君は誰 あの子はどこ? 君はどうしてあの子の姿をしているんだ あの子はどこ? 約束したんだ。一緒にいるって。守るって あの時に、出会ったあの日に ねえだから あの子を、返してよ ■天と地の狭間の英雄■ 【零れた記憶】〜天上天下唯我独尊〜 「何という事を・・・。」 この悲惨な光景を目の前にして、平気だと言い張れる者がどこにいようか。 ましてやその残虐な行いを見た直後だ。 幾ら天使で最高の権力を持つミカエルでも、動揺しないわけない。 「貴方が天使最強のミカエルね。」 アスティアに射られたのか、右頬に赤い線が走っている。 痛くも痒くもないのかまるで気にしていない様子だ。 「貴女は・・・ソピアですね。ダンフィーズ大陸を半壊した魔族。」 「そうよ、私はソピア。本当は半壊なんてちゃちなものじゃなくって全壊したかったんだけど、 流石にあの時は疲れたわ。魔力って言っても限界があるもの。」 今さっき大勢の天使を殺した事なんて全く覚えていないような様子でソピアは薄く笑った。 彼女は何も武器を持っていない。 だとすると、彼女が言っていたようにたった一人でたった一つの魔法であれだけの天使を切り刻んだと言うのか。 会った事はないが、魔族でもあれだけの力を持っているとは到底思えない。 思えないが、現にそれが目の前で披露されたのだ。 「ふふふ、本当は貴方も辛いんでしょ? ま、あのシギって言う天使より相当の力を持っているんだろうけど、顔色悪いわよ。」 「・・・・・・まさか、あの時の。」 驚いて辺りを見れば、そこには天使達が苦しそうに顔を歪ませていた。 皆蒼白な表情で、立っていられるのがやっとなのだろう。 指摘された自分も、実際苦しいと感じている。 天使達より数倍は楽なのだろうが、初めて感じたこの違和感をどうすればいいのかが分からなかった。 「その様子だと、どうして苦しいのか分からないみたいね。 という事はアプソリュートは全く何も言わなかったってこと?」 不思議そうに首を傾げる辺りはまだ幼さが残っていると言える。 だがそんな表情をしたのはほんの一瞬で、今度は何かを新しい悪戯でも思いついた子供っぽい笑みを浮べる。 それを口にする事は決してない。 あくまで自分の中だけの秘密だ。わざわざ相手に教える事もないだろう。 この力が、本当は一体誰のものだったのかと・・・。 それを知った時彼等はどう言う反応をするだろうか。 アブソリュートは、それは確かに驚いてはいたもののそれ以上追求はしなかった。 いや、「フェイル」は追求しなかったが「アブソリュート」は時間があれば質問していたかもしれない。 本当はもっと困惑させてやりたかったが予想外にフェイルは落ち着いていた。 もしかすれば、ただ単に知識が欠けていたのかもしれないが。 それに、残念ながらこの効果は天界の天使だけだ。 人間にはもとから聖、魔、の気は無いのだから決して苦しむ事は無い。 ・・・全く、こういう時だけ人間は有利だ。 「動きが鈍くなってきた所でそろそろ終わりにしようよ。」 神族さえいなくなれば私には居場所が出来る。 人間なんて所詮非力。 今はのうのうと地上で生き長らえているけれど、神族を滅ぼせば人間くらい簡単に操れる。 とにかく邪魔。神族が、神が邪魔だ。 冷たく言い放った言葉を最後にソピアは手始めに、と近くにいた天使に手をかざす。 微かに見えた黒い光りは瞬く間に巨大な魔法陣を生み出した。 赤黒いそれはまるで古の儀式をするかのように戦慄している。 「――――――――死ね。」 「止めなさいっ!!!!」 ソピアとミカエルの言葉が見事に重なる。 ミカエルの悲痛な声も虚しく、巨大な魔法陣は見たこともないような化け物を生み出し 硬直していた天使を頭から噛み砕いた。 悲鳴をあげる前だったのか、最初の微かな声だけ耳に届いたが、次に聞こえたのは生身が潰れる後味の悪い音だ。 ねっとりと残るその雑音と、一瞬見えたあの恐怖の顔が消えない。 同時に1つの感情が、今まで抑えていた何かが音を立てて崩れはじめた。 「・・・く、も。よくも・・。」 「ミカエル様・・?」 己の肩を掻き抱くように、少し触れれば今にも崩れ落ちそうな様子のミカエルはもはや最高位の天使とは思えない。 隠し続けていた怒りの念が心の内側を掻きまわし、負の念に悪化させていく。 冷静にならなければならない。 今ここで相手の挑発に乗るような仕草を取れば、それが命取りとなる。 自分だけの命ではない。同胞も、ましてや神でさえも危険な目に遭わせてしまう。 (分かっています。分かっているけれど。) 震える身体を力付くで抑える。 ごとり、と転がり落ちたあの天使の頭は血に染まっていて、肌の色が既に見えなくなっていた。 それを見た途端に吐き気を覚える。 こんな感じは今まで無かったのに、戦争で誰かが死ぬのは分かりきっているのに。 「そう。怒ればいい、憎めばいい。貴方はそれを許されなかった。 神が貴方を束縛して、解放される事は絶対無かった。 兄ルシフェルが過ちを犯したように、歯向かえば追放される。」 「何が言いたいんですか。」 怒ればいいと、憎めばいいと言った。 だがミカエルは既に限界を超えている。 ソピアが憎くて憎くて仕方がない。 けれど彼女の挑発する言葉がどうしても引っかかる。 本能的に、これ以上感情を高ぶらせてはいけないと思った。 「けどいずれ天使は解放される。私達魔族の手によって、貴方達は自由になる事が出来るのよ。」 「自由・・・?何を馬鹿げた事を。私は神に仕える者。 そのような個人的感情で動くことはありません。」 「実際貴方の兄がそれを抑えきれなくなった。 類の無い完璧な彼だったのに、彼は自由を求めて堕ちた。・・・貴方の言葉はルシフェルさえも批判するの?」 「それは・・。」 ――――――――私はお前に恨みなどない。 ――――――――最後まで私を庇ってくれたお前には感謝してる。 ――――――――今すぐその地位から離れ、私と共にこの世から神を排除しようではないか。 彼が、兄様が神となろうとしたのも 全てその事実を知っているのに 天界を変えようと 神から天使達を解き放とうと 束縛という戒めの言葉に縛られた仲間達を、助けようとしていたのに あの人はただ私達を救おうと、しただけなのに・・・ 「惑わされるんじゃないわよ。」 哀感に満ちた表情に叱咤したのは、今まで黙って話を聞いていたアスティアだ。 その言葉はいつもより刺々しく容赦がない。 どこか苛立ったような、だが決して揺るぎない意思の強さが伺える。 神妙な面持ちをしてた、ミカエルの部下達もハッとして人間界から訪れた1人の少女を見入った。 「あんた達とルシフェルが昔どうだったのかなんて知らない。 ルシフェルが何を企んで戦争を引き起こしたのかなんて、もっと知らないわよ。」 シギは話をはぐらかすし、他から聞いたって大した情報は入らない。 それでも私は良いと思った。 喧嘩してるのか拗ねて出ていったのか何か起こそうとしているのか、そんなのどうでもいい。 でも、事が大きすぎた。 ダンフィーズ大陸を半壊した今となっては、既に魔族と神族の問題ではなくなっている。 勿論、非力な人間は抵抗するだけで精一杯だ。出来る事なんてたかが知れている。 けど・・・。 「どんな事情があるにしろ、ルシフェルが間違った方向に今いるのは確実でしょ。 力も罪も無い人々を無造作に襲い殺し、それがさも当然かのように立ち振舞う。」 現に仲間が傷ついた。 一生消えない痛みを、その胸に刻み込まれた。 嘆いても返って来ないものがある。 それを理解した上で、彼は、シリウスは果敢に戦っている。 決して許されない罪をソピアは犯した。 そしてまた、それを指示したルシフェルにも許されない罪責を遺した。 全ての発端は彼だ。 善人であろうとも、理由があったにしても、全ては彼が引き起こした。 「あんたはそれを間違えちゃいけないわ。 2度とこんな事がないように、あんたは辛くても決断しなくちゃ駄目よ。 それが、最高峰の天使以前にあんたに課せられた1つの義務でしょ?」 「アスティアさん・・・。」 「忘れないで。私達人間やあんたの部下達はあんたを信じてここまで、そしてこれからも戦ってきている。 ・・・・・・・あんたが間違えれば皆が間違える事になるのよ。」 そう強く言い放ったアスティアはソピアに視線を向けたまま矢をつがえた。 立ち振舞うその姿は少女らしい細い体で華奢だが、絶対に崩れる事はないだろう。 生暖かい風が木々を揺らした。 ここではないどこかでまた誰かが誰かを殺している。誰かが死んでいる。 味方なのか敵なのか。自分の信頼する仲間達なのかすら分からない。 そうだ、終わらせなくては。 こんな悲しい戦争、終わらせなければ。 意味もなく血を流し、憎む必要もない相手をひたすら憎む。 誰かが鎮めなければ終わる事なんてない。 「自由は誰かから貰うんじゃない。自分自身の手で掴み取るものよ。」 辛くなればいつでも助けてあげる。 泣きたくなったらいつでも泣く場所を用意してあげる。 思いが伝わらないのなら、いつでもその心を私達に聞かせて。 「それがあの子の願いよ。真にあんた達や私達の幸せを願う。 ・・・凄く子供っぽい発想だと最初は馬鹿にしてたわ。 けど紛れもなくそれがあの子の願い。私達はそれを信じて、フェイルについてきた。」 「フェイルさんが?」 「そうよ。だからあんた達だけが悩む事なんて、何もないわ。」 フェイルについてきた人間達は、あんた達を助ける。 直接手を下す事はないけれど、一緒に悩むことくらい出来る。 それが非力な私達に出来る精一杯の手助け。 「それが分かったなら武器を構えなさいよ。もうあれこれ考える時間なんて、ないんだから。」 一瞬彼女の口元が緩んだような気がした。 それは錯覚だったのかもしれないし、本当だったのかもしれない。 「私達は、結果がどうなろうと大天使ミカエルについていくわ。」 「俺もです。何があっても、ミカエル様について行きます。」 イスカに続いて他の部下達も口々に同じ事を言い出した。 意気揚々とした表情にねる彼等を見てミカエルは思わず彼等に謝った。 それが全員に聞こえたどうかは分からないけれど、まるで照れ笑いをしているかのように 今ミカエルの顔は穏やかであり、また決心がついたような顔付きになっている。 確かに怒りを感じてた。 彼女に、ソピアに恐ろしいほどの憎悪を向けていた。 でも冷静になって思い返せば、私自身がここまで憤っていたのは全てが全て彼女のせいではなかった。 彼女に指摘された事は決して間違いではない。寧ろ図星と言ってもいいでしょう。 だからこそ腹が立ったのかもしれません。 私でさえ気付く事が出来なかったことを、敵である彼女に突かれてしまった事が。 何かを恐れた。何かを羨んだ。何かを欲した。何かを、言いたかった。 でもそれを否定していた。 今も昔も未来も、それを否定し続ける事で私自身を保とうとしていたかもしれない。 これでは、これでは兄様の犯した罪の方がよっぽど素晴らしかった。 いや、素晴らしいなんて言葉は今となってはおかしいかもしれない。 けれど今まで私が思っていた事は、結局天使達のためにはなっていなかった。 自己満足して、自分自身が同胞を束縛していた。 神に仕えることが当然だと。 神に忠誠を立てることが当たり前だと。 神を守り秩序を乱さないことが最高の幸せだと、そう思っていたんだ。 「・・・くだらないわ。あんな小娘に何が出来るの? 確かにあの神はアブソリュートだけど、でもそれ以上でそれ以下でもないよ。」 「確かにそうだけど、でも違うわ。 何かを起こすことに種族もなにもない。・・・要は努力次第で何にでもなるのよ。」 彼女の願いを叶えたいと思った。 フェイルは「皆が幸せになって欲しい」と言ったが、実際皆彼女自身にこそ幸せになって欲しいと願っている。 思いはやがていつか、叶える事が出来る。 それを信じて私達は生きているんだ。 「・・・・彼女は、幸せになんかなれっこないわ。」 不意に地を見下ろしてソピアは蚊の鳴き声のような小さな声で呟いた。 その時丁度風が吹いたので流石のアスティアも全く聞き取れなかった。 いや、彼女が何かを言っていただなんて全く知らない。 「・・・いいよ、じゃあ私が終わらしてあげる。そんなくだらない幸福論、私が壊してあげる。」 そして、助けてあげるよ。 天使も人間も・・・アブソリュート、貴女も。 終わらせてあげる。全てを、無にかえせば救われる。 誰かを傷つけたり、怒らせたり、泣かせたりしなくてもすむように。 でも絶対に逆らえないように。 「邪魔をするなら、皆殺すから。」 ジャスティでもアルフィスでもロマイラでも、例えルシフェルだとしても邪魔をするなら排除するまで。 ―――――――――・・・ソピア。 突然あの少年の姿が浮き出てきた。 いつもいつも、何故か付いて来る堕ちた天使。 名前は・・・確かラクトだったような気がする。 悲しそうな目をしてずっと私を見ていた。 まるで私を知っているような、拒絶されて孤独に入っている者の瞳だ。 いや、拒絶しているのは事実私だし、実際あの天使は嫌いだ。大嫌いだ。 哀れんだ目で見るあの視線が気にくわない。 私が1人になろうとしても何故か付いて来る。 鬱陶しいと、邪魔だと、汚らわしいと、近づくなと散々拒絶してきたのに。 何故あの天使は私に付いて来る。付いて来ようとする。 何もかもが気に入らない。 真っ白な翼も、穢れていない心も、魔族ではないことでさえ、気に入らない。 「行くわよっ!!」 意気込んだアスティアの声は天使達の士気を上げる。 それに続くようにミカエルも掛け声をあげた。 戦闘開始だ。 どこからか飛んできた炎の種が空いっぱいに舞っているがそんな事気にしていられない。 よく知った呪文も聞こえる。 重なり合う金属の音はどこまでも響き渡り、戦争の恐ろしさを物語らせる。 炎の海がボッと広がり、天からは黒い翼がヒラヒラと揺れ落ちる。 空には黒き羽が、地にはおぞましいほど多くの死体が。 前にはソピアが。後ろにはミカエルが。 そして彼等の傍らには、彼等に忠誠を誓う仲間達が。 「―――――――かかれ!!!」 ミカエルの掛け声と共に喚声が上がった。 地を駆けて今は敵とみなしている魔族に、ミカエルに忠誠を誓った者達が 殺気を丸出しにし、怒りと憎しみの目で睨む彼等に襲いかかる。 それに負けじと魔族らも再度武器を抜き出した。 魔族の中心でソピアが糸で何かを操るような仕草を繰り返す。 どこかで聞いた事のある言葉を繰り返し、瞬く間に業火の炎を生み出す。 「早い・・・っ。」 分断された火種は四方に降り注がれる。 その炎は決して細かく、また軽度なものではない。 少しでもその身に触れれば火傷は免れないだろう。 原型を身に受ければ、炎は大蛇と化し骨の髄まで焼き尽くす。 どこかで見た事があるような、でもないような。 ここまで巧みに操れる術者はそういない。 例え魔族の中で最強の地位にいたとしても、ここまで早く、的確に、巨大な魔法を唱えだすことは容易ではない。 神に等しいものか。また神か。 それほどでなければあのような神業を何度も繰り出すなんて不可能だ。 「―――――不知火!!!」 これ以上魔法を唱えさせないために、アスティアや弓部隊がソピアに一斉攻撃をした。 一瞬目を瞠ったソピアだったが、口元にうっすらと微笑をたたえて襲いかかってくる矢に片手をかざす。 薄暗い紫の幾つも重なった魔法陣が瞬時に見えない壁を作り出した。 戦い垣間に見えたあの光は間違いなく反射(シールド)だ。 ミカエルは歯を食いしばって前にいる3人の魔族を斬り払う。 知らせなければ。 まだアスティアや弓部隊はあのシールドに気付いていない。 知らせなければ。 あのシールドは、反射だけではすまされない。 強い能力を持つ者に相応しいほどの威力が込められている。 例えばあの矢を鉄に変えたり。氷の刃に変化させたりすることだって不可能ではない。 「下がってください!!!」 出来る限り出せる声でミカエルは叫んだ。 それに一秒ほど遅れた後にアスティアが向き直る。 切羽詰った表情をしている彼に多少の驚きを感じながら、ミカエルの言葉に即座に反応した。 まだ遅れをとっている弓部隊の数名の手を強引に引き、言われたままに数歩下がる。 目を白黒させた天使達だったが、その後に大爆発をする音を聞いて背筋を凍らせることになる。 大よそ10〜15m離れているソピアにミカエルは出来るだけ大きく、強大な力を送り込む。 例えあの魔法陣を破壊する事が出来なくても、あれを防ぐ事は可能だ。 出来なければ避け切れなかった者達は死んだと考えておかしくないのだから。 「邪魔を、しないで!!!」 形相をがらりと変えたソピアは翼を羽ばたかせてミカエルに襲いかかる。 黒くくすんだ光りの中から取り出されたのは薄黒い剣だ。 何も無い空間から物を具現化させたことに驚愕したミカエルが一瞬息を飲む。 自然界の原則として、「もの」を具現化させるには必ずそれに対する「消費」のものがいる。 物であれ者であってもそれは変わらない。 原則として「者」から生成する事は天界でも禁じられている。 そこから生まれるものは、大抵が擬似生命体(ホムンクルス)だ。 ガンッ!!! 「何故貴女が、そんな高度な能力を!?」 「そんなこと、アブソリュートに聞けばいいじゃない。」 双方の剣が混じりあう。 火花が散り、甲高い音がここ一帯を覆った。 睨み合いとも言えぬ緊張感が2人の間に作り出され、誰1人として彼等に手出しすることは出来ない。 「アブソリュート・・フェイルさんに、一体何の関係が・・。」 「彼女は貴方達に知らせなかった。 それがどういうことか分かっているはずなのにね。それとも、報告出来ないほど天界は混乱していた?」 妙にアブソリュートに食ってかかる。 最初も今も、戦闘が始まってからもずっとこうだ。 何かがおかしい。こちらを焦らせているのだろうか。 何となくではあるが予測は出来ているつもりだ。 けれどそれは一つに絞られるものではない。 違和感がある。ソピアから、彼女から感じられあの力。 すぐ傍で感じたことがあるはずなのに、どうしてなのか中々思い出す事が出来ない。 いや違う。避けているんだ。 認めたくなくて、わざと避ける思考に傾いてしまっているんだ。 「・・・まさか・・・。」 嘘だろう、と頭の中で数え切れないほど否定する。 誰かにそうじゃないよ、と言って欲しかった。 けれど、確信をついたミカエルの瞳にソピアは冷笑する。 間違いないんだと、まるで死刑囚が裁判を下されたような、生きた心地がしない感覚に陥る。 「もう遅いよ。」 「そんな、まさか・・。」 狼狽の色を隠せないミカエルは一歩引いた。 知らず知らず剣を下ろし、相変わらず驚愕の瞳でソピアを凝視する。 彼の尋常でない様子にアスティアは怪訝そうな顔をしていた。 「だってほら、気付いてるんじゃないの他の天使は。私がいることであんなにも動きが鈍くなっているんだもの。」 ソピアは嘲け笑うかのように天使達をぐるりと見回した。 彼女が言うように、確かに動きが鈍い。いつもの彼等とは違う。 何かに耐えるように、引きつった表情で武器を振るっている。 「シギが倒れこんだあの時、確かに魔力と魔力の衝突だと確信しました。 けれどそれがどうしてなのか分からなくて、答えを見つけ出すことは出来なかった。 魔力の衝突なんて早々起こるものではありません。」 「ミカエル?」 「・・・・どうして気付く事が出来なかったんだ、私は。 こんなにも違和感を感じていたのに、答えはすぐ傍にあったというのに。」 「ちょ、ちょっと。何1人で答え出してるのよ。」 ふらつくような足取りでミカエルは再度ソピアを凝視する。 相変わらず彼女は冷たく微笑んだままだ。 「・・・どうして貴女が、アブソリュートの力を持っているんですか。」 「なんですって!?」 アスティアの困惑した声が響いた。 苦しそうに顔を歪めるイスカさえもそれに反応したほどだ。 部下達も驚いた表情で一瞬動きを止めた。 無理もない。 今までの経緯を知っているミカエルならまだしも、何も知らない天使達には衝撃的な事なのだから。 ――――――アブソリュートの力が奪われた・・・? そんなまさか。だって彼女は、ルシフェルの手から生還してきたのだ。 それは確かに衰弱しきっていたが、それでも今は戦場に出られるほど回復している。 どこにいるかは分からないが、それでも彼女は戦っているはずだ。 新しい光りが現れた事で、地位の低い我等天使もそれを糧にして戦っているのも間違いではない。 彼女は躊躇いなく天使達に手を差し伸べた。 一緒にいる事を楽しんで、笑ってくれた。 そこには種族の差別も地位の差もなにもない。 真に伝わってきた慈悲深さと謙虚さにどれだけの天使が彼女に惹かれただろうか。 隔てがない彼女の寛大な心。 神としてそれはある意味間違ったことなのかもしれない。ゼウス神がいればまさにそう指摘するだろう。 けれど、それでも彼女は「そんなことは関係ない」と言う。 私は私で、貴方は貴方で、1人1人それぞれ色んな心を持っているんだ、と。 「そんな・・・フェイルさんの力がどうして。アブソリュート神であるあの方の力を奪うことなんて、不可能だ!!」 戸惑いを隠す事が出来ないままイスカは吼えた。 またそれは他の天使達も同感のようで、同じ様に困惑した表情でソピアを見ている。 それを見計らったように天使を襲う魔族もいた。 斬られた痛みに悲鳴をあげる声が木霊する。 我に返った天使達は、己のしなければならないことに気付くと、もう一度剣を握りなおした。 「不可能?じゃあどうして私は力を手に入れる事が出来たの? どうしてルシフェルは私の心臓に彼女の魂を焼き付けたの。」 「アブソリュートの、魂・・・? 兄様が、ルシフェルがどうして。」 困惑することが立て続けに起こる。 ありえない、と頭の中で強く拒絶する。 ――――――――ザンッ!!! 「――――くっ!」 隙を見計らってソピアが攻撃してきた。 それを間一髪避けたものの、数本の髪が地に落ち、色の白い頬からは赤い鮮血が生々しく零れている。 それを乱暴に拭うと、ミカエルは数回深呼吸して自身を落ち着かせた。 今の状況では完全にこちらの不利だ。 落ち着け、落ち着くんだ。 何を言われても、それを鵜呑みにしてはいけない。 そうしないと絶対に負ける。 負けるわけにはいかない。勝利しなければ、何が何でも。 「その理由が何であれ、私は彼女の力を手に入れた。私を止められる者なんて、いないっ!!!」 見たこともない魔法陣からまた新たなものが具現化させられる。 剣が鎌に変わった。 刃は背だけではなく内側にもついている。 あんな物騒なものを振り回されれば確実にまず1人は餌食になるだろう。 「何ボサッとしてるのよミカエル!」 危うく餌食になりそうだったミカエルを怒鳴り散らして突き飛ばした。 ソピアが過ぎ去ったと同時に彼女の舌打ちが聞こえた。 バサッ、と大きく翻りもう一度斬りかかろうとする。 けれどそれよりも早くアスティアが矢を放つ。 「――――――剛衝天!!!!」 「ちぃっ!」 矢は鎌で薙ぎ払う事が出来たが、体勢が崩れた。 我に返ったミカエルは、その隙を見逃さず詠唱を始める。 呆然としていたイスカや天使達も勢い良く敵に斬りかかる。 『 陰を司りし黄昏の星々よ 永久の眠りから解き放たれたオルフェウスよ 伏して願わくば彼等に一時の安息を与え給え 』 ――――――――シャドウクロス!!! 足元に、当たり前にあった影が何かに操られるかのように浮き出した。 それに驚いたソピアであったが、逃げても逃げてもどこまでもついてくる影に舌打ちする。 四肢裂かれたと同時にそれがソピアを拘束した。 ギリギリと締め付けられる苦しさに、ソピアは露骨に顔を歪ませた。 「う、ぁ・・・。」 体が軋む音がする。 このままでは、あばらの1本2本は軽く折れるだろう。 だがそれくらいの事では私は倒れない。 私を超えられる者なんていない。 私が、私が皆殺しにするんだ。 それが私の役目。私の使命。私の、意志。 ――――怖いよ。 違う ――――痛い。苦しい、助けて。 違う こんな感情はない 私は強い。誰よりも、何よりも ――――ー助けて、助けて。おにいちゃん。ラクトおにいちゃん。 違う違う違う違う違う・・・・!!! あんな奴いらない あんな落ちぶれ者なんて必要ない 「・・っあ・・。」 「今だっ!!!!」 いらない。あんな奴 あんな天使 あんな、臆病者 あんな、あんな・・・・ 「お、に・・・・・ちゃ・・・・・。」 私がほしいものは、ただひとつだけ あんな天使、いらない 「ソピアーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」 あんな天使、大嫌いだ