ずっと一緒にいよう 約束だよ 一緒に帰ろう 全てを終わらせて、そして、故郷へ 始まりの、あの地に ■天と地の狭間の英雄■ 【永久の約束】〜ただ、傍に・・・〜 もうすぐ、終わる。 長い戦争が終わる。 駆け出した旅は終わりを告げる。 皆とも、もうすぐお別れなんだね。 もっともっとたくさんの時間を共に出来ると思ってたんだけど・・ でも、帰る場所がある。 「フェイル?」 青く澄んだ場所にフェイルはぽつんと1人で立っていた。 壊れた建物が邪魔で、風が吹けば埃と瓦礫の破片が宙に舞い、また落ちる。 時が過ぎるのを忘れたかのように冷たい空間。 静寂で、誰もいない西の塔。 少し前まではここも活気溢れていたのだが、前の戦でボロボロになってしまった。 これでまた魔族の戦略がなければ、前のように活気を取り戻すために復興に取り掛かるが、 如何せん今はまだ戦時中だ。 フェイルが立っていた場所は、今はもう跡形も無いルキナが守護する誕生の祭壇。 ここでルキナが祈りを捧げ、新たな命を作り出す。 ルキナと言う誕生神が無事なので、彼女の祈りさえあれば祭壇がなくても命は何度でも作られる。 けれど無造作に作ったりはしない。 ちゃんとした理由が無い限り、命を天に、地に捧げる事は無い。 彼女が死ねばゼウス神がルキナを蘇らせるだろう。 「リュオ君?」 振り返る事無くフェイルは呟くように唇を動かした。 フェイルの背中しか見えないのでリュオイルに彼女の表情は読み取る事は出来ない。 手前にある建物の瓦礫を退けながら、リュオイルは慎重にフェイルの元に近寄った。 閉ざされたこの空間には太陽の日差しが入るものの、小鳥と風の音意外は全くない。 人の気配すら感じられず、ただ冷たい風が頬を伝う。 「探したよ。こんなところにいるなんて、まさかとは思ったけどね。」 「えへへ、・・・ごめんね。ちょっと考え事があって。」 「考え事で、誕生の祭壇の跡地?」 「うん。何か、落ち着くのここ。」 苦笑してようやくフェイルが振り返った。 それと同時にリュオイルも彼女の元に辿り着く。 ガラ・・とまた建物が軋む音が静寂な世界により一層大きく響いた。 その先端に止まっていた小鳥は慌てて翼を羽ばたかせ、眩しい空に飛び立つ。 「落ち着くって、ここが?」 「うん。ほら、ここで私が生まれたんでしょ?」 何気なく言ったんだろうが、途中で笑顔を辛そうな顔に変えた。 それはまるで彼女が人間で無いと肯定しているように思えて、どうしようもないくらい胸が痛む。 「考え事があって、何となくふら〜ってここに寄ったの。 変だね。一度も来た事ないのに、跡形もなく崩れたのに、ここが祭壇だって覚えている。」 今はもうなくて、何だか冷たい感じがするのに、 どうしてなんだろう。とても暖かいの。 目を閉じればすぐにでもここの風景が思い出される。 まだ一度たりとも祭壇を見た事はないのに、どうして知っているんだろう。 暖かくて、懐かしくて、切ない。 多くの神々もここから生み出されたのだろう。 普通に成長して、司るものを守り慈しみ、それだけのために一生懸命に生きる。 ゼウス神に絶対の忠誠を誓い、そして天に、地に加護を送り届ける。 それが、永遠に続くと、思っていたのに。 「絶対的な力を誇る神、アブソリュート。」 不意にリュオイルが言葉を紡いだ。 その言葉に反応するかのようにフェイルは彼の方に再度振り向く。 「無を司り、万物を創造することも出来る大神。」 「けど、不老でも神は不死じゃない。 心臓を刺せば人と同じ様に死んで・・・でも違うのはまた生まれてくることだね。 前世の記憶は全くなくて、場合によっては姿形も何もかもが変わってしまう。」 「・・・それ、誰に・・・?」 訝しげにリュオイルは眉をひそめた。 フェイルはそんな事知らないはずだ。 勿論自分自身でさえ、他の仲間だって知らない事なのに何故そんな詳しい事を彼女は知っているのだろうか。 戸惑うリュオイルに気付いていないのか、フェイルはそのまま淡々と語りだす。 決して顔色は良くないが、それでも最初の頃と比べると幾分か落ち着いている。 「ミカエルさんから教えてもらったの。 これでも一応神だから、少しくらいその辺りの知識身に付けたほうがいいかなって。 逃げてばかりじゃ何にも始まらないから。前を見て歩こうって思ったの。」 はにかむような形でフェイルは笑った。 おどけた様に振舞っていたが、段々穏やかな表情に変わってきた。 それを見た時、どうして胸が痛んだんだろう。 どうして泣きたくなったりしたんだろう。 傷ついて傷ついて、怪我をして動けなくなった子供のように僕は呆然としている。 一瞬息をするのも忘れてフェイルを凝視した。 数時間前には考えられなかったほど彼女は落ち着いている。 寧ろ落ち着きすぎていて、フェイルが遠い存在のように思えた。 すぐ近くにいるのに、手を伸ばせば抱きしめる事も出来る短い距離。 けれど目の前にあるのは人種を超えた計り知れない壁で、 もがいても、叩いても、叫んでも、それを誰かが拒否する。拒まれてしまう。 「・・・そう。」 知らず知らずの内に声が低くなっていた。 この苦しみが一体何なのか分からないまま、リュオイルは目を伏せる。 急に気分が沈んだ彼に流石のフェイルも気付いたのか、不思議そうな表情で首を傾げた。 「リュオ君・・?」 ただ、傍にいたい。 けどそれだけじゃ心が埋まらない。 声が聞きたい。姿を消さないで。ずっと、一緒にいて。 「・・・・フェイルは、神だよ。アブソリュートだ。」 否定することも、必要も、今はもうない。 彼女自身が認めているのに僕がそれを受け入れなくてどうする。 「けど、・・・けどね。」 でもだからと言って君を天界に縛りつけたくない。 君は笑った顔が一番綺麗だ。 純粋で真っ白で無垢で、真っ直ぐな優しさは多くの者を包み込む。 これからもたくさんの人々を慈しみ愛し、そして君はまた花のように微笑む。 ・・・けどそれは、神と言う立場ではなくフェイルと言う1つの人格の立場からであってほしい。 「何があっても、何が起きても、フェイルはフェイルだ。 この先何があっても僕は、君を信じる。君を守る。 僕は・・・・アブソリュートじゃなくて『フェイル』が好きだから。」 だからどうか どうか、アブソリュートの魂に呑み込まれないでくれ。 その優しさをどうか凍て付かせないで。 花の笑顔は絶えずずっと咲き誇り、そして君の願いである『皆の幸せ』を共にに叶えよう。 「・・・・・・・・・・。」 長い沈黙が続く。 リュオイルはいつの間にか顔を伏せていたフェイルの手をそっと握った。 すると光る透明な雫が落ちた事に気付く。 それが何なのか、一瞬瞬きをしたリュオイルだったが、フェイルが泣いている事に気付いた途端、 不安そうな顔して彼女の顔を覗き込む。 「フェイル・・・?」 フェイルが泣く理由が分からなくてリュオイルは焦った。 何か悪い事を言っただろうか。 けれど先ほどの言葉の中に彼女を傷つけるような言葉は一切含んでいないはずだ。 しゃくりあげることなく、ただポロポロと涙を流す少女にリュオイルは更に胸を痛める。 理由さえ分かれば、この複雑な思いは簡単に解けると言うのに・・・。 「あの、ごめんフェイル。何か気に障るような事言ったのなら謝るよ。」 あれこれ考えてもやはり答えは出なかった。 「・・・が・・・と。」 「え?」 微かに、震えるフェイルの声が聞こえた。 けれど涙混じりの声では少々認識しづらい。 もう一度、今度は彼女の顔に耳を傾ける。 「あり、がとう。」 そう言い切るとフェイルはスッと顔を上げた。 エメラルドの瞳は双方とも涙で濡れていたが、その表情は予想外に非常に穏やかだ。 「フェイル?」 わけも分からずリュオイルはただ少女の名を紡いだ。 名前を呼ぶたびにフェイルの表情はどんどんと綻んでいく。 その意味さえも分からず、ただ困惑するしかないリュオイルは不安そうな顔をして けど涙を流している事には耐え切れなくて、そっと涙を拭き取った。 一瞬驚いた様子を見せたフェイルだったが、くすぐったそうにして笑うと、 今度は差し出されたリュオイルの手を握った。 「何でもないよ。ただ、嬉しかったから。 リュオ君に今の私が好きだって言ってもらえて、私を信じてくれて、すごく嬉しいの。」 思いもしない事で涙腺は歯止めがきかなかった。 一生懸命に言うリュオイルの言葉が染み込むように伝わってきて、 あの時シリウスが言ってくれたような優しい言葉が、心に響いた。 嫌われる覚悟も、拒絶される事も、すべてありのままに受け入れようと思っていた。 幸福論なんて結局は仮説に過ぎない。 そう思われても、仕方が無いと思っていた。 けどそう言われたって、少し気持ちを沈ましてからまた歩き出そうとしていた。 でも手を差し伸べてくれたね。 その手を握っていいか本当は戸惑ったけど、それでも貴方は笑顔を見せてくれる。 「だから、本当に、ありがとう・・・。」 一番身近な人に信じてもらえて、 大好きな人達とまだ手を取り合う事が出来て。 ただそれは、生半可な意志ではすぐに解けてしまう細く短い糸だけれども 互いの思う心の強さで、糸は千切れない鎖と変化させる事も出来る。 例え繋がれた思いが引き千切られても、今は乗り越える力を持っている。 赤い目を擦ってフェイルはリュオイルを見つめて屈託なく笑った。 こんな戦時中なのに、こんな悲惨な跡地なのに、美しく映える少女の姿。 ただ笑っているだけなのに、どうしてこんなにも幸せな気分になるんだろう。 大好きな人が笑っている姿を見ると自分までもが幸せになってしまう。 泣きたいくらい、切なくて悲しくて、でも嬉しいんだ。 ―――――・・・そして同時に・・・。 「フェイル。」 微笑むフェイルを見てホッとしたのか、リュオイルは何か決断した様子で、 彼にしては珍しく意気込んでいるような勢いで喋り始めた。 それとは対照的に不思議そうに首を傾げるフェイル。 じっと見られるのに耐え切れなくなったのか、時折リュオイルは目を泳がせてしどろもどろとしている。 その様子に吹き出しながらも、彼女は相変わらずにこやかだ。 「あ、あの・・・。」 「うん。」 「・・いや、その・・・・。」 「うん?」 緊張して声が上がっている。 おまけに手を上げ下げしていて傍から見ればおかしな若者だ。 少し顔を赤らめているのは気のせいなのか、それとも本当なのか隠すように顔を伏せていた。 当然その表情はフェイルには見えないので、またしても彼女は不思議そうに首を傾げる事となる。 「・・・・あぁ、いや、そうじゃなくて・・・。うーん、・・・何か違う・・・・。」 「大丈夫リュオ君?」 段々行動がおかしくなってきたリュオイルに流石に不審感を抱いたのか、 びくついた、とは言い切れない不安そうな顔で彼の肩に手を置く。 それにやっと気付いたのか、ブツブツと独り言を言うのをハタッと止めた。 暫く呆然と、瞬きもせずに固まっていたリュオイルだったが、何かの糸が切れたようにいきなり素早い動きで 今度はさっきの動作とは対照的にフェイルの両手を握って、真正面から彼女の顔を見つめた。 「・・・どうしても、フェイルに聞いて欲しい事があるんだ。」 「聞いて欲しい事?何?」 やっと普通に話すようになったリュオイルにホッとしたのか、違う意味でフェイルは笑った。 無垢な笑顔に退け押されそうになったリュオイルは、一瞬たじろいだものの、 これが男の意地、とでも表現できるような真剣な顔つきになる。 相変わらず手は握ったままだが、全く気にしてない様子でフェイルはじっと彼が何か言うのを待っていた。 ずっと言いたかった。 ずっと望んでいた。 でもどうしても言えなくて こんな事を言えば、きっと彼女は困ってしまうんだろうって。 悲しませたり、困らせたくなかったからずっと、この胸の奥にしまいこんでいたんだ。 けど日を重ねる後とに思いは漸増して、時折歯痒い気持ちになったのは嘘ではない。 好きだと 世界で一番、好きだと たった一言。 たった、これだけなのに この言葉は重すぎて、剣の重さよりずっとずっと遥かに重くて 投げ出したい気持ちも時にはあった。 好きにならなければ良かったと、思う日々が続いた時もあった。 けど誰にも渡したくない。 傍にいてほしいと願うのは傲慢だけれども、 でもこの想いを断ち切る事は、今は出来ない。 「・・・・・あのね、リュオ君。」 どれだけの沈黙が過ぎたのか、けれど決して短くはなかっただろう。 未だ迷っているリュオイルの顔を見たフェイルは、スッと顔を下に向けて小さく呟いた。 小さくても、何の音もないこの場所なら十分に聞こえる。 すぐに考えを中断したリュオイルは、自分よりも一回り以上小さい少女を見下ろした。 「私も、リュオ君に聞いて欲しい事があるんだ。 本当は、もっと前から言おうかと思ってたんだけど時間がなくて・・・。」 俯き加減に話す少女の姿は実に儚かった。 支えがなければ倒れてしまいそうなほど、白く華奢な少女にはそれが当然とさえ思わされるほど。 けれど姿とは裏腹に、フェイルは気丈だ。 見た目ほどやわじゃない。 弱いけれど、でもそれを乗り越えれるほどの強さを持っている。 だからここまで来れた。 現実を受け止めて、必死に生きようと足掻いているけれど、それは決して無駄にならない。 「一緒に、帰ろうね。」 出会ったのは半年以上前。多分もうすぐ一年になるんだろう。 お互い何も知らない赤の他人同士で、けど共に戦って、国を救って。 そして偶然とも必然とも言える形で仲間になった。 泣いて笑って怒って、たくさんのありのままの姿を見てきた。 何度も間違った。 けど必ず引きとめてくれた。 外れた道から、元の道に戻してくれた。 ずっと一緒にいれたらどんなにいいだろう。 けれど別れは付きもので、もうすぐ皆バラバラになってしまう。 良い記憶としてまた刻まれるだろう。 またどこかで再会することもあるかもしれない。 でも、私は地上に帰ることが出来るだろうか。 生まれ故郷はカイルスだ。つまり天界である。 けれど育ったのは他でもない地上だ。 そこで喜びや悲しみや怒り、様々な感情を教わった。 ・・・だが、思い出の詰まった地上に帰ることは出来ないかもしれない。 戦争が終わればまた世界は混乱して、ますます神として働かねばならない。 ・・・私は、まだ皆と、離れたくない。 「これからもまだ、ずっと、一緒だよね。」 願いは叶わないかもしれない。 でもどうしても。 どうしても、言わずにはいられなくて。 これは嘘偽りのない、本当の私の意志だから。 「まだ傍に、いてもいいかな・・・。」 少女は今にも崩れ落ちそうだ。 吹いている微風が彼女を少しずつ削っていくようで、そして木々から覗く燦々と照る太陽は、 一瞬にして目の前にいる少女を焼き尽くしそうだ。 先ほどの涙で枯れたのか、白い頬に雫は伝っていない。 けれど影を落としたように儚い姿はあまりにも印象的で、胸を締め付けられそうなほど苦しく感じられる。 何かに必死なようで、泣きたくても泣けない。笑いたくても笑えない。 複雑な顔をするフェイルは、これまで一度たりとも見たことがない神秘的な姿だった。 けれど、それと同時に焦燥に駆られた。 「傍にいるよ。万が一離れていたとしても、絶対に忘れないよ。」 泣ける場所を作ってあげたい。 どこか隅で1人で泣くんじゃなくて、隣で背中を合わせながら、時には抱きしめてあげたい。 隣にいるだけで幸せになれて、そしてまた2人して微笑むんだ。 ごく普通で、何の変哲もない場面。 僕達には今それが欠けていて、どうしようもないくらい欠けていて削り取られている。 それを誰でもいいから、何人でもいいから、気付いた者が修復しなければならないのに 少しずつ、でも確実に削られていく。 また一枚。また1つ。また一場面。 足りない。人でも、力も、心も。 「僕に出来る事は、槍を振るって戦って世界を守ろうとする事。 大切な人達をこの手で守る事。大好きな人と、ずっと傍にいる事。」 この手がまた赤く染まっても、仲間達が叫んでも、僕は武器を捨てないだろう。 守りたいんだ だからと言って殺せば良いとは思っていないけれど、 本当はそのやり方が一番醜いのかもしれないけれど、 本当はそれで自分も傷ついているんだと理解しているけれど、 それでも振り返れば何にも変えられないものがある。 「・・・だから、そんな事言わないでよフェイル。」 何よりも辛いのは、何よりも苦しいのは、君の悲しんだ表情を見る事。 心臓をえぐられた様な鈍い感覚が全身を駆け巡る。 君が涙を流せば、僕は誰の制止も聞かず相手を殴りに行くだろう 君が笑えば、自然と僕も頬を緩ませるだろう 君が傍にいて欲しいと願うのなら、いつまでも隣にいよう 「僕もシリウスもアレストもアスティアもシギも、皆君の事が大好きなんだ。 誰だって離れたくないし、それに助けが必要な時はいつだってどこだって来てくれるよ。 僕も、フェイルが必要とさえしてくれればいつだって傍にいる。ずっと傍にいたい。」 「・・・それだと私だけ良い思いしてるみたい。」 「もう少し甘えてもいいんじゃない?」 別に仲間の中で強情な奴がいるわけでもない。寧ろ甘え下手の方が多いかもしれない。 僕さえも、あまり甘える事は無いと思うし、今までなら必要ないと思っていた。 だが時間とは不思議な事に、固い性格を柔軟に変化させる。 勿論それが時間だけのせいではないと分かっているけれど・・・。 「・・・それじゃあ、リュオ君が必要な時いつでも呼んでね。 何があっても、どこにいても絶対に駆けつけるから。」 「それは心強いね。フェイルがいれば百人力だ。」 「リュオ君オーバーだよそれ。」 力拳を作る形で右腕を曲げた彼にフェイルは少し不機嫌そうにむくれた。 だって、リュオイルの良い方と動作が、まるでフェイルが馬鹿力みたいな言い方をするからだ。 馬鹿にされたような気がして、フェイルは子供同然に膨れっ面になる。 思わず吹き出しそうになるのを堪えて、後ろを向いたリュオイルは腹を抱えた。 その様子にまた不機嫌になったフェイルは、ムスッとした顔でぽかぽかと彼の背中を殴るが、 如何せん力が弱いので、良い肩叩き程度にしか思えない。 「ひどーいっ!!」 「わわわっ、ごめんってばフェイル!!」 しまいにはしがみついてくる始末。 流石にバランスを崩し始めたリュオイルは勿論反射的に逃げる形となる。 けれどここはまだ建物が崩れており、あまつさえは足場がこれ以上にないくらい悪い。 だから逃走出来る範囲なんて限られていて、あっさりと捕まってしまったのだ。 「あ、危ないよフェイルっ」 「だってリュオ君が失礼な事言うんだもん!!」 「わ、分かった分かった。取り消すから、取りあえず落ち着こう、ね?」 時間があればもっと過ごしたいのだが、そろそろ戻ったほうがいいかもしれない。 ここは城から大分は離れているため、更に音が聞き取れない。 もしかしたら誰かが探しているかもしれないし、大方ミカエル辺りが作戦の事を相談しに来るかもしれない。 それにフェイルがいなくなった事が分かれば、皆一斉に顔色を変えて捜索するだろう。 そうなればリュオイルの命が危ない。 理由を知っているシリウスでさえも、鼻で笑って黙秘するだろう。 戦争をする前に神に殺されそうなので、それは何としても避けたい。 「・・・・・・・。」 「どうしたの、フェイル。」 あれだけ騒がしかったフェイルがハタ、と動かなくなった。 キョロキョロと辺りを見回してさっきとは違う意味で忙しない。 そういえば、時々空を飛び交う小鳥達の鳴き声が煩くなってきたような気がする。 心なしか空にはうっすらと、膜のようなものがへばり付いていた。 けれどその変化に気付くには相当目を凝らさなければならない。 空を仰げばまだ燦々と太陽の照らしがいっぱいに降り注いでいる。 けれどどこか不安定で、そして色が少しぼけている。 「フェイル?」 ただ真っ直ぐ見上げるのは果てしなく続く空。 だがそれは偽り。 微かに濁っている空がそれを証明している。 あれだけ澄み切った青空が、こんな短時間で広範囲までかすむわけがない。 変わったのは、ほんの一瞬だ。 瞬きをするような、本当に速い一瞬。 声が聞こえた 遥か昔に、どこかで聞いた懐かしい声 けれどどこか冷たくて、孤独なのにそれを懸命に隠している 子供のように丸くなって、陰が差し込めばそれは更に身を強張らせる 誰かに気付いてもらいたくて 誰かにその手を握って欲しくて 誰かに抱きしめられたくて 不安と孤独と、憎悪と怒り でも、その後ろにあるものは・・・・・ 「・・近い。戦いが、始まる。」 「アブソリュート!?」 「これが本当の、本当の最後の戦いだ。」 いきなり豹変したフェイルに驚いたが、アブソリュートが出て来たという事は本当に危険が迫っているという事だ。 それと同時に地面が揺れた。 いや、一応天界は空に浮いている国なのだからこういう表現は間違いかもしれない。 ドスン、と鈍い音がした後に小鳥達がけたたましい声を上げて空高く飛んでいく。 小鳥達の小さな影が過ぎた直後、あり得ないほどの大きさの影が空を舞った。 ぐわっと大きく羽ばたいた後、竜巻のように強い風がこの荒地を吹きぬけた。 鳥とも、龍とも言えぬ生物が大空を飛び交い、空高く咆哮する。 数秒送れてその巨大な生物の後を追うように、キマイラなどの魔族が群れを成して天界を覆っていった。 遠すぎて分からないが、青い天井にはポツポツと黒いものが見え隠れしている。 広がったり縮まったりしているのは恐らく翼だ。 漆黒の影が揺らめく中、この異変に嫌でも気付いた2人は顔を蒼白にしている。 アブソリュートは最後の戦いだと言った かつての英雄達が活躍した大戦争 あの時に残ってしまった火種が、今また芽生えようとしている それが、こんな大規模な事になろうと誰が思っただろうか 誰が、こんな戦いを望んだろうか 誓ったはずだ 多くの犠牲を出してから気付いて、そして心に、魂に刻んだはずだ 2度と、あんな悲惨な戦争はしてはいけないと それなのに 繰り返される過ち 戻らない時間 返ってこないもの。 振り返ってそこにあるものは、後悔と言う念だけ ――――――――ガァァァアアアアアア・・・。 空高く、人間とは到底思えない鳴き声がした。 1つ、また1つその声は増えていく。 まるで威嚇するかのように、新たな権力者の誕生を喜ぶ歓声のように。 「・・・・・・・終わらせないと。」 その中で呟いた少女の言葉は虚しくも、魔獣達の鳴き声に掻き消されてしまう。