おかしいよな、人間って 本当、どうしてそこまで必死なんだろうってくらい必死で 頑張って、傷ついて でもまた立ち上がって 愚かなくらいに、バカみたいに必死だよお前らはさ そうそう、これで俺を軽蔑しないでくれよ 俺だって生きる事が出来たなら お前達と同じ様に生死を共にしていれば 俺だって、本当はさ・・・・ あぁほら ほんっとう、お前等ってバカだよな こっちが泣きたくなるくらい頑張ってるし ・・・・・泣く? いや、そんなの俺には全く感じられないんだったっけ 適当な事言ったな、・・・悪い でもさ 俺だって好き嫌いはあるんだぜ? 驚いたろ、まさか俺にってな 俺にはお前達がどこにいようが丸見えなんだよ だから隠しても無駄 お前達が思うこと感じることくらい俺はお見通しだから 本当に見えない未来だよ お前とお前 どっちが、この世界を興すんだろうな 本当に、俺も生き物も救いようがないくらい、可哀想で愚かでバカだよ ■天と地の狭間の英雄■ 【狩】〜踊らされるもの〜 「今回は、殺すまで見逃してなんかあげなからね〜。」 にたにたと笑う少女の足元に、ごとりと鈍い何かが落ちた。 後ろの方は毛が生えていて、切れ目を考えるとそれなりに長かったのだろうと予測がいく。 白に近い金の毛は所々宙を舞っていて、それを人房すくいあげると血の色が混じっている事に気付いた。 顔を蒼白にして、嫌な汗が流れて、けれど決してそれから目を離すことが出来ない最悪な状態。 本当ならばさっさと嫌なものから逃げてしまいたいのだが、如何せん状況が状況だ。 「・・・何でよりによってあいつやねん。」 げっそりとした様子でアレストが肩を落とす。 顔色は一層悪くなり、今にも倒れそうな勢いだ。 それとは対照的に彼女の仲間である2人の青年の表情は硬い。 特にシギが、普段は見られない憎悪の瞳で目の前にいる魔族を睨み付けている。 彼は今にも魔族に飛びかかりそうだが、それを既にのところでシリウスがシギの腕を引っ張った。 ハッとして、驚いた顔をして振り返ったシギは、無言で首を振るシリウスを凝視してしまう。 そして今、己にゆとりがないことに気付く。 知らず知らずの内に掌を強く握っていたせいで、開いて見ると案の定真っ赤だった。 爪に食い込んだせいか、少々痛々しい。 (それほど、憎いって証拠だよな。) 自嘲するかのようにフッと笑った。 本当におかしいと、愚かだと。 誰かに止められるまで自分が自虐的になっているだなんて思いもしなかった。 怪我さえも、流れ落ちる血の臭いさえも、何も気付く事が出来なかった。 愚かだ。 何を、焦っている。 「無理するな。」 「いや、大丈夫だ。・・・サンキュ。」 心配そうに差し伸べる手を、まるで逃げるかのように軽く振り解く。 シリウスはさほど驚いた様子もなく、差し出した手を下ろした。 シギがこんなに苛立っているのも、焦っているのも、不安がっているのも、誰よりも分かっているつもりだ。 憎くて憎くて仕方が無い相手が目の前にいれば 殺したいくらいの衝動に駆られる者が手の届く場所にいれば 誰だってその憤りを止める事は出来ない。 けど生きているからちゃんと理性はある。 誰かが止めてくれなかったら多分そのまま突っ込んで行っていただろうけど 今はちゃんと止めてくれる仲間がすぐ傍にいる。 「ひ、久しぶりやなロマイラ。景気はどないでっか・・・?」 「うん、アレストちゃん久しぶり〜。 今日はね〜、いっぱいい〜ぱい殺していい日なの!だからあたしすっごく機嫌が良いんだぁー。」 「・・・・・せやか。」 あの切り裂き魔少女ロマイラに聞いたうちが馬鹿やった。(反省) 「・・・そう言ってる割には、随分なご登場じゃねえか。」 ご機嫌な事には間違いないのだが、その笑顔の後ろにある膨大な数の魔族は尋常ではない。 飢えた赤い瞳を向ける獣は、ロマイラの指示があればすぐに手近な獲物を捕らえるだろう。 牙を剥き出しにし、威圧的な鋭い視線を受ければ誰でも怯む。 正直なところ、人間相手より獣の方が扱いが苦手だ。(アレストが) 素手で殴る、足で蹴る。 勿論人間だからと言って良いわけれはないのだが、ロマイラが従えている魔獣はどうも合わない。 投げ道具を所持しているが時間が経たないうちに底を尽きるだろう。 ・・・やっぱり駄目だ。ちゃんとした「武器」を使わねば。 「言ったでしょ〜?今日は殺すまで見逃してあげないって。」 「・・・何アホな事ぬかしてまんねん。うちらやてあんたにそう簡単に伸されてたまるかっての!!」 ダンダンっ!と地団駄を踏みながら、キャンキャンと犬のように吼える。 緊張感の欠片も無い動作に思わず顔が引きつる天使軍。 本当に今まで戦ってきた人物なんだろうか、と思わず己を疑いたく思ってしまった者も中にはいた。 「やはり、お前等も現れたか。」 その中で、唯一真剣な話を持ち出したシリウスにロマイラは機嫌良く振り返る。 だがその無邪気な笑みからは全く違う異質なものが感じられる。 あれは、狩をする者の眼だ。 獲物を狙う眼はまさしく獣。 狙った獲物は絶対に逃さない。 「これで決着を付ける気なんだな、お前ら魔族も。」 それは神族も同じ事だ。 今まで何度戦争があり、そしてどれだけの被害が出たのかは詳しくは知らない。 こんな所と比べたら、よっぽど地上界は平和ボケしているのだろう。 だからこそ自分達は550年以上前の、かつての英雄が活躍した戦争しか知らない。 戦争なんて遠い存在だと、兵に囲まれている者は少なからず思うだろう。 現状を見極める事無く、ただ己の見たものだけを信じ切って。 神も魔族もそれを愚かだと言う。 考えて見ればそれが当然の結果だ。 だから地上に生きる「人」は彼等上にいる者に蔑まれ、見下される。 「そうだよ〜・・・あ、でもね。 ここであたし達が勝ってあんた達全部殺しちゃったらさー、あたしの欲求が満たされないのよね〜。」 「・・・黙れ。」 「でもまだ地上界に腐るほど人間がいるから〜、暫くは遊べるかなぁ?」 「黙れっ!!!」 半ば狂ったような声でロマイラの会話を遮ったのは他でもないシギだった。 今にも掴みそうな勢いのシギを今度はアレストが懸命に止める。 だがまだ理性は保っているのか、そう簡単には斬りかかったりしないだろう。 伊達に高位に就いているだけじゃない。 「そうカッカしてると血管ぷっつり切れちゃうよ、シギ。」 まるでこうなる事が分かっていたかのように、挑発するように嘲笑う。 その1つ1つの行動がどれだけシギを苦しめているか。 目の前に仇がいるのだから、そりゃあ誰だって黙ってはいられないだろう。 けれどここまで挑発させられても決して取り乱さないのは、上に立つ者だからなのか、 はたまた彼の意思が強いのか。 「きゃはははっ!!特にあんたは徹底的に痛めつけてあげるよ〜。早くお友達の所に行きたいんだもんね?」 「き、さま。・・・よくもそんな事が――――!!!」 「そうそう。あの天使も今のあんたみたいな顔してたよ〜。 ほんっとうに馬鹿な天使だねぇ、あの天使もあんたも。 でもさ〜、あんたのお友達は特別にあたしが使ってあげてるんだよ〜?」 感謝してね。 その時だった。 この狂った魔族が言い放ったと同時に、何かが奥底で小さく音を立てて崩れたのは。 暖かな記憶と共に、何か冷たくてドロッとした感情が何かを蝕んでいく。 全ては戦友のウリエルとの記憶。 そして刻まれたのは血塗られた現実。 ただ思い起こされるのは、長いようで短かったかつての同胞との会話。 噛み合わない会話だってのは今までもずっと覚えている。 けれど誰よりも、もしかすれば今のミカエルよりもずっと意思疎通していたのかもしれない。 だからこそ憎い。 誰よりも何よりも、今目の前にいる黒い悪魔が憎くて仕方がない。 返せと叫びたい。けれど返ってこない。 似合わない白き翼を、同胞の翼を今すぐにでも焼きつくしたい。 でもウリエルの存在を消すような勇気は俺にない。 憎くて憎くてどうしようもないくらい狂っているのに、 何故俺は今すぐにでもあいつを殺す事が出来ないんだ。殺そうとしないんだ。 「シギ、落ち着かなあかん!!」 ボゥッとする頭の中で、何度も制止をかける声が響く。 それは1人2人ではない。 ほとんどが同じ人間。それも2人だが、その途中でちらほら他の声も混ざった。 あぁ、確かこの2人は仲間だよな。 アレストに、シリウスだ。 ボンヤリする頭をどうにか起こして、ゆっくり振り返った。 その途端にアレストは悲しそうな顔をして顔を歪ませる。 何でだろう、と安心させるために微笑もうとするがそれはどうやら逆効果だったようだ。 ますます不安そうな表情になっていくアレストに、流石に驚きと心配を隠せなくなったシギは、 震える声を、何故か喉に突っかかりそうな声を懸命に出した。 「・・・どう・・・。」 「何で、そんな顔するんや。」 「・・・アレスト?」 「辛いんやったら辛いって言ったらええやん。痛いときは痛いって。悲しいときは悲しいって。」 ますます分からなくなってきた。 心配させないつもりでいたのがどうして仇となったのか分からないが、 正直、彼女にこんな悲しそうな表情をさせるのは胸が痛い。 「アレスト?」 「シギが今どんだけ苦しいか、一応うちでも分かっとるつもりや。 けどだんまりやったら・・・うち頭あんま良くないさかい、理解は出来へん。」 今にも泣きそうで、でも絶対に泣くもんか、とその強い瞳が訴えている。 あ、俺これが好きなんだよな。 強くて絶対に曲がらない。 何があっても信念を貫き通す、優しいけど堅く強い瞳。 「うちだってあんたの事心配や。シギに何かあったら何処にいたって絶対に駆けつける。」 「アレスト・・。」 「だからな、1人で抱え込まんといてや。うち等も皆も、あんたの事大好きやねん。」 そうアレストが言った途端にシギの表情は一変する。 これまでになく瞠目して驚きを隠せないでいる。 それどころか、次に何を言えばいいか分からなくて呆然としていた。 目を泳がせて、アレストを見、シリウスを見、そして同胞を見まわす。 皆アレストの言った事に賛同なのか、何も言わず、ただ真剣にシギを見ていた。 「お前ら・・。」 「あんた1人でロマイラは倒せへん。 うちらがいても難しいかもしれへんけど、でも少しくらいなら加勢になる。」 呆然とするシギの傍らに立ち、アレストは自信たっぷりの笑みで彼の肩を数回叩く。 決して優しいものではないが、それでも今の彼には十分過ぎるほどの励ましだった。 「無駄な作戦タイムはおしまい〜?もうそろそろ狩り始めてもいいかなぁ?」 焦らされて拗ねている子供のように、頬を膨らませている分は十分子供だ。 けれど最後に言った「狩」という言葉はいただけない。 彼女の後ろに待機している魔獣達は、唾液を地面に垂らしながら、 獲物である天使達を凝視して離さない。 よく考えて見れば、ここで犬のような「待て」の体勢でいられるのは逆にすごい事なのかも知れない。 その事はどうでもいい。 アレスト、シリウス、シギはお互いの顔を見合わせて意志を再確認するとほぼ同時に頷いた。 それに少しだけ首を傾げたロマイラだったが、すぐに興味なさそうに視線を動かす。 物欲しそうな目で血に染まった己の鎌をなぞり、何を思ったか人差し指に切り傷を入れた。 そこから引力で地面に小さな池を作る。 ポタポタと零れる地を見つめて、ロマイラは嬉々としていた。 その様子がどれだけ狂気なのか分かっているのだろうか。 滴り落ちる己の血を舐めとると、ロマイラはいつしか見せたあの冷笑で天使達を威圧する。 「もういいよね。もう、狩ってもいいよねぇ。 散々待たされたんだもん。いっぱいい〜っぱい、切り刻んでもいいよね?」 誰に問うわけでもなく、まるで自分に言い聞かせるかのようにロマイラは呟いた。 一瞬たじろいだが、彼女から目を離すことはなかった。 もしかしたら離すことが出来なかったのかもしれない。 あまりにも楽しそうにしているから。 狩る事を、何よりの喜びとしているから。 次に殺されるのは自分なんだと、錯覚しそうになったから。 そして気付く。 彼女が従える魔獣の動きが変わった事を。 毛を逆立て、赤い瞳を瞠目させる。 「・・・・・覚悟しとけよ。」 誰にでも聞こえるくらいの声でシギが呟いた。 それが誰に対するものなのか。 敵なのか味方なのか、それとも自分自身になのか。 それは彼にしか分からない。 ―――――――ピュイィィィィィィイイイ 親指と人差し指で輪を作ったロマイラは、ゆっくりそれを口に持っていき、慣れた手付きで思い切り吹いた。 高く澄んだ音は風を切り、天高く響き渡る。 どこかでこの指笛に答えるかのような獣の鳴き声が聞こえた。 それまでの微風が、一瞬だけだが突風に変わる。 枯葉が宙を舞い、砂埃で当たり一面真っ白になる。 そしてまた、風が変わる。 風を切る音が 風を裂く音が そして、忘れられないあの視線が 「――――――――奴を逃すな!!!」 シギの声がした途端に、目の前を遮っていた白い砂埃が裂けた。 ――――――ザン!!!! 「――――――くっ!!」 風を切る音と共にやってきたのは、紛れもない赤い鎌だ。 それを間一髪で避けたものの、既に腹部辺りの布地に切れ目が入っている。 負けるものか。負けてはいけない。負ける事は許されない。俺が、許さない。 そして死なせるものか。 これ以上、俺の大切な者達を。大切な場所を。 何に変えても、命枯れ果てたとしても。 ―――――刹那の激震!! 一瞬だけ構えた後に十字を切ったシリウスは、その場からすぐに離れた。 彼のいた場所から地面が割れ、飛び散った破片が敵を襲う。 足をもぎ取られた魔獣は、苦しそうに吼えるがそれでも尚立とうとする。 その姿は恐ろしいほど勇ましく、たとえ手足共々引き千切れたとしても、 この魔獣らは決して休む事はないだろう。 地の果てまで追いつめて、その牙で肉を裂かない限り彼等に安息は与えられない。寧ろ必要ない。 彼等は壊すために生まれた。魔族の命にだけ従うために。 自身の欲望を満たすだけのために、今走っている。 「ほらほらほら〜!!他所見してる暇なんてあげないからねーーっ。」 シギの攻撃なんて何のその。 黒と白の翼を羽ばたかせてロマイラはどんどん天使を裂き込む。 彼女が走る場所には必ず血が噴出しており、中には首を刎ねられていつまで経っても 出血が止まらない者もいた。 戦闘の邪魔になるそれを、心の中で謝りながら蹴飛ばす。 時には死体を盾にして、裂き込まれるのを防ぐ者もいた。 「ぁぁぁぁああああっ!!!!」 気合を入れる声と共に響いたのは激しい破壊音。 一体の魔獣に業を決め込むと、今度はそこから連携で新たな業が繰り広がる。 刹那の如く、左手で一体の魔獣を掴みあげるとそれを地面に叩きつけた。 その後の事なんて全く気にしないで、次の獲物を探す。 乾いた土に、あれだけの早さと高さで殴り落としたのだから、やはりかなり堪えているようだ。 起き上がろう起き上がろうとするが、既に何本かの骨が折れているらしく、立てない状態でいた。 「こっのおぉぉお!!」 殴っても蹴っても次々襲い掛かって来る魔獣。 しつこさはその辺りにいる魔族と比べても数倍高く、今までどれだけ「くどいくどい。」と言ってきた事か。 動けなくてもまだ死んではいないので、目だけなら動かすことが出来る。 何処に行っても、何処を向いても感じるねっとりとした視線。 ここは戦場であると言うのに何故こう、居心地が悪くなるのだろうか。 後ろに気を取られている余裕はないと言うのに、よくもまあ嫌な攻撃をしてくるものだ。 これでは身体よりも精神が先にやられそうだ。 「アレストっ。」 ドン、と小さな爆撃が起きた後、魔獣で埋め付くされていた場所に狭い通路が出来た。 その先にシギが手を差し伸べている。 恐らく彼が放った魔法だろう。 一直線に放たれた刃は、見事アレストのいた所の手前で止まっていた。 暫し呆然としていたアレストだったが、切羽詰ったようなシギの声に押されて 少々慌てたよう様子で駆け出した。 全力疾走をしたアレストは、掴みかかる勢いでシギの所まで辿り着く。 差し伸ばした手を、出来るだけ近くまでいくように彼は前進に身を傾ける。 握り締めた体温を感じながら、シギはそれを強く引っ張った。 ――――――水神の微笑 アレストを引っ張ったと同時にシギは十字を切った。 青白い光りと共に現れたのは美しい美貌の女の精霊だ。 人間体ではない透明さに驚きはしたが、それが自分達にとって害を与える存在ではないと確信する。 それが大きく翻ると、女の身体は更に薄くなり、まるで雪が溶けるように掻き消えていった。 まるで水のようなものがシギやアレスト達を覆う。 その反面、魔族に水神の容赦はなかった。 溶けた後に氷の刃に変化し、氷柱の形をかたどったそれは追いかけるように魔獣を襲う。 氷の重さと、意外なほど鋭利なそれに傷つけられる魔獣はたちまち悲鳴をあげた。 地面に突き刺さった氷柱はその勢いを衰える事無く、今度は地面を蝕んでいった。 地に足を付ける魔獣を足止めし、しまいには完全に凍らせてしまう。 「今だ!この隙に仕留めろっ!!!」 あまりに唐突な事なので、暫し唖然としていたアレストだったが、 頭上から聞こえる大声にハッと顔を上げた。 同時に後ろに控えていた天使達をシギ越しからひょっこり覗いて見ると、 案の定憤怒の形相とでも言うべきなのか、物凄い勢いで迫っている。 思わずあんぐりと大口を開けてしまいそうになるのをどうにか止めて、シギから離れて辺りの状況を見回した。 「シギ、シリウスは?」 そう言えばさっきから見当たらない。 彼の戦闘能力からして倒されている事はまずないだろう。 それに相手は魔獣だ。 ただそれと同時にロマイラの姿も見当たらないので、余計に彼の心配が止まらない。 それでも、シリウスがそう簡単に倒れるわけないだろうが・・・。 「きゃはははっ!!!!」 「うっひゃぁぁああっ!!?」 冷たい殺気を感じたと同時に飛んできたのは鎌だ。 武器が通り過ぎた後も、まるでカマイタチの如く風が頬を切りつける。 一体あの細腕にどれだけの腕力があるのか知らないが、尋常では考えられない力をロマイラは持っている。 それに負けじとロマイラを探すが、一歩遅し。 既に後ろに回っていたロマイラは、宙で逆立ちするようににやりと笑っていた。 「――――――ロマイラっ!!!」 アレストの首に手をかけようとしたが、怒りに満ちたシギの声でストップした。 勢いに任せたシギの攻撃はいつもより数倍荒々しく、そして威力が上がっている。 一瞬の隙をついたアレストは、跳ぶ様に後ろに下がる。 何処にも怪我がない事を確認したシギは、再度殺気立った目でロマイラを凝視した。 それに恐れる事無く、寧ろその視線を快感とさえ思わせるのか、随分とご機嫌だ。 逆にシギは挑発されているような感覚に陥って仕方がない。 こちらの気分を逆撫でするような、人に負の感情を持たせるのを大の得意とするロマイラに 流されてしまうそうだ。 「舞い上がる火達磨!!!」 「まだまだ〜!そんなちっぽけな攻撃じゃあたしに掠り傷すらつける事出来ないよ〜?」 「くそっ、待て!!!」 くるくる動き回りながら遊ぶように飛び回るロマイラにシギは焦らされる。 より大きな力を、より速いスピードを。 求めるのはないものばかりで、段々勝ち目があるのか無いのか分からなくなってきた。 けれど、何が何でもこの勝負に負けるわけにはいかない。 勝って、あいつに伝えないと。 あいつの敵討ちを。あいつの無念を晴らすために。 ただ、解放させてやりたい。 あの女から。魔族から。 魂を、それだけを。 真っ白な世界に、還してあげたい。 「シギっ!!」 アレストの制止も虚しく、羽ばたく翼を追いかけたシギ。 既に周りが見えていない。 味方の天使を押しのけて、ただ宿敵を追う。 けれどその姿は、集中力さえも衰わされていることに彼は気付いているだろうか。 無駄に体力を消耗され、感情を逆撫でされ、どんどん彼女達の思惑通りになっていることに。 「シ・・・」 「避けろアレスト!!!」 もう一度、この声よ届け。 祈る形で走り去るシギの背に声をかけようとしたが、突如現れた人物にそれを阻害されてしまう。 その人物が、今まで探していたシリウスだと言う事に気付くと、アレストは目を大きく見開けて、 そして咄嗟の彼の行動に思わずその場を飛び退いた。 地面から現れたのは、これもまた氷柱だ。 獲物を捉えた氷は彼の周りにいる魔獣の自由を束縛する。 それに勢いをつけ、まるで弧を描くかのように叩き斬る。 大剣の切れ味と重さで堪らず悲鳴をあげた。頭から叩き落とされるものもいた。 飛び交う血を振り払うかのように、返り血がこびり付いてもシリウスは動くことを止めない。 確実に、失敗する事無く次々と魔獣の息の根を止めていく。 「シリウス!?」 「何ぼけっとしてやがる。さっさとお前も構えろ!」 「け、けどシギがロマイラを追って・・・。」 「馬鹿野郎!! あいつがそう簡単にくたばるわけないだろ。今はシギよりも、こっちの方が最優先だろうが。」 戸惑うアレストに構わずシリウスは彼女を叱った。 冷静になって彼の四肢を見て見ると、そこにはおびただしいほどの血がついていた。 それが誰のものなのか分からないが、彼自身の傷もあるだろう。 それを意味するのは、彼が、シリウスがこの短い時間で相当の魔獣と対峙していたことだ。 「・・・・・了解っ!!!」 ブンブン、と頭を振って、敬礼するように手を頭の近くに寄せる。 心配をかけないように。 今誰よりも冷静なのは恐らく彼だろう。 そして、誰よりも人の表情を読み取る強者でもある。 そんな事を感じさせないくらい凛としているが、本来は柔らかい気質の持ち主なんだとアレストは知っている。 「・・・行くぞっ!!」 掛け声をあげて2人は向き直った。 何も言わず、お互い頷くとそこからいつものような戦闘が始まる。 地上界で戦っていた時と同じだ。 ただ少しばかり敵が鬱陶しいものになっただけ。 けれど今2人の息はぴったりで、地上でどれだけ戦闘を重ねていたか証明されていた。 敵の中に駆け出したのはほぼ同時。 大剣構えたシリウスとナックルを装備したアレストが互いに叫ぶ。 その足の速さは魔獣に劣らずで、ちょうど魔獣の手前まで進んだ後にバッと彼等の姿が瞬時に消えた。 突然の事で、今にも噛み付こうとしていた魔獣が混乱状態に陥る。 その一瞬の隙を、見逃さなかった。 「くらえっ!」「一撃必殺ーーーっ!!!」 最初に飛びかかったのはアレストだ。 体を丸め、敵の隙をついて腹の辺りを一気に殴り込む。 上に持ち上げたそれを今度は見事な跳躍で蹴り落とした。 それが落ちる前にシリウスが待っていたと言わんばかりに、戦闘でよく見られる冷笑を浮かべた。 天から落ちてくる敵目掛けて、彼は大剣を勢いよく飛ばす。 ぐるぐると回転した大剣はかなりスピードがあり、あんなものが当たりでもしたら その部分の肉体はぼろりと切断されてしまうだろう。 シリウスの計算通りだったのか、魔獣はどんどん大剣に呑みこまれる。 空から血の雨が降り、所々にごろごろと四肢や胴体が落ちる。 それを一瞥したシリウスは、戻ってきた大剣を片手で受け止め、 また新たな敵と対峙しているアレストの元へと走った。