■天と地の狭間の英雄■
       【離れた者達】〜焦燥に駆られる〜
















天界側が動いたのを見計らったように、魔族が動き出した。
今まであんなに静かだったのが嘘のように今は爆発音や悲鳴で溢れ返っている。



「ぐあぁぁぁぁっああああああ!!!!」



ほら、すぐ傍でまた誰かが死んだ。
あれは、天使だ。まだ若い、地位もそこまで高くない下級天使だ。



――――――――ヒュンッ!!!



弓を射る音が空を切り、虚しく響く。
何か黒い影に命中したと思えば、すぐその影は落ちてきた。
魔族だ。それを証明するように、下にいた天使がその魔族に留めを刺していた。
1人たりとも生かしてはおけない。
たかが1人や2人、と過信してはいけない。
彼等は敵だ。どんなに負傷していても、いつどこから襲ってくるか分かったもんじゃない。




「ちぃっ!!」




一瞬目を離した途端、一体どこからなのか矢が飛んできた。
それを寸前で避けて、お返しと言わんばかりに相手に射る。
遠距離からの攻撃は以外にも役に立っている。援護中心ではあるが、それでも足止めをするには十分だ。

西の塔近くにいるのはアスティア。
ミカエルの合図とともに動き出したのだが、思ったよりも魔族の動きが速く、
物の数分で天界は天使と魔族だらけになってしまった。
だがその時の混乱で彼女は仲間達とはぐれ、今こうして1人でここいらにいる天使達を援護していたのだ。
天使と魔族の比率を言うならば4:5ほぼ同じだが、若干こちらが圧されている。



(全く、私もとことん運がないわ。)



こんな初っ端からはぐれるとは流石に思わなかった。
だがそれでも冷静でいられるのは彼女ならではの性質だろう。
考え事をしながらでも矢を射る事を忘れないほどなのだから。

思わず溜息が出そうになるが、それをどうにか引っ込めて辺りの空気を読む。
西の塔と言っても狭いわけじゃない。どこにいても、広い。
接近戦対応の天使、恐らく力天使だと思うが、彼等の後をついていく事を忘れない。
ここでまたはぐれたりでもすれば、遠距離戦型のアスティアには勝ち目はないだろう。




「―――――あの影よっ!!!」




言い終わらないうちにアスティアは既に弓を引いていた。
矢尻に塗られた即効性の毒が魔族に効くかどうか分からないが、ないよりはましだろう。
急所は外したものの、見事に命中した。
それと同時に叫び声が響く。
その声に群がるように、影からは次々に魔族や魔獣が出てきた。




「お嬢さんは後ろで援護をっ!!」

「言われるまでもないわ。」



―――――――漣(さざなみ)!!!





無数の矢が天高く飛んだ。
降り注がれるそれは、魔族側に次々と突き刺さっていく。
それを見計らったように、力天使達が突撃していった。




「全く、次から次に懲りもしないで。」




相変わらず彼女の口からは毒ばかり出ているが、それと同じ様に相変わらず弓を射る手を忘れない。
途中、敵の飛び道具で頬を掠めたが、少しズキズキと痛むだけで問題は無い。
毒特有のあの熱さは感じられないので、向こうの矢は全く仕込まれていないと断定しても良いだろう。





「・・・・・長くなりそうだわ。」





この戦。長期戦になるのは間違いないが、どちらが先に勢力を衰えるかが問題だ。


























「うっわ。あーもうっ!!危ないやんか!!!」





叫ぶと同時に足が飛び出す。こんな条件反射を持っているのは彼女しかいない。




「アレスト・・。3倍返しならぬ6倍返しぐらいになってねぇか?」




アレストに斬りかかろうとした魔族を、間一髪で避けたアレスト。
だが一瞬の隙を突いて出たのが踵落とし。
どれほど怒っていたか知らないが、彼女の攻撃力は半端じゃないくらい強い。
流石格闘技。流石武道者。
けれど足蹴りされた相手が少しだけ可哀想な気がするのは俺だけだろうか。





「邪魔だ、どけ!!」





大剣を振り回し、それでも尚しがみついてくる魔族は蹴り倒す。
後ろからは流れ矢が飛び交い、更に後ろでは魔法砲の爆発音が煩いくらいに響いていた。
既に返り血がこびり付いているシリウスの服は、赤と言うより黒に近い感じだ。
一体どれだけの数をなぎ倒してきたのか。
それでも、彼の呼吸は全く乱れていない。
何かを追い求めるような、見ようによっては虚ろな瞳に思わずゾッとする。

探しているのはソピアか。それとも、守ると誓ったあの少女か。
俺自身でさえ分からない。
何がしたいのか、何を求めているのか、どうすればいいのか。
目的は既に定まっているはずなのに、心の奥底で躊躇している。







―――――――――お前はそれで、本当に報われるのか?








「くそっ!!」








悲しげに伏せられた少年の、まだあどけない、幼い瞳がまた蘇る。
燃えるように紅い髪とは対照的に、静かで落ち着いた蒼の瞳は意外に厄介だ。


(報われるとか、そんなもの、俺は望んではいない。)




どうしても許せない




「―――――咆哮斬!!!」




どうしても抑えられない





「人間のクズがっ!!我々魔族に歯向かおうなんぞ!!!」





どうしても、怒りが静まらない



どうしても、魔族が憎い

あいつが憎い







「紅蓮剣!!!」



―――――――グシャッ!!!






一瞬動きが鈍くなったシリウスに魔族の1人が鎌を振り下ろそうとした。
だがそれさえも計算通りだったのか、難なく敵の攻撃を避けたシリウスは、
屈んだ拍子に相手の顔を剣圧で吹き飛ばす。
白い建物にぶつかった頭は破裂し、目玉が飛び出るほど悲惨な状態だった。
頭がなくなっても尚、体だけ、手を伸ばして彼に迫ってくる。
その瞬間からだろう。シリウスの表情が変わったのは。
そこにあるのは、あの時談笑した面影はどこにもないただの戦者だ。
敵と見なしたものは全て斬り裂き、邪魔をしようものなら踏み倒す。

鬼のような形相をした彼に驚いたのは勿論アレストとシギだった。
這いずってくる魔族の胴体を右足で踏み、残された両手と左足で次々と魔族を倒していく。

シリウスの周りから敵が消えるのはそう時間は掛からなかった。
これが彼の本気なのか、全く隙のない動きで紙くずのように襲い掛かって来る全てを倒している。
強い。恐ろしいほど、シリウスは強い。
けれど、冷静さが欠けている。
表情こそ読み取れないが、今までにない彼の動きを見れば説明しなくても分かる。
余裕がないのか、それとも何かに焦っているのか。




「シリウスっ!!!」




いつの間にかアレストの傍を離れたシギは、既に血の海になっている場所に歩み始めた。
40〜50体ほどいた魔族は地に伏せ、ピクリともしない。
ドクドクと流れる血の量は半端ではない。時折苦しそうに呻く声が耳を過ぎった。




「もういい、この周辺の魔族は大方片付けた。」

「・・・・。」

「少しだけ休んで、フェイル達を探そう。あるいはもっと天使が多くいる場所に移動しないと・・・」

「休んでいられるか。まだ・・・まだ腐るほど残っているんだ。」





肩に置かれた手を苛立ちながら払う。
大剣にこびり付いた紅い血を振り払い、いつでも戦闘できる形でそれを肩に担ぐ。
頬や額には己の血ではない敵の血がベットリと付いていて、
彼のものではないと分かっていながらも心配してしまう。
口にこそ出していないが、遠くからアレストも心配そうに2人を見ている。




「いいから。1分でも2分でもいいから。頼むから少し落ち着いて休んでくれ。」

「俺はどこも怪我をしていない。」

「そうじゃない。・・・何を焦ってるかは聞かないが、少し頭を冷やせ。命取りになるぞ。」




振り払われるのも覚悟で、再度シリウスの肩を掴んだ。今度はさっきより強く。
一瞬訝しげな横顔を見せたシリウスだったが、自分でも冷静さが欠けているのは認めているのか、
シギが予想したような態度は全く見せなかった。
渋々といった形ではあるが、動こうとした足を止め、お互いの顔が見えるように向き直る。




「・・・・分かった。だが1分なんぞ長すぎる。30秒で十分だ。」

「あぁ、その間に頭冷やしてくれ。」




これがリュオイルなら譲らなかっただろう。
「大丈夫だ」と一点張って、無理をするに違いない。
それ故、シリウスがこんなにも素直に聞き入れてくれたのは本当に感謝だ。
いや、寧ろ素直すぎて逆におかしいと思えるほどだが。







「シギ、こっちも大分片付いたで。」







ここにいる最後の魔獣に止めをさしたアレストは、傷ついた天使達の手当てをしていた。
手当てと言っても彼女は回復魔法は使えないので、包帯でグルグルと巻いているくらいだ。
戦争に出る前に大量に回復道具を袋に詰め込んだので、今の所は補充しなくても十分大丈夫。
これなら3〜4日は持つだろう。



「あぁ。他の天使達も少しだけ休んでくれ。その後にまた戦闘が嫌ってほどあるからな。」

「いえ、我々はまだ動けます。私達よりもシギ様がお休みください。」

「そうです。ここに癒しの天使は1人しかいません。
 他の天使達を合流するまで、彼女の魔力が耐えられるかどうか・・・。」




後ろの方で白い光を放ちながら治療しているのは長い薄茶の髪をポニーテールにしている大人しそうな女性だ。
彼女を囲む形で、弓や魔法使いが辺りを警戒している。
ここで癒しの天使を失うと、かなりきついのだ。
運が悪いのか、アレストとシギ、そしてシリウスのいるこのメンバーは殆どが剣士タイプ。
魔法が6名、弓矢は4名、回復は1人。
それに対して剣や槍等は含めて30弱。
その内数名が命を落としたが、それでも強行破が多い。
心強いのかそうでないのか。魔法兵士はともかく、もう少し弓使いがほしかったところだ。
だがそんな事を言っている場合ではないので、この現状を有利にする為に一刻も早く他の天使と合流しなければ。




「俺は後ろで援護攻撃ばっかしてたから、お前達が休むんだ。
 それと癒しの天使は軽傷者には何もしなくていいぞ。」




踵を返して歩き出したシギは、一番深手を負っている天使の元に近づいた。
脇腹をえぐられるような形で傷を負ってしまった。
額には脂汗を掻き、苦痛で歪んだ顔は少し顔色が悪い。
ついさっき癒しの天使が応急処置程度に魔法を唱えたが、思ったよりも傷口が開くのが速く、
止まっていたまずの血が再び流れ出したのだ。




「ぐ、ぅ・・・・。」

「すまない。今癒しの天使が不足している。痛むだろうがもう少しだけ耐えてくれ。」





青年の元に辿り着いたシギは、腰を下ろして患部に手をかざした。
そしておもむろに呪文を唱えだす。
それは短くて小さなものだったが、明らかに他の魔法天使とは比べ物にならないほどの力が込められている。
血の色に似た赤い魔法陣が浮き出ると、それは患部ほどの大きさになり、
へばり付くような形で引っ付いた。
するとそこから流れていたはずの血がピタッと止まり、患部が痛々しいほど血にまみれていても
驚いた事にそれ以上傷口が開く事はなかった。



「何やったんシギ?」



一部始終を離れから見ていたアレストは、最後の負傷者を手当てし終えると彼の元に歩み始めてきた。




「俺は回復系は使えないからな。だから水属性の力を応用して出血を止めたんだ。」




だがそれは普通の魔導師が使えるものじゃない。
魔力が高く、且つ制御力がある者にしか応用は使いこなせない。
大体は能天使に限られるのだが、稀に魔力が強い者が使えたりもする。
が、生憎そんな高等な事が出来るのは、今の所ここではシギだけだ。




「も、申し訳ありませんシギ様・・。」

「気にすんなって。お前さん達には、まだまだ働いてもらわないと俺等も困るからな。」




口端をニッと吊り上げてあどけなく笑うシギに、負傷した天使は幾らか安堵した様子で小さく溜息を吐いた。
シリウスの活躍で思った以上に早く片付いたので、すぐにでも他の天使達の援護をしに行きたいところだが、
迂闊に動き回る事は出来ないし、それに一歩出れば外は血にまみれた戦場。
ここにいるだけでも、同胞なのか敵なのか分からない断末魔が、爆発音が聞こえてくる。

フェイルは、リュオイルは、アスティアは。3人は無事なのだろうか。
運悪くはぐれてしまったが、自分達には運良く3人固まった。
だが他のメンバーが一緒にいるとは断言できないし、だがだからと言ってそう簡単に倒されるタマではない。
確かにあの時約束をしたが、出来ればこんな形で別れたくなどなかった。
出来るだけはぐれたりしないように、万全の注意を払って挑むつもりだったのに。




「3人は無事なんやろか・・・。」




包帯と傷薬を袋にしまい終えたアレストは、よっこらしょ、と立ち上がった。
少しだけ外の方を覗きこみながら、その中に仲間がいないか確認している。
だが白と黒、そして飛び散る赤が混じる中、見つけ出したい相手は影1つ現れる事はなかった。
目の前に一匹のキメラが崩れ落ちた。
いきなり落ちてきたものだから、思わずアレストは飛びの退く。
目を白黒させて、それでも生きているかどうか確認する。




「死んどる。」




外傷に目だった傷跡はない。
恐らく魔法か何かで即死させられたのだろう。
所々皮膚が黒くなっているが、それは内出血しているだけで、外部から流れる血は以外と少なかった。




「危ないからこっちに来いって。そんなところにいると魔族に居場所を探られるぞ。」

「ん。それにしても無事やといいんやけど・・。」



























「いやあぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!!」








多くの者でごった返しになっている中は一部の隙間も見えないほど埋め尽くされていた。
地には数え切れないほどの死体がごろりと横たわっている。
血に飢えた双方がぎょろりとこちらを睨んでいるのが見えた。
忙しく聞こえる数々の悲鳴は、数秒で途切れる者もいれば時に雄叫びと変化する者もいる。
建物は崩れ、燃え、時折火種として飛び込んでくるもあった。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音。
どこに隠れても塞ぎ切れない断末魔の声。
激しく大地が揺れ、魔法の爆発で焼けるほど熱い熱風が頬を、腕を、足を、容赦なく吹きつける。



「はぁぁああっ!!!」



こんな戦場の時ではなければ、あの少女の声も嫌って程響いていただろう。
だが少女の甲高い声は、近くにいるものにしか聞こえない。
そんな声よりも、よっぽど周りの音の方が煩いのだ。



―――――――菖蒲!!!!




空中から聞こえたのは年若い男の声。
赤く燃える髪が特徴だが、決して彼の髪は血の色には似ていない。
それは夕焼けのような、消える事を知らない強い炎のような勇ましい色。
少女に襲っていた一匹の魔獣が、彼女の頭を噛み砕こうとしたその瞬間に刹那の如く彼は現れたのだ。
先端に通常の3倍ほどの槍圧を込めて内部から破裂させる。
胴体に刺さった槍は貫通し、その反動で一瞬動きをなくした魔獣は、白目を剥いて胴体から真っ二つに裂かれた。
血飛沫が縦に飛び散ったので、腰を抜かして倒れ込んでいる少女にはあまり返り血が付いていない。
だが呆然とした瞳に生気はなく、何故生きているのか誰かに問いかけているようだった。




「おいっ、大丈夫か!?しっかりしろ!!
 癒しの天使はまだやらなくちゃいけないことが山ほどあるんだろ!!」




リュオイルは握っていた槍を旋回させる。
まだこの周辺には魔獣が埋もれるほどいるのだ。
隣では力天使が勇ましく剣を振るっている。
恐怖を忘れた魔法天使は怯む事もなく、ただ真っ直ぐ敵へ攻撃をし続ける。
彼等と同じ様に、戦力はないが傷ついた者をありったけの力で癒す天使達が後ろで休む事なく呪文を唱えていた。

そしてリュオイルも、この悲惨過ぎる戦場の中で戦っていた。
やや息は切れ、元から赤い装束は魔獣と魔族の血で溢れ返っている。
それでも彼に掠り傷程度しか傷がないのは、彼の力が魔族より勝っているからだ。




「このっ・・!!」




倒しても倒しても、これじゃあきりがない。
何かから生まれるように、特に魔獣は溢れんばかりに出てくる。
全くもって不必要なので、思わず「返品します」と怒鳴ってしまいたい。
いや、既にそう言って殴りつけたが・・・





「――――――――あ、危ない!!」





いつの間に正気を取り戻したのだろう。
癒しの天使、だがそれはまだ年端もいかぬ少女だが明らかにリュオイルよりは数倍年上だ。
両手で口を覆い、真っ青な顔で彼女は叫んだ。
少女の切羽詰った声に反応して反射的に腕をかざした。
気配は嫌って程感じる。
だが少女が見ている敵はこっちじゃない。左にいる、こいつだ。



「―――――――ー・・っぐ!!」



リュオイルの考えは当たっていた。
首よりやや上にかざした腕は、引き千切られんばかりに魔獣に喰いつかれていた。
腕から鮮血がぽたぽたと零れ落ちる。
魔獣のぎょろりとした目と、痛みに耐えているリュオイルの瞳が外されることはなかった。



(だが・・・。)



だが、これでこいつは動くことは出来なくなった。





「―――――――とどめだ。」



――――――ザシュッ!!!





銜えられた腕では敵を仕留める事は出来ない。
見えぬ速さで懐から短剣を探り出すと、それを弱点である額に食い込めた。
勢いを付けてそれを抜くと噴水の如く血飛沫が空に舞う。
悲鳴とも言えぬ甲高い鳴き声が空に響き、それを察知した魔族が目線を動かしてこちらを睨んだ。
方向転換をした魔族達は、同胞を殺された怒りと共に、漆黒の翼を羽ばたかせてリュオイルに近づこうとする。
だが彼の周りには多くの天使がいた。
力天使。能天使。癒しの天使。
それぞれまばらになって動いているものの、味方の危険を察知した1人の力天使が素早く間に割り込む。



「させるかっ!」



銀色に輝いていたと思われる剣は、既に赤く染まっていた。
ここにいるだけで、多かれ少なかれ1人以上は必ず殺している。
そんなもの一々数えていられないが、味方敵共々強さは五分五分。
一瞬の隙さえあれば一撃で倒す事だって出来るのだ。
だからこそこんなに緊迫していて、煩わしい音さえも気にならない。
熱風が頬を過ぎ、どこからか飛んできた刃物が腕を掠めて毒が回ったとしてもここから退くことは出来ない。
癒しの天使がいても、誰1人進んで治療しに行く者はいなかった。
瀕死になりかけた時だけ、その時だけ渋々と下がる。
それほど天界のものには、1つの大きな覚悟があるのだ。




「よくも我が一族をっ!!」

「我々とて国の為に命を張る!貴様等魔族ごときに、我等神族の神域を荒らさせはせぬ!!!」





火花が散りそうなほどの轟音が響く。
だがこれほど大きな音でも、いとも簡単に回りの音に掻き消されたのは言うまでもない。






「あ、あの・・腕。」






力天使と魔族が対峙する中、リュオイルは槍を持ち直して次なる敵を倒すために前に出ようとした。
だがそれを震える小さな手が弱く止める。
思わず振り返ったリュオイルだったが、今の彼の顔や服には先ほどの魔獣の返り血がべったりとこびり付いている。
見るからに残酷で、そして痛々しい。
所々切れた後や破れた衣服。
先ほど噛まれた腕は決して浅い傷ではなく、今でも血の雫が地面に小さな水溜りを作り出していた。




「これくらいなら大丈夫。それよりも君は早く癒しの天使達の元に戻らないと。」




この姿は心優しい彼等にとっては恐怖そのものだろう。
だから、なるべく怖がらせないようにリュオイルは静かに微笑んだ。
頬に、目じりに付いた血が一層笑顔を引き立たせる。



「で、ですが毒があるかもしれません。
 元々は私の不注意だったんですから、せめて傷の手当てだけでもさせてください!」



少女の声は必死だった。
リュオイルの答えなど気にもせず、半ば無理矢理彼の腕を引いた。
それに呆気に取られていたリュオイルだったが、少女の真剣な表情を見て彼もまた表情を落ち着かせる。


―――――カアァァァァァァアア・・・


フェイルが使う回復魔法とは、また違う。
何だろう。
やはり癒すことが専門なので対処や治りが早い。
魔力も相当高いが、これでもまだ彼女は不満げに顔をしかめるばかりだ。
それでも諦めない頑固な心は誰よりも強く、決して魔法を止めようとはしない。




「・・・ふぅ、これで何とかなりましたね。」

「ありがとう。」

「いいえ。私の方こそ、危ない所をありがとうございました。」




深々と頭を下げると、少女は晴れやかな笑顔で「それじゃあ。」と言い残して癒しの天使の元に駆けて行った。
彼女が無事に仲間の所に着いたのを確認すると、先ほどの穏やかな表情を捨て、
再度「戦う者」の顔をして槍を構えた。





(・・・死ぬ覚悟で。)




そっと目を伏せて神経を集中させる。
目を瞑れば真っ暗闇で、感じるのは音や風の動きだけれども
それでも動く気配が敏感に感じ取れる。
風からは熱を、血の臭いを、流れてくる殺気を。
音は悲鳴、罵声、雄叫び、助けを求める声、友を失った悲痛な声。
剣と剣が交じり合う音。魔法と魔法が爆発しあって頭がわれそうなほど凄まじい音が天界全域に渡って響く。



(希望は薄いが、それでも僕達は・・・。)



神族と魔族が、どちらが勝つかなんて戦争に入ってから全く分からなくなった。
どちらも負けず劣らず、全身全霊を懸けて戦っている。
例えわが身滅びようとも、守るものの為に剣を振るい、生きる術を求めて戦地に身を投じる。
それが死を意味することでも、彼等はそれを全く恐れず。
いや、本当は怖いはずだ。死ぬことが。この世から消えることが。


それでも・・・











《  清浄なる御神の意志


       故、打ち砕き冒涜なる愚者どもに苦しむべく制裁を下そう 》












それでも










《 御神による万力は其の命の炎
   

         悪しき者に浄化の光を捧げん


                  滅せよ 濃く唸る雷鳴と地獄の共鳴 》







「――――フェイルっ!」




「いきますっ。ファイニンググラッシャー!!!!」




魔族に囲まれていたフェイルは傍らにいる天使達と必死に抵抗をしていた。
一瞬見せた魔族の隙を逃すはずもなく、突進するように力天使が身を投じる。
その命懸けの行動に怯むこともなく、フェイルは大魔法を唱える。
数メートルある大魔法陣が赤々と、時に青く光り、生み出された炎は魔族を呑み込むように彼等を焼き尽くす。
突進した数名の天使のうち、1人死んだがそれでも他の者は生きていた。
ただれた腕を押さえて、顔を歪めながら避難する者が炎の海から走り寄ってくる。
後ろに控えていた癒しの天使は、守備良く呪文を唱え始める。
その少し前に出て攻撃主体で魔法を唱え続けてるフェイルは、避難して来た者を確認すると、
乱れた呼吸を整えて再度大空に両手をかざした。









《 歪められた地形

       始める震え

          切なき淡き思いは 崩れ堕ちる神の衝撃 》





―――――――――ロックサリード!!







今にも囲もうとする魔獣達を、四方目掛けて大地の爆撃が彼等を襲う。
鋭利な岩が彼等の胴体を裂き、巨大な岩石が魔族を潰していく。
声にならない声が空高く響くにも関わらず、フェイルは決して魔法を止めようとはしなかった。
額から落ちる汗を拭う事もなく、迫り来る魔族と対峙する。
彼女の声に合わせるように、力天使や能天使が群がって敵に向かう。
その中央で人間業とは思えない強大な力で魔族を次々と薙ぎ払う。
そして、まるで彼女を守るかのように剣を振るう天使。ありったけの魔力を敵にぶつける能天使達。

身体の小さい彼女だから、この混乱の中見つけるのは一苦労だ。
だが、僕は見つけられる自身がある。
だってほら。あの子はこんな戦場でも輝いている。
掛け声も、髪も姿も全て、何ら変わりない。
ただ一つだけ似合わないのは、少なくても血を浴びた姿。
魔法主体の彼女でも、例え援護者でもフェイルの傍まで敵が来ないなんて限らない。





「フェイルっ!!」





だから

これ以上血に埋もれないように

僕が彼女を守らなくちゃ。

守りたいんだ。何に変えても、どうしても・・・・