空を飛んでいる際に聞こえる同胞の声を振り切って、ひたすら誰かを探すために懸命に辺りを見回す。 (誰か・・・いないか。この際誰でもいいんだ。) これでは負けてしまう。失ってしまう。 自らを血に染めてでも、守ると決めた人達が。 ―――――――――――――――っ! 「・・・・この魔力の反応は。」 魔力が強い場所を手当たり次第探し回っていたイスカはふとスピードを緩める。 最近知りだした、だけどとても信頼のおける優しい気配だ。 気配のする辺りからは驚くほどの活気が出ていて、多くの命の灯火が見える。 上から見下ろしても十分分かる。その場所だけ妙に魔族の数が少ない。 場所は、城よりずっと先だが魔族が溢れ出てくるポイントでもある。 それにもかかわらずそこには多くの同胞がいた、彼女も、彼もいた。 「どうして、こんな・・・。」 泣き笑いしそうになる衝動を抑えて、イスカは舞い下りた。彼女の元へ。 ふと現れた気配と姿に、少女は驚きながらもイスカに微笑んだ。 ■天と地の狭間の英雄■        【合流】〜更なる混乱〜 「・・・大体の経緯は分かった。」 「うん、すぐに私達も応援に行くね。」 ミカエル様からの言伝をそのまま話すと、リュオイルとフェイルは戸惑う事なく微笑んだ。 そこら中に怪我を負っているものの、どれも死に値するものはない。 こちらの方では神族の数が大変減ってきているのに対し、ここはほとんど数が減っていない。 いや、元からいた人数を把握していないので何とも言えないのだが、 ミカエル様の元にいる数の約3〜4倍の人数がここに揃っていた。 しかもその天使達も重傷者は数名しかおらず、更に言うならば癒しの天使の治療が十分行き届いている。 普通なら考えられない状況だ。 それを、彼女と彼が2人で導いてきたのだ。大勢の天使を。 全員が一致団結したなんて信じられないが、実際彼等は満足そうな表情をしている。 それが何に対してかは分からないが、普段の表情を見慣れているイスカにとって 彼等の表情はまさに信じられないものであった。 「でもイスカがここに来たって事は、相当なんだな。」 「そうだね、私達もぐずぐずしてられないよ。」 「・・・はい。2人が一緒で、しかも近くにいてくれて良かった。」 ミカエル様達がいる場所からここはそう遠くない。 天使ならば飛んで行けるのでそう時間は掛からない。 徒歩だとしても途中で襲われない限りは10分〜15分で辿り着ける場所だ。 「大天使達に場所は知らせてあるので、彼等を先に行かせます。  2人は俺が案内しますので付いてきてください。」 「うん、でもちょっと待って。」 「・・・?何でしょうか。」 急がなければ。 表情こそいつもと変わらないが、心の中では正直焦っていた。 それを知って知らずかフェイルさんは俺の腕を掴んだ。 相手が相手だけであって乱暴に振り払えず困惑していると、フェイルさん小さく言葉を紡ぎだした。 暖かな光りが傷口に触れ、静かに傷を塞いでいく。 「フェイル様・・・。」 「様はいらないって言ったよ?私達友達だもん、そんな隔たりいらないよ。」 「これから敵陣に行くってのに、お前随分やられてるから。  それにフェイルを止めた所で彼女は聞いてくれないよ。全く、こういうことは変に強情なんだからさぁ。」 「えへへ〜、でもそうしないと私の気が納まらないもん。」 「分かってる、でもそれで何かに巻き込まれたりして心配かけさせないでくれ。」 「・・・うーん、善処します。」 笑うとこじゃないだろ。そう言ってリュオイルは人差し指で軽くフェイルの額を小突いた。 その行為にギョッとしたイスカはザッと顔色を変える。 御守りし絶対の信頼をおく神に対し、あの行為は不敬罪だ。 だがそんな法を知らないのか、それとも全く何も考えていないのか、フェイルははにかむばかり。 「とりあえず、これで大丈夫だね。どこも痛くない?」 「いえ、あの・・・本当にありがとうございます。」 「どういたしまして。」 ここにいた天使達を上手く振り分けて、彼等が羽ばたいて行くのを3人は見届けた。 さぁ、今度はこちらが急がねばならない。 出来るだけ速くミカエル達の元に急がねば彼等とてその強敵を相手にするには分が悪いだろう。 だからこそ先に飛べる者達を行かせたのだがそれでも心配だ。指揮する者が少なすぎる。 ミカエルにシリウス、そしてアスティア。天使の数は既に50を切っている。 それに対し敵はアスタロト、ソピア、ラクト。魔族は大分片付いてきたがこちらは50以上。 長期戦に持ってこられると厄介である。 「大丈夫、私達が着くまできっと持ちこたえてくれるよ。だから、ね。」 不安げな表情をしているイスカにフェイルは優しく微笑んだ。 自分よりも他人を気遣う美点(時として問題になるが)でさえ素晴らしいと感じるのに どうしてこの人はここまで他人の心に入り込むのが上手いのだろうか。 しかも策略ではなく無意識なのだから驚き。 「そう、ですね。」 3人は急ぎ足で目的地に向かっていた。 時折死にそうになっている者を見つけるとやはりフェイルが治しに行く。 そのたびにリュオイルが叱っている」のだが相変わらず彼女ははにかんで笑うだけだ。 ちっとも直す気がない。 リュオイルも頭では分かっているのだが、口から出てくる言葉はいつもとさほど変わらない。 多分彼は諦めているんだろう、フェイルが止める事はないと。 だけどそれで放っておくわけにはいかないから、毎回毎回同じ注意を促す。 危険になれば全力で阻止して、泣いて喚こうが彼はフェイルを守るだろう。 今の彼の眼差しは、心配そうな過保護の親同然だ。 (待っていてください、ミカエル様、みんな。) もうすぐ辿り着ける。 ミカエルが放つ独特の強い命の光りはまだ消えていない。 そして、天使とは全く違う色を持つ人間の彼等の気配も、まだ健在だ。 考え事をして歩いていると、普段は気付く些細な事をうっかり見逃してしまう。 フェイル達を見つけた事で安堵していたのが不味かったのか、 3人の周りはお世辞にも良いとは言えない気配が漂っていた。 この気配ならば間違いなく天使であるイスカが真っ先に気付くのだが、大分遅れてからそれを察知する事となる。 「待てイスカ。・・・少しおかしい。」 最初に気付いたのはこんな時でも神経を研ぎ澄ませている武人のリュオイルだった。 穏やかな表情は一変し、目を細めて薄暗い影を胡乱気に見回している。 それに少し遅れてフェイルも表情を変えた。 杖をギュッと持ち直し、辺りを警戒しながらリュオイルとぴたりと背をつけた。背後を取られないためである。 「嫌に静かだ。それに、この気配ただ事じゃない。」 「よく分かんないけど、すごく苦しい。痛いって言うのかな、何か背筋が凍っちゃいそうで・・・。」 つまり怖い。 静か過ぎて、誰の声も聞こえなくて。 だがそれは不自然だ。たとえどれだけ離れていても、ここは戦争をしている。 爆発音や悲鳴、金属の重なり合う音が聞こえなかればおかしいじゃないか。 頭を冷やし、何とか状況を呑み込もうとしたフェイルはふと足元のある一点に集中する。 何かが転がっている。それが何なのか分からないが、嫌な予感は更に高まった。 (・・・何?) フェイルの中にいるアブソリュートが強く脈打った。 鼓動は速く進み、心臓は高鳴りを増すばかり。 静寂の中に微かな臭いが漂ってくる。生臭い、これは・・・血だ。 あぁ、だから彼女は反応したのだろうか、この臭いに。 一度それに気付くと、まるで暗示から抜け出したように辺りをよく見回す事が出来た。 ・・・勿論悪い意味で、だが。 「何だ、これは・・・。」 思わずリュオイルは顔を歪めた。 眉間にしわを寄せて、信じられない、とでも言いたそうに四方を巡回する。 それはイスカも同じだ。いや、彼の場合は呆然としていると言った方がいいだろう。 真っ青で、手で顔を押さえて力なく歩き出す。 「・・・・みんな、死んでる。」 口元を押さえ、フェイルは一歩後ずさりした。 気分を悪くするもの無理はない。何故なら、ここに倒れている者は敵味方関係なく無残な死に様をしているからだ。 音が聞こえなかったのは、誰かが結界を張っているから。 首は飛びはねており、必ずどこかが切り裂かれている。 この角度といい、大勢の死体といい、明らかに「彼女」のものでしかない。 「この近くにロマイラがいるんだね。」 あまり認めたくない現実だった。 この有様を見て、どれだけ戦闘意識が低下しただろうか。 「そういえば、シリウスが俺達の所に来た時に言ってました。」 シギはロマイラを追いかけて、アレストは魔族を蹴散らしてからシギとロマイラを追ったと。 「2人が?・・・だけど、どこにも気配を感じられない。」 「だ、大丈夫だよ、2人ならきっと大丈夫。」 大丈夫だなんて、ちゃんとした確信はない。 だけど絶体絶命であったとしても今まで何とか切り抜けてきたのだ。今もその奇跡を信じたい。 それに、転がっている死体を調べてみると微かに温かみを感じる。 という事は、彼等が殺されてまだそれほど時間が経っていないということだ。 もしかすれば生存者が近くにいるかもしれない。勿論2人も。 死の海を歩き初めて数分。やはりどこを見ても死体だらけで、いい加減吐き気も治まってきた。 だが歩いて気付いた点も幾つかある。 進むに連れて死体の数が増えていることだ。 そして、それはまだ流血している者もおり、数分前に争いがあったのだと確信を持てた。 「ぐ・・・う、ぁ・・・。」 どうにか気配を探そうと辺りを警戒していた3人の耳に、微かにだが苦しそうな呻き声が聞こえた。 いち早くその声に気付いたリュオイルは、数名の死体の山に埋もれている天使を助け出す。 奇跡的にその天使は首を刎ねられることもなく、それも体のどこも切り裂かれず原型を留めている。 外見はさほど傷を負っていないように見えるが、内部の損傷が激しいらしく時折痙攣している。 口腔から幾度となく血を吐き、真っ青な顔をして重い瞼を持ち上げた。 「おいしっかりしろ!何があったんだ!?」 「待ってイスカ君、これじゃあ満足に話せないよ。」 尤もと言えるフェイルの言葉にイスカは黙りこんだ。その隙を見て癒しの術を施す。 が、内部の損傷は思っていたより激しく、傷を塞ぐだけで精一杯だ。 たとえ神だとしても、流された血を元に戻すことは出来ない。既に、手遅れだ。 「ア、ブソリュート、様・・・あ、ありがとうございます。」 「・・・・ごめんなさい。」 「いえ、お気になさらないで、ください。・・・それよ、りも、シギ様を、お助けください。」 「シギ?」 男の天使から零れた言葉にリュオイルは眉をひそめる。 「もう、ここは壊滅、です。我々の力を持ってして、も、あの悪魔を、倒すことが・・・でき、ませんでした。」 「悪魔・・・?ロマイラのことか。」 「既に、我等の同胞は・・・10を切っております。  シギ様と、アレストさんが、何とか奴を抑え込んだんですが・・・。」 だがそれも一瞬の出来事。 一体どこから出てきたのであろう強大な力を、ロマイラは出し惜しみする事無く発揮した。 そのせいでほぼこの辺りは壊滅している。 それが数分前の出来事であったから、シギやアレストが今生きているかは分からない。 だがそれまでにいた天使はもう絶望的と言っていいだろう。 「どうか、お願いします、アブソリュート様。」 「大丈夫、ここは私達に任せて。」 「・・・どうか、ど、うか、・・・・。」 助けてください。そう言おうと口が開きかかったと同時にリュオイルがフェイルの腕を強く引いた。 おもいきり強く引いたせいで彼女はかなり後ろにまで戻され、腕を引いた張本人である彼の胸の中に抱き込まれる。 一体何なのか、文句を言おうと振り返ったフェイルの後ろで、 つまり負傷している天使の方から奇妙な音がするのを聞く。 後ろを振り返るのが怖くて、思わずリュオイルにしがみついたが彼はそれを拒む事無く それどころか細い彼女の肩をギュッと抱きしめた。 それと同時に、苦虫を噛み潰したような表情になったが。 ――――ごとり。 最初に聞こえた不快な音はそれだった。 フェイルだけ後ろで何が起こっているのか分からないが、リュオイルとイスカの目を見れば嫌でも想像がつく。 また1人、やられた。 震える指に力を入れて、拒絶する頭を振りきってフェイルは恐る恐る後ろを向いた。 それでも、決してリュオイルは彼女の腕を離さない。 「っ!!」 ピッ、と赤い線が目の前を勢いよく走った。 思わず目を瞑ったフェイルはびくりと肩をすくめるが、それは彼女の頬にこびり付く。 目を開く前に、反射的にそれが何なのか調べる為に片手を頬に当てる。 「・・・・・・。」 手についたそれを見た後に、愕然として前を見据えた。 頭が、ないのだ。 さっきまで喋っていたあの口も、辛そうに歪められた瞳もどこにもない。 首から上がなくなり、変わりにその場所から噴水のように血が飛び散っていた。 バランスを失った体は、身体全体に命令を出すための脳がなくなったそれは大きく傾き、倒れた。 生温かい血は勢いを失う事なく流れている。 思わず口元を両手で隠したフェイルは、彼の頭を探した。 だがどこを探しても問題の頭部は見つからない。 「この切り口・・・。」  確信を突いたイスカは渋い顔をして建物の影になっている部分に目をやった。 するとそこからごろごろと小さく音を立てて死んだ男の頭が転がってくるではないか。 一瞬の出来事で、何が起こったのか分からなかったのかその瞳は開けられたまま。 それがこちらを向く形で転がるのを止める。彼には悪いが不気味で仕方がない。 「なぁんだ、まだここにもいたじゃん♪」 ゆったりとした足取りで影から現れたのは、おびただしい返り血を浴びたロマイラ。 先ほど狩った男の血が、彼女の鎌にびっしりこびり付いている。 「おま、え・・・よくも・・・っ!!」 怒りを抑えきれなくなったイスカは肩を震わせて大剣を抜く。 その姿を見たロマイラは何を思いついたのか、にんまりと笑うとイスカとの間合いを一気に詰める。 イスカのいた場所に見えぬ速さで鎌が振り下ろされた。 だが伊達にミカエルの補佐をしているだけあって、俊敏性はイスカの方が上だった。 「イスカっ!!」 「俺は大丈夫だ。」 いきなりの攻撃に驚いた2人はイスカに怪我がないか確認する。 1人で太刀打ちでいる相手ではないと判断すると、少しずつ2人の元に向かう。 ロマイラは敢えてそれを追わなかった。それさえも予測していたかのように薄く微笑している。 「久しぶりだねフェイルちゃんにリュオイルちゃん。」 「・・・ロマイラ、シギ君とアレストはどうしたの?」 「あ〜、あの2人ぃ?もー、すっごい鬱陶しいんだからさぁ、ついね〜。」 「ついって、どうしたんだよ!!まさか2人を・・・。」 今まで黙りこんでいたリュオイルもこの時ばかりは焦りを隠す事が出来なかった。 ロマイラが言うように、確かに彼女は鬱陶しいことが大嫌いだ。しかも短気ときた。 そんな彼女がしつこく追い回す2人を放っておく確立はかなり低い。 この推測が正しければ、まさか・・・・。 「勝手に殺すなよな。」 避けたかった言葉を発する前に、呆れたような声が後ろから聞こえた。 足音を隠している様子はないので、恐らくそれは2人分だと思われる。 聞き覚えのある声にパッと顔を明るくして振り返ると、やはりそこには待ち望んでいた彼等の姿があった。 「お待ちどうさまやで!3人とも。」 「アレスト、シギ!!」 歓喜に満ちた声に、大して時間は経っていないというのにまるで久方の再会のように彼女達は笑った。 2人とも所々に傷があるが、どれも致命傷というものはない。 それを見てホッと胸を撫で下ろしたフェイル達は感動の再会を名残惜しげに、 お互い一度頷くと何事もなかったかのようにロマイラの方に向き直った。 今まで待っていたロマイラは以外にも、怒る事なく平然としている。 だがこちらとしては憤慨してもらったほうが良かったのかもしれない。彼女が、薄く微笑するくらいなら。 「もういいの?」 不気味なほど冷静だった。 いつもなら、ここで喚くか喜ぶか怒るのに。 今日に限って何故静かに笑うのだろうか。 「俺の部下が世話になったな。」 さっき殺された天使の亡骸を横目で見ながら、シギは吐き捨てるように言った。 無論その表情は見事に怒り震えている。 それはアレストも同じのようで、シギのように怒りを露にはしていないが、横たわる死体を辛そうに見ている。 短くも長く感じた戦友だ。死ねば誰でも傷つくだろう。 「この借りは、倍にして返すで!!」 皮膚が裂けんばかりに拳に力を入れた。 案の定、元から握力の強いアレストの掌から少しずつ血が流れ始めた。 誰もそれを止めようとしない。皆がアレストと同じ気持ちだからだ。 「返せるものなら返してごらんよ。その人数で、あたしに勝とうだなんて思わないでよね。」 「粋がるのも今の内だなロマイラ。お前は、ここで死ぬんだ。」 誰よりも先にシギが前に出た。 その途端彼の体内から魔力が爆発した。 全体を覆う青白い光は、空に昇るかのようにして何度も何度も途切れ、また繋がる。 奥底から伝わる魔力を使うのは、これが最初で最後だろう。最初で終わりたい。 大天使という高地位に就く者にとっての覚醒は、大きな負担以外他でない。 それがミカエルとなると話しは別だが、彼はミカエルほどの耐性は持っていなかった。 「ウリエルと、皆の仇を討つまで俺は死なねえ。」 最初の覚醒は、ウリエルが死んだあの時だった。 あの時は力を制御することが可能なミカエルが傍にいたから平気だったが、今度はそうはいかない。 頼みの綱はフェイルだが、最近覚醒したばかりの彼女にそれが可能なのかは少し怪しく感じられる。 「ふ〜ん。ま、好きにすればぁ?  あんたなんかにあたしが殺せるわけないんじゃん、ほんっと、身の程知らずだよね。」 「ふざけるなっ!!」 大きく足を踏み入れたシギが、詠唱を短縮して第一波を繰り出す。 全員がそれに続き、戦闘が始まった。 シギの後ろに続いたのは勿論アレスト。その次にリュオイルだ。 完全援護のフェイルは、少し離れたところから空に大きく円を描き、舞うように詠唱を始めた。 それを邪魔されないようにイスカが彼女の前に立ちはだかり、彼自身も神経を研ぎ澄ませた。 魔法と剣ならば断然剣の方が得意なイスカだが、全く魔法が使えないわけじゃない。 相手の行動を少しなら邪魔するための術は心得ていた。 『 歪められた地形 始まる震え               切なき淡き思いは                   崩れ堕ちる神の衝撃 』 ――――――ロックサリード!!! 盛り上がってきた地面が一気に裂ける。 ロマイラが飛び立つのとシギとアレストが攻撃するのはほぼ同時だった。 あからさまに不機嫌なシギは舌打ちをしながらも、すぐにロマイラに追いつこうと走ろうとするが ふと、足で追いかけるより翼で追いかけるほうが楽だということに気付き隠していた翼を露にする。 「待てっ!!!」 地上に降りてから飛ぶ事なんてなかった。 あったと言えばあったのだが、カイリアで彼等と出会った時はまだかなり警戒されていたのだ。 「俺が応戦します。あいつをあまり飛行させてはいけない。」 ロマイラが空を飛べば攻撃する人数はかなり限られてくる。 天使であるシギにイスカ。少し頑張ればフェイルだって今は飛ぶことが可能だ。 だが元から翼なんてない地上人には成す術がない。 「シギ君を1人にさせないで、私も応戦するっ!!」 『 天津彼方から舞い降りる貫通の稲妻 』 ―――――――ショックストーム!!! カッ、と虚空から現れたのは小さいながらも威力の高い雷だった。 素人ならばそれを的確に相手に命中させる事は出来ないだろうが、 フェイルの生み出したそれは確かにロマイラに命中した。 それは体ではなく彼女の左翼と左足一部だったようなのだが、それでも彼女の動きを止めるには十分なものである。 短い悲鳴の後にバランスを崩したロマイラは、僅かに傾きそのまま落下しそうになる。 が、それしきのことで倒れる相手じゃないことは分かっていた。 こちらの推測を見事実現させたロマイラは、その傾きを利用して、天使ではなく人間に牙を向ける。 「くそっ!!」 急な方向転換に再度シギは舌打ちした。 そのまま自分の体も地上に向けるが、心配している3人の姿は思っていたよりもしっかりと、そして冷静に行動をしていた。 心配する事はない。あいつ等だって幾つかの修羅場は越えてきた。 そう簡単にやれらるような人間じゃない。 だがもし・・・。 もし、またあの悲劇が繰り返されたら。 もしも誰か1人でも欠けたら。 考えられない。考えたくない。 案ずるな、あいつ等は死なない。あいつのように死なない。 死なせない。絶対に・・・。 「来たで!!」 「下がってアレスト!!」 『 神の息吹は優しさなり         我の息吹は旋風なり              速急な微風ごとく地に舞うは風の精                     触れ合う者の魂を今切り裂かん 』   ―――――――テアウィンディス!!! ロマイラの鎌がアレストの首に斬りかかろうとした時、タイミングよくフェイルの魔法が完成した。 徒人ならぬ速さで駆けて行く疾風は、彼女が持つ鎌よりも遥かに鋭利で物騒である。 風が脅威を向け、天界でもかなり大きいとされる大木をいとも簡単に切断し、 その猛威を弱らせることなくロマイラを追いかける。 多少の被害はこの際仕方がないだろう。 「――――くっ!!」 僅かの隙を突かれて鎌を落としそうになったロマイラは、それを急いで拾おうともせず勢いよくそれを投げつける。 回旋する事によって速さの増したそれは、数倍の速さで地上にいる3人に向かって駆け出す。 このまま棒立ちしていればまずアレストの首からリュオイルに回るだろう。 鎌を使わせれば悪夢を見る。これまでここの戦争で数多くの戦死者が出たが、 もしかすれば、いや、もしかしなくてもその大半は彼女のせいなのかもしれない。 「しゃがめアレスト!!!」 反応に遅れているアレストを背中から押して、地面に顔が付くほど倒れると ギリギリの所で勢いのついたそれはギュン、と音を立て宙を切ってロマイラの手に戻る。 髪の毛を数本犠牲にしただけですんだ、と言った方がいいのだろうが生憎心臓は バクバクとうるさい音を立てて急速に鼓動している。 「・・・ちぇー。」 「なななななな、何すんねんなっ!!危うく首が吹っ飛ぶとこやったわいっ!!!」 助けてくれたシギに対してのお礼の言葉もそこそこに、アレストは憤然として立ち上がった。 顔を真っ赤にし、勇ましく指を指しているが恐怖に打ち勝つことは出来なかったのか 微かに指先と彼女の膝が震えている。 だがそれを隠す事無く、しかも立ち上がってロマイラに講義したのだから ある意味褒め称えるべきなのかもしれない。 「ごめんね〜アレストちゃん。もうあたし手加減してあげられないからさー。  て言うかぁ?今更敵にそんなこと言うなんて変なの〜。」 後ろから聞こえる安否を確認する声にさえ、振り返る事が出来なかった。 そんな隙を見せれば、今はヘラヘラ笑っているロマイラだが何を仕出かすか分かったもんじゃない。 それに言わなくたって状況は呑み込めているはずだ。彼等なら。 だからこの僅かな時間をフル活用してどうやって倒すかを考えついてほしい。 全員が散々に攻撃するのは多いに結構だが、それは時として1人1人の行動がまとまらなくなる。 「来ないの?・・・ふーん、来ないんだ〜。」 薄暗い場所からでは今ロマイラがどんな表情をしているか分からない。 けれど 「来ないんなら、あたしが遊んであげる。」 月光に照らされる瞬間、誰もが息を呑む。