―――They will transform the sorrow into strength (彼らはその悲しみを強さに変えるだろう)――― 「なーに溜息なんか吐いちゃったりしてんだよ。お前らしくもない。」 ふと貴方の声が脳裏に過ぎった。 開戦と共に笑っていた彼を、友を。 「お前等ちょっと大袈裟だって。」 自分の事よりも他人の身を案じ、少しからかうような笑いで不安を吹き飛ばしてくれた。 「・・・シギ?」 記憶の片隅にある最後の笑顔が浮んだ途端、馴染んだ友の気配が、この世から完全に消えた。 ■天と地の狭間の英雄■        【怒り苦しみ、そして・・・】〜凶報〜 「そこをどけ、ラクト。」 「断る。」 1つの火花が散った後、2つの影は同じ動きで一歩下がる。 大きな影は、小柄な影を鬱陶しそうに一瞥して、その奥でうずくまる少女に目をやった。 けれどその少女の姿は小柄な影が前に出てきて見えなくなる。 ラクトが、何が何でもここを通さないと言わんばかりに立ち塞がっていた。 それに軽く舌打ちをしたシリウスは、何とか隙がないだろうかと気配を手繰るが 流石魔族の一員になっただけのある彼には、そんなものは微塵も感じられなかった。 何よりソピアを守ろうとする彼の姿勢が見るからに勇ましい。そして勇敢だ。 「殺されなくなかったら大人しく退け。」 「ふざ、けるな。ソピアは僕が守るんだっ!」 イスカが走る。 ぐっと足を固定していたせいか、その場所からフワリと土埃が舞った。 追う者と追われる者。 殺す者と守る者。 「―――――――どけっ!!」 どちらの気持ちも半端じゃないほど強い。 誰よりも、その気持ちは負けていないはずだ。 けれどそれは対立しあい、決して譲る事が出来ない。 甲高くもあり鈍くもある音が耳を強打する。 どれだけ人間より数倍長く生きていても、自身の体格に限界があるのか はたまた、シリウスの思いがラクトより上回ったのか、徐々に勝敗が見えつつあった。 見事な剣さばきでラクトを押しのけ、確実に一歩一歩ソピアのもとへ近づく。 狼狽の色を初めて見せたラクトは、痺れる腕を誤魔化して次々振りかかってくる大剣を止めた。 だが止めるだけで精一杯で、肝心の攻撃がおろそかだ。 頭を抱えて呆然としているソピアを目の端に入れると、グッと下唇を噛んでシリウスを睨み付ける。 勿論それくらいの事で臆するシリウスではない。 スッと目を細めて、疲れを知らないような顔をしたままラクトの一撃を振り払う。 「ぐっ!!」 「ちぃっ、・・・いい加減そこを退きやがれ!死にてえのか!?」 数m吹き飛ばされたラクトは咳き込みながらも、柄に力を入れて立ち上がった。 それに舌打ちしたシリウスは怒りを抑え切れず、足音を殺して疾風の如くラクトももとへ移動すると 彼の剣先を少年の首に当てた。 ヒンヤリとした冷たさが首もとから全身に染み渡る。 皮肉にも頭を冷やすにはこの温度が丁度良かった。 正直に言うと、もう体力が限界に近い。立っているのがやっとだ。 吹き飛ばされた時に痛めた腕にピシリと衝撃が走る。 彼にとってはほんの小さな怪我でしかないかもしれないが、恐らく骨にひびが入っているだろう。 唯一の救いどころは、それが彼の利き腕ではないことだ。 (く、そぉ・・・。) 動かせば腕に痛みが走る。それも急速に。 だが後ろには下がれない。 シリウスに勝てることは、天と地がひっくり返ってもないだろう。 だから今は自分が、彼女の、ソピアの盾とならなければ誰も彼女を助ける事なんか出来やしない。 痛いほどそう思っているのに、もう体力が限界だと悟ると悔しくて涙が出そうだった。 本当は殺す気が全くないシリウスにも腹が立っていた。 剣を交えても本気は感じられず、寧ろ手加減されているようで苛々する。 だけどそれ以上に、手加減されている自分にが、一番情けなくて不甲斐なかった。 立ち上がろうとした瞬間、また崩れ落ちた。 膝に少しだけ衝撃が入り、それがばねになったかのようにゆっくり地に手を付く。 カラン、と剣は傍に転がり、代わりに異常なほどの脂汗が伝いはじめた。 グッと拳を握ることしか出来なくて、それ以上動くことが出来ない。 急に全身に渡った疲労感にラクトは暫し瞠目した。 何故か息苦しく感じ、何度も何度も肩で息を吸ってはまた吐く。 シリウスの足が動かされた。目の前に入る影は、ラクトを過ぎようと足を速める。 それにハッとしたラクトは霞んでいる視界を何とか振り払って足に力を入れた。 けれど無情にも、立ち上がろうとした彼の足がそれ以上進む事はなかった。 「ま、て・・・・っ!!」 力の限り腕を伸ばし、奇跡的にシリウスの足を掴んだラクトは精一杯声を振り絞って叫んだ。 走りはしていなかったのでつんのめる事のなかったシリウスだったが、 後ろを振り返るか振り返らないかで迷っていたのか、随分と遅い動きで首だけを動かす。 その表情に「感情」は浮き出ていない。 無言の攻撃がラクトを襲うが、彼はそんな事を気にしていなかった。 必死の形相で、切れ切れになる呼吸をそのままに口を開く。 「ころ、すな・・・。ソピアを、殺さないでっ!!」 「それがお前等魔族に言えた義理か。」 微かに走る迷いを吹き飛ばし、シリウスは軽く足を振った。 その反動でラクトの手が外れる。 虚無を掻いた手は、既に進んでしまっている者には届かない。 最後に吐き捨てられた重く冷たい言葉に、思わず身が震えた。 だがそれは事実だ。 あの子は償えきれない過ちを自らの手で引き起こした。 ここで殺されても、誰も、そして自分さえも彼に文句は言えない。そんな権利はない。 だけど・・・・ 「・・・ち、がうっ!!あれは、ソピアじゃないんだっ!あの子は優しい子なんだ!!あれは・・・」 「確かに今のあいつはあいつじゃない。だが"あいつ"が殺した。」 自分の言っていることは、ただの言い訳にしか過ぎない。 今のシリウスに何を言っても無駄だ。ラクトの声は届かない。 動けない。 もう、足に力が入らない。 「に、げてソピアっ!逃げてっ!!」 動くのは、鉛のように重たい体と反して妙に冴えている頭と、そして口。 出せる限り声を振り絞って、少し遠くにいるソピアに叫ぶ。 彼女は頭を押さえて瞠目していた。 シリウスを恐怖の対象とし、完全に動けなくなっている。 あれだけ強く、そして容赦のなかった彼女がどうしてこんなに震え上がっているのか。 それは、ソピアの中にいる本当の"ソピア"が表に出てきたからだ。 だが完全ではない。幼いソピアと、冷徹なソピアが混ざり合って出ている。 それは少し前のフェイルのように、アブソリュートのように。 「アスタロトっ!!」 主を守れと言わんばかりにラクトは未だミカエルと対峙しているアスタロトに叫んだ。 その声に反応して、僅かな隙を見てアスタロトは空に舞う。 「行かせません。」 「な、に!?」 凛とした声が響く。 それは明らかに女性のものだ。 ここにはソピアしか女の人はいないはずだが、彼女の声ではない。 もっと澄んでいて、大人の雰囲気を醸し出してる。 少しの動揺も、不安も、恐怖も感じられない。 それは一心に己の任を果たそうとする揺るぎない声色だ。 「誕生神ルキナ!?」 初めてアスタロトが焦りを見せた。 予想外に登場者に驚いたミカエル達は彼女の後ろにいる者達を見て更に驚愕する。 「ゼウス神・・・ヘラ神。」 最高峰の神とその妻がそこに佇んでいた。 神々しさに目が眩みそうだが、今はそんな事を気にしてはいられない。 彼等が出てきたと言うことは、戦争を本格的に終わらせるという事である。 少しばかり武装した彼の格好は更に彼の神力を増幅させている。 「貴方はここの世界の住人ではありません。あるべき場所へ還りなさい。」 「くっ!!何故、貴様等が・・・。」 ここは、誕生神ルキナが統治する儀式の間があった場所だ。 たとえ祭壇が崩れても、その力は決して消えはしない。 アスタロトはソピアによって強制再生させられたものにしか過ぎない。 つまり、その再生力を遥かに上回る誕生神がいれば、彼を黄泉の国へ運ぶことも十分に可能と言うことだ。 所詮彼は死人。ソピアの力では完全に生き返ることなど出来はしない。 だから彼は恐れている。 最強の天使に出来ない送還術を、この誕生神はいとも簡単に発動させることが出来るのだから。 『 我が名は生と死を司る誕生神ルキナ 』 「やめろ・・・。」 『 世に現る異端者を、あるべき場所へ送らん 』 「やめろおぉぉぉぉおおっ!!!」 最後の言葉を紡ぎだす瞬間、アストロとは目にも止まらぬ速さでルキナに襲いかかる。 魂の送還者とも言える彼女は、戦う術を知らない。 『 我が前に出で立つ愚かなる者に 天空の刃を刻め 』 その声はルキナのものではない。ましてやミカエルのものでもない。 ゼウス神だ。 す、と右手を前に差し出し、恐ろしくゆっくりと呪文を唱える。 ルキナの顔に剣が当たるかどうか際どい瞬間、彼女の背から見えぬ刃がアスタロトを襲いはじめた。 腹部にそれが直撃したと思ったら、今度は見えぬ突風に飛ばされる。 剣を落とし、身動きの取れなくなったアスタロトが立ち上がろうとするが、既に遅し。 『 黄泉へ送還し給え 』 ルキナの詠唱が、速かった。 「アスタロトっ!!!」 唯一の救いだった彼が、どんどん消えていく。 叫んだ声が波紋するかのように、四方からの結界に封じ込められたアスタロトは身動きを取ることも許されず ゆっくり、そして確実にその存在が薄れていた。 10秒もしないうちに、彼の後ろの風景まで微かに見えはじめている。 アスタロトが、強制送還される。 やっと悟ったラクトは、彼がいなくなる悲しみよりも、ソピアを助けることが出来なくなる事で強く唇を噛んだ。 今更どうこうした所で、ルキナの送還術を止める事など誰にも出来はしない。 魂の送還者。その力を唯一使えるのが"誕生神"だ。 こればかりは最高峰の神もどうすることは出来ない。 頼れるのは、自分の力のみだ。 ここにはもう、仲間はいないのだから。 「こ、来ないで・・・。」 シリウスはジリジリと後ろに下がるソピアを確実に追い詰めていた。 ごちゃごちゃする頭を抑えて、今しなければならない事を命懸けでする。 それは逃走。 逃げなければ、この男から。 殺される、逃げられない。 逃げるな。お前にある力を何故使わない。 「やだよ、もう、殺したくなんて・・・」 殺さなければお前が死ぬ。死にたいの? 「やだ。嫌だ。だけど、だけど・・・。」 覚えているよ。あなたが大陸を破壊させたこと。 覚えているよ。私が大陸を破壊したこと。 「私、間違ってるよ・・・・。」 彼から貰った力は、大きすぎる。 だけど自分ではそれを外すことが出来ない。 アブソリュートから奪った力を、ルシフェルは"鍵"としてソピアに与えた。 だがそれは死を覚悟しなければならない。 確かに強大な力を得ることが出来るが、その反動は大きい。 でも、望んで手に入れた力ではない。 「お前達がいるから、世界は混乱し続ける・・・。」 どくん、と心臓が飛び跳ねた。 それは拒絶を意味する。 だが、誰に向けられたもの? 自分自身に向けられた敵意? それとも・・・・ 「お前を殺しても、あいつは2度と生き返らない。」 抑揚の欠けた、何の温かみの感じない声が脳の奥にまでびりびりと伝わる。 鼓動の速さは増すばかりで、ちっとも安定しない。 射抜くようなアメジストの瞳に見据えられてしまえば逃げ道はないだろう。 捕らえられれば決して身動きをとることも許されない。 その道にある末路は、死。 「・・・ぃ、ゃ・・・・。」 怖い怖い怖いこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイ・・・・・っ!!!!!! 死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない 死にたくない 魔族の死は、それはそれは恐ろしいものだ 神族の手に葬られれば尚更のこと 死しても安楽は掴みとる事が許されず、苦痛と共に永遠と時を過ごさなければならない 魔族にさえ生まれてこなければ せめて、人間に生まれていれば きっと、絶対に、こんなに苦しい思いをしなくて良かった 殺されるほどの恨みを持たれることも 欲しくない力を手に入れることも 決して、なかったはずだ 「これで最後だ・・・・ソピアァァァアアアア!!!!」 逃げる事の出来ない距離の中で、シリウスが動いた。 その瞳は既に光りは宿っていない。 あるのは、憎しみと怒り、そして僅かな恐怖。 だが誰にも止める事は出来ない。遅すぎる。 「いやぁぁぁぁああお兄ちゃんっ!!!!」 「ソピアーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」 こんな力なんていらなかった 人を傷つけるだけの力なんて、望んでいなかった ただ平和に暮らしたかった 大好きなお兄ちゃんと一緒に、ずっとずっと、ずっと一緒に ドクン ・・・・・死にたく、ない ドクン それは、ゆっくりと振ってくる。 銀色の刃は、ソビアの頭上にある。 けれど恐ろしいほど、時が過ぎるのがゆっくりだと感じた。 顔面を覆っていた手をゆっくり剥がし、薄く笑う。 恐怖は消えた。 だが最後に残った感情、それは・・・ (シニタクナイ) 「―――――っ!!?」 あと数センチだった。 だが、剣は真っ直ぐ落ちることなく、一定の高さで保たれていた。 思わず目を剥いたシリウスは、剣の先端にある白く、所々赤くなっている少女の手を見て驚きのあまり声を失う。 鮮血が地面に、そしてソピアの細腕を伝いながら溢れていく。 かなり重さのあるこの剣を素手で抑えた事にも十分驚かされるが、問題はそれじゃない。 うつ伏せていた少女の顔はいつの間にかシリウスの目を捉えている。 真っ直ぐ顔を上げ、少したりとも視線を逸らそうとしない。 「ぐっ!?」 一瞬の隙を突いて、今度はソピアが動いた。 見えない速さで剣を握ったまま力強くシリウスを薙ぎ飛ばす。 ありえない程の力だった。 男でも振り回すことが中々困難な大剣を、軽々と扱うなんて、さっきのソピアとは考えられない。 否、これはソピアじゃない。奥に眠る魔族の血が、更に彼女を覚醒させている。 「シリウスさんっ!!」 瓦礫の中に飛ばされたシリウスは背中から落とされた。 全身に痛みが伴い、一瞬呼吸不全に陥ってしまった。 吐血をしながらも何度も咳を繰り返し、呼吸の乱れを整える。 いち早く駆けつけたミカエルが肩を貸して立たせるが、それにお礼を言えるほど余裕はない。 何だ。何が、起こっている? 「ソ、ピア・・・?」 短く紡がれたラクトの表情には、絶望を超えた何かが浮かんでいた。 知っていたはずの事が訪れる。 決して逆らうことの出来ない事が、今起こり始めている。 鍵が、動き出した。 (シニタクナイ) ゆらりと佇んだ少女は、生気を失っていた。 一つだけの感情。それは生きる事。 死ぬ事を恐れている。 が、それは最後の切り札を出したと言う事になる。 窮地に陥った時に、純血の魔族は、生き延びるために己を崩壊する。 神化とは全く逆の進化が、今まさに成されているのだ。 コロサレルマエニ コロセ その一時の殺意に、迷いも恐れも何もない。 殺さなければ殺される。 ならば、殺される前に殺してしまえ!! 脈打つ音は静まる事を知らないかのように鼓動を速めていく。 少しずつ追い上げるような、表しきれないほどの何かが心を掠める。 痛み、苦しみ?いや違う、これは・・・恐怖? 「本性を、出しやがったか!!」 咳き込み、痛みの走る体に鞭打ってシリウスは吼えるように叫んだ。 彼女に異変が起きているなど百も承知だ。 だが、それが更に彼の怒りを増幅させていることを皆は知っているのだろうか。 彼女が殺した。彼女が奪った。彼女が壊した。 何もかも、大切なものたちを、何の欠片もなく。 躊躇いもなく。 立ち上がり、うつ伏せ気味になっていた頭を起こし、ソピアは無感情にシリウスを見つめた。 子供から少女になり、少女から亡霊のような瞳をするようになったソピアの顔に覇気はない。 ただ一心に、殺意のみが小さな体から溢れんばかりに浮き出ている。 「いけませんシリウスさん!!その怪我では・・・」 「黙ってろ!これは俺の問題なんだっ!!」 「シリウスさんっ!!!」 ミカエルの制止も聞かぬまま、ボロボロの身を投げ捨てる覚悟で、シリウスは前に出た。 今度は大剣を手放さないように、しっかりと、血が通わなくなるほどの力で握り締めた。 おぼつかない足取りで前へ前へと進む。 だが、次の攻撃を耐え切れるほどの力はないだろう。 見るに耐えかねたミカエルが詠唱を唱える。 彼の足元に小さな風紋が浮き上がり、風は次第に強くなりはじめた。 「来ます。」 一つの微風が吹いた途端、今まで目を伏せていたヘラ神がゆっくり目を開けた。 詠うように紡がれた言葉の先には、1つ、また1つと影が見え始めた。 砂埃が舞う中、ミカエルのものではない自然の風が吹き抜ける。 金に赤に紺。いや、黒に近い青だ。 噛み合わない色を持つ3つの影が、急ぎ足にこちらに向かってくる。 だがどの表情も、誰一人として浮かばれている者はいなかった。 「あれは・・・。」 未だ地べたに手足を付けたままのラクトが思わず呟いた。 驚きとも、絶望とも認識できる表情を表した彼は、少なからず震えている。 「フェイルさん?それに・・・。」 後ろを振り返ったミカエルは詠唱を止め、現れた人物たちを把握すると少しだけ驚いたような顔をした。 衣服はもうボロボロで、剥き出しになった肌には赤い線がたくさん散りばめられていた。 唯一の救いは、誰一人として致命傷を負っていないことだが、彼らは既に疲れの色を見せている。 とてもじゃないが健康そうには見えない。 「―――――ミカエル様!!」 光の加減では漆黒の髪に見えるイスカが声を荒げる。 緊迫した空気が、一瞬だけだが途切れた。 皆の視線が走ってくる3人の影に向けられる。 最も視力の良いアスティアは少しだけ瞠目しながらも、仲間の安否を確認するとホッと安堵した。 豹変したソピアに向けた弓を僅かに下ろし、離れ離れになった者達を交互に見た。 けれど、ふと何かに気付く。 足りないのだ、2人ほど。 彼らもまだ合流していないのだろうか、アレストと、シギに。 ――――――ギイィィン!! 違和感を感じるものの、それは一つの甲高い音によって遮られてしまう。 アスティアのもとに辿り着いたフェイル達は、怪訝そうな顔をして奥を見やった。 どうしてこんな大人数が、こんな所にいるのか。 目を細め、前を凝視すればその答えは簡単に出た。 「シリウス君!!」 飛び出そうとするフェイルをアスティアが引き止める。 力強いそれに思わず顔を歪ませるが、今はその痛みよりも目の前に広がる光景の方が痛い。 「無駄よ!あいつを止められる奴なんて、いないわっ!!」 「だけど、だけどこのままじゃ・・・。」 「復讐心ってのはね、そう簡単に消えるものじゃないの!あいつだって分かっているわっ。」 どんなに励まされても、どんなに慰められても、傷ついた心は決して元には戻らない。 痛みが和らぐことがあっても、根本的な問題を解決しない限り、傷は化膿し熱を持つ。 シリウスは、ずっと耐えてきた。 複雑な思いと葛藤しながらも、彼はここまでずっと耐えてきた。 弱音も吐かない。弱さも見せない。 心が大人すぎる彼は、仲間の前で決して崩れ落ちたりしなかった。 多少取り乱すことがあっても、彼はその限度を知っていたかのように、必ずどこかでピタリと止まっていた。 それもこれも、自らの心を制御していた彼の精神力の強さが、そして仲間達が支えていたからだ。 「だけど、今あいつの目の前に仇がいるのよ!確かに目の前に、手の届く範囲にいるのよ!!」 だが、彼の心を繋いでいた鎖はもう錆びている。 少し触れるだけで、脆くも鎖はちぎれ落とされる。 今がその時なのだ。今まさに、ソピアがここに現れた時点で、シリウスの中の何かがもつれ始め、狂ってきた。 もう何も見えていない。 彼にとって今まさに最愛であるフェイルが現れたことにも、彼はちっとも気付いていない。 ソピアを殺すために大剣を振る。 ミラやカイリアの村の仇を取るために必死にもがく。 「・・・だけど、あいつだけじゃソピアは倒せない。」 それでもシリウスの元へ飛び出そうとするフェイルにどうしようかと溜息を吐いた所で、 今度はリュオイルが重たい口を開けた。 誰もがその言葉に反応する。 分かっている。1人では太刀打ち出来ないことぐらい。 「神の力の一部がソピアの心臓に刻み込まれている限り、シリウスは・・・」 神の力は神が対抗しなければ勝ち目は見えない。 シリウスはそれを分かっているはずだ。 それなのに、何故、まるで命を投げるような事を・・・。 「あい、つは・・・・」 ・・・ぜった、い・・・全員、い・・生きて・・か、てよ・・・この、戦争・・・・ 「シギは、皆生きて、勝てって言ったんだ。誰一人として欠けちゃいけない。」 「・・・リュオイル?」 「死んだらいけないんだ!!もう誰も、誰も・・・っ!!!」 命の灯火が消えた。 ここに向かう途中、一度フェイルは生気の抜けたような顔をしてその場に座り込んだ。 彼女は神だから、たとえ自分の配下でなくとも、親しい天使の死はその身に感じられたのだろう。 大粒の涙を零して、嗚咽を漏らすことなく、ただひたすら泣いていた。 それが何を意味するのか、分からないほどリュオイルもイスカも子供ではない。 下唇を強く噛み、後ろを向き涙を堪えるイスカの姿は痛かった。 懸命に耐えているのだろうが、時折すすり泣くような小さな声が聞こえていた。 苦しそうにそう言い捨てたリュオイルの姿を、ミカエルは半ば放心して見つめていた 分かっていた。彼自身には、シギがこの世から消えた時からずっと でも信じることが出来なかった 彼はいつも皆を驚かせていた だからきっと、またどこかからいきなり現れると、信じていた フェイル達とともに、一緒に、あの笑顔を見せて現れてくれると 信じて、いました 信じていたんです、ずっと 「死ぬなよ」と最後の会話をした時から 次に会う貴方の顔を、思い浮かべていたんです 生きて笑って、そして、いつものように大きく手を振って 死んだんだ 太陽とも言える煌びやかな存在の彼が シギは死んだんだ もういない、この世に存在しない シギと言う存在は、もう記憶の片隅にしか、存在しない