04.やり遂げた君の表情に









神族は、人間と違う構造です。
食べ物を摂取しなくても生きていけますが、
味覚はあるし美味しいものは美味しいので食べます。
香りの高い琥珀色の紅茶を、ミカエル様も好んで飲まれております。
俺なんかにはもったいないのに、ミカエル様は時々俺をお茶に誘ってくださいます。
本当にミカエル様はお優しい方です。一生ついていきますミカエル様。
勿論、何も言わなくたって分かると思いますが美味しいです。そんなことは当たり前です。

……前置きはさておき。
いつかはミカエル様やシギ様の傍で働くことを夢見る俺、もといイスカは非常に困っている。
いや、困っているだなんて生易しいものなんかじゃない。
これは………そうだ!かの戦争の渦中に身を投じた時のような緊迫感だ。
そう思うと、ますます体が動かせなくなった。
申し訳ありませんミカエル様。俺はまだまだ修行が足りません。



「……どうしたの?」



パーツは綺麗に揃っているのに、普段仏頂面のせいで近寄りがたい雰囲気を漂わせる女、
アスティアは大変ご機嫌がよろしいようで、滅多に見せない微笑みを浮かべている。
彼女とはじめましてをする相手ならば「こいつのどこが微笑んでいるのだ」と、
顔をしかめたくなるだろうが、それなりの付き合いであるイスカはすぐに肌で感じ取った。

口数も少なく、珍しく喋ったと思ったら容赦のない毒を吐き散らす。
しかし弓の腕は目を瞠るもので、彼女の援護に何度も助けられているのも事実だ。
そしてフェイルたちの仲間である、人間界のエルフ。
正直、あの面子の中で彼女はかなりの異分子に見えたのだが、
デコボコしつつも何だかんだで上手くやっている姿を見て、微笑ましく思っていた。

冷たい印象を持たせる……というか冷たい部類に入るのだろうが、
それでも、不器用ながらに彼女はフェイルたちを気遣っている。
彼らもそれを理解しているから、毎日不機嫌そうな顔を浮かべていても笑いかけるのだ。


と、まあ…そんなことはどうでも良いのだ。本当にどうでも良いのだ。




「あんた今日非番って聞いたから、ちょうど良かったわ」




寧ろ、何故今日非番に当たってしまったのか。どこのどいつが間の悪いことをした。

ふと、休暇を出してくださったミカエル様の顔が脳裏に浮かぶ。が、即行で打ち消す。
待て待て待て!尊敬崇拝するミカエル様に対してなんて失礼な。なんて罰当たりな!
この煩悩を抹消するためにも、今すぐ鍛錬場へ駆け込みたい。
今なら新種の化け物にだって一人で立ち向かえる。寧ろ行かせてください切実に。


だって、そう思うのも仕方がないではないか。


部屋に充満する臭いに、ひくりと頬が引き攣る。
テーブルの上に活けてある小さな花が、何故か今朝よりも衰弱してへにゃりと曲がっていた。
部屋を通過する人が叫び声を上げている。
耐性のない人は、断末魔を上げながらどさりと音を立てて倒れた。
それを救助しようと現れた天使たちが、次々と顔色を真っ青にして飛びのいてゆく。
何事だ、と次々天使が現れるが、腕力に自信がある力天使も、
魔力の高い能天使さえもが手出し出来ず、何かに耐えるようにこちらを凝視している。

彼らもまた、戦場に立つ戦士のような顔をしていた。




「久しぶりにケーキ作ってみたのよ。感想を聞かせなさい」




にこり、と純粋な(そうであると信じたい)微笑みがイスカを完全に縛り付ける。
ガチガチに固まったまま自室の椅子に着席しているイスカに、
部屋の扉付近で様子を窺っていた天使たちが雄叫びを上げるように泣き出した。
机の上に置かれた異臭を放つ『ケーキ』という物体に全神経を集中させているので、
むさ苦しい男泣きにヒク暇さえ、今はない。



「あの、アスティア、これ魚の尾が見えるんだけど…………」

「肉より魚の方が栄養素が高いのは当然でしょう?」

「え、あー………じゃあトッピングの、この赤くて生っぽいのやつは?」

「鳥の肝。イチゴの代わりに見立ててみたわ」

「…………あのー、何で生地が黒い、のですか?」

「イカスミよ。なかなか良いアクセントだわ」

「……この白いのは……」

「生クリームに決まってるじゃない」



何故、生クリームだけ普通なのだ。


しかし、ちょっと待て。
俺が知らないだけで、実はこんなケーキが人間界で主流なのだとしたら?
……………い、いやいやそんな馬鹿な!
この間フェイルさんが作ってくれたお菓子を思い出せ!
あれは確かに甘くて美味しかった。鼻につくような悪臭はしなかったはずだ。
イチゴの代わりに鳥の肝を使っている時点でおかしいと気付けイスカ!



「もしかしてあんた甘いもの駄目だった?
 大丈夫よ。砂糖と塩を半分入れて、コショウも大さじ三杯ほど入れたから」



良いスパイスじゃない?

スパイスとはそういう意味ではないと言えば、彼女は理解してくれるだろうか。

断言したアスティアの顔は、清々しいほど晴れやかだった。
…おかしいな、その笑顔の裏に何か見えてしまうのは何故だろう。



「特別に私が食べさせてあげるわ」



無情な死刑宣告。

ぎらりと鈍く光ったフォークがジュワン、と嫌な音を立てて『ケーキ』を突き刺す。
半生の生地の中から、生臭いイカスミが皿の上にドロリとこぼれた。

ああ、小麦粉の分量明らかに間違えてるよアスティア。

きつい異臭に視界がぐらりと反転する。
だがガシリと髪の毛を引っ張られ、イスカは思わず上を向いてしまった。




「全部食べて『実験の感想』言わない限り、気絶は許さない」




口端は上がっていたが、目が、笑っていなかった。











その後、ミカエルのもとに意識不明の重体患者が出たと報告が入った。










やり遂げた君の表情に










俺は彼女にとって格好の玩具なのだと



今更になって思い知らされた











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