかもしれない。 休む事無く歩み続けて、新しい大地を踏みしめて、知らなかった知識を脳裏に焼き付けてきた。 時が経てばまた1人、また1人と仲間が増えていった。 過去を振り向けば、この出会いは偶然ではなく必然ではないか、と錯覚しそうになる。 だが、どちらにしても別れは来る。 運命的な出会いをしても、必ず離れるのだ。仲間と言うものは。 その瞬間は、もう目の前だ 例えどんな結末になろうとも 例え、全員が生き延びても 例え、たった一人だけが生き延びても 例え、何もかもが消滅しても 結果的に、それが別れだという事に変わりはない 「いっくよーーーーーーーっ!!!!!」 冷笑した後ロマイラはさも楽しそうに鎌を振り下ろし始めた。 これからが本番なのか、まるでショーを楽しむかの如く彼女は舞い始める。 だが凶器は鎌だけではない。 ロマイラがそれを振り下ろす度に、風が唸り無数の刃が生まれる。 そんなものに少しでも掠れば出血は免れる事が出来ない。 1つの風刃は連鎖しているかのように追いかけて来る。 だから一つでも掠ればとんでもない目に合うのは目に見えているのだ。 ・・・・いい例のように一つの風刃がアレストとアスティアを追っている。 「はあぁぁあ!?あんなんありかいな!!!」 「魔族だからありじゃない?」 「なんっちゅう理屈な!?」 あぁ、つい癖で突っ込んでしもたわ・・・・。と肩を落とすアレストを他所に、 アスティアは涼しい顔をして幾つ物風刃を避けていた。 その一方でシリウスは自分の武器が大きいのと重いせいで彼女達のように軽やかに動く事が出来ない。 よって、一つ一つの風刃を上手く弾き返さなければならない。 それでもそれが全く苦ではないのか、彼も平気そうな顔をして次々それを薙ぎ倒していっていた。 「あはははっ!!逃げてばっかりで馬鹿みたい。さっさと死んじゃいな、よ!!!!」 「させないわ!」 ―――――――――――不知火!!!! 炎を纏った矢がロマイラ目掛けて放たれた。 2・3本ほど矢を撃つと、アスティアはステップを踏むかのように後ろに下がった。 後ろで待ち構えていたアレストは、一気に前に出る。 「いくでーーーーっ!!――――――透過桜花乱っ!!!!」 タンッ、と地を蹴ると、舞うようにアレストは跳んだ。 右手でロマイラの首を掴み勢いをつけて地面に落下させる。 だが一周してきた鎌を握りなおしたロマイラは、今度は形勢逆転のようにそれでアレストを振り落とす。 それなりの高さから振り落とされたのでアレストは体勢を立て直す事が出来ない。 それを狙ったかのように、ぐるりと反転したロマイラは、端整な顔を醜くく歪ませて笑った。 「つーかまーえた〜。」 「―――――――っ!?」 身動きも出来ないほどの速さでロマイラはアレストの首を掴んだ。 子供の身体で、そしてその細い手には考えられないほどの力が込められている。 地面に落下する前に、絞め殺されそうなほど彼女の握力は強い。 顔色を真っ青にしても声が出せない状態なので、今まさにアレストは絶体絶命だ。 「――――――紅蓮剣!!」 左端からやってきたのは、これまた炎を纏った剣。もとい大剣。もっと詳しく言えばシリウスの武器。 遠距離からの攻撃で、尚且つ威力の高いそれはロマイラの足を掠めるとブーメランのようにシリウスの手に戻った。 酷く痛そうに顔を歪ませたロマイラは、熱さに耐え切れなかったのかアレストの首を掴んでいた手を思い切り離し、 視線だけで殺せそうな眼力でシリウスを睨み付けた。 アレストは自由になったものの、重いきり投げつけられたのであまり高さが無かったと言っても無傷ではないだろう。 背中から倒れこんだのは日頃から反射神経を鍛えるために修行しているせいか、 むせ返りはしたが、その声ほど大した様子は無さそうだ。 「〜〜〜〜っ!!!!何すんのよー!!熱いじゃない!!!」 「炎だから熱いに決まってるだろ。」 「何よ何よ何よ!!! 弱いくせに、自分1人守れない馬鹿な人間のくせにあたしの邪魔しないでよっ!!!!!」 「悪いが、俺は良い所取りが得意な方なんでな。ボサッと他所見してるとその首跳ねっ返すぜ。」 「キィィィィイイっ!!!許さない!! あたしを、あたしを侮辱するなんて許さないんだから!!!!!」 目の色を変えたロマイラは殺気立たせてシリウスに突っ込んだ。 確かにロマイラは強い。 だが、その単純且つ短気な性格は裏を返せばこちらが有利にとれる場合もあるのだ。 そのタイミングが未だ見つからないが、このまま挑発し続ければ必ず盲点が出て来る。 人間でも魔族でも神族でも何でも、必ずミスを犯す。 ―――問題はそのタイミングまでの時間差だ。 はっきり言って長時間、狂者を相手にするほど自信はない。 時間が多くなればなるほどその確立はどんどん低くなるのだ。 例え全員でかかったとしても、倒せるか否かこの時点では分からない。 それでも 剣を構え、振るわなければ 「――――――旋空烈火!!」 見境無く攻撃するロマイラの技を上手く避けながらシリウスは大剣を軽やかに使いこなしていた。 それからやや遅れてアスティア達の加勢も入る。 「後ろから失礼っ!――――緋泉崩落!!!」 「――――風月華!!!」 大地を裂く音と風を切る音が同時に発生した。 見事なタイミングで混ざり合ったそれは、そのまま威力を増し続けてロマイラに襲いかかった。 「どけえぇぇぇえっ!!!」 暴れ馬の如く突進して来たのはずぶ濡れ状態のリュオイル。 それでも尚彼の真紅の髪は、その威圧感が衰える事なく映えている。 それを待っていました、と言わんばかりのスピードで後ろに引いたシリウスは、 リュオイルが前に出たと同時に彼に続いた。 ―――――天意鳳仙花!!! ゴゥッ、と炎を巻くようにして彼はロマイラに近づいた。 頭に血が昇っていると言っても伊達に魔族をやっている事はある。 脇腹に掠めた程度ではあったが、確実に急所を外し、自慢の黒と白の対照的な翼を羽ばたかす。 「くっ!!!何で、リュオイルちゃんがいるのよーーーっ!!!!」 突如襲ってきたリュオイルの攻撃に驚いていたロマイラだったが、それが誰の物なのかを察知すると、 今まで込み上げていた怒りを彼にぶつけた。 水を含んだ服はかなり重い。 ロマイラの鎌が目の前に来るまで気付かなかった彼は、ハッとしてそれを避けようとする。 だがそれに気付くのが遅すぎて、完全に避け切れる事が出来ない。 「邪魔をするな。―――――無双天結!!!!!」 体格の良い身体をロマイラにぶつけると、自然と彼女は仰け反る。 短い悲鳴を聞いた直後、彼は彼女の胴体を目掛けて大剣を振り下ろした。 一瞬顔面蒼白になったロマイラだったが、不自然にニッと笑うとその大剣を鎌で弾き返した。 キィィィンッ、と金属音の独特な甲高い音が響くと同時にシリウスの剣が彼女の鎌によって飛ばされた。 「―――――ちぃっ!」 僅かに動揺しながらもその瞳は飛ばされた剣ではなく今にも斬りかかりそうな勢いで来るロマイラに向けられていた。 プライドを傷つけられ、しかも短気と言う損な性格の彼女は完全に怒り狂って我を忘れてしまっている。 自分の分身と言っても過言ではない、手馴れた武器を失ったシリウスは慌ているどころか 冷静に目を細めて、少し痙攣している腕に力を込めた。 剣を握る前から、基礎程度に武術の訓練はしている。 勿論毎日毎日修行を欠かさない専門的なアレストには劣るが、一般人よりは並以上に出来る自信はある。 ・・・腕は、下手をすれば1本あの鎌に刈られるかもしれない。 けれどそれでも、これで敵に致命傷を負わせれるのなら腕の1本や2本持っていけ。 守るためならば、幾らでもこの身を捧げようではないか。 「「シリウスっ!!!」」 アレストとリュオイルの声が異口同音した。 その先でアスティアがロマイラに弓を射る。 だが、あと数メートルというところで届かない。 『 降り差さん 嵐に見舞われし其の光を やがて天空から下りし神々の力を今ここに集めよ 』 ―――――――アグライナ!!! カアァァァァァァァアアア、と天から光が落ちだした。 燦々と流れる鮮やかな光はロマイラを一点に集中している。 その聖なる光に包まれた彼女は、操り人形のように一度跳ね返ると一斉に苦しみだした。 いきなり現れた光に驚いた一同だったが、聞き覚えのある声に皆嬉しそうな顔をして振り返った。 「フェイル!!!」 最初に声を出したのはアレストだった。 その後に皆口々に彼女の名を呼んだが、振り返った瞬間皆同じ様にギョッとしていた。 それもそうだろう。 何故なら今まで地に足を付けていた彼女が浮いているのだ。小さな背に大きな翼を持って。 少し前から彼女だと思われる気配がしていたとは分かっていた。 だがどこにいるのか分からなくて、少々困惑していたのだ。 「ロマイラ、これ以上皆を傷つけるのは許さない。」 「ぐ・・・ぅ・・・。何で、なん、であんたがここ・・・に!?」 弱弱しく紡がれる言葉に迫力はない。 だが目だけは一人前と言おうか、勝ち気で慄然とした瞳は相変わらず強い力を持っている。 鎌を握ろうとするが、彼女にとって忌々しいこの光は邪魔で他にならない。 震える両手を地面につけ、彼女は深く深呼吸した。 この怒りを神々しく立つフェイルに投げつけたいが、如何せん肝心の身体が動かないのだ。 ぎり、と奥歯を噛みしめた途端血生臭い味が口内に広がる。 ロマイラが最も好む匂いだ。 血の匂いは、何故か心を落ち着かせる。 欠けた冷静さをこれで補う事が出来るのだ。 「あんたは・・・あいつに、ソピアに殺されてたんじゃないの!? 何で・・・なんであんたがここに・・・。」 「私は、私はまだ死ねない。どんな事があっても、私にはまだ生きる使命がある。」 この戦争を終わらせる義務がある。 1人の人間として、神として、この戦争の行く末をこの目で確かめなければならない。 それは言うまでも無く長い道のりだ。 犠牲は増える一方で、少しずつ、だが確実に戦者からは生きる希望が削られていく。 時には味方を疑い、そして争うだろう。 時には戦う意味すら忘れて荒れ狂う者もいるだろう。 その時に、誰でもいい。手を差し伸べて。 「大丈夫」「傍にいるよ」「自分を信じて」 何でもいい。 励まして。 そして本当の結末を知って。 そうして人は、天使は、神は新たな真実を知る。 目の前の現実から逃げないで。私は、逃げたくない。 「戦争から目を背くことは出来ない。 私は、私が私であるために戦う。 皆を守る。誰もが幸せになる世界を、私自身の手で創り出したいと願う!!!」 1人では出来ないけれど、それでも私には仲間がいる。 力強い仲間が、ほらすぐ傍にいる。 「・・・馬鹿げたことを・・・。あんたなんて、あんたなんてたかが駒に過ぎないのに。 誰もが幸せになる世界?・・・・・ふざけるんじゃないわよっ!!!!!!」 あんたはただの道具だ。 あんたはルシフェルの血肉となり生き続ける。 誰もが幸せになんて、なれっこない。 いつの日も何処かで差別や憎しみ、怒りは起こっている。 そんな子供っぽい願いが、例え神でも変えられるはずはない!!!! 「それでも・・・・それでも、私は・・・!!」 縛られたくない。 誰かに、何かに、言葉に、使命に。 誰も自由に羽ばたける。 誰も自由に誰かを愛せる。 誰も自由に言葉を言える。 縛ってはいけない。そんな事、許されない。 生きとし生ける者全て、皆平等であるはずなのに・・。何故か世界はそれを忘れてしまっている。 いや、誰かを差別することが当たり前と化し、そしてそれを誰も止めようとしない。 ――――――――怖い。 縛られる者がいれば縛る者がいるのは明確だ。 縛る者は、どうして縛られるものの事を深く考えない。 どうしてそうまで残酷になる事が出来る。 人だから、魔族だから、天使だから、神だから。 ・・・それがどうした。何を恐れる。 自分と違うからと言って、何が悪い。何が怖い。何故忌み嫌う。 「・・・フェイルちゃん、あんたは、幸せ論を述べているに過ぎないのよ。 誰が願っても、そんな甘ったれた世界なんて創る事なんて出来ないのよ!!!」 黙れ、神のくせに。 神だからと言ってお前に何が分かる。 そんな瞑想、現実に起こると本気で思っているのか? だとすれば、この神は相当馬鹿だ。 「出来ない事を口にしないでよ!!! あんたなんて、ただの捨て駒なのに、軽々しく世界を創るなんて言うなっ!!!!」 「それでも想いはいつか叶う時が来る。何年経っても何十年経っても何百年経っても、それでもいい。」 「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!! 出来損ないの神が、つけ上がるんじゃないわよっ!!!!!」 弱りきってたはずのロマイラが最後の力を振り絞ってなのか、鎌を握り直すと対照の翼を羽ばたかせた。 黒く歪んだ色をした鎌は赤の色を捨てて闇の色に染まっている。 すぐさまフェイルは前に手をかざした。 完全に覚醒した彼女に、恐れるものはない。 「――――――――――だけど、貴女には本当にそれだけの覚悟があるの?」 カァァァァン、と鎌を薙ぎ払う音と共に聞こえたのは、大人びた女性の声だった。 少女、いや、女性はピンクの長髪をなびかせて目の前にいる金の神に尋ねた。